本日一日休みでしたので、連投させていただきます。
自分で書いていて思うのですが、色々とやってしまいました。
この話はおそらく、好き嫌いが別れる話となっているかもしれません。
それでも大丈夫な方は、お楽しみください。
無人となった館の広間。
そこに皆光達はいた。
会合の際、外の喧騒を気にすることも無く、ずっと館に篭っていたと語る二人を加えて・・・。
一人は斎藤龍興。
齢は十五歳と言っていたが、見事な寸胴は見た目犬千代や半兵衛と大差はない。
本来の歴史ならば、斎藤義龍の子であり、度重なる生活の乱れにより早くに病死した斎藤義龍に変わって美濃を収めていた美濃・国主斎藤家三代目主君である。
そしてもう一人・・・。
このもう一人を、皆光は激しく警戒していた。
長井道利。
斎藤家三代に仕えたとされる重臣であり、美濃、竹ヶ鼻城を守護を任された長井家の主。斎藤道三と斎藤義龍の不仲に漬け込み、斎藤義龍を誑かしたとされる。
つまり、美濃動乱の直接的な原因は長井道利にあり、なおかつその後も武田と内通するなど、謀略に長けた人物である。
「我々を捕えなくてもよろしいので?」
静かに思考を終えた皆光は、目の前に座る二人に尋ねた。
半兵衛は、先程霊力を使いすぎてしまいました・・・と席を外し、それに着いて行ったのは犬千代と安藤伊賀守、浅井長政、そして未だ意識の戻らない奏順に手当てと護衛の名目で治宗と定保がこの場にはいない。
この場にいるのは、皆光の向かいに座る二人と護衛の五右衛門、右衛門の五人だけ。
「はははっ!僕達は何も君達を捕えるために隠れていた訳では無いよ」
元気よくそう答えた龍興に、皆光はそうですか・・・と一応の納得はしたものの、なんとも言えない感覚に不安を覚えていた。
「とりあえず、お互いの腹の中を明かそうか」
「腹の中?と言いますと?」
すると、龍興はクスクスと面白いものを見たかのように笑い、皆光を指さした。
「君、半兵衛を利用したね?」
「・・・・・・何の話やら」
「だってそうじゃないか。僕はこう見えても、あの子とはそれなりに長い付き合いだからね。当ててあげようか?君の目的」
皆光の額から少しばかりの冷や汗が浮かび上がる。
「君が今回の竹中半兵衛仕官面談に顔を覗かせたのは、浅井長政の対抗馬でもない。ましてやこの城の内情を知る為でもない・・・」
この少女は何を言っているんだ。と皆光は思ったが、皆光の真の目的は確かに別にあった。
「君の目的は、美濃の内輪揉め・・・だろう?どこで知ったのかは知らないが、半兵衛は義に厚い。そして、安藤伊賀守はそんな半兵衛に過保護だ。謀反の疑いもあった。格好の的じゃないか」
「何を馬鹿なことを言っているのですか?内輪揉め?勝手にそちらが揉めたのでしょう?」
「何故・・・齋藤飛騨守があの行動を起こすのを知っていた?」
皆光の心臓が跳ねた。
史実では、犬ではなく本人の小便をかけたとされる齋藤飛騨守。
その事を知っているのは・・・【皆光だけだ】
「齋藤飛騨守は保身や姑息な手には手馴れていてね。まぁ、君の配下に殺された訳だけど、それにあれは・・・当人が勝手にやったことだ。いかに忍びとはいえ、【分かっていなければ】避ける事は出来なかったんじゃないかな?」
「私の忍びは優秀なものでね・・・」
「じゃあもうひとつ。何故重臣ばかりが集まる今回の会合・・・その襲撃で、君は一人も殺さなかった・・・いや、君たちは誰一人殺さなかったんだい?実際死んだのは齋藤飛騨守だけ、何か・・・理由があるんじゃないかい?」
「例えば・・・そう・・・半兵衛の義を刺激する為とか?」
「はぁ・・・はっきりさせて頂きたい。このような推理まがいな事をしても意味は無いでしょう。何が言いたい・・・?」
