その奇襲を刀華が回避できたのは幼い頃から互いに、あるいは共に戦う内に自然に合うようになった呼吸と、積み上げてきた信頼の賜物だろう。
全てを聞かずともこちらを見る表情と声音だけでその脅威度を推定。
生み出した電熱による爆風と身体強化の
飛び退く程度では喰らっていただろう。
《
「あーもう、大人しく死ねっての」
開けた穴から飛び出してきたベルモンドが一直線に刀華に向かう。
多対一の戦いは如何に効率よく相手の数を減らせるかが肝───ベルモンドはまず、この中で最も実力的に劣る刀華から仕留める事に決めたのだ。
向こうがそう考えているのも刀華とて承知の上だし、それを否定はしない。しかし逃げては勝てないのも論じるまでもない話。
刀華は身体を反転させ、真正面から迫るベルモンドに向き直る。
直後全身に走る寒気。
己の命脈を貫き
だが抗う術なら知っている。後はそれを死ぬ気で実践するだけだ。
「はぁぁあああっ!!」
叫び、寸分の狂いもなく刃を振るう。
頭、胸、胴、その他数ヵ所に大穴を開けんとする掠るだけでも致命的な悪魔の足が、一瞬の内に幾度も閃き───
────刀華は、その全てを受け切った。
「っ?」
ベルモンドの顔に僅かな当惑が浮かぶ。
フェイントや変化を織り交ぜた本気のラッシュ。それを足と腕、男と女、魔力の差、全ての要素で力負けしている刀華に一発もヒットしなかったからだ。
地面に跪いて蹴りに対する面積を減らして攻撃の軌道を限定、さらに相手の生体電流を読み取り行動を先読みする
ならばと更に畳み掛けようとするがそこで時間切れ。ベルモンドの背後から、両脚に紫白を宿した一真が襲いかかる。
「《
ベルモンドが身を翻した瞬間、その場所を大気を突き破る一撃が通り抜けた。
続く二撃目が放たれる前にベルモンドは一真に複数の蹴りを一気に叩き込む。
膝関節を唸らせほとんど同時に猛スピードで襲い来る革靴の群れを一真は地面に倒れるように回避するが、そこで完全に姿勢が死んだ。反撃どころか次の行動にも移れなくなった一真にターゲットを変え、ベルモンドはまず片方を終わらせるべく
──が、違う。崩れた姿勢は完全なフェイク。
バレエで鍛え上げた一真の体幹は、倒れかけた程度では崩れない。
(かかった! 喰らえ!!)
完全に決める気のベルモンドを心の内で笑いつつ、一真は腰の入った本気の回し蹴りを繰り出した。
倒れかけの姿勢からは考えられない動きと威力。幾人もの強敵を屠ってきたこれは、初見殺しの常套手段として一真は大きな信頼を寄せており───
───それがあっさりと防がれた。
まるでそう来ると知っていたかのように振り下ろした足で膝関節を正面から踏むように蹴られ、蹴り脚を強引にストップさせられる。
「似たことをしてくる奴がいてな」
奇襲とはそれが防がれた場合、往々にして仕掛けた側が窮地に陥るものだ。例に漏れず悪い姿勢で固められ凍りついた一真に、《貫通》の砲台と化した拳が照準を合わせた。
「カズくん!!」
一真が貫かれる寸前、飛び込んできた刀華が刃でベルモンドの腕を打ち据えんとする。
これにもベルモンドは反応、手の甲で《鳴神》をパリング。刀華といえど
───この女、さっきより速くなってねえか?
ベルモンドの脳裏に過る違和感。一真は立ち上がる間も惜しんで刀華のカバーに入り、追い打ちに入ろうとした敵を牽制する。
「無事だったか!?」
「お互い様! もう1回いこう!」
失敗を振り切り一真はそのまま攻勢に転じる。
互いの武器を荒れ狂う蛇のように絡ませ、目で追うことすら不可能な速度で削り合う2人。
武の錬度で言えばベルモンドがまだ上回っているが、今戦況は拮抗していた。
「チッ……!」
理由は幾つかある。まずベルモンドが扱う武術。
サバットとは外出時の護身術を基盤として発展した武術だ。
その特性上、爪先の硬い靴を履いている、あるいは靴底にナイフを仕込んでいることを前提として技術が組み立てられているため、現在の競技化されたサバットでは『爪先をヒットさせたらポイント』『防御に脛を用いない』などの特徴があり、『蹴った足を戻さず膝から先のみを使ってもう1度蹴る』という独自の技術も見られる。
ここで重要なのが相手との間合いなのだが、ベルモンドはリーチにおいて一真に遠く及ばない。
次に武器の差。
ベルモンドの
サイズが小さく防御に向かない故に全力で攻めきるのがベルモンド流だが、大きくリーチを離されていてはそれもなかなか通らない。蹴ってきた脚を狙って蹴り返そうにも、そこは鎧に覆われた箇所なのだ。
駆け引きや技術の錬度、スピードなど根本的な実力では勝っている。ただ相性が悪い。
ならばここから詰める手段は懐に潜り込んで手技によるインファイトになるのだが、それをカバーしているのが刀華だ。
「ふ─────っ!!」
潜り込もうとしたベルモンドに絶妙なタイミングで横槍を入れる。電流で磁界を作り太刀筋を自在に変化させる《
待て。あのデカブツはどこだ。
「《
身体を独楽のように回転させて極限まで遠心力を溜め込んだ回し蹴り。
ほとんど落ちるような角度で飛んできた鉄槌が、空振りの余波だけで床に大きな亀裂を入れる。
……どこに消えていた?
