何度か見返しているうちに、本当に面白いのだろうか?
と激しく疑問に思いました。
加筆修正のため、文がおかしい部分が出てきているかも知れません。
末森城城主、織田信勝に挙兵の兆しあり、大将・小早川皆光筆頭に百の手勢で清洲城を出立。
この報は、すぐに末森城へと届いた。
信勝にとっては寝耳に水であった。
確かに皆光の仕事を邪魔してやろうと、親衛隊を送り込み、そこで衝突すれば皆光を突き出せと要求するつもりだった。
それを断ればまた謀反を起こす口実が出来ると信勝は思っていたものの、挙兵の準備など命じていなかったのだが、野心高き取り巻き達は、信勝を通さず挙兵の準備をしていたのだった。
本当の意味で、主君を思う家臣は信勝の元に勝家以外に居ないのである。
そして、末森城へと兵を差し向けた事を聞き、信勝以上に驚いたのは、勝家だった。
信奈と信勝の不仲と、皆光の本当の忠義と言う言葉にずっと悩まされていた勝家は、皆光出立の報を聞いてすぐさま、末森城に登城していた。
そこには、既に主君、信勝を筆頭に勝家以外の家老達も集まっていた。
「こんな事!許されるはずが無い!向こうが先に兵を向けて来たのですぞ!」
と、自分達の挙兵準備そっちのけでいきり立っている家臣達。
「しかし一体どこで露見したと言うのだ・・・」
「この中に裏切り者がいるとでも?」
「そのような問答をしている場合ではないだろう!既にうつけ姫がこちらへ兵を向けているならば、こちらも急ぎ挙兵するべきだ!」
「信勝様!ご決断を!」
「おぉ、勝家殿」
話し声の聞こえる謁見の間に勝家が入ると皆が諸手を挙げて歓迎した。
しかしながら、勝家の胸中は暗い。
漏れ聞こえていた話の流れが、既に徹底抗戦へと向かっているのを思うと、それも無理のない話だろう。
勝家は、空いた席へと腰を下ろす。
しかし、勝家が来た所で、話の流れが変わるわけでもなく、皆は主君である信勝をそっちのけで話を進めていく・・・・・・
「しかし、まっことうつけ姫よ。兵を向けたと思うたら手勢がたったの百とは・・・」
「この末森城には、既に五百の兵がおる」
「今からでも動員をかければ兵力は明日にでも千に上るだろうなぁ」
好き勝手に、言を並べる取り巻き達を後目に、とうとう、信勝が口を開いた。
「ねぇ、勝家、兵を率いて皆光を迎え撃ってくれるかい?そしてそのまま連れてきて欲しいんだ。出来るだろう?」
勝家は、一人なるほど・・・と呟いた。
確かに、なぜ信奈が信勝に兵を向けたのか、皆光を捕らえて問い正せば少なくとも理由は分かると思ったからだ。
「行ってくれるかい?勝家」
信勝の再度の問いに、勝家は胸を張って、
「は!この柴田勝家にお任せくだされ!」
と勇んでその場の席を立った。
柴田勝家、兵三百を率い、末森城を出立。
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一方その頃、自らが兵を率いて清洲城を出立していた皆光は、八に乗って末森城へと向かっていた。
信奈には、私兵だけで充分と言ったものの、保険の為、与えられた私兵とはまた別に、川並衆に協力を頼んでいた。
皆光は、末森城攻めに対して策を二つ用意していた。
その二つ目の、最も最悪な場合でのみ使う為の策の準備を川並衆に頼んだのである。
辺り一面闇に飲まれた道を、松明に火を付け、馬に乗った黒塗りの武者集団が駆け抜ける。
そして、一つ目の策のため、忍び達は既に末森城へと向かっているはずである。
ここまでは、順調・・・そう思っていた皆光だったが、末森城側から、無数の灯りが近づいてくる。
「気取られましたか・・・」
皆光は、自分の背に冷や汗が伝うのを感じた。
ここで戦になれば非常にまずい・・・
皆光は己が策の破綻が近い事に唇を噛む。
「しかも・・・よりにもよって勝家殿とは・・・」
勝家が口先だけでなんとかなる相手ではないのは、既に身をもって皆光は経験済みである。
