壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第14話

 それを見た一真は身を翻して空中に着地。

 降り注ぐ《貫通》の群れに対して、抗うように漆黒の脚を蹴り上げる。

 

 「《不抜の城壁(ニゲル・カステルム)》ッッ!!!」

 

 そこから展開されたのは巨大な壁。

 雨天に傘を開くような紫白の天蓋が《罪業の雨(ランポ・ドローレ)》と衝突。その全てを受け止め、下にいる一輝や人質たちを守り抜いた。

 

 しかし───これは本当にまずい。一輝やステラ達は即座に状況を理解する。

 話には出てきていたあの男は、間違いなく人質の存在、つまり目的の達成を度外視して戦っている。

 一真と刀華をそれ程の強敵と認めたのだろうが、こちらはそうはいかない。今、人質が足枷となっているのはこちらだけだ!!

 

 「ステラと珠雫! 人質を外へ逃がして!! あの流れ弾や戦闘の余波から大人数を守れる能力を持ってるのは君達だけだ!!」

 

 「イッキはどうするの!?」

 

 「僕は─────」

 

 「カァッッッッ!!!」

 

 女声とは思えない叩き付けるような咆哮。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()東堂刀華が空中で身を翻して着地し、鬼の形相で再び空に躍り上がった。

 能力の応用で磁力を操って建物内部の鉄骨と引き合い猛スピードで魚のように宙を駆ける。槍の雨が止んだ一瞬を突っ切り猛烈な一閃を叩き付けた。

 ベルモンドがそれを受け止めると同時に一真も空を蹴り上昇。空中で移動する手段がない敵をそのまま空中で仕留めるために一気に距離を詰める。

 しかし相手はそれを許すほど甘くなかった。放たれた一真の蹴り脚をベルモンドは靴底で踏み、そして()()

 一真の蹴りを逆に踏み台にしたベルモンドが一気に地面へと落下する。

 ミサイルのような勢いで着地した彼と、背中にステラや人質たちを庇う一輝の目が合った。

 判断する。強者であると。

 行動する。排除すべしと。

 

 「イッキ、加われ!! そいつは《貫通》使いだ!!」

 

 「僕たちは─────ここで彼を倒す!!」

 

 《一刀(いっとう)修羅(しゅら)》。

 体内で荒れ狂う全開の魔力が、黒鉄一輝を魔の住まう域へと押し上げる。

 直後、畳み掛けるように襲ってきた絡み合う鋼の爆音に今まで極限状態にあった人質たちがとうとうパニックを起こしかけるが、ステラの『威厳(カリスマ)』は健在。戦闘音すら押し潰す大きな一声で強引に人々を纏め上げ、珠雫を先頭、自分を殿(しんがり)に置いて爆心地から迅速に撤退を開始した。

 

 横殴りの雨のような蹴りの束を前に、抜かせてなるかと踏み止まる。

 一発一発の完成度の高さにさしもの一輝も圧倒されるが、彼には1年間、毎日のように蹴り技の専門家と戦ってきた経験がある。

 関節を狙う蹴りを躱し、突き込まれた爪先を柄尻で逸らし、フェイントを見抜いて防御。強さを得るため独り磨いてきた観察眼がその存在理由を遺憾無く発揮し、格上を相手にギリギリの綱渡りを成立させる。

 と、そこに空気が爆ぜる音が乱入。

 さっきのベルモンドとやった事は同じ。脚に刀華を乗せた一真が、そのまま脚を振り抜いて彼女をベルモンドへと射出したのだ。

 それを察知したベルモンドは即座にカウンター。空中から一直線に吶喊してくる刀華に対して突き刺すようなハイキックを繰り出して頭部の破壊を目論んだ。

 

 それを刀華は寸前で躱した。

 磁力によって微妙に軌道を変え、掠る寸前の極限の間を通り抜けて《鳴神》の刃がベルモンドに迫る。

 

 この戦いの中で1番の驚愕。喉元に迫る刃を回避してベルモンドは目を剥いた。

 ここまでの動きから考えて、相手の突進と自分の蹴りの速度を合算した今のカウンターを回避できるスペックはこの(刀華)にはないはずだ。さっきも思った事だがこの女、反応速度に魔力の出力や制御───その他あらゆる能力が爆発的に強化されている。

 そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()───

 

 「っ!?」

 

