まほろばの夢   作:ぜろさむ

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ポケモン二次創作。舞台はイッシュ地方。例によって、オリ主です。


一話

 おれが初めて「はかせ」と出会ったのは、フキヨセシティとセッカシティを繋ぐ7番道路だった。

 当時、季節は冬で、丈の長い草むらに雪が降り積もって、ずいぶんと歩きにくい状態だったのをよく覚えている。

 おれはフキヨセシティ側から7番道路に入って、ねじ山の入り口に向かっている途中だった。しんしんと降る雪の冷たさにいらいらしながら、足元だけを見て黙々と歩を進めていた。

「おや、こんな天気に旅人さんとは珍しい」

 だからかもしれない。おれは、真正面から歩いてきていたその人物の存在に、最初まったく気がつけなかった。

 聞こえてきた声にぎょっとして顔を上げると、目の前に立っていたのは小柄な老人。白衣を着て白い髭を生やした、いかにも「科学者」という風体のおじいさんだった。

 こんな天気でなにが嬉しいのか、にこにことした表情でおれの顔を覗き込んでくる。

「少年、きみはポケモントレーナーだね? 今からねじ山へ向かうのかい?」

 なんだろう、この人。やけになれなれしいな。

 やたらとフレンドリーに話しかけてくる老人に、おれは最初、疑念の目を持って対応した。露骨に眉をひそめてみせ、あなたを警戒していますよ、と信号を送る。

 老人は少しもひるむことなく、

「この気温だとねじ山の攻略は骨が折れるだろう。きみは旅慣れているみたいだけど、冬の山は他とは勝手が違うからね。フキヨセシティから来たのなら、戻って冬が過ぎるのを待った方がいいんじゃないかい?」

 と聞いてもいないアドバイスを垂れ流してくる。

「あの、忠告はありがたいのですが、もう決めたことなので」

 おれは少し不快になって、語気を強めて言い切った。

「ふうん? ま、人の旅路にとやかく言うつもりはないけれど。それよりも……」

 そこで老人は白衣のポケットの手をやって、赤と白の小さい球体を取り出した。

 モンスターボール。

 このタイミングで取り出すということは、()()()()()()なのだろう。

「トレーナーとトレーナーが出会ったら、お約束だよね?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、老人が言う。おれは少し面食らったが、考えてみれば当然だ。こんな草むらに人間がポケモンを連れずに歩いているわけはない。少なくとも自衛用のポケモンを連れているのは当たり前のことだった。

「こんな天気に、こんなところで、ですか?」

 正直、気は進まなかった。ちょうど先日手痛い敗戦を喫して気分が落ち込んでいるところだったし、こんなコンディションでは泥仕合になるのは目に見えている。消極的に停戦を提案してみるが、老人はにこにこ顔を崩さない。

「ねじ山で修行したり、フキヨセジムに挑みに来たトレーナーに野良試合をふっかけるのが、老い先短いじじいの唯一の趣味でね、付き合ってくれないかい?」

 ずいぶんと傍迷惑な趣味だ。罪悪感を煽る文言といい、挑発し慣れている感じがなんとも憎らしい。もしかしたら、辻バトルの常習犯なのかもしれない。

 おれはもう一度、露骨に顔を顰めて見せたが、老人にはまるで応えた様子がない。にこにこ笑って、おれが試合を承諾するのを待っている。断られるとは微塵も考えていない、といった様子の、無邪気な表情。

 はあ、とため息をひとつ。どうやら、やるしかなさそうだ。

「分かりました。ただし、使用ポケモンは一体だけ。『きずぐすり』もなしでお願いします」

 おれもポケモントレーナーの端くれだ。徘徊老人相手だろうが、ひとたびバトルが始まれば、手加減をすることはできない。

 さっさと終わらせて、ねじ山に入ろう。山に入ったら、野宿(ビバーク)の準備をしなければならない。どれくらい時間がかかるだろうか。早めに拠点を確保して、少しでもバトルの訓練に時間を割きたい。

 そんな思考を巡らせながら、おもむろに腰のボールをひとつ、掴み取る。未だに止む様子のない雪しぐれに向かって、おれはボールを高々と放った。

 

 

 

★★★

 

 

 

