謀っ子世にはばかる〜織田信奈の野望   作:☆蛇☆

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本日、休日の為、小説を書いておりましたら現在朝の九時。
書き始めたのが夜の九時からなので、約十二時間ぶっ通しで書き続けていた事に・・・。
楽しくて楽しくて書いていたら、二話完成したのですが、話を切るとどうも微妙な感じに・・・結果、二話を複合させ、一話として出させて頂きます。
文字数は脅威の一万六千文字・・・。
ちなみに、キャラクター紹介も本日サボらず後書きにございますので、ゆっくりして頂けたらな・・・と思います。
コメント、評価、お気に入りの程をよろしくお願い致します。


それぞれの大志

 

 

 

紅く染る空、集められた者たちは、自分達が一体何をするのか、何をさせられるのか、何一つ知らずに、集まっていた。

川並衆、小早川の私兵衆、総勢六百余り。

この二日間、尾張にある種子島を信奈が許す限り掻き集め、弾薬や馬の餌である乾いた藁、矢や油、米袋などを集め、大量の筏を作った。

 

全ては皆光の指示通りに。

 

そして今、その指示を下した人物は、静かに空を見つめ、時を待っていた。

 

「良い兆候ですね」

 

一人、静かに呟く少年は、まるで何かを知っているように空を見上げた。

そして、少年の背後に黒い影が複数、舞い降りる。

 

「小早川氏、準備は整ったでござる」

 

皆光一番の腹心・蜂須賀 五右衛門。

 

しかし、五右衛門はまるで分からないと言う表情で皆光を見つめる。

 

「川を進むのは分かるんだがナ。如何せん肝心の作戦を伝えられなきゃ動けないってもんダロ?」

 

そんな皆の疑問を一纏めにして皆光に投げ掛けた少女。

伊賀崎 奏順。

先の稲葉山城の動乱にて、深手を負ってしまった少女だ。

未だ少しばかり動きがぎこちないも、彼女は床に伏せるのを良しとせず、身体を押してついてくるつもりらしい。

 

皆光はそんな彼女を心配そうに見つめるも、皆光以上に奏順を心配そうに見つめる存在が、口を開いた。

 

「そうだぜ大将。姫の言う通りだ」

 

川並衆の副長格、川並衆ならぬロリコン衆筆頭、前野某が、皆光に詰寄る。

 

皆光は、全員が揃うこの時を待っていた。

史実でも、伝説と称される木下藤吉郎の策。

しかし、此度の作戦はその二番煎じながらも、策が成るまでに何人死ぬかと言った非常に危険な策なのだ。

そんな策に皆光は、彼等を一足として使う事に・・・軍師でありながら・・・命じることが出来なかった。

 

(この甘さが・・・いつか私を殺すんでしょうが・・・)

 

皆光は・・・静かに・・・しかし凛とした声で、自らの策を話し始めた。

 

 

「此度、姫様からの命により!私達はある策を成さねばなりません!目的は墨俣・・・その地に城を築く事・・・しかし、現状美濃と尾張は戦の最中・・・そう易々と建つほど義龍は甘くはありません!故にここで私は・・・ひとつの奇策をとる!我々は木曽川の上流へと進軍・・・上流で城を幾つかの部品に分けて作成します!その後は、木曽川から墨俣へ下り、その地で城を組み立てる・・・それが我々尾張が活路を開く唯一の策である!」

 

皆光はそう宣言した。

皆光の私兵も、川並衆も・・・五右衛門や忍び達も、皆光のその宣言に絶句していた。

 

「大将・・・無茶言うんじゃねぇ。木曽川は名うての急流だ!んな素人と荷物を運べるような川じゃねぇ」

 

「皆光殿は、我々に死ねと申されるか!」

 

「命が幾らあっても足りませぬぎゃあ〜!」

 

皆が思い思いの叫びをあげる。

無理もない・・・。

だが、策をするにあたって・・・こんな場所で折れてしまうような人員が、墨俣の地を踏めるはずも無い。

皆光は、ここで人員を篩にかけるために、ある程度人員がまとまった状態で策を話すことにしたのだ。

 

「安心してください。何も無理にとは言いません。逃げるもよし・・・命はただ一つ。咎めはしませんよ。愛する国を守る為でもない。愛する人を守る為でもない。高々大名同士が勝手に始めた身勝手な天下取り・・・」

 

皆、静かに・・・皆光を見ている。

 

「私は・・・織田信奈を王にする。ただそれだけの為に、私は死地に赴く。たとえ死地であろうが、地獄であろうが、彼女の行く先を・・・私は生地(せいち)へと変えてみせましょう。私と共に、死ねるならば着いてきなさい」

 

皆光は静かにその場を去る。

 

たとえ着いてこなかろうと、皆光にとっては大切な者たち。

彼等が死なぬのであれば、それもまたよし。

 

 

 

 

 

 

「相変わらず小早川氏は妙な所で甘い・・・」

 

「そういう所がまたいいんだヨ。それに、そう言いつつもあんたは着いていく気満々みたいだシナ」

 

「私達は・・・主君の忍び・・・」

 

「彼の行く先に我等あり・・・ですわ」

 

「えっと・・・はい・・・その通りです」

 

立ち上がったのは忍び達。

 

そんな少女達・・・特に五右衛門を親分と仰ぐ連中が、皆光の脅し程度で五右衛門を見捨てるわけもなく。

 

「ったく・・・親分が行くなら俺達も行くしかねぇじゃねぇか」

 

「俺達が親分をお守りせずに、誰が守るってんだ!」

 

皆光の元へと馳せ参じた者たち。

彼等は、皆光の戦ぶりを知っている。

真正面から大軍を退けるその手腕。

自分達が思う以上に自分達を動かすその能力。

長良川、桶狭間と二度の激戦を彼と共にしたものたち。

そんな彼らが、皆光を見捨てる事なぞ、ありはしなかった。

皆光の主君は信奈だが、彼等から見て・・・自分達の主君は信奈ではない。

皆光なのだ。

 

「オイラは皆光の大将についていくだみゃ!」

 

「我等小早川軍!斎藤義龍をもう一度叩き潰す!」

 

「俺達の大将は皆光様だぎゃぁ!」

 

皆光の優しさ、甘さ・・・非道さ。

それら全てを引っ括めても、彼等は誰一人として逃げるもの達はいなかった。

 