だからと言って、両軍まともに衝突すれば、敗北は必須。
尾張一の猛将に、明らかにこちらよりも多い兵数。
皆光は、末森城に策をかける前に、窮地に立たされた。
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お互いに示し合わせる事なく、軍を止める。
そして、将として勝家と皆光は向かい合う軍の真ん中へと、互いに馬を進めた。
「こんばんは、勝家殿。こうしてお会いするのは、貴方に斬られた時以来ですね」
「あぁ、久しいな。それにあれは皆光が悪い。言っただろう?あたしは信勝さまの家老なんだ」
お互いに、まるで嵐の前の静けさの如く静かに語り合う。
ふと、皆光はずっと疑問に思っていた事を口にした。
「そう言えば、私はあなたに斬られた筈ですが、何故生かしておいたのですか?」
すると勝家は、困ったような表情をしながら、
「あぁ、あたしは斬ろうとしたんだが、犬千代とそばに居た少女が邪魔をしてきてな。とくに少女なんか、泣きながらな。それに、皆光に言われた言葉もある」
とまるで思い出したくない物を思い出すかのように、重々しげに語った。
「そうでしたか・・・全く、犬千代とねねには感謝しなければなりませんね」
皆光は嬉しそうに微笑みながら、出奔した同僚と、長屋にいるであろう少女に礼をしなければと呟いた。
「さて、お話は終わりにして、お仕事の話をしましょうか・・・。何故勝家殿はここへ?」
ふと、浮かべていた笑みを消して、皆光は問うた。
「・・・皆光・・・信勝さまの元へ一緒に来てくれないか?」
「おや?それはどうして?」
「信勝さまから、頼まれたんだよ」
「なるほど・・・」
皆光からすれば、願ってもない事だった。しかし、ただはいそうですかと無傷で付いて行ったとしても、背後の兵達にあらぬ誤解を受け、それがそのまま信奈に伝わってしまうのが気がかりだった。
何せ、下手をうてば尾張は割れるのだ。
そしてその結果が、史実である稲生の戦い。
信長である信奈と、その弟である信勝の戦である。
「・・・さて、手勢は劣勢。確かにこのままぶつかり合っても、敗北は必須・・・」
皆光は、どうしたものかと考え、ひらめいた。
「では勝家殿」
「なんだ?」
「一騎打ちをしましょうか」
勝家は困惑したように首を傾げた。
「だが、あの時皆光はあたしに負けたろう?」
「えぇ、負けました。ですので、今度は長槍勝負と行きましょう。どうせ、このまま争っても、ただの姉弟喧嘩に巻き込まれ悪戯に兵が死ぬばかり。ならばここは一つ、大将同士の一騎打ちをと思ったのですが・・・」
そう言いつつ、愛用の木下藤吉郎の細槍を振るう皆光に、苦笑しながら、勝家も剛槍を振るう。
「分かった。なに、殺さないように加減はするさ」
「えぇ、本当、頼みますよ?」
そう言って、一度兵達に振り返った皆光は、
「あなた達は、一騎打ちの結果を見届け、もし私が負けたら、小早川軍敗北の報を姫様に伝えてください。
そして、それに対する救援は無用、約束は守るとだけ伝えてください」
と言い放った。
小早川軍の兵達は、苦虫を噛み潰したように頷くと、各々が皆光に応援の言葉をかける。
そうして、背後に声援を受け止めながら、皆光は勝家に向き直った。
「や、失敬。では始めましょうか」
勝家も黙って見ていたが、皆光が構えたのを合図に、自身も構える。
「安心しろ、連れて行っても悪いようにはしないさ。どこからでも打ち込んで来い!」
「おや、私は生きて戻ってこれるとは思っておりませんよ?さてと・・・では、参ります!」
皆光は、八の腹を蹴ると、勢いよく勝家に突っ込んで行く。
最近ようやく長槍の扱いに慣れたとは言え、相手は、柴田勝家。
槍を使わせれば天下無敵の剛勇と名高き武将である。
皆光は、槍を真っ直ぐと突き出すが、勝家はそれを横から払い落とす。
たったそれだけで皆光は腕に痺れを覚え、体制を崩しそうになる。
(なんという・・・馬鹿力!)