 地元のサンヨウシティでトレーナーズスクールに通っていたときから、おれは人間よりもポケモンとよく遊ぶ子供だった。

 もう一年くらい前のことだ。サンヨウシティはイッシュ地方の南東に位置する閑静な街で、そのあたりでは一番人口の多い「大都市」だった。

 ヒウンシティやライモンシティを見た後だと、あの小さな街を大都市だなんて恥ずかしくてとても呼べないけれど、狭い世界に住んでいたころのおれにとっては、サンヨウシティは間違いなく「シティ」だったのだ。

 サンヨウシティはその周辺では唯一トレーナーズスクールがある街でもあったので、近くのカラクサタウンやシッポウシティからもトレーナー志望の子供達が集まって来ていて、スクールの規模はそれなりだった。

 その中でおれは、入学してから卒業するまでずっと、一番バトルの強い生徒だった。先生が授業用に用意したどんなポケモンとだってすぐに打ち解けることができたし、呼吸を合わせてバトルすることなんて、造作もなかった。

 それに引き換え、クラスメイトはトレーナーとしての基本さえなってないやつばかりで、おれは彼らの低レベルさ加減にいつもいらいらしていた。ポケモンに無茶な命令をしたり、バトルで負けたのをポケモンのせいにしたり、ポケモンを道具か何かのように扱ったり……。そんなことが起こるたびにおれは悲しむポケモンのことを庇って、クラスメイトと衝突していた。

 入学以来そんなことを繰り返していたから、結局卒業までにクラスに馴染むことはできなかった。それでもおれは平気だった。人よりも、ポケモンと関わっていた方が楽しかったからだ。

 人間同士の関係は、言葉で容易に通じ合えるはずなのに、無駄が多くて複雑で、かえって神経を削られる。人間はすぐに嘘をつくし、自分の心を隠そうとするからだ。

 その点、ポケモンたちは素直で、自分の感情を隠そうとはしない。よく観察すれば、彼らがどんな気持ちで、いま何を欲しているのかはすぐにわかる。人間と違って、彼らと上手くやるために必要なことはシンプルだった。

「きみはポケモンの気持ちがよくわかるんだね。感受性が高いのかなあ」

 先生はそんなことを言っておれを褒めた。あのときはおれが鋭いんじゃなくて周りが鈍すぎるんだ、なんて憎まれ口を叩いたけれど、今から考えてみれば、おれはたしかに人よりもポケモンの心を掴むのが上手かったのかもしれない、と思う。そうでなければ、旅を始めて一年も経たないうちに、五つものジムバッジを手に入れることはできなかっただろう。

 このイッシュ地方にも、カントー・ジョウト地方やホウエン地方と同じように、ポケモンリーグがあってポケモンジムがある。ジムはポケモントレーナーがバトルの腕を磨く施設で、ジムの長であるジムリーダーを打倒すると、その証としてジムバッジが貰える。そして、八つあるジムを全て制覇すると、ポケモンリーグ――全てのポケモントレーナーの憧れの舞台への挑戦権が手に入る、という仕組みだ。

 十二歳でスクールを卒業した後、他の大多数の卒業生と同じように、おれは各地のジムを巡る旅に出た。全てのバッジを集め、ポケモンリーグに挑戦する。スクールのトレーナーなら誰しもが一度は目指す夢だ。

 ほとんどのトレーナーが一つ目か二つ目のジムで現実の厳しさを思い知らされ、別の道を模索し始める中で、おれだけは順調にジムを制覇し、バッジを集めていった。

 一つ目、二つ目のジムでは道中で仲間にしたポケモンたちと絆を深めつつ、スクールで学んだ知識を応用してバトルのセオリーを体に覚え込ませ、三つ目、四つ目のジムではより専門的なバトルの戦略や、ポケモン育成の理論についても学んで、一人前のポケモントレーナーとして実力を高めていった。

 難関と言われているバッジレース後半に突入してもおれたちの勢いは衰えず、ホドモエジムではジムリーダーのヤーコンさん相手に、接戦の末に勝利をものにした。

 バトル終盤、互いに残り一対一の場面で見せた相棒のコジョンドとの連携は、ヤーコンさんも手放しで褒めてくれたほどで、間違いなくおれ史上最高の勝利だったと言える。

 五つ目のバッジを手に入れたおれは、有頂天だった。なにせ、バッジを制覇したトレーナーの平均記録がだいたい四年なのに対して、おれは一年経たないうちに半分以上のバッジを集める好ペースで快進撃を続けていたのだ。

 どうやらおれには、トレーナーとしての才能があるらしい。

 ジムバッジをコンプリートするだけでも、毎年スクールに一人いるかいないかの偉業なのに、おれはこれまでの制覇者の誰よりも早いペースでバッジを集められている。

 順風満帆、前途有望。おれとおれのポケモンたちならば、チャンピオンだって夢ではない。片田舎から彗星のように現れた天才ポケモントレーナーとして、リーグの歴史に名を刻むんだ――!!