皆光もまた玉・・・彼に引かれる者たちは、彼を大将と仰ぐ。

五右衛門も、奏順も右衛門も、定保、治宗・・・そして、かの竹中半兵衛までも。

 

皆光が信奈を王にするならば、彼等は皆、皆光を王と仰ぐべく、奮い立つ。

 

 

皆光は背後を見た。

誰一人掛けていない。

 

「図り違えたのは私の方・・・でしたか」

 

忍び達も、兵達も・・・その表情に敗北を感じていない。

皆光は、まるで大軍を背後に率いているような、そんな覇気を・・・背後で感じながら、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

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そこからは早かった。

一切迷いのない兵たちは、これさえあれば勝てると意気込み、次々と部品を完成させていく。

筏の先端を尖らせ、柵に流用する為の作業。

逆茂木(現代で言う有刺鉄線の様なもの)の為に枝を結う。

 

そして周囲が暗夜に包まれた頃。

 

暗闇の中、川を下ってきた小早川軍は、墨俣の地を踏んだ。

 

河原へ到着し、皆光は暗闇で、背後を見つめる。

軽く三十は死んだだろうか。

 

皆光は、自らの筏の背後を下っていた自らの軍が、急流に飲み込まれる姿を見ていた。

しかし、誰も彼も、助ける者はいなかった。

当たり前だ。

止まれなかったのだから。

次は自分の番か・・・と一隻、また一隻と沈むその姿。

行きと比べ、少しばかり皆の表情も暗い。

しかし、素人が大勢いる中・・・言わばそれだけしか犠牲は出なかった。

そう・・・割り切るしかないだろう。

 

「小早川氏・・・これも必要な犠牲でござる。ここで小早川氏が折れてしまえば・・・かれりゃのぎせいはむだににゃるでごじゃるぞ」

 

分かっている。

皆光とて分かっているのだ。

 

「大事な所で噛むのは相変わらずですね」

 

皆光は五右衛門に微笑んだ。

後ろばかり・・・向いてはいられない。

皆光は立ち上がった。

 

「さぁ・・・伝説を打ち立てるとしましょうか」

 

未だ次々と上陸してくる筏。

彼等と共に・・・この地を生地とする為に。

 

 

 

 

 

次々と組み上がっていく城。

 

 

柵を地面に打ち付け、さらにそこに筏をばらした丸太を次々と地面に埋め込み城壁と成す。

そして城本体・・・その土台となる土塁。

米袋に、たっぷりと川底の砂や砂利、河原の石を放り込み、次々と敷き詰めていく。

現代で言う所謂土嚢と呼ばれる物だ。

それをいくつも積み上げ、城の高さを確保し、なおかつ防衛しやすいように少しばかり高く積み上げる。

そして、土嚢を囲むように、粘土を表面に塗りたくり、簡易的な石垣を完成させる。

櫓を組み立て、四方を見渡せるように組み上げていく。

櫓同士を繋げるために、武者走(むしゃばしり・今で言う渡り廊下)で櫓同士をつなげ、そこに竹を連ねて簡易的な盾で武者走を守る。

そして城壁を少しばかりくり抜いて簡易的な狙撃窓を作る。

表は逆茂木がぐるりと取り囲み、砦のような様相ながら、見事な城が出来上がった。

 

既に空は白みつつある。

 

稲葉山城の姿が、後光に照らされ、美しく輝く。

墨俣城は・・・完成した。

皆によくやったと、酒と菓子を少しばかり配る。

皆も喜び、叫び、咽び泣く。

 

「これで先ずは一手・・・」

 

 

 

 

 

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「なんだと!?そんな馬鹿なことがあるか!」

 

義龍は叫んでいた。

支流が重なり、美濃の要害として機能していた墨俣・・・その地に一夜で城が建っているのだ。怒鳴りたくもなるだろう。

 

「まことでございます!墨俣に城が出来ております!敵は火縄に火を付け、虎視眈々とこちらの様子を伺っているご様子!」

 

墨俣は要害である。

度重なる河川の氾濫により、年々と姿形を変えようと、その地をとられることは、言わば懐に入られると同意。

 

「なんと・・・一夜にして城が・・・」

 

「敵は一体何なのだ・・・神仏の類ではあるまいな・・・」

 

各々が弱々しい言葉を口に出す中、義龍は怒りに身を震わせ、軍配扇子をへし折る。

 

「またあの小僧か・・・」

 

一度目は長良川で・・・二度目は自らが居城・・・稲葉山城で。

さらに自らの元から、竹中半兵衛を連れ去り、安藤伊賀守をも彼に寝返ったと聞く。

 

「各将へ触れを出せ!城を攻める!」

 

まさか自分の収める地・・・この美濃の地で自らが城攻めをするとは・・・と義龍は唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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龍興は、大慌てで軍備を進める義龍軍を眺めていた。

そして、視線を墨俣の城へと移す。

 

土塁、城壁、櫓、どれを持ってしても、一夜の城にしては手が込みすぎている。

種子島を纏めて抱えた武者走を走る兵が、遠いながらも目に映る。

 

一朝一夕で出来るものなのだろうか。

 

各諸侯と顔を合わせないよう・・・敢えて遅参した長井道利が龍興の前に跪こうとして、墨俣を見て言葉を失っていた。

 

「彼は一体・・・何者なんだろうね。どうやって城を作ったのか?材料は?あの見事な土塁はどこから?尾張勢は一体どこから湧いたんだい?」

 

流石の龍興も、訳が分からないといった表情で、ぶつぶつと呟いている。

軍略・・・と言った点では、長井道利は龍興に劣る。

 

長井道利は、もしもあの城が天から降ってきたと言われれば、信じるだろう。

 

「まさか・・・本当にあの地に城が建っているなどと・・・」

 

「尾張勢は、君の収める竹ヶ鼻城の付近を通ったはずだ」

 

「私は・・・昨日とて兵に巡回させておりましたが・・・そのような影は一切無かったと」

 

「なんだって・・・?」

 

本当に天から湧いたのではないだろうか。

そんな思いが・・・思わず龍興の胸を占める。

龍興は、出陣していく兄を眺めながら、戦場となるであろう地を見下ろした。

そして、龍興はなにかに気付いた。

 

「道利・・・あの城の背後には・・・何が見える?」

 

長井道利は、墨俣の城を見つめる。

地形、立地、全てをとっても、理想的な平城であると言える・・・。

 

「地形?」

 