思わず圧をかける皆光に、クスクスと笑いをこぼす龍興。
そんな龍興に苛立ちを隠そうともしない皆光に、長井道利の視線が突き刺さる。
「分かった分かった。ハッキリさせようじゃないか。つまりだよ・・・君の本当の目的は・・・半兵衛の裏切りを彼等に直接見せる為だ。だから齋藤飛騨守を彼らの目の前で態々殺したんだ」
皆光は押し黙る。
「あとは簡単、殺したのは半兵衛の家臣団。傍には安藤伊賀守の姿もある。これで半兵衛の謀反はどう言おうと覆る事は無くなったわけだ」
「ふふふ・・・面白いお方だ・・・」
「ああ、間違っていたら訂正してくれて構わないよ。むしろぜひ聞かせて欲しいね」
「正解は半分と言った所」
これだけ長々と話しておきながら、半分しか正解していない事に今度は龍興が驚いた。
「まだあるのかい・・・?」
「まず一つ目、そもそも浅井長政の対抗馬として出てきたのは真実です。
二つ目、半兵衛があそこで戻ってきてくれたのは、計算外。全く持って予想だにしなかった出来事です。
裏切りを見せつける件については、正解です。あの場で誰一人殺さなかったのは、裏切りを公にする為」
「ただ一番の目的は・・・美濃三人衆・・・安藤伊賀守を除く残り二人を織田に内応させる為です。本来はただ書状を投げるだけのつもりが、いつも間にやらあんな事に・・ま、裏切りを助長した事も、内輪揉め・・・と言うより調略を仕掛けたのも否定はしませんが」
そこで一拍置いた皆光は、最後にこう締めくくった。
「私の目的は、竹中半兵衛、安藤守就、稲葉良通、氏家直元の四名の調略・・・まぁ、前鬼殿あたりは気付いていそうなものですが」
「な〜んだ。ちぇ〜・・・いい線いってたと思ったんだけどなぁ」
「だから進言させて頂いたのです。この手のことは私にお任せ下さいますようにと」
ここに来て、初めて長井道利が口を開いた。
「失礼しました。実は姫様・・・推理まがいの事をするのが少々好きでして」
「あ、いえいえ・・・勉強になります」
思わず普通に返した皆光であったが、一番警戒していた人物なのを思い出し、ハッとする。
「所で、なぜ我々と接触を?」
直球な問いを投げかけた皆光に、少しばかり困り顔の二人・・・長井道利に至っては真顔だが。
「えっと〜・・・そのぉ・・・」
ここに来て急に歯切れが悪くなった龍興に、皆光は首を傾げた。
「どうされたので?」
見兼ねた道利が龍興に変わって先に口を開いた。
「龍興様は道三殿・・・お父上様にお会いしたいそうです。実は・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
龍興は幼き頃から、父が大好きだった。
厳格で、常に先を見据える父を尊敬していた。
昔は義龍も今ほど尖っておらず、父譲りの融通の利かない性格ながらも、それなりに仲良くしていたらしい。
父譲りの武勇に、知恵、それを遺憾無く発揮し、齋藤家は安泰じゃと、義龍を褒めたと言う。
そんな義龍が羨ましく、蝶よ花よと育てられていた自分も、父の役に立てればと、兄である義龍と共に、道三から手解きを受けていた。
次第に各々が歳をとり、次第に親子として過ごすことは無くなった。
ただその頃からか、義龍は何故か道三を目の敵にするようになった。
そして決定的な事件は起こってしまった。
尾張織田家と美濃斎藤家の同盟・・・正徳時の会見である。
美濃の蝮 斎藤道三は織田信奈に己が夢を託すと美濃譲り状をしたためた。
そこから決定的に違っていった。
義龍は何故、息子である自分ではなく、他人である信奈に美濃を譲るのか。
それは国人衆も同じだった。
あのうつけ姫に・・・と激怒したのである。
それでもなお、父親を止めようと言葉で道三に詰め寄る義龍だったが、ここで決定的に食い違ってしまった。