 そんなことを、半ば本気で考えるくらいには、おれは増上慢になっていた。

 その道に、つい先日石が置かれた。

 フキヨセシティでのジム戦だ。ジムリーダーのフウロさんは年若い女性で、ひこうタイプポケモンの使い手だった。身軽なスピードバトルが持ち味で、テンポのいい連続攻撃を展開する。どっしりとしたベテランジムリーダーのヤーコンさんに比べれば、老獪さが足りないトレーナーだとおれは分析していた。

 ひこうタイプのスピードを止め、おれたちの主戦場である地上に引き摺り下ろす。その目的で、道中仲間にしたバニリッチを軸にした戦術を組んだ。情報収集も、バトルの方針も完璧。後顧の憂いはない。おれは意気揚々とジムに乗り込み、――そして、かつてない敗北を経験した。

 あえて言葉にするなら、「完敗」だった。全く文句のつけようもないくらいに、完全無欠に負けた。評価できる点など何一つもなかった。フウロさんはおれの戦術を一から十まで読み切り、その全てに対策を用意していた。最初から最後までバトルの主導権を握ることなく、おれはただポケモンたちが蹂躙されていく様を、無様に口を開けて眺めていることしかできなかった。

「性急すぎ、安直すぎ、単純すぎ。考え無しに突っ込んできたとしか思えない。ジムリーダーを舐めてたの? あんなバトルじゃ、他のどのジムリーダーだって倒せやしないよ」

 バトルの後、ポケモンたちが治療を受けている間に、フウロさんは厳しい表情でそう言った。おれは茫然自失として、叱責をまともに受け止める余裕すらなかった。

「ポケモンへの指示も抽象的だったし、反応も鈍かった。明らかにバトルに集中できていなかったよ。ポケモンたちが必死に戦っている側で、きみは一体何を考えていたの?」

 あなたを倒して、また一歩チャンピオンに近づく自分です。

 当然、そんなことを言えるわけもなくて、黙りこくるしかないおれに、フウロさんはため息をこぼした。

「とにかく、今のきみには、私のジムのバッジを渡すことはできません。きみはまだ年も若くて、才能だって持ってる。時間はじゅうぶんにあるんだから、今の自分に必要なものが何なのか、よく考えた方がいいよ。それを考えないで突き進んだトレーナーは、必ずどこかで潰れてしまうから」

 彼女の澄んだ瞳は、おれの中でむくむくと膨らんでいた薄っぺらな俗心を見透かしているようだった。

 羞恥に耐えきれず、おれはジムを飛び出した。宿に逃げ帰り、急いで荷物をまとめて、ねじ山攻略の準備を進める。

 フキヨセジムに再戦を挑む気概は、ぽっきりと折れていた。

 今はただ、時間が必要だ。「敗北」という現実から、逃げるための時間が。

 ぼろぼろになった自尊心をかばうようにして、おれはその日のうちにフキヨセシティを後にした。

 

 

 

★★★

 

 

 

 フキヨセシティを出たおれは、ねじ山を超えてセッカシティに入り、さらにソウリュウシティにまで抜けるつもりでいた。

 理由の半分は、とにかくフキヨセシティから離れたいという気持ち。もう半分はソウリュウシティならばポケモンジムがあり、ジム戦ができるからだった。

 そこでジムリーダーに勝利すれば、フキヨセでの敗戦が偶発的な「事故」に過ぎなかったと証明できるかもしれないし、折られた自尊心を取り戻すことだってできるかもしれない。

 壊れかけの自尊心を回復させるためには、おれは自分の才能がまがい物でないことを自分自身に納得させる必要があった。完敗のトラウマを払拭するためには、勝利で記憶を塗り潰すしかない。おれはそう考えて、一刻も早くソウリュウシティへ向かおうとしていた。

 そして、雪の降り積もった7番道路をようやく抜けよう、というころになって、珍妙な老人に行き会った。やたら馴れ馴れしく絡んできたかと思えば、暇つぶしにバトルをしてくれという。

