時系列(中央暦1637~1638年)
【目次】
・1月
・2月
・3月
・4月
・5月
・10月
・11月
・12月
・1月
・2月
・3月
・4月
・5月
・6月
・7月
・8月
・9月
・10月
・11月
・12月
【中央歴1637年】 >目次
<1月> >目次
・21日:西側諸国が転移現象に遭遇。
・22日:西側諸国は電話会談。転移後の各国の位置関係などの周囲調査を決定。また、各国軍は不測の事態に備えて即応体制に移行。
・24日:クワ・トイネ公国竜騎士がアメリカ空軍所属U-3戦略偵察機と遭遇。
・25日:国連臨時総会が開催され、アメリカからの情報をもとに発見された大陸への使節団派遣が決定。
日本とアメリカが接触することに決定。
・26日:ノーフォーク海軍基地より米第5艦隊第50任務部隊が、横須賀基地より日第1空母打撃艦隊が出航。
・27日:深夜に上記の2つの艦隊が合流。その後、クワ・トイネ公国海軍第2艦隊「ピーマ」と接触。
・28日:日米使節団とクワ・トイネ公国首相カナタが会談。
<2月> >目次
・8日:西側諸国はクワ・トイネ公国の仲介のもと、クイラと非公式な外交チャンネルの設立に成功。
・21日:日米がクワ・トイネ公国と国交を樹立。また友好通商条約などの各種条約が正式に締結される。
<3月> >目次
・1日:独仏がクワ・トイネ公国の隣国、クイラと国交を樹立。
・10日:残る西側諸国とクワ・トイネ公国が国交を樹立。
・11日:同じくクイラ王国も残る西側諸国と国交を樹立。
・21日:クワ・トイネ公国、クイラ王国が国際連合および北大西洋条約機構に加盟*1。
・27日:派遣していた使節団や、クワ・トイネ、クイラ両国より隣国に拡張主義的軍事国家の存在を確認したことで、西側諸国と両国は、両国の経済や生活の近代化を目指すロデニウス経済開発協定と両国軍の近代化を推し進めるロデニウス安全保障協力条約を締結。
<4月> >目次
・14日:クワ・トイネ、クイラ両国軍より数百名近い将校が、短期留学生として米日英仏独以伊に向かう。また、米日英の航空学校で竜騎士への飛行機操縦訓練課程が用意された。
・28日:ロデニウス経済開発協定に基づいた開発団がロデニウス大陸に向かう。
・29日:日米英仏独軍からなる工兵部隊がロデニウス大陸の軍事基地建設を行うために派遣される。
・30日:クワ・トイネ、クイラ向けの兵器を開発するSDWプロジェクトが決定される。
<5月> >目次
・11日:各国、各種軍需企業にSDWプロジェクトに基づいた兵器開発が発注される。
<10月> >目次
・2日:ヴォスパー・・ソーニクロフト社が哨戒艇の試作品を納入する。
<11月> >目次
・11日:市販の高速艇に機関砲と連装機関銃を搭載した哨戒艇が正式採用される。
・31日:クワ・トイネ首都近郊に、クワ・トイネ空軍基地が設置。1番滑走路だけであり、地面を均しただけの簡易滑走路と簡易管制塔だけであった。同時並行して、ジェット戦闘機運用可能な2番滑走路の建設も行われていた。
<12月> >目次
・12日:クワ・トイネ空軍基地の完成に伴い、米日英で学んでいたクワ・トイネ竜騎士らは、NATO軍事顧問団とともに本国に帰還。
同日、クイラでも空軍基地の建設が完了。
・20日:クイラ竜騎士も本国の空軍基地建設に伴い帰国。
・25日:西側諸国より貸与品としていくつかの武器がクワ・トイネ、クイラに送られる。
【中央歴1638年】 >目次
<1月> >目次
・11日:米国で短期特別将校育成プログラムでの教育を受けていた数十名の将校らが本国に帰還。
・18日:帰国した将校らの助言のもと、クワ・トイネ公国軍で貸与品を集中配備した部隊の整備が始まる。
・19日:SDWプロジェクトに基づき開発された各種小火器の試作品が納入され、試験が開始される。
・25日:クイラ王国でもクワ・トイネ同様の部隊の整備が始まる。
・29日:英国で特別将校養成課程で教育を受けた将校が本国に帰還。
<2月> >目次
・1日:日本国防陸軍士官候補生学校で教育を受けた将校が本国に帰還。
・7日:SDWプロジェクトに基づき開発された魚雷艇の試作品が納入される。
・12日:SDWプロジェクトに基づき開発された対戦車砲、迫撃砲の試作品が納入される。
<3月> >目次
・1月:SDWプロジェクトに基づき開発された魚雷艇が正式採用される。
・15日:クワ・トイネで教育を受けていた竜騎士らがA-29に搭乗する。
・18日:SDWプロジェクトに基づき開発された戦車の試作車が納入され、各種試験が開始された。
・24日:クイラで教育を受けていた竜騎士らがA-29に搭乗する。
<4月> >目次