道三は己が夢を刺激され、前を見ていなかった。
久しく感じた野心。枯れたと思っていたその心に、火を灯した織田信奈の野望。
その道三の瞳には・・・義龍は写っていなかった。
古きを壊し、新しきを取り入れんとする道三と、変化を求めず、古き良きを守ろうとする、義龍。
親子の仲はここで決定的にズレた。
義龍は道三が己を見ていない事に気付き、さらに加え、我が子はうつけ姫の門前に馬をつなぐ・・・と言い放ったのである。
それと同時に彼は義龍を見誤っていた。
義龍は、うつけに国を渡す事は出来ぬと謀反。次々に謀反を起こす国人衆。
入念な準備と、道三よりも早い根回しにより、道三は自らの息子を見誤っていたと気付いたのだ。
しかし遅かった・・・。
美濃内乱の際、龍興は道三に付くつもりであったが・・・そんな龍興を諭したのが、長井道利であったという。
道三はもう助からぬ、ならば一度は尾を振るも我慢すべし・・・。
結果として、龍興は、戦に兵を出さぬも、稲葉山城の守護を務め、父の冥福を祈り続けた。
義龍は一万五千と言う大軍に対し、道三は千足らずと言う圧倒的な兵力差で戦を仕掛けた。
そして・・・・・・【義龍は負けたのだ。他ならぬうつけの将兵によって】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「と言う訳です」
「では・・・道利殿・・・私が策を潰したと言うのは・・・」
「姫様を守る為の策です。かの大軍を真っ向から打ち破った軍師、聞かば桶狭間でも今川の大軍を破ったとか。そんな男が、美濃を標的とした・・・。それだけならば良かったのですが・・・」
「なるほど・・・半兵衛と安藤伊賀守の裏切り・・・それによる国人衆・・・特に美濃三人衆への影響・・・」
「えぇ・・・それにより、姫様は反義龍への思いが再燃・・・」
「結果として・・・」
「姫様が謀反を起こせば、義龍は容易く姫様へと兵を向けるでしょう。実際、それを危惧してか姫様は義龍により、兵を極限まで削られておりますゆえ。私の兵力では、姫様をお守りすることは難しいのです」
聞けば龍興の兵力は身辺警護や移動の為の護衛・・・二百五十余り、長井道利も、義龍一派ではなく龍興一派。兵も私兵を合わせて五百余り。
国人衆のほぼ全てを吸収している義龍ととても戦が出来るほどの兵力は無い。
「なるほど・・・」
聞けば聞くほど、龍興と道利の人物像が分かってきた。
史実とはまた違った様相なれど、龍興は父である道三を父として愛し、そんな龍興を影で支えるのは道利であると。
実際史実の道利は、龍興と最後まで共に戦ったという。
「ですが・・・とてもではありませんが、今道三殿と合わせる訳には行きません」
「な!・・・なんで!父と子が会うのにいちいち君の許可が必要なの!?」
思わず声を荒らげる龍興を道利が抑える。
「姫様・・・仕方がありません。彼は織田信奈の配下。この場で返答というのは難しいのは姫様にもお分かりなはず」
「で・・・でも・・・」
皆光は少しばかり目を伏せる。
そんな皆光に、仕方が無いか・・・と気丈に笑う龍興、その顔は・・・笑っているが泣いている。
(涙も流さず・・・お強い人だ)
皆光は、顔を上げると龍興に微笑んだ。
「龍興殿・・・確かに私が許可を出すのもお門違い・・・。ですが、決して嫌だからと言う訳ではありませんよ。約束しましょう。必ずお父上を無事、この城へ連れて参ります。ただし・・・その時に翻る旗は・・・織田の旗・・・それでもよろしいですか?」
道利は、口を挟まない。
むしろ龍興の意見・・・と言うよりは想いを尊重するようだ。
「君は・・・どうやってこの難攻不落の城を落とすつもりかな?」