そして、次はこっちの番だと、勝家の剛槍が風を切り裂きながら横薙ぎに振られ、皆光へ向かう。
皆光はそれを槍を斜めに持つことでいなそうとするが、いなす前に八の上から吹き飛ばされる。
「ガバッ・・・カッッ」
そのまま背中から落馬した皆光は、衝撃で呼吸がままならないまま、槍を杖にして立ち上がる。
先程の一撃で沈まなかったのに驚いたのか、勝家は目を丸くし、感心したように皆光を見る。
そして、地に足をつけ、呼吸を整えた皆光は、もう一度勝家に斬りかかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
皆光が清洲城を出立した後、信奈は落ち着かない様子で、自身の刀を見つめていた。
信奈は、皆光と言う少年の事を考えていた。
最初に会った時、自分以上に煌びやかな姿で、見事な黒鹿毛の馬に乗り颯爽と現れ自身の危機を救った。
美濃の蝮、斎藤道三との会見では、皆光の推察とその思考(未来知識)に助けられた。
そして、清洲へ着いた時、信奈の弟、信勝に斬りかかると言う愚行を犯したが、自らの主君である信奈を貶した末の行動だった。
その後は、それを帳消しにする程の米を限られた資金で調達しあまつさえ、その資金を信奈に返納すると言う忠義。
そして、今夜。笑顔で無血開城と言うあまりにも無理難題を自らに課し、出立して行った。
傍から見れば、武将としても、家臣としてもこれ以上無い程の鏡であると言える。
「おかしな奴ね・・・」
確かに、個人の武勇では、織田家中でも下から数えた方が早い。
しかし、それ以上に智勇がある。
今回も、きっとその知恵で自らに朗報を持って帰ってくるだろう。
そう、信じて疑わない自分に、信奈は苦笑した。
「あいつなら、私の言う未来、信じてくれるかしらね」
不思議と信奈の心中は穏やかだった。
最近は少し、調子づいてきたのか、多少無礼が目立つようになっていたが、信奈は、皆光とのその距離感が心地よく感じる。
そんな中、清洲城へと早馬が駆け込んできた。
「あいつ、やるじゃない」
皆光の事を信じて疑わなかった信奈の耳に入ってきたのは、皆光の敗北。小早川軍の敗走の報だった。
信奈は、思わず刀を落とした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
尾張国 末森城
そこには、主である信勝、主だった家臣達、そしてたった今帰参した勝家がいた。
勝家の隣には、頭から血を流し、満身創痍となり縄に繋がれている皆光がいた。
何度も勝家の槍を受け止め、時には打ち返し、吹き飛ばされる。
勝家との武勇の差が数倍もあるのを知っていてなお、何度も立ち上がった皆光だったが、最後に槍を弾き飛ばされ、そのまま石突(いしづき)でとどめの一撃をもらい、城に連れてこられるまでは、意識すらなかったのである。
「信勝さま、小早川皆光を捕らえてきました!」
そんな皆光を見て、少しやりすぎたかなと思った勝家だったが、まぁ息をしているし大丈夫だろう、と思い込みそのまま引きずって連れてきたのだ。
「ご苦労さま、勝家。さて・・・本当に生きているのかい?」
皆光のあまりのズタボロさに、流石の信勝も生きているのか確認する程だった。
「ハァ・・・ハァ・・・生きて、おりますよ?信勝・・・様」
辛うじて返事をする皆光に、横にいる勝家は、流石にやり過ぎたかと少し反省した。
信勝が席を立ち、皆光の前に立つ。
「そうかい?なら改めて名乗ろうか。僕は織田勘十郎信勝、この末森城の城主さ」
「えぇ・・・存じて、おります。私は小早川、皆光。あなたの姉である信奈様に・・・お仕えしている侍大将ですよ・・・ハァ・・・」
「よろしくね、皆光くん。ところで、姉上はなぜ、僕に兵を向けたんだい?」
「信勝様に・・・謀反の疑いあり、挙兵準備を進めている・・・と私から進言させて、いただきましたのでね・・・」
信勝は、驚いたように皆光を見ると
「しかしだよ、皆光くん。僕は謀反の話も、挙兵の事も君にはしていない。とくに挙兵の話は、僕だって知らなかったんだよ。なのに何故君は、ここより離れた清洲城から、それがわかったんだい?」
皆光は、未だに体に走る痛みに悶えながらも、不敵な笑みを浮かべる。
「それは、思いのほか・・・信勝様が愚君だったもので・・・」
ふふふ・・・と笑う皆光を、信勝は苦々しげに睨みつけながら、首を横に振る。
「勝家、どうやら皆光くんは素直に話す気がないらしい」
そう言って、信勝は目で勝家に訴えかける。
勝家は嫌々ながらも、皆光に拳を打ち付け、皆光が血を吐く。
「グッ・・・」
