我輩はダイナゲートである。名前はまだない。暗闇でにゃーにゃー猫のように鳴いていた訳でもなく、何処かの先生の家に居着いていた訳でもない。鉄血工造で製造されて、ずっと此処で工場警備をしているだけである。この鉄血工造では人間の職員のために作られた食堂が存在している。基本的に専用の機械がただ淡々と決められた時間に、決められた通りに、決められた量を作り出し、それを職員たちがバイキング形式なるもので好きな量を取っていく。
我輩は初めてこの光景を見たときに、何故か家畜の餌やりのようだと感じていた。皆、必死になって急ぐかのように料理をトレーへと移していっているからだ。
だが今はそうではない。昔、人間は栄養を摂取しなければ死亡してしまうと、ちょっとだけ我輩より偉い何処かのリッパーに教えて貰ったからだ。それからというもの、職員達が食事を好きなように取っていく姿は中々面白い光景なのだろうと考えるようになった。とはいえ違和感は拭えない。我輩が機械だからであろうか。
そしてもうひとつ、思うことがある。時折現れるのだ、他の職員よりも大量に食事をトレーへと置いて行き、それをホクホクとした顔で食べる職員が。我輩はよくその職員を見かける。ことあるごとに何かを食べており、その脇には大量の袋。一体あの細い体の何処にその量が入るのか不明なのである。
そんな与太話は置いておき、今日のその食堂なのだが、様相が大いに違っていた。料理を作る機械たちはものを言わぬ置物となってはいる。だからといってその食堂は静寂に包まれているというわけではなく、寧ろ熱気に物理的にも雰囲気的にも包まれていた。
…………主に一体のハイエンドモデルによるものであるが。
「だあっ!!やっぱ玉葱切ってると目が痛くなるなオイ!!」
キッチンの一角、時折趣味に凝った職員が使うガスコンロがあるところにて、黒髪のロングヘアー……今はポニーテールに黒のノースリーブ、そしてホットパンツの女性、『
ただ強いて分かることと言えば、目の前の彼女はたまたまこの鉄血工造の書庫で作り方を覚えたとある料理、“カレー”を作ろうとしているのと、我輩が彼女の行為に付き合わされて今現在椅子に縛られている事のみだ。
我輩は逃げられない。そろそろ警備巡回の時間だと言うのにこれでもかとロープで椅子に縛り付けられているのだ。何故我輩がこんなことになったのか、てんで知らぬ。これは他のダイナゲートに救難信号を送るべきか。
「なぁノッド、玉葱切るときってどうやったら涙流さずに済むんだ?」
我輩はてんで知らぬ。それを伝えるために唯一動く上部のアームで否定しておいた。
そして我輩はダイナゲートである。ノッドではない。確かに挨拶代わりに
「分からねぇか……まぁいいや、切れたし」
彼女はそう言いながら今度は赤い何かを取り出した。我輩はアイカメラをズームして確認してみると、人工肉であることが分かる。彼女はそれを一口大の大きさに切っていった。
「よしやったぞ!後は……炒めないとな!」
そう言う処刑人は柄のような取っ手がついた鍋へ油を引いてゆき、今度は具材をどんどん入れていっていた。どうやら既に他の野菜も切っていたようである。ジュワジュワと音が聞こえてくる。彼女は手慣れた手つきとは言い難いがヘラを使って鍋のなかをかき混ぜていた。
……数分ほど経った時だろうか、今度はある程度の量の水を入れ始めた。
「しっかり沸騰させてと……アク取りもしなきゃな」
今度はくるくるとお玉を回しながら彼女は待つ。…ふむ、今分かったことであるが、処刑人は遠い島国の日本という国が作るカレーを作っているようだ。先ほど彼女のやった通りのレシピを検索すれば出てきた。
して、何故彼女はそのカレーなるものを作ろうと思ったのだろうか……謎である。
「しっかし、侵入者もなんで俺にこんなもの作らせようとしたんだろうなぁ……確か“処刑人ちゃんのカレーが食べたい!”とか言ってたし…ノッド、お前はどう思う、俺がこんなものを作るってのは?」
知らぬ、存ぜぬ、我輩はそう信号で伝えておいた。それを受信した彼女はあからさまに肩を落として呆れるようにしていたが、我輩は機械なのだ。ハイエンドモデルたちのように感情のそれが人間と類似しているという訳ではない。奇跡的に我輩には自我というものが芽生えているが、それも飽くまでAI、我が電脳が多少の進化をしてしまっただけなのだ。それ故、感情というものには疎い。許せ。
