今日は体育の授業でバレーボールをすることになった。
体操服に着替えシューズの靴紐を結んでコートに出たアタシに指示を出すのはバレーボールにてセッターと呼ばれるポジションの子。
一年前はバレーボールのルールなんて全くわからなかったアタシだけど授業の中で少しずつわかるようになっていた。
体育は他のクラスと合同でクラス内で二チーム作ることになっていた。だから公平にくじを引いてチーム分けをして、そこから総当たりで試合をすることになったのだ。
ダンス部でクラス内で見てもそこその運動神経のいいアタシはそれなりに活躍できていたと思う。
まあ、体育でやるバレーボールってお遊びみたいなところあるし。アタシ的には楽しくできればそれでいいんだけどさ……。
そんなアタシの思いとは裏腹に、今年のクラスは意外と闘争心の強いメンバーが集まってしまったようで。特にアタシのチームのメンバーがガチすぎたんだよね。
対戦相手である他のチームの子たちを同じチームの現役バレーボール部がコテンパンにしてしまっている。
素人相手にスパイク打つし、打たれたの簡単に返しちゃうし。アタシのチームは比較的に運動部の多いから持ち前の運動神経でバレーボール部並にみんな動けるうえに負けず嫌いも多かった。
アタシのチームと当たったチームはアタシたちと当たることを怖がっていた。正直同じチームのアタシも怖い。
競ることもないからやりたくなかったんだと思う。
「今井さんたちのところはバレーなんだね」
「わっ!芹沢くん!?突然出てこないでよ!」
「僕のことを幽霊みたく言うのはやめてくれない?」
他のチームが試合をしている間、アタシはコートの端で水を飲みながら涼んでいた。夏ということもあり窓を開けていても体育館の中は蒸し暑い。タオルで汗を拭きながら窓の真横の壁にもたれていたアタシに声を掛けたのは芹沢くんだった。
体操服の上からビブスを着ていて首に掛けられたタオルで汗をぬぐう。その姿はハッキリ言ってかっこよかった。
「芹沢くんたちのところはサッカーなんだね」
「うん。今井さんのチームは試合じゃないんだね」
「さっき終わったばっかりだよ。だからアタシたちのチームは休憩中」
「そうなんだね。残念だ。僕のチームも休憩になったから今井さんの活躍を見に来たのに」
「アタシ言うほど活躍してないからね」
コート内に視線を戻せば友希那のチームが試合をしているみたいだった。「友希那~!頑張って!」とエールを送れば一度こっちを見てすぐに試合に戻っていた。
アタシの幼なじみはあいかわらずクールだ。
「友希那は今井さん相手でもああなんだね」
「へ?ああって?」
「クールって意味。僕が声を掛けた時よりも柔らかい表情だし、棘のない薔薇みたいだよ」
「それ、褒めてるの……?」
「もちろん」
芹沢くんはいつも通りの笑顔をアタシに向けた。
けど確かに友希那は昔から不器用だしアタシに対しても冷たかった。今の軟化具合を考えると棘のない薔薇という表現は適切なのかもしれない。
「芹沢くん」
「何?」
「この間、芹沢くんと友希那のお父さんが知り合いだって言ってたじゃん?てことは芹沢くんのお父さんって音楽関係の人なの?」
「まあね。一応プロのギタリストだから」
「えっ!そうだったの!?」
最近初めて知る話ばかり聞いている気がする。
それにそれなら友希那の知り合いでも納得してしまう自分がいた。
「芹沢くんはギターやってないの?」
「昔は父さんの影響でやってたんだけど今はやってないよ」
ほら、と彼は手をアタシに差し出す。触ってみれば、指先が硬かった。それは確かに楽器をやっていた人の指だった。
「やってたんなら教えてくれてもよかったのに」
「友希那から聞いてると思ってたよ」
「うーん。友希那と芹沢くんの話ってしないからなー」
基本的に友希那はアタシが聞いたことしか話してくれない。
友希那から話してくれることと言えばバンドのことくらいだ。
それ以外のことはアタシから話すのが日常。
そもそも友希那は口数が少ないから仕方ないことかもしれないけどもう少し口数が増えてもいいのにと思うのは本音だったりする。
「その友希那はあいかわらず運動は苦手みたいだね」
再びコートを見ればサーブをネットにひっかけている友希那の姿があった。友希那のチームは初心者の方が多いから「どんまい」という声が飛び交っていた。
