忙しく、投稿が遅れ申し訳ございません。
ですが、モチベが下がった訳でもなく、合間合間に作業していたため遅れました。
では、十二話、お楽しみ頂けたら幸いでございます。
各所の忍びが、闇夜に急ぎ飛び交う。
何処の誰が何をしたか。
それを主に報告する為に。
誰もが口を揃えて言った。
【とある戦である将率いる織田が勝ったらしい】
ただ勝っただけならば、そうも忍びは急がない。
それでも尚、忍び達は急ぐ。
【二千に満たない軍勢が正面から一万を破った】
ただそれだけ?
否
状況が良かった?
状況ならば相手の方が良かっただろう。
並外れた武勇があった?
そんなものでここまで差のある戦が左右されてたまるか。
ならば何があった?
【知恵 知謀 策略 戦略 軍略】
戦では、謀り多きが勝ち少なきが負けると言う。
ただ、勝ち方が・・・異常過ぎただけだ。
忍びを駆使し、一兵卒たりとも無駄にせず、相手を翻弄しその結果真っ向真正面から・・・結果、自軍の損害は三百程度、相手の損害は・・・
【四千】
その差、十倍以上である。
【長良川の戦い】は、大名各所に伝えられた。
紅き虎は豪快に笑った。
そのような者がうつけの元におるのかと。
凶悪な目つきで楽しそうに口角を上げながら。
白き龍は静かにその瞳を閉じる。
義将は黙して語らず。
しかししっかりとその者の名を記憶に刻む。
黒き獅子は鼻を鳴らした。
そのような事が出来るのかと。
華奢な体を揺らし、杯を傾け夜空を見つめる。
明智の将は疑問を抱く。
そのものの名を何度も口にし、困惑する。
そして、波乱が近いことを悟る。
十二単を着込む姫は甲高く笑う。
そのようなものは偽報だと。
自信と傲慢に濡れた笑いを上げながら。
その他各方に、その名は知れ渡る。
それぞれも思惑が交差する。
そして、その思惑は全てひとつになる。
【次にその者の名を聞いた時 その時はかつてないほどの騒乱が訪れる】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
闇夜を走る無数の灯火。
翻る旗は織田の家紋。
長良川の戦いを制した皆光率いる織田軍は、義龍軍からの追撃を避ける為、休む間もなく信奈が待つ尾張、清洲城へとまっすぐ進んでいた。
が、それだけならば良かった。
追撃されることもなく、悠々と戻れる筈だった。
戦が終わり、近隣諸国の状況が心配になった皆光は駿河の様子を手空きの忍び達に探らせてみた。
そして、急遽飛び込んできた急報により、闇夜を強行しなければならなくなってしまったのである。
【今川義元率いる二万五千の兵が駿河を発つ】
もとより兵の準備をしているのは知っていたが、何も今でなくとも・・・と皆光は歯噛みする。
そして、そんな急報に織田軍は勝利に酔いしれる間もなく、強行軍を始めた。
皆光が十全な守りをと言ったはいいが、今川義元と正面からやり合ってしまえば敗北は必須である。
故に桶狭間の戦いを起こす必要があると、皆光は急ぐ。
策を練る暇はない。
すぐにでも姫様に知らせなければ・・・。
そう皆光の軍勢は急ぐも、兵達の疲弊は激しく、行きに比べ行軍速度が著しく落ちている。
「坊主、ここら辺で一度休まねば兵も着いてこまい」
流石にこれ以上の行軍は厳しいとみた道三は皆光に野営を提案した。
皆光は苦虫を噛み潰したような表情をしながらも、致し方なしと頷いた。
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「ほ〜っほっほ!さぁ皆さん、軍を進めなさいな」
甲高く耳障りな高笑いを発しながら、十二単を着込んだ少女は、雅な輿へと乗り込んだ。
【駿河の大大名、東海一の弓取り】
今川義元
それが少女の名であった。
先の美濃の戦で織田勢が勝利を収めたという事の詳細を三河の忍びに聞いた義元は、何をたわけたことをと、一笑に付した。