信勝はいやらしい笑みを浮かべながら、再度皆光に質問する。
「やぁ、これで少しは口も開きたくなっただろう?首桶になる前に、答えが聞きたいだけなんだ」
皆光は、項垂れたまま、応えようとしない。
勝家は、信勝から目配せをされる度に、何度も皆光に拳を振るった。
大体四半刻(しはんとき 時間にして三十分)程だろうか。
それこそ、目配せされた勝家が、拳を振り上げ、その拳を降ろしてしまうほどだ。
「信勝さま・・・これ以上はもう・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ゴホッ・・・」
「全く、うつけの姉上のどこにそんな忠義を感じるのやら、僕には全く理解出来ないね」
信勝は、やれやれと言った感じで席に戻る。
ここまで無言を貫いてきた皆光が、ここに来てやっと、口を開いた。
「それ・・・は、そうで・・・しょう?ハァ・・・ハァ・・・」
一度、呼吸を戻そうと深呼吸した皆光は、痛みに顔を顰めながら、再度口を開く。
「ハァ、ハァ、あなたには、真に忠義を示す家臣がいない・・・せいぜい、野心高き老害か、織田の名を持つあなたへのおべっか使いでしょうから・・・勝家殿は、お優しいだけですよ?」
皆光のその言葉に、信勝の家臣達はいきり立ち、その首を落としてしまえと大声を上げて怒鳴り散らす。
「信勝様・・・本当のうつけはあなたです。織田の名に固執し、自分におべっかを使う扱いやすい者達を、臣に置き、先の事を考えていない、周囲にいいように流されるただの・・・小僧です」
「・・・・・・君は、今自分の置かれている状況が分かっているのかい?」
「えぇ・・・もちろん・・・いい加減に、認めたらどうですか?うつけだと思っていた姉よりも、うつけだと蔑まれている姉よりも、自分が・・・劣っていると」
皆光は、ずっと地に向けていた顔を、信勝に向ける。
その顔には、いつもの優しい微笑みが浮かんでいた。
「最後です・・・。あなたはたとえ、謀反を起こし挙兵をしたとしても・・・負けるのはあなたです。信奈様を認め、己が敗北を認めてください。信奈様は・・・うつけではない・・・」
信勝は、首を横に何度も振り
「うるさい・・・うるさい・・・うるさい!姉上はうつけなんだ!みんなそう言って笑っているのさ!それなのに・・・それなのに・・・みんな姉上が悪いんだ!」
そう、絶叫に近い声で叫んだ信勝は、
「勝家!この無礼者を斬れ!」
と言った。
そして、勝家が震える手で刀に手をかける。
(皆光は・・・皆光はただ姫さま思いなだけなんだ。姉弟の不仲を正そうとしてただけなんだ。きっと、出兵にも理由がある。その理由を聞かずに斬るのは・・・)
「信勝さま・・・考え直しては、頂けませんか?」
「この無礼者は、君の主君である僕を姉上以上のうつけ者と罵ったんだ。だったらそれを手打ちにするのが当たり前だろう?」
なんでもないようにそうのたまった信勝に、勝家は、泣きそうな表情をしながら、刀を抜き放つ。
両手で構え、刀を頭上に掲げる。しかし、その間、手は震え続けており、カチャカチャと耳障りな音が響く。
「勝家殿よ。あなたに一つだけ問いましょう・・・」
今まさに首を斬られようとしているのにも関わらず、皆光は笑みを絶やさずに勝家を見る。
「尾張は信勝殿の手に余る。周囲は強国に囲まれ、恐らく美濃の同盟も、信勝様では破棄されてしまうでしょう。信勝様は、人の上に立つ血はありましょうが、人の上に立つ器でなし・・・」
そこで一旦、言葉を切ると皆光の笑みは消えた。
「この戦国の世に、姫様以上の大器無し!そこのうつけの弟か!周囲に理解されぬ大器のうつけ姫か!あなたは、どちらを主君と仰ぐ!」
周囲は、そう叫んだ皆光に対して、何を今更と冷ややかな目線を浴びせる。
しかし、皆光を斬るはずの勝家の動きは止まったままであった。
「勝家殿・・・あなたに忠義を履き違えるな・・・と申したことがありますね・・・。忠義とは、その者を愛し、正し、支え、守るものです。ただし、どちらか片方を選ばなければならない訳ではありませんよ?双方を愛し、そして、間違えを正し、その心を支え、笑顔を守る。これも・・・立派な忠義なのですから・・・」
そう言った皆光は、もう言うことはないと口を閉じ、目を閉じる。
しかし、刀を頭上に掲げた勝家は、その刀を振り下ろす事無く、その切っ先を地に向ける。
その瞳からは、一筋の涙が零れた。
勝家は、何故こんなボロボロな姿になってまで、ここまで皆光が眩しいのか、と思った。
一騎打ちの時、何度も自分に吹き飛ばされながらも、痛々しくも笑みを浮かべ、何度も皆光は、立ち上がってきた。
