屹立する巨大な塔の前に二つの人影が立ち向かっていた。決して友好的な空気ではなく、一瞬でも気を抜けば激突し合ってしまいそうな程鋭い空気。殺意というものがその場には満ちていた。
しかし、二人の様子は対照的といってもいいほどかけ離れている。
瓦礫の上に立ち、少女を見下ろす黄金の鎧を纏う女性の顔は苦悶と焦りに歪んでおり、忌々しいものを見る目をしている。それに対し、女性を見上げる少女は体こそ傷ついているがその顔には余裕の――好戦的な笑みが浮かんでいる。
「貴様……一体どうやってここまで来た? 貴様の元へは千を超えるノイズを送っていたはず」
「ふ――あの程度の雑魚など、滅ぼすのに苦と感じるまでもない」
女性の問いに余裕の表情で返す少女。
その様子に苛立ちを感じるが、しかし自分の優位を再度認識し、不適な笑みを返す。
「ふん、まぁいい。カ・ディンギル発射の用意は既にできている。厄介な奏者どもも地に伏し、邪魔立てするものはもはやお前だけだ。多少、強力なフォニックゲインが出せるといっても、このネフシュタンの鎧を手にした私を倒すことは不可能だ」
黄金の鎧――ネフシュタンの鎧には無限の再生能力が宿されている。これがある限り如何なる攻撃を喰らったとしてもすぐさま回復してしまう。つまり、いくら攻撃したとしても鎧を着た者を殺しきるなど不可能なのだ。それが故の余裕。ひっくり返すことなど出来ない戦力差。
「さあ、刮目するがいい! 永きに渡るバラルの呪詛を月を打ち抜くことによって、今こそ打ち砕く! 今日こそ不完全な世界に
両手を大きく開き、新たな世界を向かい入れるフィーネ。
己が勝利を確信しきっている。
このまま敗北を座して待つしかないのか――?
「そういうわけにはいかないな」
否、そんな未来は認められない。
強い意志と共にフィーネへと宣告する。
「お前が世界の敵になるというのなら、私は何度でも立ち塞がろう」
強大な敵を前に一人で立つ少女は、不安を一瞬たりとも見せずに堂々と戦う意思を見せる。
だが、一体それがどうしたというのだ。意思だけで現実を覆すことは出来ない。二人の間に広がる力の差は圧倒的で埋めることなど出来はしない。ならば、少女の言葉は一笑に付す程度の妄言に過ぎない。
今までの観測から少女の武器は全て把握している。他の奏者よりも強いフォニックゲインを生み出すことができる分、纏うシンフォギアは高出力だが、今のフィーネは完全聖遺物であるネフシュタンの鎧と融合している。これならば確実に勝てると計算していた。
「結構な覚悟だ。だが、一体どうやって月の破壊を食い止める気だ? カ・ディンギルの破壊を破壊しようとすれば私がお前を殺し、私を倒しきるにはお前の力は不足だ」
「確かに今の私の力では無限の再生能力を持つお前を殺しきるのは不可能だろうな」
何? と、フィーネは眉を顰める。
先ほどの言葉は、決して現状を覆すことが出来ないとあきらめるものではなかったからだ。
少女の不適な笑みに不安を覚える。負けることなど一切考えていない、傲岸不遜な表情。勝利を確信していたフィーネの余裕を削っていく。
「どういうことだ」
「さあな」
「カ・ディンギルの発射は止められん。月の破壊は避けられん」
「破壊はさせない」
「お前は何も出来ない! そこで指をくわえてただ新たな世界を待つことしかできないはずだ! お前の持つ力では手も足も出ない! 不可能だろう! そうだろう!?」
「どうした、余裕が崩れてきているぞ」
「出来ないと、言ええぇええぇええええッ――――!」
フィーネがネフシュタンの鎧の武装である鞭を振るう。
音速を超えて少女に襲いかかる。直撃すれば肉を削ぎ、絡みつけば敵を拘束する。
飛来する鞭をひらりと回避し、少女はフィーネの方角へと走りだす。
それを予期していたフィーネはぐ、と鞭を引っ張る。少女の後方からフィーネの元へと急速に戻る鞭。だれが見ても直撃は避けられないと思われるそれさえも少女は、背中に目がついているかのように避ける。
次第に縮まっていく両者の距離。その間に何度も少女を目掛けて鞭が振るわれるがどれもを紙一重で避けていく。
そして、ついに距離がゼロになり、少女は胸のペンダントを手に取る。
身構えるフィーネ。
しかし、少女は攻撃ではなく、フィーネの肩を踏みつけて上空へと飛んだ。
「なにィッ!?」
天から全てを見下ろす少女の手には武器が。フォニックゲインによって起動し身に纏い、人類の天敵であるノイズを倒す力を持つシンフォギア。
並みの現代兵器を軒並み無力化するほどの力を持つ強力な武器。
その力がいざ、抜かれようとしていた。
「私の歌を聴けえぇぇえ――!」
シンフォギアを起動させるのに必要なエネルギー、フォニックゲイン。その正体は歌である。歌うことによって生成され、シンフォギアを励起し、戦闘力を相乗させる。
シンフォギアを使う戦闘で重要なものは本人の技術や肉体の強度など様々な要因があるが、最も単純に考えるのならばフォニックゲインを大量に生成できるものが一番強い。
その点でいうのならば、少女は他者よりも一歩も二歩も先を進んでいた。
「――」
比較するのも烏滸がましいほどのフォニックゲインが吹き荒れる。
これならば完全聖遺物すらも容易く励起させることが可能だ。それほどのフォニックゲインが個人から生成されること、それがフィーネの警戒心をずっと前から高くさせていた。
聖詠が紡がれ、シンフォギアが起動する。聖遺物が解き放たれ、少女の身に兵器として武装される。
しかし。
「だからなんだというのだッ!? お前の生み出すフォニックゲインが常識から外れていたとしても私を打ち砕くことは出来ない! 私の力を、幾千年の想いを舐めるなァッ!!」
少女のフォニックゲインが埒外のものであることは認識ずみ。
なればこそ、既に十分なほどのフォニックゲインをネフシュタンの鎧に蓄えてきた。何度も計算し、この出力ならばカ・ディンギルの発射までいくら攻撃されても耐えきれると踏んでいた。
だが、その計算すらも少女は踏み越えていく。
「いつから、私が全力で歌っていると錯覚していた?」
「なん……だと……?」
まさか、まさかまさかまさか――!
今までは手を抜いてフォニックゲインを生成していたというのか。本当の力を隠していたというのか。
フィーネの背筋が凍る。
今までの観測ですら膨大な量のフォニックゲインを生み出していたのに、それが本気でなかったすれば計算によってフォニックゲインを蓄えてきたネフシュタンの鎧では耐えきれない可能性が出てくる。
ここにきてフィーネは本気で焦りを感じていた。
だが、ここで負けるわけにはいかない。計画は既に最終段階を超えている。この機を逃せば次はいつ来るかもわからない。そのためならば、死すら厭わない――!
決死の覚悟でフィーネは少女を迎え撃つ。
彼女はシンフォギア装者として優れていた。
生成できるフォニックゲインの量は他の装者と比較するのも烏滸がましい程のものだ。
しかし、たった一つ欠点があるとすればそれは――――。
「ボエェエ~~~~!!」
――――少女の歌は、下手くそだった。