戦明け・・・城に帰る一行・・・ではなく。
約束の刻限ね、と言い始めた尾張のお姫様こと信奈に付いていき、鬼柴田こと柴田勝家の横を皆光は八で並走する。
「あの〜・・・勝家殿、どちらへ?」
勿論、なんとなくの予想はつく。一応聞いてみて、さて、蛇が出るか蝮が出ますかね(どっちも同じな件)
怪訝そうな顔をする勝家だったが、しかめっ面を皆光に向けながら、勝家は口を開いた。
「まったく、無知とは良いものだな。美濃の蝮に逢いに行くんだ」
いえ、なんなら既知です。と言えたらどれほど良いか・・・。と皆光は一人思う。
主従の関係となった五右衛門はともかく、皆光は信奈にも、勝家にも、そしてその他信奈の家臣達には、自分が未来から来たと言うことは伏せるつもりである。
(ふむ・・・五右衛門にだけは、相談しておきますか。と言うより、それを聞いてなお・・・)
皆光はそこで思考を切る。
(余計な事な考えまい。少なくとも、私の覚悟が決まるまでは・・・)
皆光は遠い目をしながら、勝家の説明を聞くのであった。
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「あの蝮、今は斎藤道三なんて名乗っているけど、元は京からやってきた油売りの商人だったらしいな」
勝家は些か不服そうに唇をとがらせる。
「商人だからと侮った故に、以前の国主は寝首を掻かれたのでしょう。私ならば、そうします。斎藤道三と言えば、今でこそ老いていますが野心高く狡猾で戦上手、故に蝮と聞きかじっておりますが」
すると勝家は驚いたように皆光を見つめ、感心したような表情へと変える。
(コロコロと・・・素直な方ですね・・・)
思わず皆光の頬が緩むが、勝家からすれば、急に皆光がこちらへと、微笑んだように見えた。
勝家はそれを少しばかり、呆けた表情で見つめると、直ぐにキリッと顔を切り替える。
「ま、まぁ、概ねその通りだ。姫さまの父上、信秀さまは道三と敵対して、何度も戦っていたしな。そんな男と会見しようなんて・・・」
心配なのだろう勝家の表情が、曇る。
(つまり、ここから、信長であり信奈様の覇道は始まるのですね)
未だ・・・皆光の腹は決まらず。
「心配でしょうが、悪手ではありません。それに、尾張は一枚岩では無いでしょう?ならば、対今川としては良い手でしょう。」
「しかし!」
勝家は思わず声を荒らげるが、それを皆光は手で制す。
「勝家殿の心中は察します。いざと言う時は必ず、姫様をお守りします。とりあえずは様子を伺いましょう。話はそれからです」
「・・・」
勝家は皆光から満足のゆく答えを得られなかったのか、難しそうな顔をしながら黙り込んでしまった。
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正徳寺
美濃と尾張の国境に位置する、両国の軍勢が立ち入ることの出来ない非武装地帯である。
皆光は気を引き締める。それに対して、信奈はどこ吹く風、飄々と馬から飛び下り、華麗に門前に着地する。
「・・・姫さま、道三どのはすでに本堂へと到着されているとの由」
小姓らしき小柄な少女が、信奈に拝礼しながら報告した。
その横で皆光は、嫌な予感と、五右衛門といいこの子といい・・・小さい子に縁があるなと、どうでもいいことを考えていた。
「皆光、貴方は本堂に上がって来てはダメよ。未だに貴方の扱いにはちょっと困ってるの。まだ身分の決まってない者を本堂にあげる訳にはいかないわ。犬千代と一緒に庭で侍ってなさい」
信奈はそう、皆光に言い含めると、犬千代と呼ばれた少女が、こくり、と無言で頷いた。
(ま・・・まさかこの方が前田の・・・)
どう見ても幼女に近い少女である犬千代を見て、皆光は頬を引き攣らせる。