精々が弱卒ばかりの織田の兵が全て出払いでもしたんでしょうと楽観的な思考のもと、機は今なりと全軍に動員をかけた。
それに乗じ、三河の松平元康率いる三河衆も挙兵。
我ながら完璧な作戦ですわ、と自画自賛する。
義元にとって、織田家は邪魔なだけであった。上洛するにも尾張をとらねばならず、何度も小競り合いを起こしてきた。
その都度、跳ね返されていたがそれも此度で終わる。
闇夜に響く高笑い
揺るぎなき勝利
【桶狭間の戦い】
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早朝
帰城した織田軍を迎えたのは大歓声だった。
あちこちから飛び出してくる街の人に、もみくちゃにされる兵達。
心做しか、道三の美濃兵達が居心地悪そうに身をよじる。
が、それを気にする事もなく、皆光は道三と勝家と共に清洲城へと登城した。
本丸では、既に信奈が上座に座っており、他の重臣達も集まっている。
集まっている者達の表情は皆暗い。
何事かと言えば想像するのは容易い。
恐らく皆光と同じ報告を、既にうけたのだろうと皆光はあたりをつけた。
皆光は、臣下の礼をしながら、信奈の前に平伏した。
「姫様、美濃より齋藤道三殿を連れて参りました」
その言葉を聞いて初めて信奈は嬉しそうな表情を浮かべ、デアルカ、と返事を返し道三へと視線を向けた。
「随分こっぴどくやられたようね。蝮」
「ふん、礼は言わぬぞ」
まるで、正徳時の会見の時の様なやりとりに思わず皆光は苦笑してしまう。
相変わらず素直でない方達ですと、生暖かい目線を向けていると、それに気付いた信奈に睨まれる。
「で!どうせあんたはもう知ってるんでしょう?」
そう皆光へと強く言い放った信奈の顔は、ニヤニヤと嫌味な表情で皆光へ問うた。
「えぇ、今川義元でしょう?」
すんなりと答えた皆光に、信奈は仏頂面で舌打ちをかました。
「はてさて、二万五千ですか・・・」
考え込む皆光に、信奈は、ニッコニコである。皆光に頼めばなんとかなると思っているのだろうか。
「無理ですね!」
笑顔でそう言い放った皆光に、信奈はおろか、道三に勝家、長秀や他の重臣達も表情が凍った。
「今・・・なんて?」
「坊主、冗談はそれくらいにしておけ」
「皆光、どうしたんだ?疲れているのか?」
「知恵ものを自称していると聞き及んでいましたが・・・五点です」
各々自由な反応をしているが、冗談だとでも思っているのだろうか。
皆光は忍び達の情報や、義元の人柄を聞き及んだ上で、今川義元と正面から戦うことは避けねばならないと考えている。
「正面からは・・・と言う意味ですよ。さてと、良いですか?」
そう言いながら、皆光は指先を三本立てる。
「先ず、此度の対今川に対して、絶対に正面から迎え撃てぬと言うのが正直なところです。理由は三つ程・・・。
まず一つ目は、言ってはなんですが今川義元は少々頭が足りない事。
そして二つ目は、織田を侮り、ただの弱小としてみていること。
そして三つ目は、三河衆がいる事でございます」
なんとも言えない理由に、全員が首を傾げるが、その中で勝家だけは、なるほど!と勇んで立ち上がった。
まさかの勝家殿が!?と思わず皆光は、え!?と叫んでしまった。
「つまり正面から戦えないなら後ろに回ればいいんだな!」
「違います」
「じゃ・・・じゃあ!本陣に斬りこんで・・・」
「勝家殿・・・話は最後まで聞きましょうか?」
膝を抱えて床にのノ字を描き始めた勝家に、皆優しい視線を向ける。
とうとう涙目になってきた勝家に皆、一斉に視線を逸らした。
「まぁ・・・今回ばかりは、勝家殿が最も正解に近いでしょうね」
勝家は歓声を上げた。
その他の者は信じられないといった表情だ。
「なぁ!皆光、今すぐにでも出立しよう!」
「勝家殿・・・話は最後まで聞きましょうか?」
皆光は笑顔を向けたはずなのだが、その笑顔を見た勝家は、ヒィッと声を上げ、大人しく席に着く。