「そっかー……まあお前はちょっと賢い犬みたいなもんだからな、仕方ないか。うりうり」
彼女は我輩を撫でる。武骨で雑な撫で方は余り好きでは無いのだが……まあ拘束されているので逃げられぬ。大人しく受け入れることにした。
「……よし、アク取りも出来たし煮込むぞ!」
……まだ時間がかかるようだ。
………………
………
…
「ルーを投下するぞ!」
大体十五分ぐらい経ったか…我輩が他のダイナゲート達との専用ネットワークで暇潰しをしていたら処刑人が黄土色の固形物、カレールーを鍋へと投下していた。彼女はまた鍋をかき混ぜていく。
「おぉ……良い匂いだな……ノッドもそう思わないか?」
もし我輩が人間であれば良い匂いだと答えたであろう。人間とは嗅覚でも味を感じるというからな。
だが我輩はダイナゲートである、嗅覚はない。ただ体を動かすための電力を補うために充電用のコネクターが有るのみである。
それを察したのか処刑人はちょっとだけ悲しそうな顔をした。
「あ……ごめんな、ノッド」
再三言おう、我輩はダイナゲートである。そして申し訳ないのであるならば直ぐにこの拘束を解いていただきたいものだ。
それにしてもだ、なぜ我輩が処刑人の味見役というものをやらされてしまっているのだろうか? 我輩に口は着いていないのに。何とはなしに処刑人を睨む。彼女はまたカレーをかき混ぜており我輩の視線に気がつく様子もない。
「んー……完成だな!」
ふと、彼女が味見をしたかと思ったらそんな事を言う。早速盛り付けるのかと思いきや早々と鍋を蓋で閉めてキッチンから出ようとする。
「早速狩人と侵入者呼ぶかぁ!ノッド、待ってろよ!!」
彼女はそう言って走り出した。
いや先ずは拘束を解いて欲しい。このままでは夜の巡回にも出られなくなってしまう。仕方がないため救難信号を出しておく。
「ほらほら!早く来てくれよ!」
「分かった分かった!そんなに引っ張るんじゃない処刑人!」
「遂に処刑人ちゃんの手料理を食べられるのね…」
我輩が救難信号を出したのも束の間、処刑人が他のハイエンドモデル達を連れてきた。ついでなので助けてほしい。我輩は信号を送る。
「…ん? おい処刑人、なんでダイナゲートを縛ってるんだ?」
「あ、忘れてた」
「おいおい……ちゃんと解いてやれよ」
一人が我輩の状態に気が付き、処刑人へ解いてやるように言った。やれやれ、やっと解放される。
「ごめんなーノッド。お前この時間帯は基本巡回してたもんなぁ」
「あら処刑人ちゃん、その子に名前を着けてるの?」
「おう。こいつ大体すれ違い様に会釈とかするだろ?だからノッドなんだよ」
「ふーん…私も呼ぼうかしら?」
処刑人によって解放されながら我は思う。やはり我輩はダイナゲートであると。ノッドではない、ダイナゲートである。まあそれを主張したところで彼女たちがそうやって呼ぶのを止めるという訳ではない。やはり我輩は機械だ、人形と違って信号や仕草でしか表現なぞ出来ぬ。
「よし……じゃあ狩人、侵入者、そこに座ってくれ!」
「あぁ」
「分かったわ」
我輩は解放されてキッチンを後にする。我輩の背後では処刑人の作ったカレーに舌鼓を打っている二人が居るのであろう。現に彼女達の喜色に富んだ声が聞こえてくる。
……我輩もいつかカレー、なるものを食べてみたいものだ。
そう電脳で答えを弾き出しながら我輩は工場へと向かう。途中で救難信号を受け取った仲間のダイナゲートと合流、そして情報交換を行い、共に歩き出した。
日はもう沈み、薄暮の世界だ。暗視装置を起動させて、周囲を見渡す。何も無し。なれば、また何時ものルートを進んで行くのみだ。さあ、行こう。
ダイナゲートは何を見た。
ダイナゲートは誰かのために働く処刑人を見た。
何か傭兵日記が捗っていようが書くようになってしまいましたね……多重連載は中々重いぞ!
ということで2話目です。処刑人だってこういう一面があってもいいんじゃないかななんて思いながらやってました。楽しいからいいんだけどね。それではまたこんど!