「犬千代。蝮が妙なことをしようとしたら、即座に斬るのよ!」
「・・・・・・御意」
「いざと言う時は皆光、貴方も道三を斬りなさい」
皆光と犬千代にそう言った信奈は、犬千代に脱いだわらじを手渡し、本堂へと向かっていった。
その中、皆光は信奈の言葉を胸の内に、無意識に繰り返していた。
(斬りなさい・・・。簡単に言ってくれます。)
皆光の手が、震えているのに気づいたものはいなかった。
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本堂
庭には、犬千代と皆光・・・ともう一人、きりりとした利発そうなおでこの広い美少女が一人。
その少女へ皆光は、目線だけで挨拶をした。
しかし、少女は皆光を一瞥しただけで、すぐにそっぽを向いてしまった。
本堂には道三であろう、貫禄のある老人が座っている。
そして、道三が、遅いとこぼし、退屈そうに大あくびをしたその時。
「美濃の蝮!待たせたわね!」
道三は茶を吹いた。皆光は目を見開いた。犬千代は無表情。おでこ少女ですら、驚きの表情を隠せていない。
(なんともまぁ・・・)
美しい
ただそれだけであった。
道三は動転しすぎたのか、どもりながらも、美少女を連呼していた。
信奈は道三の正面へと腰を下ろす。
「わたしが織田上総介信奈よ。幼名は吉だけど、あんたに吉と呼ばれたくないわね。美濃の蝮!」
「あ、う、うむ。ワシが斎藤道三じゃ・・・」
道三は未だ呆けて・・・なく、ただデレデレであった。
挙動不審な道三に対して、信奈はどこか誇らしげに
「デアルカ」
と綺麗でありながらもハッキリと、答えた。
ひとしきり慌てた道三をしばし楽しんだ後、信奈の表情が引き締まる。
「蝮!今のあたしには、あんたの力が必要なの。わたしに妹をくれるわね?」
さて、始まった。信奈の覇道の第一歩。
(ふふふ・・・ははは・・・ダメです。震えては・・・)
信奈と道三の話し合いの最中、皆光は、我慢しきれない震えをなんとか我慢しようと、唇を噛み締める。
しかしその顔は、笑っていた。
誰も気付かず・・・、否、一人だけ、皆光を見つめるものがいたが、皆光はそれに気付かない。
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話は拗れに拗れた。
やれ、うつけだの、天下だの世界だの。
要約すると、道三は何故美濃が必要なのか、しかし、信奈の答えは、全て何故ではなく、美濃どころか、天下を見た答え。
噛み合うはずもない。
そして・・・
「では、開戦か」
「望むところだわ」
拗れた結果。開戦。
未だ今川が健在な今、斉藤家と開戦したら尾張の未来は、織田家の未来は・・・。
(滅亡・・・全く、困ったものです。蝮殿も、姫様も)
そして、堪えきれず、皆光が口を挟んだ。
「斎藤道三。なるほど、この戦国の世の老獪な傑物・・・はて、聞きかじった人物像とは異なりますな?美濃の蝮ではなく、逃げの蝮に変えられては?」
まさか、皆光がそのような事を口走るとは思ってもいなかったのか。
信奈は固まる。
道三は目を細めるが、その表情から何かを読み取ることは出来ない。
「皆光!黙りなさい!」
信奈が一括するも、道三はそれを制し、
「座興じゃ、言わせてみようぞ」
とこちらへ向き直った。
「坊主、何が言いたい・・・ワシの考えが年若き坊主に分かるとでも?」
(斎藤道三・・・向き合って分かります。これは・・・)
老獪な傑物?違う。老獪な化け物だ。
皆光へと視線を向ける道三を見つめ、皆光は冷や汗をたらす。
「さて、分かる・・・と言うべきでしょうか?美濃の蝮」
「ふむ、しかしデタラメを抜かせば、小僧であろうが我が小姓・十兵衛がそなたを斬り捨てる」
「ちょっと!蝮!皆光も黙ってなさいよ!蝮に今すぐ詫びなさい!」