皆光は、終始、信勝にに厳しい事を言い放っていた。
しかし今となって考えると、皆光は同じ事しか言っていない。
何度も同じ事を言うことで、気づいて欲しかったのではないだろうか・・・。そして、必死に姉弟間の不仲をなんとかしようとしているのでないだろうかと
(このような姿になってまで・・・信勝さまの事も・・・姫さまの事も・・・)
そう思うと、勝家は皆光を斬れなくなっていた。
そして、自身の手にある刀を放り、皆光のそばでこうべを垂れる。
「信勝さま!申し訳ありません!あたしは・・・あたしは・・・この者を斬ることが出来ません!なんとか・・・なんとかこの者をご助命お願い致します!」
皆光は、隣で信勝に、必死に自身の助命嘆願をする勝家に、目を丸くした。
「勝家殿・・・」
周囲は、なんと・・・愚かな・・・とこぼすが、皆光はそう零したものを睨み付ける。
「お願い致します!」
流石の信勝もこれには驚き、「何を言っているんだ!勝家!」と怒鳴った。
しかし、既に刀は投げ捨てられ、必死に下げる頭を上げようとしない勝家に、流石に困った様子の信勝を見て、皆光は閉じていた口を開く。
「信勝さま。これでも尚・・・謀反をお考えですか?恐らく、これが最後となりましょう。もし、それでも謀反をすると言うのであれば、もう何も言いますまい」
皆光のこの言葉に、しばらく黙っていた信勝であったが
「認めない・・・僕は認めないよ。姉上がうつけなのは変わらないさ。僕が尾張を背負うんだ」
と答えた。
(信勝様も、信勝様なりに信念を持っていらっしゃると・・・もう・・・終わりにしましょうか)
「分かりました。後は行動で・・・示しましょう」
一番最初に気付いたのは、勝家だった。
この室内に似つかわしく無い殺気が、皆光の言葉で一瞬にして広がっていく。
そして、皆光の横にいたからこそ、信勝の背後に現れた忍びの1人に気づけたのだ。
しかし、気づけたとしても・・・もう遅かった。
「全員、首を飛ばしたくなければ・・・動かないでください」
五右衛門が信勝の背後で、忍刀を首に押し当てる。
他の家臣達の背後にもそれぞれ、奏順、治宗、右衛門が、忍刀を構えながら立っている。
そして、皆光の背後に現れた定保が、皆光の縄を外す。
信勝は、背後の殺気をまともに受け、青い顔をして震えている。
その他の家臣達は、動こうにも動けない様子だ。
勝家は、信勝が人質として取られているので動けない。
そして、勝家が皆光の顔を見ると、その表情はいつもの笑顔ではなく、ゾッとする様な冷たい顔をしていた。
「忍び達よ。もし抵抗する様なら、たとえ信勝様であっても・・・【殺しなさい】」
驚く程に冷ややかな声で、そう命令した皆光は、傍に転がっていた勝家の刀を拾い、勝家の背に向ける。
少しの隙でもあれば信勝さまだけでも・・・と隙を探っていた勝家もこれには流石に動けなくなってしまった。
「動かないでください。勝家殿。私はあなたを斬りたくはありません」
「皆光・・・お前は・・・」
「後悔していますか?私を斬らなかった事を・・・」
しかし、勝家はまるで刀を向けられていないかのように皆光に向き直った。
思わず刀を強く握る皆光。
「お前は・・・姫様を悲しませないだろう?」
勝家はそう言った。
そして、その言葉に少しばかり呆けた皆光だったが、先程までの冷たい表情を消し、また、いつもの笑顔に戻った。
「全く・・・全員、縛り上げなさい。姫様の元へ連れていきます」
五右衛門達により一瞬で縛り上げられていく信勝と、その家臣達を後目に、皆光は勝家に刀を返す。
勝家は、それを受け取り、数秒見つめた。
「いいのか?」
「それは、勝家殿の刀でしょう?」
「そうだが・・・」
「今度はあたしがお前を人質にするかもしれないぞ?」
「おや?それは困りましたね・・・私は誰も殺すつもりはないので、そうなると解放するしかないのですが・・・」
皆光は、そう言っておどけてみせると、全員を縛り終えた忍び達が背後に控える。
「小早川氏、終わったでござるよ」
と五右衛門が報告した。
勝家は、やれやれと肩を竦め
「いや、無理そうだ」
と言った勝家の表情は、清々しく澄んでいた。
「さて、清洲城に帰りましょうか。道中、護衛頼みますよ?勝家殿」
「あぁ・・・任せろ」
こうして、稲生の戦いが起こることは無く、末森城は、たった六人の手によって、人知れず陥落したのであった。
本日もご閲覧、ありがとうございました。
評価、コメント、お待ちしております。
有給期間が終わりますので、次話からは、投稿ペースを三日から一週間に一度とさせていただきます。