長井道利は、確かに龍興に劣るとはいえ、武官文官の区切りで分けるとすれば・・・どちらかと言えば文官向きである。

一重に政略向きではあるが、軍略とて侮るべからず。

 

「まさか?」

 

「くっ・・・くくく・・・あっはっはっはっは!そのまさかさ!おそらく彼らは・・・川からやってきたんだよ!城?運んだんじゃないかな。あの大きさの城を運べる手段は僕は知らないよ・・・。だけどもまさかそんな方法で来るなんてね!全く!彼は最高じゃないのさ!」

 

大口を開けて笑う龍興を咎めることも無く、長井道利は、小早川皆光なる人物に言い様もない恐怖を感じていた。

 

「この戦は義龍の負けさ。ああそうだろうさ!何せ・・・彼が相手だ!さぁ・・・今度は何を見せてくれるのかな?」

 

稲葉山城の山頂・本丸にて、斎藤龍興はこの戦の行く末を見守る。

麓から、義龍率いる軍が出立する。

そんな彼らを・・・冷たく見遣りながら・・・。

 

 

 

 

 

 

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千、二千、三千、六千。

稲葉山城を筆頭に各城から出陣したであろう美濃兵が、墨俣の地へと殺到する。

背後にはいくつもの支流が重なり、襲われる心配は無いものの、それは言い方を変えれば、織田勢とて撤退は出来ないということ。

 

【背水の陣】

 

この城と、川を背にした布陣。

撤退する事を度外視した・・・徹底抗戦専用の策である。

 

「流石の義龍も・・・この墨俣の城にゃ堪らねぇらしいな」

 

一升びんを抱えた前野某が、皆光のいる櫓を登ってきた。

この男は・・・戦が始まると言うのに何をやっているんだ・・・と皆光は呆れ顔である。

 

しかし、そんな櫓の雰囲気とは裏腹に、義龍軍は決死の表情である。

しかしそんな決死の覚悟も、徒労に終わる。

義龍軍が長良川を渡るその時、墨俣の城から一丁・・・また一丁・・・と大量の鉄砲が義龍軍に向けられた。

先陣を斬る義龍軍の兵達の表情が・・・勇ましさから絶望へと変わる。

義龍軍は、長良川の戦い・・・苦しくも今自分達が渡っているその川で、その恐ろしさを身をもって経験しているのだ。

そして、皆光は号令をかけた。

 

「放て!」

 

轟音・・・

 

義龍軍の鬨の声以上に響き渡る轟音は、義龍軍を浮足立たせた。

何とか墨俣の城へ攻め入ろうと川を渡っていた先陣は、血の花を咲かせ、瞬く間にその地へと身を沈める。

 

そしてさらに次々と交代しながら、本来連続で飛んで来ない筈の種子島の銃弾が連続して義龍軍の兵達を貫いていく。

しかし、如何に策を用いようと、横に広く広がることの出来る大軍相手には、分の悪い戦。流石の種子島も数に限りがある上、正面を押すのが精一杯。

 

「流石に数の理は敵方にあり・・・か。だがこの地を利用した策は・・・まだ終わってはおりませんよ」

 

皆光は、自身の立つ城の土塁へと・・・視線を向けた。

 

 

 

 

 

左右へと溢れ出した義龍軍。

そしてそのまま長良川を渡ろうとするが、ふと先陣が消えた。

 

「なっ!?どこに行きおったのだ!」

 

鎧武者を指揮する侍大将は、唐突に消えた前衛の兵士たちを探す。

 

城の正面は種子島による弾幕で兵が死ぬばかり、ならば横からと墨俣の城を包囲する為に、横へと兵を進めた。

 

「えぇい・・・もう良い!皆の者!ついてまいれ!」

 

そして・・・その侍大将は・・・戦場から忽然と姿を消した。

 

 

 

 

 

 

皆光は左右に展開しようと右往左往する義龍を見つめ、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「流石は小早川氏。城を立てる工程ですら・・・策にするとは・・・」

 

「態々この城の側面を敵に差し上げるほど・・・私は優しくはありませんよ」

 

何故前衛が消えたのか・・・その理由は、この城の土台・・・土嚢として機能している砂や砂利・・・石である。

皆光は、城の周辺の石を集めるという事はせず、態々川底を掘り、あえて正面には手を付けず、正面以外の川の深さを調節したのだ。

 

そんな事は露知らず、続々と押し寄せる義龍軍は、川の水により落とし穴に気付かず、落ちる。そして、鎧が人間の浮力を奪い、川底で溺死する・・・。

 

五右衛門は、川の中の状況を想像し、身震いした。

 

小早川軍は一切城の外へと討って出ず、一方的な損害だけが、義龍軍へと降り掛かる。

しかし、その犠牲は無駄ではなかった。

落とし穴の人柱となり、穴を埋めた自軍の死体を踏み付け、決死の思いで更に城へと肉薄する義龍軍。

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな決死の思いすら踏み躙られる・・・。

 

 

 

 

 

 

西から、さらに軍勢が現れた。

 

その数、五千。

 

援軍か!と喜んだ義龍軍だったが、その先頭にいる人物を見て、顔を青ざめた。

 

「た・・・竹中半兵衛重虎、義によって・・・・・・いえっ!義よりも大切なものの為に皆光さんに助太刀致します!」

 

小さな子馬に跨り、堂々と宣言する半兵衛。

その背後には、鎧兜に身を包んだ安藤守就、氏家直元、稲葉良通。

西美濃をその手中に収める、美濃最大の戦力と言っても過言ではない美濃三人衆。

 

天才軍師、竹中半兵衛に加え、美濃三人衆、それらの裏切りは義龍軍の戦意を喪失させるには十分だった。

 

そして・・・半兵衛の羽扇が振り下ろされた。

 

墨俣の城を取り囲みつつあった義龍軍は、その包囲を解き、西美濃の軍勢を迎え撃つべく体制を整えようとした時。

 

また更に、一軍が新たに現れた。

 

今度は東から・・・今度は、明らかな敵として。

風にはためくその旗印は・・・織田の木瓜紋。

織田軍の主力である。

その先頭には、南蛮甲冑を身にまとい、赤いビロードマントをはためかせながら、速度を落とすことなく義龍軍へと歩を進める信奈の姿が。

 

「突撃っ!」

 

信奈の号令により、織田軍全軍が義龍軍へと殺到する。

 