「現状落ちておりますが・・・流石にこれでは姫様も納得はしないでしょう。それに、囲まれれば兵力も何も無い我々では城を守るのは不可能。ですので・・・一度龍興殿、あなたに城を返還させていただきます」
「っ!でもそれじゃあ・・・」
「この城は・・・難攻不落ではありません。この城は周辺の山、流れる川、地形・・・全てを持って難攻不落の稲葉山城なのです」
「流石は・・・気付いておられましたか」
「・・・?」
反応したのは道利。龍興は首を傾げている。
「この城は、誠に理にかなって出来ていると思い込んでいる者達が多い。
ですが、そうでは無いのです。恐らく・・・義龍ですら、この城の戦を知らない。半兵衛殿は恐らく、この城の戦を知っているからこそ、織田を幾重にも追い払ってきました」
「え?急になんの話をしているの?」
「黙ってお聞きしましょう。この方は・・・この【稲葉山城】の攻略方法を思いついたのです」
「この城は・・・壮大な山城です。大自然に囲まれ、周囲は幾重にも重なる城が籠城を助け、最も高い位置にある稲葉山城はどの方角をも見通すことの出来る目・・・稲葉山城の本当の姿は、恐らく美濃そのものであると言えます。だからこそ姫様は、他の城には目もくれずに稲葉山城を攻めるのでしょう。何せ稲葉山城の落城は・・・美濃と言う城そのものの落城と同意義ですので」
「じゃ・・・じゃあ・・・落ちないんじゃ・・・」
「だからこそ今回の布石です。西美濃はもはや美濃三人衆の国と言っても過言ではない・・・つまり、先の布石が刺されば稲葉山城は城を半分失うのです。あとは支城を作るのみ・・・場所は【墨俣】・・・織田軍は竹ヶ鼻城のすぐ東を進軍させる。城さえ建ててしまえばこちらの勝ち・・・西美濃が呼応してくれるかは分かりませんが、戦が始まれば、旗色を見て寝返るでしょう」
【一度裏切った人間は、容易く裏切る】
「言わばそう・・・」
【もう既に稲葉山城は、毒に侵されたかの如くじわじわと弱っている】
「・・・道利・・・僕の道に・・・着いてきてくれるかな?」
「我儘を言うのはいつもの事ですので。私が居なければ、誰が姫様の我儘を聞くのですか?」
道利のその言葉を聞いた時・・・皆光の心にあった長井道利と言う人物への少しばかり残った疑念の念は、全て消え去っていた。
(姫様。言ったでありましょう?姫様がどのようなわがままを言っても、私だけは必ず共に居ますよと。なればわがままを叶えるのもまた、私の役目)
(確か・・・道三殿を救出する時でしたか。またか・・・私と同じことを言う方が居るとは・・・)
道利のその言葉は、皆光を信用させるには十分だった。
「龍興殿、道利殿・・・お二人に折り入って頼みがございます」
そう言った皆光は、静かに頭を下げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
斎藤龍興、長井道利両名との会談を終えた皆光は外の空気を吸うために、庭に出ていた。
もう既に外は闇に包まれ、夜の帳が降りていた。
ふと背後から物音が聞こえ、皆光が振り返るとそこに居たのは、浅井長政だった。
「何の用ですか。猿夜叉丸殿いえ、もう良いですな。浅井長政殿」
「あぁ・・・そう呼んで貰って構わない」
「今日は静かですね・・・気持ちの良い風だ。それで、半兵衛殿にでも振られましたか?」
「あぁ、正しくそんな気分だ」
「おや、今日は随分と気落ちしておられるようで」
少しばかり間が空くと、静寂を破ったのは長政だった。
「皆光殿は・・・やはり眩しい」
「はっ、何の話やら」
「今日は・・・半兵衛殿から手を引こう。存分に勧誘したまえ」
皆光はその発言に驚き、本当に浅井長政なのかと二度見する。
「どういう風の吹き回しで?」