後に勝家は語った。
あの笑顔は殺る気に満ち溢れていたと。
「先程の三つが何故、負ける要因になるか・・・と言うことですが、一つ目は、頭が足りない・・・つまり、負ける事を考えず、力押しが出来るということ。以下にこちらに有利な状況下であっても、大軍の力押しでは相手の方が上手ですからね。
ま、本来そのために策を巡らすのですが・・・」
「そこで三河衆と言うことですね?」
そう言いながら扇で口元を隠した姫武将【丹羽長秀】
「そういう事です。えっと・・・」
「紹介が遅れましたね。丹羽長秀と申します」
一瞬固まった皆光だったが、すぐに立ち直り、一言よろしくお願い致します、と返した。
「という事で、三河衆を率いる松平元康が邪魔になります。かと言って、敗北の色が濃い織田に加勢させる事が出来るかといえば、そうではありません。
つまり、策を立てても看破された場合、別働隊として自由に動き回られれば、織田は戦線をふたつ抱えてしまうことになります」
松平元康・・・名を改め、徳川家康として後世まで、狸と伝わる程の傑物だ。
看破されぬわけがないだろう。
「そして三つ目は、侮っている。つまり下に見ている上に、気位が高い・・・故に敗走させることが困難な事です」
道三と信奈、長秀はなるほどと相槌を打った。
「確かに、義龍は侮った上で策にはまり、挙句敗走しておる。つまりそれら全てが使えぬと言う訳か」
「我らの置かれた状況は零点です」
「はぁ・・・あんたならなんとかと思ったんだけどね。尾張名古屋とは、よくいったものだわ」
そう洒落を飛ばす信奈に、五点ですと辛口な採点を付けるが、採点癖とはこれいかに。
「ま、勝てぬと言ってはおりませんが」
道三はまた始まったと顔を手で覆いながら、ため息を吐いた。
何だかんだと話す機会に恵まれた皆光と道三だったが、一癖、二癖もある織田家にいるだけはあると、道三は胃のあたりを抑えた。
「え?勝てるの?」
「まぁ、あくまで勝算の話ですが」
皆光がそこまで言うと、部屋の外が騒がしくなり、傷だらけの武者が入ってくる。
「失礼します!今川軍により、尾張と三河の国境にあった各砦が陥落!守備に当たっていた者達は全滅しました!」
と報告したが、その直後にもう一人入ってくる。
「失礼します!今川軍、尾張領内に突入してきました!」
明らかなカウントダウンが始まる。
結果は滅亡か、勝利か。
敗北した時点で、織田家は滅ぶ。
先程までの希望が、打って変わって一様に皆の顔が暗くなる。
「となると・・・次は丸根砦、鷲津砦ですか。幾許の猶予もなくなりましたな」
が、なんとしても桶狭間の戦いとして勝たねば、織田家は大量の兵を失う事になる。
策を用いれば、正面から打ち破ることも可能ではあったが、それに対する対価は何も無い。
駿河をとれるかと言われれば、そうでは無いのだ。
何せ、駿河の隣国は甲斐の武田である。
今川義元が討ち取られたとなれば、すぐにでもかっさらって行くだろう。
ならば、無駄に疲弊する必要はない。
故に【桶狭間の戦い】は必要なのだ。
なんとしても起こさせねば・・・。
皆光は無言で席を立つ。
周りの者達に何処へ行くかと聞かれるが、忍びでもいれば露呈してしまう。
「姫様、兵を出されませ。しかし、早ってはなりませぬ。神に祈るのです。参拝を済ませなされ。さすれば、私は織田の策士として、秘策を授けましょうぞ」
信奈へそう告げた皆光の瞳に、皆は息を呑んだ。
「な・・・何を言って・・・」
信奈は思わずたじろぐ。
「失礼」
そう言った皆光は、部屋を出ていった。
その瞳は時折、信奈が見せる魔王の姿に酷似していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
城を出た皆光は、晴々とした空を眺めていた。
さて、姫様が気付いてくれるだろうか。
そう思いながら、八にまたがる。
戦かみぁ?
儂らもいくみぁも!