 ふざけるな、こっちは今そんな気分じゃないんだ。そんなにひまなら、野生のポケモンでも相手にしていればいいだろう。

 そう怒鳴り散らしてやろうかとも思ったが、あまり子供っぽい真似をすれば、かえって自分が傷つくだけだということはわかっていた。渋々了承し、とにかく早急に片をつけるという方向で行くことにした。

 最速最短で、けりをつけてやる。そう意気込み、ボールを投げた。

 結論から言うなら、狙い通り勝負はすぐについた。ただ、狙い通りになったのは結果だけだった。

「なんだ、これ――?」

 突きつけられた現実を受け入れられず、おれはそうひとりごちる。目の前には、草むらに(くずお)れて動かなくなった、ギガイアスの巨体。しんしんと降りしきる雪の中で、()()()()()()()()()、素人目に見ても明らかなほどに戦闘不能になっていた。

「ふむ、どうやらぼくの勝ちだね?」

 したり顔で、老人が言う。その傍らに立っているのが、ぼくのギガイアスを戦闘不能に追い込んだ彼のポケモン。

 チラチーノ。イッシュ地方に広く生息するチラーミィというポケモンから進化する、ノーマル単タイプのポケモンだ。

 そう、ノーマルタイプだ。いわタイプのギガイアスに対して有効打を持たないノーマルタイプのチラチーノで、老人はおれを圧倒してみせたのだ。

 信じられない思いで、おれは老人を見た。相変わらずそこに立っているのは、場末の研究所の所長のような、くたびれた白衣の小柄な老人。ジムリーダーのような強者の覇気をまとっているわけでもない、バトルの素人にしか見えないおじいさんだ。

 なんだ、これは? なぜこのおれが、こんなゆるふわな雰囲気の老人に遅れを取っているんだ?

 真っ先に不正を疑ってみたが、バトルの内容を思い返してみてもなんら不自然なところはない。おれと老人は真っ当にバトルをして、真っ当に白黒をつけた。とするなら、考えられる理由は二つだ。つまり、老人が実は無名の凄腕トレーナーであるという可能性と、おれの不調が極みに極まってついに趣味道楽でバトルをやっている隠居老人にも遅れをとるレベルにまでなってしまったという可能性。どちらも同様に受け入れがたく、おれは「こんらん」して、しばらく立ち尽くしかなかった。

 しかし、いつまでも呆然としているわけにはいかない。バトルが終わり、勝者と敗者が決まった。そのあとトレーナーがやるべきことは、ひとつだ。おれは苦い顔をして、()()を切り出した。

「……いくら、支払えばいいですか?」

 野良試合だろうが、バトルはバトルだ。トレーナー同士のバトルの後は、敗者は勝者に賞金を支払う。そこまでやって初めて、ひとつのバトルが終わるのだ。

 とはいえ、フキヨセシティで冬のねじ山用の装備を揃えるのにけっこう使ってしまっているので、現在のおれの懐にはそんなに余裕がない。あまり高額の請求には応えられないだろう。世知辛い悩みが敗北の惨めさと相まって襲いかかり、不覚にも視界が滲む。

 ああ、くそ。マジで何やってんだ、おれ。

 しかし、老人はにこにことしたまま大げさに腕を振り、言った。

「いやいや、賞金はけっこう。旅の少年からなけなしの路銀を毟り取るほど、ご飯には困っていないからね」

「しかし、そういうわけには」

 老人の主張はおれにとって願ったり叶ったりだったのだが、トレーナーとしての矜持が邪魔をして素直に好意に甘えることができない。食い下がるおれに、老人は少し考えたあとで、こう提案した。

「そうだねえ。それじゃ、こういうのはどうだい? 実はぼくは、この先ちょっと行ったところにある研究所でポケモンの研究をしているんだが、人手がぼく一人しかいなくて困るときがあるんだ。きみがしばらく助手を務めてくれるなら、非常に助かるんだけど」

 要するに、お金ではなく労働で支払え、ということだろう。泊まり込みのバイトのようなものだ。そうすると、ソウリュウシティに行くのは先延ばしにせざるを得なくなるが、ねじ山近くに拠点を確保できると思えば、そう悪い話でもない。なにより、自分から言い出した手前、支払いを撤回するわけにもいかなかった。

 おれは老人の申し出を受け、彼の案内に従って再び雪の中を歩きはじめた。

 

 

 

★★★

 

 

 