・20日:ロウリア王国に潜入していたCIAおよびNSIの諜報員がロウリア王国が開戦を決定した情報を入手した。
・21日:NATO首脳陣電話会談にて、ロウリア王国軍の侵攻目標であるギム周辺に、演習の名目でNATO軍を派遣することを決定。
<5月> >目次
・3~4日:西側各国より、ロデニウス大陸に派遣軍部隊が派遣される。
・10日:日工兵部隊がギムに到着。野戦陣地の構築を開始する。
・15日:NATO各国軍がギムに集結する
<6月> >目次
・2日:野戦陣地の構築が完了する。
・7日:ロウリア王国がクワ・トイネに侵攻を開始。ロデニウス戦争が開戦する。
・17日:マイハーク港にNATO連合艦隊が到着。ロウリア王国海軍に対する対策会議が開かれる。
・18日:マイハーク港よりクワ・トイネ海軍艦隊並びにNATO軍連合艦隊が出航。
・19日:マイハークより北西に200㎞地点で両軍艦隊が衝突。北ロデニウス海海戦が勃発する。
・20日:SDWプロジェクトに基づき開発された小火器及び火砲の試験結果が発表された。
・22日:日空軍部隊によりロウリアの主要軍港すべてに機雷が散布され、封鎖される。
・29日:ギムでの敗戦と北ロデニウス海海戦を踏まえ、ロウリア王国側はビーズルで決戦を行う作戦を決定。
<7月> >目次
・12日:NATO首脳電話会談にて、ロウリア王国の戦後処理について話し合われる。
・19日:ロウリアへの反抗作戦。コーナーストーンオブピース作戦が開始される。NATO軍は事前の作戦通りにロウリア国境線を越境。
<8月> >目次
・18日:ビーズルにNATO軍が到着。
・19日:西日連合空挺部隊がビーズル後方に展開。ビーズル―ジン・ハーク間の連絡路を遮断した。
・29日:NATO軍によるロウリア軍主要軍港への空爆作戦が決行される。これによりロウリア海軍は壊滅。またロウリア竜騎士部隊も一部を除いて壊滅した。
・30日:ロウリアの王都周辺の海岸線で上陸作戦が展開される。日米韓仏連合軍が上陸し、橋頭保を築く。
<9月> >目次
・1日:SDWプロジェクトに基づき開発された戦車の試験結果が発表された。
・2日:上陸したNATO軍による内陸部への侵攻が開始される。
・3日:韓第1海兵師団により、ハーク港―ジン・ハーク間の連絡路が遮断される。
同日、日第1海兵師団と米第1海兵師団がハーク港を完全包囲する。指揮命令系統が崩壊しており、通信設備も壊滅していたロウリア軍ハーク港守備隊は組織的抵抗ができずに降伏。またこの情報はジン・ハークに届かなかった。
・6日:一部の抵抗していたロウリア軍部隊も排除すると、NATO軍はハーク港を完全に占領。
・8日:深夜のうちにハーク港より日米海兵隊の連合部隊がジン・ハークに向け進撃を開始。
・9日:日米海兵隊がジン・ハーク近郊に到着。ロウリア軍王都守備隊の間で戦闘が勃発。ロウリア軍は竜騎士団が全滅するなどの甚大な被害を受け、敗北する。
同日。陸路で進撃してきた米仏台湾軍と合流し、ジン・ハークを半包囲下に置く。
・12日:ロウリア王国内で降伏に反対する派閥の人間が拘束される。
同日、ハーク・ロウリア34世は降伏を決意する。
・13日:ロウリア王国側より、降伏交渉のための軍使が派遣される。NATO軍側は作戦の一時中止を宣言。
・16日:臨時に開かれたNATO首脳電話会談で、ロウリアの降伏を受け入れることを決定。交渉団が編成されることとなった。
・20日:SDWプロジェクトに基づき開発された航空機が性能試験に納入された。
・23日:交渉団は日本よりC-2輸送機でロデニウス大陸に向かう。
・24日:交渉団一行がジン・ハーク近郊のNATO軍司令部に到着する。
・25日:ロウリアとNATOによる降伏に関する協議が開かれる。
<10月> >目次
・2日:ロウリアが降伏文章に調印。NATO軍によるロウリア進駐が開始される。
・24日:米軍及びCIAによって「ゴーストバスターズ作戦」が決行される。
・30日:クワ・トイネ、クイラ陸軍にSDWプロジェクトに基づき開発された火砲及び小火器の先行量産品が引き渡される。
<12月> >目次
・15日:SDWプロジェクトに基づき、クワ・トイネ公国軍、クイラ王国軍に各種装甲車両の初期量産品が引き渡される*2
・22日:ベルギー ブリュッセルで開かれたNATO首脳会談において、対パーパルディア皇国を念頭に置いた安全保障方針を決定。
アルタラス、シオス、フェン、ガハラ、アワンを対パーパルディアの緩衝国家に設定し、経済・軍事・情報における支援を決定。
・23日:米国フロリダ州にあるジョン・F・ケネディ宇宙センターより、転移後初の気象衛星が、デルタⅦロケットによって打ち上げられ、衛星軌道にのる。