「槍を交えたいものは前に出よ!柴田勝家ただいま見参!全軍、姫さまに続けぇぇ!」

 

「尾張の貴公子、津田信澄見参!あ、待っておくれよ勝家〜!」

 

「われら尾張勢が全軍で押し寄せてきたのを見て、美濃勢は浮き足立っています。九十三点」

 

「・・・皆光を虐めるものは許さない。わぁ、わぁ」

 

西美濃軍、織田軍、そして小早川軍、完全に形勢逆転所か、むしろ義龍軍が可哀想な程の戦力差。

 

義龍とて、まさか織田が全軍で墨俣の地へと押し寄せてくるとは思っておらず、織田軍迎撃の為の兵力は、稲葉山城を守っている筈だ。

 

「墨俣を捨てる・・・稲葉山城の守りを固めるぞ!」

 

急ぎ撤退する義龍軍。

その数は出陣の時と比べ、半数近く削られていた。

義龍を先頭に、稲葉山城へと駆け込もうと城へと近づくが、普段ならば自らを迎え入れるはずの城門は、固く閉ざされたまま。

 

「何をしておる!早く門を開けぬか!!」

 

そう叫んでも、門はピクリともしない。

そして、城門の上から・・・一人の少女が顔を覗かせた。

 

「やぁやぁ、随分と無様に負けたようだね。兄上」

 

「龍興っ!」

 

義龍の胸中に、嫌な予感が渦巻く。

 

「龍興っ!織田が迫っておる!城の防御を固めねば美濃は落ちるのだ!早く門を開けぬか!」

 

頼む・・・嘘であってくれ・・・義龍はそう思う他なかった。

しかし、現実は非情なり。

龍興は、大口を開けて、義龍を笑う。

 

そんな表情で・・・儂を見ないでくれ!

 

そんな義龍の胸の内を知ってか知らずか、龍興は口を開いた。

 

「美濃が落ちる?まるで他人に落とされたかのように言うんだね。兄上」

 

「・・・何を・・・龍興・・・」

 

「何故、国人衆は嫌々ながらも父上を主君と仰いでいたか分かるかい?僕達斎藤家は、何故下克上をされなかったか分かるかい?何故農民は父上を蝮と恐れながら・・・反乱を起こさなかったか分かるかい?」

 

義龍は、なぜ自分が龍興に問われているのか分からなかった。

龍興の言い方・・・それではまるで、己自身が美濃を強国から弱国へと導いたかのようではないか。

 

「父上は確かに・・・その国盗りの仕方故に味方は少なかった。それでも、従っていたのはそれが美濃を強国へと導く政策だったからだよ。土岐の一族が治めていた頃の美濃はそれはもう酷かったらしいね。まるで京貴族の真似事のようだ・・・と父上は揶揄していたよ。これが兄上・・・斎藤義龍が掲げる野望なのかい?それは国人衆も兄上に喜んで着いていくだろうさ。そんな古き悪しき風習を今一度堪能出来るんだから」

 

やめてくれ・・・お前の口からは・・・。

 

「兄上・・・君は・・・君主の器ではないよ。精々が将止まりさ。美濃は僕が貰う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織田信奈、斎藤道三、小早川皆光、竹中半兵衛、そして・・・実の妹・・・斎藤龍興。

義龍はこの中の誰一人として、勝つ事は出来なかった。

 

 

美濃・斎藤家の跡取りとして幼き頃から手解きを受けていた義龍。

幼き頃は、その用心深き性格から父に何度も褒められた。

しかしいつだったか。

父は自分を六尺五寸、大男・・・と軽んじるようになり、そして己と入れ替えるように、龍興を可愛がるようになった。

 

義龍は何故自分が無脳と罵られなければならないのか。

何故、自分が尾張のうつけ姫に劣るのか。

何故、義龍よりも龍興の方が優れていると言われるのか。

 

自分とて織田のうつけ以上に・・・斎藤家の才女以上に・・・遥かに優れた跡取りであると認めさせたかった。

 

戦も政も、嫌いながらも父である道三仕込みの理にかなったものだったはずだ。

 

しかし・・・現状はどうだ?

長良川で敵の小勢相手に撤退し、配下は離れ、墨俣に築城を許し、そして今・・・妹にも卑下されている。

 

「結局・・・儂は・・・」

 

何のために生まれてきたのだろうな。

 

 

義龍は背後を振り向いた。

 

兵達は義龍と顔を合わせるのを避けているかの様に、皆一様に道を開けるばかり。

 

(ふん、今更兵達がついてくるとは思うまい)

 

こちらは三千、帰る城は斎藤龍興に占領され、正面には万の軍勢と化した尾張・美濃連合軍。

義龍とて、決して愚将ではない。

勝てぬ戦を仕掛け、無駄に兵を・・・民を殺すことは義龍とて出来なかった。

 

「除(の)けぃ!儂は一色左京大夫義龍(いっしきさぎょうだいぶよしたつ)!この美濃の!王なりっっ!」

 

斎藤義龍・・・またの名を一色左京大夫義龍。

 

彼は、己が死に場所をこの地へと選んだ。

 

兵は着いてこない。

 

態々死地を行く馬鹿な者たちは、義龍の元には居なかった。

 

それでも彼は馬を駆けさせる。

 

行く先は・・・敵の本陣。

 

止めようとする連合軍の足軽達を蹴散らし、倒れる義龍軍の兵士達の屍を踏み砕く。

 

正しく修羅・・・。

 

だが不思議と・・・義龍は心地が良かった。

 

義龍の馬が逆茂木に引っかかり・・・義龍は前方へと投げ出される。

そして義龍は立ち上がり、目の前を見る。

 

皮肉にも、義龍軍が誰一人として到達することの出来なかった場所・・・墨俣の城の城門の前に、義龍は立っていた。

 

そして・・・城門が開く。

 

「見事なり・・・義龍・・・いや、新九郎・・・」

 

「親父殿・・・」

 

その城門の先に立っていたのは、斎藤道三その人であった。

何故今更自分を褒めるのか。

あれだけ無能と罵っておきながら、何故今更そのような言葉をかけるのか・・・義龍には分からなかった。

 

「何を今更!戦に破れ、尾張へと逃げ込み、私利私欲の為に国を乗っ取った逆賊が!今更何を言い出すのかと思えば、そのような世迷い言を口にするかっ!」

 

義龍は吠えた。

しかし道三はそれを飄々と受け流し、義龍を真っ直ぐに見つめる。

 