「ふん、忍びに見張らせて置いて何を今更・・・。ただ、少しばかり昔を思い出していた」
「何を見、何を感じたのか。それを私が知る由はありません。あなたが心の中に留めたいのであれば留めておけばいい。私はあなたが嫌いです。女性を蔑ろにするのも、それを政略に使うのも。ですが、それがあなたの在り方なのなら、それもまたいい。所詮は・・・他人なのですから」
「・・・・・・・・・そうか」
一人、静かに立ち去る長政の背中を、皆光は見詰めていた。
その背中はどこか、寂しそうで皆光は口をへの字に曲げながら、最後にこう告げた。
「何かあれば、吐き出す事をお勧めします。私の知恵で良ければ、お貸ししましょう。そう簡単なものでも無いでしょうが」
今度は長政が驚く番だった。
まさか皆光の口から、自分を気にかける言葉を投げかけるとは思わなかったからだ。
「まさか皆光殿からそのような言葉を聞くとは・・・だが、そうだな。考えておこう」
長政は胸の中が少しすいた気がした。
心の中で静かに礼を言い、その場を立ち去る。
今度は入れ違いで、半兵衛と安藤伊賀守が庭へと尋ねてきた。
「おや、御二方・・・」
皆光は半兵衛達へ向き直り、静かに頭を下げた。
「此度の独断専行、家臣として恥ずかしい限りです。誠に申し訳ございませんでした」
静かに頭を下げる皆光に、半兵衛はオロオロするも、頭を上げてください・・・と困った顔をした。
「皆光殿は悪くはござらんよ。全ては運が悪かったこと・・・。わっちがもう少ししっかりして居れば、半兵衛をこんな目に合わせずに済んだだけの話よ」
「いえ・・・叔父上様は悪くありません・・・くすん・・・くすん・・・わたしがもっとしっかりしていれば・・・」
皆光は静かに顔を上げた。
「それと半兵衛殿・・・私達を助けて頂き・・・ありがとうございます」
「・・・そんな・・・こちらこそ・・・申し訳ありません。皆光さん達を置いて逃げたりして・・・」
「こちらこそ・・・至らぬばかりに・・・」
「お礼を言うのはわたしの方です。あの時は・・・助けていただいて・・・」
「ほれほれ・・・二人とも。このままでは感謝と謝罪合戦になってしまいますぞ」
呆れ顔の安藤伊賀守に諭され、思わず顔を見合わせる半兵衛と皆光。
その表情がお互いにツボをついたのか、クスクスと静かに笑い出す。
「先程、龍興殿と道利殿に頼んでまいりました。この一連の事件は、私・・・織田軍軍師、小早川皆光が起こした事件であると。半兵衛殿は私に誑かされただけと言った布施を流して頂きました。これで何とか・・・汚名を返上できるかと思われますが・・・」
「そんな!だって皆光さんは・・・」
「敵です。私はあなたの敵ですよ。幾度と無く策をぶつけ合った。少なくとも義龍は、私を半兵衛殿と渡り合える人物と認識しているでしょう」
そう言って、静かに笑う皆光に、半兵衛は胸を抑える。
「私は、姫様と共にこの城を今一度、落としに来ます。今度は容赦はしません」
「なんで・・・・・・なんで・・・そんな事を言うんですか?」
半兵衛が初めて感じる、胸の痛み。
ギュッと締め付けられるような感覚。
「簡単ですよ・・・敵だから、言うんです」
そう言った皆光の目は、半兵衛を見ていなかった。
半兵衛の目尻から、涙が溢れる。
それでも、会った時みたいに、撫でてはくれない。
助けられた時のように、触れてはくれない。
半兵衛にとっては、それがたまらなく苦しかった。
「・・・いぢめ・・・るんですか?」
「えぇ・・・いじめます。もしかしたらこの手であなたの首を落とすかもしれませんね。そうなればその首級は、いくらになる事やら」
そう言った皆光は、静かに刀を抜き放ち、半兵衛の首元に置く。