そう言って、着いてこようとする兵達に苦笑しながらも、姫様に従ってくださいなと皆光は兵達を説得する。
すると、城から未だに甲冑を解いていない道三が出てきた。
「おや、もう軍議は良いので?」
「坊主が先に出てきておるじゃろうが、今更爺が出てきた所でとやかく言う輩もおるまい」
「とは言え、道三殿のお声が無ければ家臣は割れますぞ」
刺すような言い方をする皆光に、道三はふぉっふぉっと朗らかに笑った。
「ふん。儂程度の声なんぞ、一笑に付されるだけよ。信奈殿は坊主の言葉を聞いて部屋に篭ってしもうたからの」
「ならば良いでしょう」
皆光はホッと安心した。
信奈は恐らく、誰にもとやかく言われること無く考える事に集中しているのだろうと皆光は笑みを浮か、八の手網を握る。
「死ぬなよ。坊主が死ねば、信奈殿が折れてしまうやもしれん」
「はっ!毒持ちの蝮がよくもまぁ・・・ですが、そう簡単に死にはしませんよ」
そう言って皆光は駆けようとするが、不意に道三から何かが投げられる。
思わず掴んでしまったが、それは見事な太刀であった。
「何故?」
「山の中を槍で戦うつもりか?」
皆光は、なるほど・・・と肩を竦めた。
「しばしお借りしますよ」
そう言って、手元の槍を道三へ投げ渡す。危なげなくそれを掴んだ道三は、その槍を見つめる。
「恩人の形見です。しばし預けますよ」
そう言い残すと、今度こそ皆光は駆けて行った。
遠くなっていく皆光の背中を、道三は見えなくなるまで見つめ続けていた。
道中五右衛門率いる川並衆と、さらに忍び達が合流した。
「他家に行かれるか?」
「ご冗談を、私は姫様以外にお仕えするつもりはありませんよ?」
「左様でござるか」
「左様ですよ」
何やら嬉しそうな五右衛門と、喝采を上げる川並衆。
五右衛門が背後に飛び乗り、皆光の肩を真っ赤になりながらも掴む。
なにやら邪念が飛んでくるが、もはや慣れたものである。
このロリコン共め・・・と皆光は苦い顔をしただけであった。
「道案内を頼みます。とりあえずは桶狭間に向かいましょうか。それと奏順、織田軍の動向を伺ってください。何かあればすぐに伝えれるように」
奏順は、了解ダ、とだけ残し消えていった。
「桶狭間・・・でござるか?」
「手当り次第、今川の本陣を探します。そこを姫様に奇襲して頂く」
「なるほど・・・流石は小早川氏でござる」
相変わらず周囲が騒がしいが、ただのロリコン共の怨念なので、無視していく。
とは言え、丸根砦と鷲津砦の両砦が落ちるまでが勝負である。
未だにやかましい川並衆に流石の皆光も、
「はいはい。五右衛門はあなた達の心のお嫁さんデスよー」
と棒読みで言う皆光だったが、五右衛門に後頭部を殴られ、思いのほか強い威力に鼻先を八の首にぶち当てる。
出発は締まらないが、まぁいいだろう。
一行は桶狭間へと向かった。
結論。
桶狭間は山でした。
「五右衛門・・・私は桶狭間に連れて行ってくださいとお申したのですが・・・」
憎たらしいほど愛らしく首を傾げながら、指をさして桶狭間山でござると言う五右衛門。あざとい。
「ちなみにどの辺が狭間ですか?」
「ぬぅ・・・」
他の者達はそもそも土地勘がない者達ばかり。
皆一様に首を傾げている。
「まぁ、となれば次は田楽狭間ですかね」
そも桶狭間の戦いとは通称であり、実際の合戦場は、田楽狭間であると、史実には書いてあった。
つまり最初から桶狭間を目指すこと自体間違いなのだ。
策士策に溺れる。皆光は膝を折った。
皆光が少しばかり項垂れていると何やらゾロゾロと女の子が集まってくる。
「やぁ!皆光くん、尾張の貴公子!織田勘十郎信勝改め津田信澄、皆光くんとの友情の誓いを果たすべくただいま参上!」
女の子達を率いてやってきた信澄に、皆光は冷ややかな目線を浴びせる。
「お久しぶりですね、のぶす・・・バカ殿どの」
「なんで言い直したんだい!?しかも間違っている方に!」
「吹き飛ばすでござるか?」
そう言った五右衛門の手には、焙烙玉が握られている。
「ならばその先頭のお馬鹿だけにして下さいね」
「あぁもう!君という奴は!少しは優しさというものがないのかい!」
「あなたに優しさを見せると付け上がるでしょうが・・・」
もはや頭も痛いと首を振りながら原因である信澄に、今すぐにでも吹き飛んで貰えないか交渉しようとした。
しかし五右衛門がそれに待ったをかける。
「小早川氏、時間が無いでござるよ。桶狭間山はどうするでごじゃるか?」
皆光の後ろで男共が悶える中、信澄の後ろでは、女の子が悶えている。
思わず青筋を立てる皆光は、今からでも今川義元に滅ぼしてもらえばいいのにと思いながら口を開いた。