「・・・背後を見てみよ。義龍」

 

義龍は背後を見る。

そして息を呑んだ。

 

背後に広がるは、連合軍の軍勢。

それと睨み合うかの如く、自らが率いてきた軍勢が・・・布陣していた。

 

「見事な将となったものよの・・・義龍。お主が何故ここまで駆けてきたのか・・・それは分からぬ。じゃがこれ以上戦を続ける意味は無い。儂はお主に負け・・・お主は織田信奈に負けたのじゃ」

 

義龍の持つ槍が震える。

今この場ならば、刺し違えてでも己が雪辱を晴らすことも出来よう・・・と。

しかし、義龍を真っ直ぐと見つめる道三は、たとえそうなったとしても、逃げず、抗わず、大人しく斬られてくれるだろう。

 

だが、義龍の腕は・・・槍は・・・動かない。

 

(見事な将となったもの・・・か。まさかこの言葉が・・・これ程とはな)

 

 

 

 

儂の負けか。

 

 

 

 

 

義龍は静かに・・・降伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆光の成した策。

 

 

【墨俣一夜城】

 

 

後世にまで語り継がれるであろう伝説を皆光は見事成してみせた。

 

皆光率いる小早川軍は墨俣に一夜で城を築き、そしてそれを守り通した。

そして、援軍として駆け付けた西美濃軍と織田軍本隊。

総勢一万にもなる大軍勢は、とうとう・・・斎藤義龍を降伏せしめることに成功した。

 

戦勝に湧く、墨俣の城。

 

城の中、一応の館のような部分にて、皆光達織田家家臣達は一様に信奈の前に平伏していた。

 

しかしながら、半兵衛のみ・・・未だ心の準備というものが整っていないらしく、五右衛門曰く外の木箱の中でガタガタと震えているらしい。

 

「良くやってくれたわね。皆光・・・そしてあなたの兵達も」

 

「勿体なきお言葉・・・」

 

「で、あんたは言ったわよね。城はもう一人の玉に任せるって。稲葉山城は固く城門を閉ざしたままのようだけど」

 

痛い所を突かれたとばかりに、皆光は顔を歪める。

 

「いえ・・・それが・・・」

 

「我が娘・・・龍興じゃよ」

 

そこで言葉を挟んだのは、美濃の蝮・・・斎藤道三。

 

「はぁ?あんたの娘は帰蝶じゃないの」

 

道三はどうやら龍興の存在を意図してか意図せずか、龍興の存在を隠していたようだ。

唯一道三以外で、龍興と会談をしたのはこの場にいる皆光のみ、義龍は捉えられ牢には繋がれぬもののほぼ軟禁状態・・・であれば、言い淀む道三以外に龍興を知るものは、皆光しかいなかった。

 

「斎藤龍興は、道三殿の実子・・・長女に当たる人物です。その性格は思慮深くもおおらかですが恐らくは非常に頭の切れる人物。かの御仁とは・・・稲葉山城へ赴いた際・・・一度だけ会談しております」

 

皆光のその言葉に、信奈はキッと目尻を釣り上げ皆光を睨む。

 

「何故その事をわたしに報告しなかったのかしら?」

 

「私は・・・」

 

「皆光殿はあやつを図り違えたじゃよ。意図して隠していた訳でもないが・・・龍興・・・あやつは道は違えど、信奈どのと同じ・・・未来を見る奴じゃ。あやつがどのような大志を抱いておるかは儂にも分からぬ。あやつは昔から・・・掴み所のないやつじゃった。恐らくは、義龍もまたあやつに謀られたのじゃろう」

 

「つまり、今の稲葉山城は、義龍のものではなく龍興のものって訳ね・・・」

 

「恐らくは・・・義龍もまた、その龍興とやらの手のひらの上だったのでしょう。二十点です・・・」

 

丹羽長秀の辛口な採点。

正しくその通りである。

せっかく義龍を降伏せしめても、龍興が描く策の想定内であれば、今すぐに稲葉山城を落とすことは難しい。

 

聞けば、義龍は稲葉山城に三千の兵を残してきたと言う。

しかし、その兵達による反乱も起こっておらずいざ籠城されてしまえば、到底ひと月ふた月で落ちる城ではないのは、想像容易い。

そして、兵の大半は反士反農であり、長期間の農民の不在は国の国力そのものを落とす結果となる。

皆光の準備期間中にあちこちを転戦しては、東を切り取っていた織田軍は、美濃三人衆の内応により西美濃まで手中に収めたとは言え、龍興は戦略家だ。

知らず知らずのうちに美濃は元通り・・・なんてことも有り得る。

 

つまりだ。

 

たった今・・・今日のうちに稲葉山城を落とさねば、敵は余力を溜め込み、今度はいつ自分達が窮地に立てられるかも分からないのだ。

皆光の建てた墨俣一夜城・・・それすら利用されてしまえば、織田の天下布武は美濃で止まるだろう。

そして、虎視眈々と狙う浅井長政がこの美濃へと兵を率いてくれば、今度こそ言い逃れは出来ない。

圧倒的に織田家に不利な要件を叩き付けて、信奈をかっさらっていくだろう。

 

「城そのものに火計を仕掛けることは出来なければ・・・さしずめ強行しかありますまい」

 

皆光は知恵を絞って出した結論が、強行である。以下に城攻めの条件を満たしているとはいえ、堅牢な山城・日本代表である。

皆光は、自らの失策と有効な案を出せない己に、拳を握る。

 

「力押しじゃダメよ」

 

信奈の凛とした声が響く。

 

「稲葉山城はきっと力押しじゃ落ちない。敵は蝮が認める程の軍略家なんでしょ?きっと、皆光の戦いぶりを見ていたはずだわ。わずか数百で十倍の敵から城を守りきった。そんな戦を間近で見て、それを参考にしない訳が無いわ」

 

言われてみればそうだ・・・と各将は思い直す。

 

「・・・そうね・・・やるなら少数の手勢を城内に潜り込ませ、内側から門を開ける事が出来ればもしかするかもしれないわ。誰か志願するものはいる?」

 

「生還の可能性は三十点です・・・ここは私が」

 

「いや!こういう時こそあたしだろう!」

 

「勝家どのに隠密は向いておりません・・・五点です」

 

「ちょ!長秀!?」

 