「動くな。安藤伊賀守・・・あなたが動けば、あなたの心ノ臓は我が忍びが貫く事になる」
思わず拳を握りしめた安藤伊賀守の背後には、五右衛門が立っていた。
「これでもまだ、寝言を言いますか?」
半兵衛の足が震える。
怖くて堪らない・・・だが、そんな自分を見る皆光の目は、何故かもっと痛そうに見えた。
「友達じゃあ・・・ダメ・・・ぐす・・・ですか?・・・くすん・・・」
一瞬だけ、皆光の刀は震えた。
「皆光さん・・・わたしはどう・・・したらいいですか・・・。軍師なのに・・・色々お勉強したのに・・・分からないんです・・・くすん・・・」
「その答えなら私が告げた筈だ。竹中半兵衛。敵として・・・私を殺しにくるか、私に殺されるかの二択だ。この戦乱の世を統べる軍師が、友とも呼べぬ者を友と呼ぶ。それで戦をしてみろ」
皆光は刀を首に据えたまま、半兵衛の胸倉を引き寄せた。
「国は死ぬぞ。民も死ぬ。己も死に、次の世代を生きる子も死ぬ。あなたの愛する叔父は、私に殺されるかもしれんぞ。それが嫌なら、逃げればいい。逃げて、隠れて、軍師なぞ辞めてしまえばいい」
皆光の言葉に・・・半兵衛はハッとした。
「わたしに・・・逃げて欲しいんですか?」
「何を・・・」
「皆光さんは・・・やっぱり優しいです・・・ぐすん・・・怖いことを言って・・・脅かして・・・わたしが逃げるように・・・」
明らかに狼狽える皆光に、思わずクスリ・・・と笑みがこぼれる。
皆光は変わっていなかった。
そう知れただけで、半兵衛の胸の痛みは引いていく。
「あぁ、残念だ・・・この手であなたの首を落とさねばならないなんて・・・」
皆光が刀を振り上げる。
皆光の瞳は・・・酷く冷たい。
半兵衛はその目を見て、皆光が本気であることを知った。
「半兵衛!ぬぉっ!」
思わず動こうとした安藤伊賀守は、刺されたのか、ピクリとも動かない。
「皆光さん・・・」
皆光さんが・・・苦しみませんように・・・。
半兵衛は瞳を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どれくらい経ったのだろうか。
自分は死んだのだろうか。
体の動かない半兵衛は自問自答しながらも、その暗闇から抜け出そうとはしなかった。
最後に見た皆光の表情は冷たかった。
どうせなら・・・笑顔を見たかったな・・・なんて一人クスリと笑う。
不思議と冷静だった。
半兵衛の唯一の心残りは、皆光を悲しませた事だ。
胸が痛む。
優しい人だった。
笑顔の暖かい人だった。
皆光に助けられた時、離れる為に、一歩踏み出す事に心が痛かった。
皆光を助けた時は、少し誇らしかった。
「もう・・・会えないんですね」
そう思うと、涙が溢れてくる。
ふと、頭に暖かいものが触れる。
今日、何度も撫でられたから分かる。
これはきっと皆光の手なんだろうと、そう思うと、少し胸の痛みが少し和らいだ。
「皆光さん・・・」
「なんですか?」
声が聞こえた。
その声を聞いた途端、胸が高鳴る。
会いたい・・・そう願った半兵衛の願いを叶えるように、徐々に視界に光が戻る。
気付けば、屋敷の中で寝かされていた。
「皆光さん?」
「・・・・・・・・・」
半兵衛は思わず自分の首を確認するも、きちんと繋がっていた。
「どうして・・・斬らなかったんですか?」
「さぁ、何故でしょうね」
何処と無くまだ突き放したような話し方をする皆光に、半兵衛は少しばかり寂しくなる。
「わたしは・・・皆光さんがわからないです」
「それで・・・いいんです。私を知った所で、幻滅するのは半兵衛殿ですよ」
「わたしは、皆光さんを尊敬しています。凄い方だと思います。でも・・・少しおバカさんかもしれないです」