 老人の案内でおれが連れてこられたのは、ねじ山の入り口にほど近い場所にぽつんと建ったコンクリート打ちっぱなしの建造物だった。周囲を自然に囲まれた中に突如として出現するのっぺりとした灰色の壁は威圧感が強く、悪天候と相まっていかにも寒々しい印象を与えている。

 どうやらここが、この老人の研究所らしい。

「ようこそ、ぼくの研究所へ」

 老人は相変わらずにこにこ笑ってそう言うと、金属製のドアを開けておれを中に招き入れる。

 中に入ってみると、室内は意外に暖かくなっているようだった。コンクリートに防寒性能は期待できないだろうなと思っていたが、この分なら存外過ごしやすいかもしれない。

 案内されるがままに奥に進み、研究所の間取りの説明を受ける。

 一人で暮らすには相当広い建物の中を、老人は「研究室」「生活スペース」「それ以外」で区切っているようで、おれの寝室としては、生活スペースのうちの一室を割り当ててもらった。

「それで、助手っていうのは具体的に何をすればいいんですか?」

 一通り建物の中を見終わった後。連れてこられたリビングのような部屋で、おれは老人に切り出した。

「ああ、別に研究の手伝いをしてくれというわけじゃないから、安心してくれていいよ。細々とした雑用は頼むかもしれないけど、基本的には自由にしてくれていい」

「そうですか……」

 助手として働いてもらって賞金の代わりにする、というのはやはりとっさにひねり出したこじつけだったのだろう。老人は本当におれに何かを要求しようとは思っていないようだった。

 それはそれで、おれは老人の家に泊まらせてもらっているだけになるので、気が引けるのだが、老人にそれを言っても困らせるだけだろう。

 せめて自分で雑用を見つけて、賞金分働いてから去ろう。

 そう気持ちを切り替えて、おれはここに来てからずっと気になっていたことを訊くことにした。

「そういえば、あなたはここで一体何を研究しているんですか?」

「はかせ、だ」

「え?」

「ここではぼくのことは、はかせと呼んでくれたまえ少年助手くん」

「は、はあ。では、はかせ」

「うむ。ぼくがここで何を研究しているか、だったね?」

「はい」

「聞いてくれるかね?」

「はい?」

 ()()()はそこで、にやりと笑った。

 

 

 

「まず、きみはテレパシーというものを知っているかね」

「エスパータイプのポケモンに見られる特性のことですよね」

「うむ。一般にテレパシーというと、そうだ。エスパータイプポケモンの一部に見られる、高度なマインドリーディング能力。バトルでこれを発揮すれば、味方の思考を読み取り同士討ち(フレンドリーファイア)を避けることができる」

「もしかして、はかせはそれを?」

「いいや、そうではない。少年、ぼくが研究しているのはね、ポケモン同士のテレパシーではなく、ポケモンと人間の間に見られるテレパシーなんだ」

「人間と、ポケモンの間の?」

 いまいち意味が読み取れないおれが首を傾げると、はかせは笑みを深めて補足説明をする。

「そうだね、なんと説明したらいいかな……。まず、通常ポケモントレーナーとポケモンが関わるとき、どんなものにも反復練習による慣れが必要だよね? 例えばトレーナーがポケモンに技を指示するときは、繰り返して技を指示し、ポケモンに技の名前を覚え込ませる必要がある。トレーナーが『かえんほうしゃ』という音の並びを口にしたとき、どう行動するのが正解なのか、ポケモンはすぐには理解できないだろう? だが、繰り返し練習しているうちに、ポケモンの頭の中で『かえんほうしゃ』というワードと、炎を吐くという行動がリンクするようになり、やがて条件反射で指示に従えるようになる。この状態が、いわゆる『技を覚えた』状態だ」

 おれはこくりと頷いて理解を示す。

 はかせの専門的な説明は、おれのトレーナーとしての経験を理論で分解して説明したものだった。おれはポケモンが技を覚える過程の詳しいメカニズムは知らなかったが、どうすればポケモンが技を覚えるのかはよく知っていた。

「だけど、これはあくまで表層的な関わりでしかない。ポケモンが指示に従って炎を吐けるようになったからと言って、ポケモンが『火炎放射』という言葉の意味を捉えたわけではない。あくまで『かえんほうしゃ』という音と特定の行動が一対一で結ばれただけだ」