丹羽長秀と柴田勝家が志願するが、信奈に否定されるまでもなく、勝家は撃沈する。

その隣では、山登りは苦手だが女装は得意です!と自信満々にくねくねしている津田信澄。

 

そして、手は上がった。

 

皆光・・・そして犬千代だ。

 

「なれば・・・私が・・・こう見えても、私は乱破衆を統括する身。一度稲葉山城へと入った際、忍びに稲葉山城の内部を調べさせております。侵入する場所も彼女達ならば分かるかと・・・我らにお任せ下さい」

 

「犬千代・・・山登りは得意・・・」

 

「・・・・デアルカ・・・確かに、あんたにはお誂え向きかもね、いいわ・・・あんた達に任せる。必ず生きて・・・帰ってきなさい」

 

「「御意」」

 

 

 

そう言って、二人は墨俣城を後にする。

 

 

 

「皆光と犬千代が稲葉山城への活路を開くわ!勝家、別働隊を率いて瑞龍寺山の砦を任せるわ。主力は七曲口を攻めるわよ!皆光達が二ノ丸、本丸の門を開け放つまでに、麓を抑えるわ!」

 

その二人を皮切りに、連合軍も信奈の号令により稲葉山城を囲い込むように移動を始めた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

馬で駆ける皆光と犬千代。

その速度に追いつくかの如く速さで、忍び達が姿を現した。

 

「話は聞いていたでござる」

 

「・・・ならば話は早いですね。どちらへ行けばよろしいですか?」

 

「それならおいらに任せロ」

 

名乗り出たのは意外や意外。

五右衛門とばかり思っていた皆光は目を丸くした。

名乗り出たのは、伊賀崎奏順。

いつもならばやる気のない任務に、目を殺して従事しているのだが、今はそれが嘘のようにやる気に満ち溢れ、目が爛々と輝いている。

 

「おや珍しい・・・あなたがやる気だとは」

 

「なぁに。おいらは相手は人じゃないからナ。おいらの相手は、ああいう手合いなのサ。」

 

伊賀崎奏順。

 

この世界では、奏順と言う名前だが、彼女は・・・現代に名を残してしまった忍びである。

 

現代では彼女はこう呼ばれていた。

 

【伊賀崎道順】と

 

忍里、伊賀の出身で六角配下の忍びだった彼女。

しかし、その才覚とは裏腹に、むらっ気のある性格と任務への不真面目さから、下のもの達に疎まれていたという。

忍びらしくなく、任務に不誠実だった為、ある日彼女は忍びとしての禁忌を冒してしまった。

任務を全うせず、死する事無く生きて戻ったのである。

しかも、自身の命の対価に、任務の情報を洗いざらい白状した上で。

その後、彼女は追忍に追われる形で里を追われ、伊勢の地にて、追忍との交戦中、五右衛門に救われたと言う。

 

 

 

 

 

馬で駆けながら、奏順の話を聞いていた皆光は、心中複雑だった。

何せ、彼女は決して悪いことをした訳では無いのだ。

命を乞うて・・・一体何が悪いというのか。

 

「ま、そうやってつまらない里を抜けたお陰で、おいらは大将に会えタ。大将といると退屈しねぇシ、何より任務にゃ拒否権があるからナ。こんな優良物件。忍びじゃそうそう見つかんねぇんダヨ」

 

「それはそれは・・・随分と高く評価していただけているようで何よりです」

 

二ヒヒっと皆光に笑いかける奏順を見て、皆光は少しばかり嬉しくなった。

おそらく忍び一人一人に、このような過去があるのだろう。

いつかは、彼女達の本音を・・・聞けるでしょうか。

皆光は、そう思わずにはいられなかった。

 

「さてと、こっちダ。大将には堪えるかも知んねぇケド、時間がねぇんダロ?」

 

彼女には、こんな唄がある。

 

【伊賀崎入れば落ちにけるかな】

 

つまり、彼女の手にかかれば、どんなに固く、攻めずらくした城ですら、無意味・・・という事だ。

 

「さてと・・・こっからは山登りダ。着いてこれねぇと・・・置いてくゾ?」

 

そんな彼女の笑顔は、眩しかったが、皆光の顔は引き攣るばかり。

 

「え・・・これ登るんですか?」

 

「ホラ・・・さっさと行くゾ」

 

皆光は静かに五右衛門に耳打ちをする。

 

「彼女・・・こんなでしたっけ?」

 

「竹中氏を調略した際、一番張り切ってあちこちを見てまわっちぇいたのはあやつでごじゃる。きょれもまちゃ・・・こせいでごじゃりょー」

 

皆光は、今度から城と名のつく任務は全て、彼女に丸投げすると同時に、自分のいない所で勝手にやってもらおう・・・と心に決めるのであった。

 

 

 

 

 

 

登山は特に問題なく進んでいる。

 

おいらの動くとおりに動けばイイ・・・そう言われた皆光であったが、不思議と辛くはない。

見張り兵は、五右衛門や右衛門が始末し、どんどん登っていく。

 

そして、治宗と右衛門、定保を二ノ丸に宛てがい、皆光と五右衛門、奏順は、そのまま本丸への道を駆ける。

 

本丸の守備隊を手早く気絶させ、皆光は、やっとの思いで閂を外そうと手を掛けた。

 

「やっぱり、君が来ると思っていたよ」

 

ふと、背後から声が掛かる。

振り向くと、そこには斎藤龍興・長井道利両名の姿があった。

 

「・・・龍興殿・・・」

 

赤鞘の太刀を腰に帯び、赤と紫という華やかな色をした甲冑。

会談をした時とはまるで別人のようだ・・・と皆光は思った。

 

長井道利はそんな皆光に対して、槍を向けるが、長井道利の前に、五右衛門と奏順が躍り出る。

 

「ねぇ、皆光君」

 

そう、唐突に呼ばれる名前。

しかし今度は、呑まれぬように油断なく龍興を見据える皆光は、白鞘から太刀を抜き放つ。

 

「僕は君が欲しい。君のその度胸が、知恵が、手腕が。僕のもとに来る気は無いかい?」

 

唐突な勧誘。

しかし、皆光の言葉は決まっていた。

 

「断りますよ。私の王は、織田信奈だけです」

 

「かぁ〜!やっぱりかぁ。残念・・・振られちゃったよ」

 

「ならば・・・やる事はひとつでは?」

 

長井道利、斎藤龍興・・・両名からこの時代に来てからよく浴びたものを感じる。

 

殺気・・・。

 

突き刺すような殺気が、皆光を射抜く。

しかし、皆光はもはや・・・その殺気にすら、ひるまないほどの将へと成長している。

一触即発・・・そんな空気を、一番最初に切り開いたのは、斎藤龍興。

 

龍興は真っ直ぐと皆光へ刀を抜き放ち、所謂居合斬りを仕掛けてきた。

それに呼応するように、五右衛門と奏順が、長井道利へと斬り掛かる。

稲葉山城の最終決戦は・・・人知れず始まった。

 

 

 

皆光は、居合斬りをいなすと、お返しとばかりに、横薙ぎに刀を振るうが、容易く受け止められてしまう。

 

(少女とは思えない力だ・・・!!)

