「へ?主催ライブ?」
「ええ。八月の終わりにやる予定なのだけどどうかしら」
合同ライブまで残り一週間となったRoseliaの練習後。発表があるから聞いてほしいと言った友希那から飛び出したのは予想外のセリフだった。
四月にやったRoseliaの主催ライブ。それの第二弾を開催するらしい。この友希那の言葉には全員が驚いたことだろう。
今までのライブの内容は一から全員で話し合って決めていた。それは一年前のライブの時に予定がずらせない日にライブが決まってしまったというプチ事件があったから。みんなで全部話し合おうというのは暗黙の了解だった。それなのにライブのことを一人で決めようとしているなんてえらく久しぶりのことだった。
「どうと言われても、随分急な話ではないですか?主催ライブの準備の大変さは湊さんもわかっているでしょう。合同ライブも控えている今やるべきことなんですか?」
紗夜の意見はごもっとも。普段の友希那なら目の前のライブに集中するはず。決まっていないライブの話など、しかも一か月後に急にライブをすると言い出すなんてみんなを混乱させるだけだとわかっているから言わないはずなのに。何かあったのだろうか。
そう疑問を抱いていると友希那は息を吐いた。それから「まあ、そうなるわよね」と言葉を続ける。
「あなたたちメンバーに隠していてもいい話ではないもの。ちゃんと一から話すわ」
友希那はカバンをガサゴソあさって一枚の名刺を差し出した。代表して紗夜が受け取る。その名刺にはそこそこ名の知れた音楽会社とプロデューサーの名前があった。アタシは見たことのある音楽会社だと思った。
「湊さん。これは?」
「昨日、家にこの音楽会社のプロデューサーが来たの。
Roseliaをプロのバンドマンとしてスカウトしたい。そう彼は言っていたわ」
その言葉に友希那以外の全員が息を呑んだ。
Roseliaをスカウトする。それはすなわちアタシたちの音楽がプロの人たちに認められたということ。嬉しくないはずがない。
「ゆ、友希那さん!その話本当ですか!?」
「ええ。ぜひ契約してほしいそうよ」
「……へ、返事は……したんですか……?」
「ええ。とっくにしたわ」
「受けたんですか?」
「いいえ。断ったの」
さらに衝撃的なセリフ。さっきとは違う意味で驚いた。
「どれだけの待遇、契約金を積まれても一切首を縦に振る気にはなれなかったわ」
「何か気になることでもあったの?」
友希那だってプロの契約を軽率に断ってしまうほど何も考えていないわけじゃない。前にスカウトされた時だって色々考えて答えを出したんだ。即決してしまうなんて友希那らしくない。音楽のことでならなおさらだ。
それは全員が感じた違和感だったらしい。
「リサはわかっているかもしれないけどこの音楽会社は昔、お父さんが所属していた場所なの」
三人が息を呑む中、アタシだけはやっぱりかーという確信に変わる。そりゃあ見たことあるはずだよね。昔、友希那の家に遊びに行った時にその音楽会社の人と話しているところを見たことあったし。
「湊さんのお父さんに何があったのか、それは理解しているつもりです。ですけどまさかそんな理由で断ったわけではないですよね?」
「当たり前でしょ。いくらお父さんのことがあったからと言ってそんな私的な理由でスカウトを断ったりしないわ」
「ではどうして?」
「まず一つは、私が思うRoseliaはもっと高みを目指せると思ったから。プロの誘いを受けて万が一にでもそのレベルで満足されたら困るもの。
二つ目は、私たちがまだ高校生であること。Roseliaで頂点を目指してはいるけれどそれはあくまでもバンドとして。ここで目指したい夢があるのならそれを追うべきだと私は思っているわ。あこに関してはまだ高校生になったばかりだもの。決めてしまうには早すぎるわ」
友希那の発言はアタシたちのことを考えてくれた結果だった。そんなことを思ってくれていたとは思っていなかった。胸の奥が熱くなる。あこに関しては少し涙目になっていた。
「けどそれは私の考えであって全員が了承したのならすぐにでもプロになれたかもしれないわ。
あの発言がなければね」
「あの発言?」