 なるほど、そうかもしれない。ポケモンが人間の言語を完璧に理解できるなら、技という概念ももっと曖昧でいいはずだ。そうでないのは、ポケモンは人間の言葉を完璧には理解できないということの証拠なのだろう。

「もちろん中には、高い知能を持つポケモンもいる。 人間の言語の意味を正確に把握できるほどに賢いポケモン。エスパータイプにはそういう種族も多いだろう。だけど、トレーナーとポケモンの関わりという意味では、さらに一段階上があるんだ」

「それは?」

「深層意識――つまり、精神の最も深い領域でトレーナーとポケモンが繋がる場合さ。言語やジェスチャーに頼らずとも互いの考えていることが手に取るように把握でき、呼吸をするように連携することができる関係……。トレーナーの中には、ポケモンとそういう関係を結ぶことができるものがわずかだが存在する」

「……もしかして、それがはかせの言う『テレパシー』ですか?」

 おれが思いつきで質問を飛ばすと、はかせはにかっと歯を見せて笑った。

「鋭いね! 勘が働くのはいいトレーナーの条件だよ。きみはきっと、いいポケモントレーナーになる」

 はかせがあまりに直裁的に褒めるので、おれは少しむず痒くなって、咳払いをした。

「おっと失礼、それで、テレパシーについてだね。ぼくら研究者の間では、一部のトレーナーとポケモンの間に見られる深層レベルでの繋がりのことを、特性のテレパシーとは区別して、いかめしく『精神感応』と呼んでいる。そして、ポケモンと深層レベルで繋がれるトレーナーのことは、『感応者』と名付けているんだ。

 能力の程度にはかなり個人差があって、あらゆるポケモンと心を通わすことのできる人もいれば、特定のタイプのみ可能という人もいる。さらに言えば、この能力は最近発生したものではなく、ずっと昔から人類に備わっていたものであることが分かっている。神話を読み解くと、かなり古い時代からこの類の能力を持った人間は存在していたことが推測できるんだ」

「神話、ですか?」

「そう。例えば、イッシュ地方の建国神話がある。話を聞いたことは?」

「えっと、確か双子の王とそれに従う二体のポケモンの話ですよね?」

 正直神話にはあまり詳しくなかったが、おれは記憶を引っ張り出して、なんとか答えを出した。無理に答えなくてもはかせは話を進めただろうが、おれは自分から、はかせの話についていきたいと思っていた。はかせの話はスクールの授業の何倍も面白く、いつのまにかおれははかせの講義にのめり込んでいたのだ。

「ぼくはね、その双子の王こそ、古代イッシュ最大の感応者だったのではないかと睨んでいるんだ」

「それは、なぜですか?」

「イッシュを建国した後、双子が争いを始めて、一度は和解したものの、子孫は争いを続けたので、双子のそれぞれに従ったポケモンは怒り、イッシュを焼け野原にした、というくだりは覚えているかい?」

「うろ覚えですけど、一応」

「考えてもみてほしい。まだモンスターボールもない時代に、イッシュ地方をまるごと焼け野原にするほどの力を持ったポケモンが、たかが人間の王になぜ従ったのか? 理由は一つだ。双子の王は、深層レベルでそのポケモンの心に語りかける力を持っていたからだよ」

 はああ、とおれは大きく息を吐いた。はかせの壮大な推測は、壮大過ぎてどこまでが信じて良い話なのか見当もつかなかったが、はかせの熱心な語りは聞くものを楽しませる魔力をもっていた。

「面白いことに、どの地方の神話にも、イッシュの双子の王のようにポケモンと心を通わせ、力を得た英雄が登場するんだ。そして現代でも、この能力を持っている人間は優れたポケモントレーナーになりやすいと言われている。各地方のジムリーダーや四天王、チャンピオンクラスには、この特性を持ったポケモントレーナーが何人もいるしね」

「そうなんですか?」

 話が卑近な内容になり、おれは思わず身を乗り出して聞く姿勢を整える。四天王やチャンピオンが身に着けている能力、と言われれば、聞き逃すわけにはいかない。

「分かりやすい例を挙げると、イッシュリーグの現チャンピオンだ。若くして強豪ひしめくイッシュリーグの頂点に立ったあの少女は、幼い頃からドラゴンポケモンと仲を深めるのが異常に早かったという。彼女の養父が言うには、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()竜と心を通わすことができたのだとか」