 

流石は、斎藤道三の娘と言ったところか。

皆光の刀は力を込めるあまりにギチギチと震えるが、そんな皆光に対して、道三仕込みの武術を身につけた龍興は涼しい顔で鍔迫り合いを受けていた。

 

「何故・・・私を裏切ったのですか・・・」

 

戦いの最中であれ、皆光は疑問に思った事を口にした。

刀を弾かれ、上段斬りを受け止めるが、受け止めきれずに肩に少しばかり刀がくい込む。

 

「クッ・・・ツッ」

 

「おや、切れ者かと思っていたが・・・やっぱり君は甘いね。裏切りや下克上が当たり前のこの世界で、高々持ち掛けられた策を実行しなかったくらいで・・・」

 

皆光は、龍興の刀を滑らせ、二度、三度、四度と斬りつけるも龍興はそれを捌き切り、皆光へと刺突を繰り出す。

 

それを何とか躱すも頬を掠め、血の雫が滴り落ちる。

 

(この方・・・見かけによらず・・・強いですね。それもかなり)

 

「元々、僕は君達を利用するつもりで近付いたんだよ。邪魔な道三を美濃から追い出し、義龍を利用し僕に着いてくる者たち以外は篩にかける為にね。見事に散らばっていく将兵達・・・そんな彼らが織田を消耗させ、城を攻める気概を折るつもりだったんだけどね・・・甘いとはいっても流石は軍師だよっ!」

 

皆光の刀を龍興はしゃがんで避け、その場で回転し皆光に肉薄する。

慌てて刀を引いた皆光は、何とか刀を滑り込ますことに成功し、胴体の両断だけは阻止するも、左の脇腹を深く切り裂かれてしまった。

 

思わずたたらを踏み、数歩後退する皆光。

 

「墨俣の一夜城・・・あれには思わず僕も身が震えたさ。あとは簡単だよ。義龍は城を締め出され、守備兵は僕に付いた。これで美濃は僕の物だ」

 

「はっ・・・高々稲葉山城を抑えただけで・・・こほっこほっ・・・何を面白いことを・・・あなたが持っているのはこの城だけですよ・・・東、西は織田に落とされ、四方を囲まれたあなた達は・・・さて一体どうやって軍備を整え、戦費を集め、兵糧を蓄えるというのでしょうね?」

 

腹を抑える皆光に、龍興は斬り掛かるも、皆光はそれを受止め、龍興の腹部へと蹴りを入れる。

龍興も流石に蹴りは予想できなかったのか、まともに受け、体をくの字に曲げるも、皆光に足払いを仕掛け、皆光は背中から地面に叩き付けられてしまう。

そんな皆光に、龍興は馬乗りになり、逆手に持った刀を皆光の首元へと突き刺そうとするが、咄嗟に皆光も負け時と左手で刀身を掴み、場所をずらし、もう片方の手で龍興の右腿に刀を突き立てる。

 

「っ・・・酷いなぁ・・・乙女の体に、勿論・・・責任はとってくれるんだよね?」

 

「先が無い者に・・・責任なんぞ・・・」

 

少しばかり、二人の動きが止まる。

皆光は経験が足りない故に、そして、龍興は未だ体が幼く、少女であるが故に。

互いにこの時間を、体力回復に当てようと言う魂胆で少しばかり休息をとる。

 

「さて、戦に必要なものだけどね・・・すごく簡単な方法があるのを知っているかい?」

 

「・・・この限られた土地でどうしようと?」

 

「簡単な事さ。織田信奈は、この城を攻めるためだけに新しく小牧山に城を作った・・・確かに、それは素早い指揮と野戦に対応する速さを持った織田軍には、理想的だ。けどね・・・信奈はこの城にこだわりすぎたのさ。この稲葉山城は確かに・・・攻めるも強く、守るも強い。だが小牧山の城は・・・攻めるは早く、守りは脆いんだよ」

 

これが・・・どういうことか分かるかい?

そう言われた皆光は、背筋に水を差されたかのような・・・冷たさを感じた。

 

「君は見事に・・・墨俣に城を作ったね。確かに・・・あれは強力な中継拠点だよ。けどね・・・それと同時に、僕らにとっての墨俣は・・・小牧山なんだよ」

 

信奈は進軍するまでにかかる時間を短縮する為に、小牧山に城を築いた。

しかし、である。

それは斎藤龍興にも言えることではないだろうか・・・と皆光は考えた。

そして、小牧山の城は、確かに小高い山に建てられた山城とは言え、その防衛力は高いとは言えない。

そして、小牧山城は・・・この稲葉山城から最も近い尾張の所領に建つ城である。

 

「まさか・・・あなたはそこまで読んで・・・」

 

「はっはっは。何を言っているんだい?君は軍師だろう?有り得うる全ての可能性を考えるのが、知恵を持つ者の役目・・・そうは思わないかい?」

 

今度こそ、皆光は大きな衝撃を受けた。

確かに・・・龍興の言うことは正しい。

有り得ある全ての可能性を予測し、対策し、行使する。

それが軍師としての在り方だ。

だが、実際この世の軍師の中に、何人がこれを出来るのだろうか。

少なくとも、知恵者を自負していた皆光は・・・出来ていない。

 

「君は大層運が良かったんだろうねぇ・・・将に恵まれ、配下に恵まれ、兵に恵まれ・・・そうやって、自分の力で何かを成した気になっている」

 

黙れ・・・黙れ・・・黙れ・・・黙れ・・・

 

「黙れ!」

 

思わず皆光は、龍興の腿を突き刺している刀を捻り、龍興は苦悶の表情を浮かべる。

そのまま龍興の刀を離し、襟首を持って地面に叩き付ける。

そして今度は、皆光が龍興に馬乗りになった。

 