「狭間とあるのに狭間がない山なんぞに用はありません。さ、田楽狭間へ行きましょうか」
そう言った直後、信澄親衛隊の女の子が一人、桶狭間には平地があるとこぼした。
さて、いよいよ分からなくなってしまった。
何やら噛みそうな名称を説明してくるが、五右衛門に振ろうとすると無言で脛を蹴られる。
最近この子に遠慮がなくなってきている気がすると思うのは気の所為だろうか。
皆光は無言で脛をさすった。
「であるならば、平地か狭間ですね。山はないでしょう」
「何故でござるか?山頂ならば今川軍は有利に動けるでござるが」
「今川義元は雅な輿を好むと言います。上洛を目論むのであれば、それこそ輿に乗るでしょうが、輿で山越えをするには、少しばかり厳しいでしょう?」
実際、桶狭間の戦いでも今川義元は御輿に乗っていたという。ならば山道を嫌うのは致し方ないだろう。
五右衛門はなるほど、と納得してくれた様子だ。
「五右衛門は手勢を連れて田楽狭間へ向かっていただけますか?」
「小早川氏は?」
「このバカ殿を連れて桶狭間に向かいます。が治宗、右衛門、定保をお借りしますよ。念の為にね」
三人は、御意・・・と返事を返し、五右衛門はブツブツと何やら言いながら渋々田楽狭間へと進路をとる。
「どうか、ご無事で」
皆光達も地元の女の子に先導され、桶狭間へと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なるほど・・・あれが・・・」
義元の本陣は桶狭間であった。
「いた・・・あれが義元・・・あのうるさいの」
駿河に密偵として忍び込んでいた右衛門が、一人の少女を指さした。
なんとも優雅な姫様だが、皆光は義元のようなタイプは苦手である。
暫く眺めていると背後から音もなく奏順が降り立った。
「織田の姫さんが清洲城をでたゾ。熱田神宮に陣を構えてル」
「気付いてくれましたか・・・」
「どういうことだい?」
「姫様にお祈りをするように申しただけですよ」
「わけがわからないよ」
頭に疑問符を浮かべている信澄を構っている暇はないと、なんとか足止めが出来ないかと思案顔で信澄を見た。
とは言え、町娘とバカ殿である。
残念ながら、足止めができるとは思えない。
「ちぃ・・・足止めでもできれば・・・」
「なるほど!それは名案だね。僕の親衛隊ならばまずは疑われないだろうからね」
「何を言っているんですか?あなた達が足止めを?どうやって?」
こちらこそ訳が分からないとばかりに皆光は信澄を見る。
だが、至って真面目に言っているようでさらに言葉が続く。
「酒を振舞ってやればいいのさ!あとはちょいと舞ってやれば義元は籠絡できるさ!」
その自身は一体どこから来るんだろうか。案外大物なのかもしれないが、才能を娯楽に使い過ぎだと皆光は頭を抱えた。
おかげで末森城は落ちたのだが。
「ならば、ここは頼みますよ?」
「大船に乗ったつもりでいたまえ!」
「沈んでしまえばいいのに」
「最後の最後まで君は酷いな!?」
相も変わらず意味の無い掛け合いをする二人だが案外、相性はいいのかもしれない。
そして、皆光は駆け出した。
いくらか駆けた所で、不意に背後から殺気を感じた。
最近何度もいたずらに忍び達から、苦無やら殺気やら飛ばされるので多少敏感になっていた。
背筋の悪寒に身を任せ、体を捻り、横へ逸れると脇のすぐ下を手裏剣が通過していった。
手裏剣が飛んできた方向には、冷たい瞳、漆黒の忍装束、並大抵では行かないであろう忍びが立っていた。
さらに増えていく忍び達に、唇を噛みながらも臨戦態勢をとる。
皆光の背後には、奏順、治宗、右衛門、定保が着地していた。
「よくかわしたと思えば・・・忍びを率いていたか・・・」
「今川の忍び・・・と言えば伊賀忍者ですか」
「我が名は、服部半蔵。織田の間者を返すわけにはいかん」
服部半蔵・・・と言えば服部堂・・・なるほど、松平元康の手の物ですか・・・と皆光は冷や汗を垂らす。
「今川方の本陣を突き止めるとは・・・名のある侍と見た・・・行くぞ」
次の瞬間には、既に背後に立っていた。
身体中が総毛立つ。
咄嗟にしゃがみ、一太刀を躱すと、半蔵へと右衛門の苦無が飛来するが、半蔵は危なげなくそれを避けると次の瞬間には、半蔵とその配下達と、皆光の忍び達の乱戦となっていた。
現れては消え、現れては消え、もはや目で追えるものではない異次元の戦いに、流石の皆光も眺める以外できなかった。
が、すぐ目の前に半蔵配下の忍びが現れる。
思わず下がるが、既に忍刀の間合いに入っている。
(回避が間に合わない!?)