どうせ試合するならアタシもその空間の方がよかったなぁ。
「まあ友希那って基本音楽以外には無関心だから……」
「それ、言い訳にしていいの?」
「……本人がいいならいいんじゃない?多分」
「大丈夫じゃなさそうなのがすごく怖いよ」
だって、友希那がやる気出さないとアタシが言ったってどうしようもない。それで毎年、特に夏場は友希那に助けを求められるのだけど。アタシがいなかったら本当にどうする気なんだろうあの子は。
「大丈夫だよ。授業にはちゃんと出てるし今はテストの点も言うほど悪くないから留年する心配もないしね」
「留年する可能性があったことに驚きだよ」
……そこに関してはアタシとしても大変だったしノーコメントで。
「ていうか芹沢くん。ギター弾けるなら今度一緒にセッションとかどう?」
「うーん。けど僕ギターはそれほど上手くないよ?」
「アタシはただ一緒に演奏してみたいだけだよ?」
「……そう言われると弱いなぁ」
困ったような表情で頭の後ろを掻く彼は新鮮だった。初めて見るその表情に笑みが零れる。
「ねぇいいでしょ___」
「危ない!!」
「「っ!?」」
体育館内に響いた声。ほぼ同時に聞こえたのは何かが床に落ちる音。
音の正体を探せばそれは目の前のコートからで。コート内に座り込んでいる姿を見て本能的に駆け出していた。
「友希那!!」
集まるクラスメイトと隣のコートで試合をしていたチームをかき分けて友希那に近寄る。痛みに耐えている表情で足を抑えていた。
近くには転がる二つのボール。おそらく隣のコートのボールを踏んで転んだんだろう。その時に足首をひねってしまったんだと思う。
「友希那、立てる?」
保健室に連れて行かないと。そう思って友希那を立たせようとするも相当痛いのか立ち上がれないみたいだった。
「今井さん、友希那立てないの?」
「う、うん。けど保健室に連れて行かないと……」
「なら僕に任せてよ」
アタシの言葉に芹沢くんは真剣な視線を送る。
見慣れない視線にドキッとした。
「友希那。じっとしてなよ」
「何よっ……きゃっ!」
所々で悲鳴が上がる。なんせ芹沢くんが友希那にお姫様抱っこをしているのだから。
これにはアタシも驚いた。けど驚いたのは友希那も同じらしい。落ちないように首に腕を回している友希那の表情は困惑が混ざっていた。
「翔!今すぐ下して!」
「ダメだよ。下したって歩けないじゃん」
「歩けるわよ」
「キミは変わらず頑固だね。けどケガ人を無理に歩かせるなんてこと、僕はさせないからね」
友希那の小言を聞き流し芹沢くんはコートを横切っていく。
お姫様抱っこをされている状態で注目を浴びているということもあって友希那の顔は赤くなっていた。
体育館から出て行くその後ろ姿を追いかける。
「芹沢くん!アタシも付き添うよ!」
「ありがとう今井さん。だけど僕一人で大丈夫だよ。友希那のことは任せて」
そんな言葉を言われては任せるしかなかった。
心がもやもやする。
理由はわからない。
友希那が芹沢くんにお姫様抱っこされていること?
友希那がケガをしているのに何もしてあげられていないこと?
友希那が少しだけ嬉しそうな表情をしていたこと?
どれだろう。
仮に正解がわかったとしてもどうしてそれでもやもやするのかはわからなさそうだった。
体育の授業が早めに終わったのをいいことにアタシは更衣室からアタシと友希那の分の荷物を取って保健室へと向かった。
結局友希那は授業の途中で抜けたきり帰って来なかったから逆に迎えに行こうと思った。足をひねったのをいいことに保健室でサボっているんじゃないかと予想ができた。
そう思って向かった保健室。扉を開けようとして、窓から窺えた中の様子に手が止まる。
心臓がバクバク動く。咄嗟に隠れてしまった。
__なんで……?
アタシがそう思うのも無理はないと思いたい。
中には二人がいた。ケガをしている友希那とその付き添いをした芹沢くん。
それだけなら何も問題はない、それなのに。
どうして芹沢くんは友希那に壁際に追いやっていたのだろう。
否、あれは俗に言う壁ドンってやつだ。
わからない。
どうして芹沢くんが友希那に壁ドンなんかしているのかも。
どうしてそんな状況になってしまったのかも。
そして何より、それに動揺している自分のことが一番わからなかった。
アタシはその場所から逃げ出した。