「あああぁっ・・・・・・」

 

そして、龍興の喉元に刀を突き付けた時、側頭部を穿つ衝撃に、皆光は吹き飛んだ。

 

「カッァ・・・何・・・が・・・」

 

頭を切ったのだろうか。

額から血が流れ、揺れる頭を抑えながら、皆光は刀を杖にして立ち上がる。

 

皆光が見た光景は、龍興を守るように・・・いくつもの苦無に穿たれた長井道利が槍を構える姿だった。

 

五右衛門と奏順も、そんな皆光を守るように、忍者刀を構え、皆光の前に立っていた。

 

「小早川氏・・・大丈夫でござるか?」

 

「大将・・・大将はあんまり強くねぇんだから・・・無茶すんナヨ。あのちっこいほう・・・中々の手練なんダロ?」

 

「えぇ・・・大丈夫です・・・少しばかり手痛いものを食らってしまいましたが・・・」

 

そういった皆光の姿は、正しく満身創痍の様な姿である。

致命傷は受けてはいないとはいえ、長く動けば・・・血が足りなくなり動けなくなるのは皆光の方だ。

 

龍興は、抉られた右の腿のせいか、うまく立つ事が出来ないようだ。

それでも、左足のみに重心を傾け、少しでも負担を軽くしようとしているのが見て取れる。

皆光に叩きつけられた際に、頭を切ったのか、額から頬にかけて、赤い血筋が出来ている。

 

しかし、それを気にすることも無く、かと言って・・・叱責するでもなく・・・長井道利を押し退けた。

長井道利は唇を噛みながら・・・主に道を譲る。

そんな姿を見た皆光も・・・それに答える。

二人の肩をそっと道を開けるように押すと、構えを解かないながらも道を空けてくれた。

 

お互いが刀を地面に擦りながら、近付く。

 

 

 

 

 

 

「僕は君が欲しいけど・・・君の事は嫌いだよ。君のやっている事は偽善さ。助けるものを選ぶ神にでもなったつもりなのかは知らないけど・・・君のそんな偽善じみた所が嫌いさ。偽善ってのはさ・・・最も汚い罪さ。みんなその花の香りに惑わされ・・・そんな香りに自信が酔いしれる・・・その足元に這い蹲る屍の上に立っているのも知らず・・・その甘い香りが腐臭である事に気付かず・・・そのままだと・・・いずれ織田は腐り落ちるよ?他ならない・・・君の手で・・・だから僕は織田を滅ぼし・・・天下を望むんだ。偽善に依存した織田が天下をとれば、いずれ君が消えた時・・・織田の天下は程なく終わる。そんな仮初の平和なら・・・僕が取らせない!」

 

「一つ一つ・・・私に足りないもの・・・私がしてきた業・・・。まさか敵であるあなたに教わるとは・・・斎藤龍興・・・もし出会う場所が違えば・・・私はあなたを王にすると誓っていたかもしれませんね・・・。それだけの大志が・・・器が・・・あなたにはある・・・。此度の戦・・・不謹慎ながら自らの力不足・・・思慮深さ・・・そして何より・・・自身の罪に気付くことが出来た。出来れば・・・違う場所で会いたかった・・・。私は至らぬ所ばかりだ・・・本当に。ですが・・・人は皆誰かに何かを教わりながら成長して行く。あなたの言葉は・・・生涯忘れることはないでしょう」

 

 

 

お互い・・・これが最後の打ち合いになるだろう。そう覚った二人は、静かに刀を構える。

正眼の構え・・・剣道で言う基本の構えだ。

 

 

「僕は・・・僕の野望の為に、進むだけ。」

 

「私は・・・姫の野望を叶える為に、道を照らすだけ」

 

 

そして・・・互いに刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 






キャラクター紹介〜謀っ子世にはばかる〜






キャラクターNo.003




織田 信奈(おだ のぶな)



織田家の当主であり、姫大名。
齢は十六歳であり、皆光の一個したである。

今川との小競り合いにより、発生した合戦場にて、絶体絶命の所を皆光に助けられた。
大変な美少女で、口癖は「デアルカ」
自他国共にうつけ姫と揶揄されていたが、自国のみに限って言えば、もはや信奈をうつけと呼ぶ人々はいない。
助けられた際に、在野(どこにも属さない事)の素浪人皆光を配下に加えた。
気位が高く、短気な激情家でありながらも、皆光には、会う度にからかわれており、その度に刀を抜く。
何度か本気で斬ってやろうか・・・と思ったとか・・・。
しかし、そんな自身を揶揄う皆光との会話は少しばかり弾むものがあり、自身の夢である天下布武・・・そして日ノ本を飛び出し、世界を望むその言動を馬鹿にせず、楽しそうに聞いてくれる皆光には少しばかり思う所が有る様子。
皆光との信頼が特別な訳では無いが、特別な感情を抱きつつあるのは確か。
皆光が、自身の知らないところで女の子と知り合ったと知ると、内容、何故秘密にしていたのかの理由を聞きたがるが、本人にその自覚はない。

本作・織田信奈の野望〜謀っ子世にはばかるのヒロイン候補。
本当に・・・どうしましょ。







キャラクターNo.004



前田 利家(まえだ としいえ)




信奈の小姓を務める十二歳の少女。
あだ名は犬千代(本作は犬千代で統一されています)
信奈が拾ってきた皆光の世話係として皆光に清洲のあれこれを教えた人物。

一時は織田を出奔するも、傾奇者となって帰ってきた。
皆光を世話する立場から今度は世話される立場へと変貌し(皆光宅はごはんがウコギではないため)今では、皆光の屋敷の一室に居候状態となっている。
体、胸と言った事に敏感であり、小さい・・・という言葉は禁句。
最初の頃、皆光は何も知らず、犬千代の地雷を踏み抜いてはよく折檻されていた。
度々皆光の嫁・・・と言う冗談(?)を言いつつも、本心では割と本気で皆光の事が好きだったりする。
度々のアプローチも、皆光ははぐらかすばかりでまともに取り合って貰えない。
ちなみに、ごく稀に同じ布団で寝ているらしいが、皆光本人は朝になってから気付くのだそう。

本作・織田信奈の野望〜謀っ子世にはばかる〜のヒロイン候補。

【注】ただしそうなると皆光はロリコンになります。
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