流石の信奈も慌てたのか、二人を止めようとする。
皆光は立ち上がり、道三へと近づく。そして、腰の模造刀を抜き放ち、道三へと渡す。
思わず腰を上げたおでこ少女は、何があろうと直ぐに動ける様に、腰の刀に手を添える。
道三は、刀を数秒、見つめた後、皆光へと視線を戻す。
「信奈殿がうつけとは・・・斎藤道三、あなたの目は曇りましたかな?斎藤道三、本当は分かっているのでは?」
「小僧・・・言ったであろう・・・」
道三は刀を上へと上げる。
信奈はそれを止めようとするが、皆光はそれを手で制した。
「おや?もう斬られますかな?分かっているのでしょう。斎藤道三、貴方はこの後、家臣に対して、我が子達は尾張の大うつけの門前に馬をつなぐことになろう・・・と零すのでしょう?」
「皆光!?あんた・・・あんたなんて事を!」
信奈にとっては、一応命の恩人である。しかし、最早皆光は、助からないであろう。
そう予見した信奈は、それでも止めようと動く。
しかし。
「なんと・・・?」
今度は道三の表情が凍りついた。
「こ、小僧!貴様、我が心を読んだか!?いかなる術を使った!?」
「術?そんなものではございません。強いて言えば、そう。私とて、道三殿の立場であれば、そう言うでしょう。なにせ、姫様はうつけではございません。言わばそう・・・【天性の才】・・・分かっておいででは?貴方の息子たちでは、そう、うつけと呼ばれる姫様の器量に及ばないと。ですから、美濃へ帰れば、結果がどうであったにせよ、姫様が本物の大うつけでないと知った貴方はしたためるつもりでしょう?美濃譲り状を。迷いに迷うでしょうが・・・」
「ふ、ふん!じゃが、美濃の蝮として、信奈どのと潔く一戦交えたいと願うのも我が本心!」
「えぇ、しかし、本当に姫様と戦をしたいと?今は今川にいたずらに攻められ、疲弊した尾張ならば、のみこめましょうぞ。そして、掲げるが良いでしょう?敵将を討ち取ったと、織田信奈の首を。さすれば己が野望もさぞ誇れましょうぞ」
「ぐぅ・・・」
「本当に戦がしたければ、己が夢を姫様に重ねるのはやめた方がよいですよ。
姫様とは、槍を交えたいと思うのも確かにありましょう。
その反面、己が夢を・・・【天下統一】と言う斎藤道三の夢を・・・継げるのは姫様だけでしょう。
姫様にはそれだけの器が・・・大器がある。
道三殿・・・良い、老い方をされたいか?」
道三は、ゆっくり・・・ゆっくり、皆光の首に、模造刀を下ろし、そして、
「くっ・・・くくく・・・。信奈どの。織田家に侍なしとは、たばかられたのう。この者の地位は知らぬが・・・わしが知る中で、これ程きもの据わった者は居らぬ。まさか老いたとは言え、ワシが勝てぬ相手とは・・・」
完全に、下ろした模造刀は皆光の首・・・ではなく、道三の足元へと下ろされた。
終始皆光を止めようとしていた信奈は、呆けた表情をしながら
「え?蝮?」
「全く・・・末恐ろしい小僧じゃ・・・くくく・・・。小僧!貴様のおかげで、この蝮、最後の最後に素直になる事ができたわ!ワシの夢を信奈どのに・・・いや、我が義娘に受け継いでもらうことにするわい」
今度こそ、信奈は完全に目が点になった。
「して、小僧。刃引きされた刀で、ワシに何を斬らせるつもりじゃった?」
(バレてましたか。)
ここに来て、ようやく皆光の冷や汗は、引いていった。
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会談は終わった。
その場で斎藤道三は、譲り状をしたたため、セクハラに走り、信奈にボコボコにされた。
皆光は、犬千代に言葉でボコボコにされた。
後に皆光は、語る。少し、良かったらしい。
本人の名誉のために、何が良かったのか・・・と言うのは伏せさせて頂きたい。