「えぇ、私は馬鹿です。本心では、あなたが欲しい。それなのに、あなたを危険な目に合わせたくないと思ってしまっている。だから逃げて欲しいと・・・先程のことは謝りませんよ。その代わり・・・助けて貰ったお礼に何か一つだけ、私に出来る限りの事をしましょう」
半兵衛は少し嬉しそうに微笑んだ。
早鐘のように心ノ臓が高鳴る。
「何が皆光さんをそこまで動かすのですか?」
「私は・・・姫様の野望に惚れております。この日ノ本を統一し、この国の外へ・・・世界へ飛び出す。古き物を廃し、新しきものを取り入れる。古きしがらみに苦しむ民を救う為に戦う・・・そんな姫様の野望に」
「それは・・・幻想です。叶う筈が・・・」
「だから私達は頑張るんです。姫様はさしずめ、皆を照らす陽の光、そんな光に当てられて集まった家臣たちは、姫様の輝きに導かれ、真っ直ぐと進んでいく。ですが、進むその先に、障害があれば、そこには影が落ちてしまう。それが今の日ノ本の現状です。光は覆ってしまえば、食物は育ちません。大地は冷え込み、人々は飢える。ですから、姫と言う光を覆う影を、私達は退かすのです。その為の、仲間たちです。皆を照らす光を、彼女は持っているのですから・・・」
そう言って語る皆光の表情は、柔らかく、優しく、凛々しい。
「皆を照らす光・・・まるで皆光さんのお名前みたいですね・・・」
「私は光にはなれませんよ」
皆光はそう言って自嘲気味に笑った。
その表情はどこかもの悲しくもあり、自分を卑下している様子が伺えた。
「さてと・・・あまり長居は出来ません。安藤伊賀守殿は、麻痺毒により少し痺れているかもしれませんが、命はとっておりません」
そう言って、皆光は立ち上がった。
「皆光さん・・・お一つだけ、お頼みを聞いていただけますか?」
「なんです?」
「わたしも・・・あなたが欲しいです」
皆光の思考は・・・そこで一旦停止した。
この少女は何を言っているんだと。
「私は・・・織田家以外には仕えませんよ」
「はい・・・知ってます」
「でしたら・・・」
「わたしを、皆光さんの家臣として、一緒に連れて行ってください」
「私は・・・あなたに逃げて欲しい。これから進む道は、続く戦は、日ノ本全土を巻き込む・・・。あなたを守りながら・・・戦える自信はありませんよ」
「一つだけ・・・願いを聞いてくれるんですよね?」
皆光は手を顔に当てた。
(この子の将来が心配だ・・・)
「安藤伊賀守・・・あなたはどうです?」
皆光は、背後から忍び寄る安藤伊賀守に対して、言葉を放った。
「・・・・・・半兵衛の進む道・・・半兵衛の仕える主はわっちが決めることではない。じゃが半兵衛を泣かしてみよ・・・その時は主の首・・・貰い受けようぞ」
「はぁー・・・安藤伊賀守。あなたも共に来てくださいますか?ここにあなたを残して行けば、半兵衛が泣きますよ」
「ぬっ!それはいかぬ!ぬぅ〜・・・」
「脅されたという事で」
「・・・・・・すまんの」
「半兵衛殿・・・」
「半兵衛とお呼びください、我が殿。これからは殿の為にわたしの知略と陰陽の術を思う存分お使いください」
「ならば半兵衛・・・私の事も、皆光とお呼びいただいて大丈夫ですよ」
「はい!皆光さん!これからよろしくお願いしますね!」
そう言って笑った半兵衛。その横ではやれやれと肩を竦めながらも、少し嬉しそうな皆光。そしてそんな皆光を射殺さんと睨み付ける安藤伊賀守。
そしてジト目の赤い瞳・・・。
「また増えたでござるな・・・ふん!」
一人お怒りの忍びが一人。
本日は急な連投により、キャラ紹介を作ることが出来ませんでした。
明日からは仕事なので、少しばかり時間がかかると思われます。
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