 おれは、つい先日歴代最年少でイッシュリーグのチャンピオンになった、褐色肌の少女のことを思い浮かべる。いまやイッシュ地方最強のポケモントレーナーである彼女は、ドラゴンポケモンと心を通わすことのできる感応者だったのか。

「さらに、ぼくがいままで出会った中で最も強力な感応者だったある青年は、タイプの制約なくあらゆるポケモンと心を通わすことのできる万能型の感応者だった。彼は独特の表現で、精神感応のことを『トモダチの声を聴く』と言っていた」

「そんなトレーナーが、いるんですか」

 信じられないような話だった。あらゆるポケモンと心を通わせることができるなんて、どんな環境で育てばそんなことができるようになるのだろう。

 あらゆるポケモンの心が、言葉を聴くように理解できる世界。それは、おれの想像力の外側にある世界だった。

「実は、この能力が先天的なものなのか後天的なものなのかは、未だに解明されていないんだ。トレーニング次第で身につけられるのか、そうでないのか。ぼくはこれまで何人ものジムリーダーやリーグトレーナーたちを追跡調査してきたが、強力な要因となりそうな共通項は見つからなかった。子供の頃からポケモンに親しんでいたのは皆同じだったけど、それだけでは要因とまでは言えないしね。だけど、もしこのメカニズムを解析することができれば、より多くの人が感応者となってポケモンと心を通わすことができるようになる。そうなればそれはトレーナー学のみならず、携帯獣学そのものに革命になるとぼくは信じているんだ!」

 果てしない夢を語るはかせは、まるでチャンピオンリーグに憧れる子供のようで、そのあまりに純粋な姿に、おれはほんの少しだけ羨望を覚えてしまう。

「はかせは、どれくらいの間その研究を続けているんですか」

「そうだね……大学時代も含めると、もう五十年になるのかな」

「五十年!?」

 飛び出してきた数字は想像を絶するもので、おれは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。五十年と言えば、おれがいままで生きてきた人生のおよそ四倍だ。トレーナーになって旅をした一年でさえ、おれは長かったと感じてしまうのに、その五十倍もの時間をひとつの研究に費やすというのは、一体どういう気持ちなのだろう。

 ちょうどトレーナーとして壁にぶつかっていたおれは、はかせに質問せざるを得なかった。

「嫌になったりはしないのですか? 実験で失敗して、もう止めてしまいたいと思ったことは?」

「止めてしまいたい、というのは無いかな。実験に失敗することはしょっちゅうだけど、それで落ち込んだりというのもないしね」

 おれが超人を見るような目ではかせを見ると、はかせは苦笑して、

「そもそも、研究者にとって失敗は苦痛ではないんだ。バトルでの敗北と違って、実験での失敗では失うものがない。その方法ではうまくいかないという結果が得られるわけだからね。変なことをいうようだけど、研究者にとって失敗とは、前進と同じ意味なんだよ」

 それからもはかせは淀みなくしゃべり続け、おれが軽い気持ちで始めた雑談は、気づいたときには二時間にも及ぶ大講義に発展していた。

 今までよっぽど人に話す機会に飢えていたのか、はかせは終始楽しそうな表情を崩さず、おれもそんなはかせの邪魔をするのが忍びなくて、ずるずると最後まで付き合ってしまった。

 二時間後、もう窓の外もすっかり暗くなったころ、

「――だからね、なぜ精神感応が発生するのかの詳しい説明はなされていなくとも、どういう条件がそろったときにそれが発生するのかというデータはある程度集まってきているんだ。ぼくがいま進めているのは、機会の力を借りてその条件を再現することで、非感応者を感応者にするデバイスを開発しようという試みで、――って、あれ、もうこんな時間か。悪いね、長々と話し込んでしまって」

 全く「悪いね」と思っていなさそうなほくほく顔で、はかせはようやく話を切り上げた。

「い、いえ。興味深いお話をありがとうございました……」

 実際、はかせの話は面白かったのだが、流石に二時間にも及ぶ長話はきついものがあった。ポケモンバトルのために鍛えているおれでも、体力を根こそぎ持っていかれたくらいだった。

 一方的に話し続けていたくせにぴんぴんしているはかせが果たして本当に人間なのかは、多分一生解けない謎である。

 その後、おれは割り当てられた寝室に戻り、ベッドに横になった。

 明日からは研究所での生活が始まる。

 いつまで滞在することになるのか、全くわからないけれど、少なくとも退屈はしなくて済みそうだと、そう思ったのだった。

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