「私がスカウトを断った最大の理由は、彼が私たちの音楽をバカにしたからよ」
「「「「っ!?」」」」
正直何を言っているんだと思った。スカウトした人たちのことを馬鹿にするなんてどうかしている。
「高校生にしては上手いと言うだけ。お前たちくらい上手い、それ以上のバンドマンなんて他にもいる。まだまだ未熟な演奏。そんなお前たちがプロになるために俺たちが力を貸してやると言っているんだぞ。それを断るだと?侮辱しているのか。
散々なことを言われたわ。今、人気のあるバンドがプロになれば売れる。それが高校生なら簡単に言いくるめられる。そうとでも考えていたんじゃないかしら。いくら契約金を積まれても私たちへの利益があるようには思えなかったわ。侮辱しているのはどちらかしらね」
友希那の言い分はすごくわかった。
アタシたちはアタシたちの音楽で頂点を目指している。それがアタシたちの歌でなければ意味はないということ。多分、全員が共通の認識だったのだろう。
「別に私一人に対していっていることだったならここまで怒ったりしないわ。だけどこれはRoselia全体を馬鹿にしていた。私たちの今までの苦労、決意、努力。何も知りやしないのに偉そうなことを言うんだもの。そんな
だから私は、八月にライブをしたいの。彼を招待して彼にRoseliaの実力を見せつけたい。バカにしていた高校生が最高のステージを見せたら、何を思うんでしょうね」
珍しくブチ切れた友希那の言葉に全員が黙ってしまう。幼なじみのアタシだから言えることは過去一番キレているということ。友希那がこんな皮肉を言う日が来るなんて思ってもみなかった。
「無理を言っているのは理解しているつもりよ。合同ライブもあるし期間はほとんどないに等しい。セトリも、どんなライブにするのかのコンセプトも決まっていない。無謀すぎるとは思う。下手したら失敗することだってありえるわ。
ただそれでも私はやりたい。彼を見返したいということもあるけれどあなたたちと一緒にまたあの景色を見たいの。
無理なら、無理と言って。もし誰か一人でも無理と言うのなら私はライブはしない。けどもしもライブをしてもいいというのなら、私を信じてついてきてほしい」
友希那はまっすぐにアタシたちを見つめる。その瞳に迷いはなかった。
「はぁー。そんなの最初から答えは決まっています」
「え?」
呆れたようなため息をつく紗夜に友希那は目を丸くした。アタシは「そうなるよね~」なんて言って笑う。
「私たちは貴方が選んだ最高のメンバーです。リーダーが決めたことに妥協なんてするはずがないでしょう」
「……私たちは、ずっと……友希那さんに……ついていきます……!」
「そうですよ友希那さん!あこたちはちょーかっこいい演奏を見せるだけです!」
「友希那がRoseliaを大切に思っているのと同じくらいアタシたちだってRoseliaが大切なんだもん。言われっぱなしは嫌だからね」
それに見返してやりたいのはアタシたちだって同じだ。
「最高の演奏を見せつけましょう」
紗夜がいつになくイタズラな笑みを浮かべて言う。
「……私たちは……頂点を目指すバンド、ですから……!」
燐子がいつも以上に自信ありげに言う。
「今のあこたちなら誰が相手でも敵なしですよ!」
あこが元気に明るく言う。
「やろう友希那。最高な景色をアタシたちで見るために」
アタシが過去を思い出して言う。
さっきまでの怒りはどこへ消えたのか。友希那がクスっと笑みをこぼす。なんだか吹っ切れたように見えた。
「練習、厳しくなるわよ」
「上等です」
「やることも多いわ」
「……分担して……やりましょう……」
「お客さん、来てくれるかしらね」
「あこ、学校中に呼びかけますよ!」
「成功するかしら」
「あははっ。珍しく弱気だね」
「時間がないんだもの。弱気にもなるわ」
前までなら友希那は溜め込むだけ溜め込んで、爆発していただろう。きっとアタシたち四人も同じ。だからこそこうやって、面と向かって何かを言い合える空間ができたことが嬉しかった。
「だけど、やるからには全力で完璧にやり遂げるわよ」
全員が頷いてそれに対して友希那が微笑む。
アタシたちの新たな決意。ちゃんと五人で踏み出せそうだった。