斬られる・・・皆光はそう思ったが、奏順が乙女らしからぬ声を出しながら、その忍びに飛び蹴りをかます。
思わず忍べよ・・・と突っ込みを入れたくなったが、その場を飛び退き、先程まで立っていた場所に手裏剣が突き刺さる。
「行ケ!ここにいたら死ぬゾ」
「早く向かわれた方がよろしいかと!」
「ここは・・・任せる・・・」
「追手はお任せ下さいです」
各々が皆光に逃げろと訴える。
そのお陰でようやく我にかえった皆光は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、逃げることしか出来ない己の不甲斐なさを悔いた。
「死んではなりません!必ず生きなさい!何かあればすぐにでも逃げなさい!」
そう言った皆光に、忍び達は静かに頷くと、直ぐに乱戦で見えなくなってしまった。
皆光は、直ぐに走り出した。
音が近づいては離れていく。
なおも追いすがろうとする敵を必死に抑えてくれているのだろう。
何度も躓き、その度に一歩でも先へと走る。
音も聞こえなくなり、なんとか逃げ切ったかと息を整えようとした時。
サクサク・・・と言う音と共に左腕に激痛が走った。
二の腕に二本の手裏剣が皆光に突き刺さっている。
「グッ・・・ガァ・・・まだいるのか・・・」
ふと背後に気配を感じ、左の腰に差してあった道三の太刀を抜き放ちざまに振るう。
が、初心者の刀が当たるはずもなく、正面に向かい合う形で、皆光は追跡者と対峙した。
追跡者は、半蔵だった。
「あの忍び達はよく戦っている。よもやあの数が足止めされるとは中々の手練達よ」
皆光は歯噛みした。
殺気がない。
無い訳では無いが、先程よりも大幅に薄まっている。
殺す気は無い訳では無いだろう。
つまり、殺す為に殺気を消しているのだ。
皆光はしっかりと刀を握り締める。
「流石に・・・不味いか・・・」
ひとまず毒はないようだが、止血はせねばならないだろう。
が、それをさせてくれる相手でも無いことは明らか。
皆光は正しく・・・絶体絶命に陥っていた。
このままでは・・・。
死ぬか・・・。
帰れるのなら・・・いいかもしれませんね。
諦めようとする皆光だが、意思に反して、体は熱を持っていく。
刀は手から離れず、感覚が研ぎ澄まされていく。
不意に半蔵の腕がぶれる。
地を這うように、飛んでくる手裏剣を無感情な目で見つめる。
しかし、今度は半蔵が驚く番であった。
地を這う軌道の手裏剣は、軌道を変え皆光の喉元へ向かったが、皆光はいとも容易く身を翻し、逆に地に這うことでその手裏剣を避けたのである。
さらに半蔵が手裏剣を投擲するが、真っ直ぐな軌道を描いて飛んでいく手裏剣をあろう事か刀で弾いたのである。
何かが違う。先程までの奴ではない。
そう思った半蔵は、奥の手を使う事とした。
毒手裏剣である。
「ハンミョウの毒だ。掠っただけで死ぬ。成仏せい!」
未だにこちらを無表情で見つめる皆光に、何か薄ら寒いものを感じながらも、半蔵は手裏剣を投げた。
しかも、刀で弾けないようにどれひとつとして軌道が被らないように投げられた手裏剣全てが皆光へ向かう。
皆光も迎撃の姿勢をとるが、既に手裏剣は刀の間合いへと近付いていた。
次第に、皆光の表情が歪む。
恐怖ではなく・・・その表情は、まさしく苦悶の表情をしていた。
そして・・・・・・・・・・・・
またもや一万文字近く・・・。
そろそろ文字数軽くしたいのですが、書くのが楽しいとどうしても長文になるんですよね・・・。
ご閲覧、ありがとうございました。
コメント、誤字脱字報告、評価。
お待ちしております。
桶狭間・・・長かったです