一真の蹴りを寸前で回避したベルモンドは分析する。
見逃したのとは違う。2人がかりとはいえ双方に注意は切らしていなかったはず。そんな事を考えている時、
「《
背後。鞘鳴り。再び牙を剥いた超音速の抜刀は前に跳んで回避し、爆散する大気は背面に魔力障壁を展開し防御。風に乗るようにそのまま大きく退がり、不可解な現状の脱出を試みる。
また男が消えた。後頭部を狙う爪先を頭を下げて躱す。女が消えた。雷を纏った刃が空間を広く焼き斬る。
現れては消える2人の攻撃が、互い違いにベルモンドを攻め立てていた。
────《抜き足》と呼ばれる技術がある。
脳が視覚情報を処理する際、脳のオーバーヒートを防ぐため勝手に『不要』と判断して見ていながらにして認識を放棄する情報領域。そこに己の存在を紛れ込ませることで相手の視覚的な認識から自分自身を消し去る、《
また、その男に師事する2人もその歩法の使い手である。
舞踏に精通した結果、他者の呼吸と行動のリズムから意識の隙間まで把握する一真。
生体電気を読み取る《
これらの要因で《無缺》の弟子の中でも特に《抜き足》に秀で、さらに幼い頃から毎日のように競い合っていた2人だからこそ可能な連携技がこれだった。
片方が強力な攻撃で敵の気を引き、もう片方が《抜き足》で潜り込んで攻撃。その攻撃でまた僅かにでも気が逸れれば、そこに潜り込んでまた攻撃。そんな極シンプルな戦法を、
その名を《
ひとたび嵌まれば脱出は至難、実戦で多くの格上を打ち倒してきた強撃の波状攻撃だ。
雷と刃と鉄槌の乱舞に空気が爆ぜ、破れ、吹き荒れる。まるで積乱雲の中に突っ込んだかのような猛攻に、ベルモンドは荒々しく舌を鳴らした。
───完成されている。互いの技術の相乗効果で、
互いの手札、実力、性格に至るまで全てを把握し落とし込まなければこの連携は生まれない。こいつらは常に肩を並べ、あるいは競い合ってきたのだろう。
侮りがあった。認めるしかない。
所詮平和ボケした島国、強さなどたかが知れている。実戦で役に立つような人間は少ないだろうと、タカを括ってここに来た。
「刀華。
一真の問いに返答はない。
ただ応じるように、鮮烈な電光が瞬く。
気が逸っている訳ではない。ここで終わらせなければならないのだ。
相手が自分達の連携に戸惑っている内に。
突然に戦闘力のギアが上がった刀華に合わせてさらに勢いを上げた一真、電光のように現れては消える2人の計算され尽くした嵐が如き乱撃の最中、ベルモンドは大きく後ろに下がった。
それぞれの方法で次の行動を読んでいた2人は間髪入れずに追撃、後退を劣勢の表れとみてさらに攻撃の手に拍車を掛けようとする。
───だが、それは大きな間違いであったと彼らは直後に思い知る。
その後退は退避ではなく、言うなれば拳銃の撃鉄を起こすのと同じ行為であると。
今の今まで存在していた『縛り』が、ここに来て完全に捨て去られてしまったのだと。
革靴の
ベルモンドの魂に宿る力が、全開の殺意を解き放つ。
「──────《
全てが消し飛んだ。
少なくとも一真は、そう感じた。
◆
「た、たすけてえええええ!」
赤いTシャツを着た若い男が、中年女性のこめかみに拳銃を突きつけている。
「ガキども動くんじゃねえ! 動くとこのババァの頭を吹っ飛ばす!」
一階の吹き抜けに集められた人質を救出するべく動いていた彼らだが、残念ながらスムーズに事は進まなかった。
1番に矢面に立ったステラがビショウの能力を相手に不覚を取ってしまい、人質の安全と引き換えに下された
その後人質に紛れていた
「カッカカカ……人質の中に紛れてたのはテメェらの仲間だけじゃなかったってことだよ間抜けがぁあ!」
「ビショウ………っ」
人質に紛れた部下が確保した人質を盾に、落とされた両肩から血を噴き出しながらビショウは高笑いを上げる。
何かをやらかす前に斬り捨てるというのも出来るが、ああも銃口に密着していては暴発が怖い。
珠雫をゴスロリのチビと呼ばわったビショウが、回復魔術が使える彼女に両腕を治癒しろと喚いている。
ここは従うしかなかった。
「お兄様……」
「……仕方ない。ここは言う通りに────」
何かが起きた。
ゴッッッッ!!!!と、直上を飛行機が通過したような轟音が通過。
何事だと全員が弾かれるように上を見上げれば、そこにあるのは『破壊』の2文字だった。
巨大な何かが貫通したかのような大穴を開けられた上の階層。残像のように残った深緑の色。
そしてそこから風に煽られるように落下してきたのは。
「刀華さん!? ……カズマ!?!?」
「~~~ッッッ今すぐ人質を逃がせぇえっ!!」
一輝たちの姿を認めた一真が必死の形相で叫ぶと同時に、別の男が大穴から飛び出してきた。
金髪碧眼。整った容姿。
産まれた国の若い男性としては理想に近いその姿を見て、しかし胸中を満たしたのは憧れではない。
今まで味わってきたどれより強い、背を向け逃げ出してしかるべき類いの感情。
嫌でもわかる。わからせられる。
(あの男────強すぎる!!!)
「《
一言。
まるで彼の蹴りが指揮棒であるかのように。
1つ1つが大地を貫く絶死の槍が、地上にある全てを消し飛ばさんと雨となって降り注いだ。