 回避した先にまるで予期していたかのように回り込んでいた一輝の一太刀を靴で弾く。

 ───この男も読みが尋常ではない。前後を挟まれる布陣から脱するべく、ベルモンドは攻勢を以て打開を図る。

 一点の突破力においてベルモンドの右に出る者はいない。

 足に魔力を込め伐刀絶技(ノウブルアーツ)を装填。

 目の前の(一輝)に撃ち放とうとした、その瞬間。

 

 「しゃアッッ!!」

 

 乱れ飛ぶ刀の間を縫うように一真の蹴り。

 柔軟な股関節をフル回転させたトリッキーな軌道で、(まわ)るようにベルモンドの後頭部を狙う。

 到底無視できない一撃。ベルモンドは伐刀絶技(ノウブルアーツ)を諦め、そちらに対処せざるを得なくなった。

 そこに再び《鳴神》と《陰鉄》が襲いかかる。

 人数の有利。手数の有利。得物や体格によるリーチの有利。

 三方向から包囲する陣形で、一真たちは徹底的にベルモンドの全てを封殺にかかった。

 

 「─────────ッッ!!!」

 

 舌打ちをする余裕もない。

 《陰鉄》を躱し、《鳴神》を弾き、軸足で地面を蹴り《プリンケプス》から逃げる。

 それでも3人がかりで一撃のヒットも許さないベルモンドの技量に、互いの邪魔にならない間合いは維持しつつ動き回る相手に包囲を崩さない一真たちの冴え。双方共に凄まじいが、こうなると戦いは一気に消耗戦に突入する。

 集中力を切らした方が負け。

 ベルモンドとて余裕はないが、隔絶した実力差を人数で補っている一真たちも厳しい。誰かが綻べばそこからあっという間に突破されるだろう。

 

 技に狂いや淀みはなく、しかし心には焦燥が貯まる。

 何故なら、どう有利に進めてもこの包囲はあと一分もせず崩れるから。

 ここまで全力で攻め立てて(なお)、ベルモンドの顔には────汗は浮かんでいても、焦燥など浮かんではいなかったから。

 

 

 白兵戦の戦場は雨の日の湖面のようなものだ。

 指揮官の命令が兵隊を動かし、その動きが全体に広がることで『動』の波紋が生まれる。

 そこを逆算して兵隊の動きから敵の指揮官を探るのは彼の常だった。

 この状況は『戦闘』ではなく『戦争』であると認識を置き換えたベルモンドは、無意識下の思考の末、とうとう解答を導き出した。

 

 呼吸すら許されぬ乱戦の中、ベルモンドは唐突に全身の力を抜いた。

 回避や防御すら放棄した無防備な姿に、一斉に霊装(デバイス)が襲い掛かる。刃が肉に食い込み血が漏れ、漆黒の脚鎧(ブーツ)が眼前に迫る。

 ───これは対価。

 状況の打開に対して支払う当然のリスク。

 瞬間的な脱力(リラックス)により生み出されるのは、直後の行動の瞬発力だ。

 

 

 「テメェが元凶か」

 

 

 傷が深手まで進行する一瞬前。

 全身に深緑の《貫通》を纏ったベルモンドのタックルが、一真を遥か向こうへと連れ去った。

 

 競艇のボートにフルスロットルで突っ込まれたら多分こんな感覚なのだろう。ギリギリで脚を間に挟んだにも関わらず、一真は胴体が分断されたような感覚を覚えた。

 一真の巨体を抱え込んだままいくつか壁をブチ抜き、手近な柱に全速力で叩き付けてようやく停止。魔力防御は間に合わせたが、連携は完全に分断された。

 だが、まだ終わりではない。

 タックル直後の密着した姿勢は、完全にベルモンドの間合いだ。

 

 「《殺人蜂(イーラ・トルトゥーラ)》───!!」

 

 両の拳に深緑を纏い、機銃のようなラッシュが一真の胴体を滅多撃ちにする。

 一撃一撃が装甲車を竹輪にする乱打を喰らった一真が苦悶に叫び口から鮮血を散らした。

 だが、その目はまだ死んでいない。

 食い縛った歯の隙間から赤色を漏らしながら、獣の眼光で敵を睨んでいる。

 

 「……妙な性質(タチ)の魔力しやがって」

 

 ベルモンドが忌々しげにぼやくと同時。

 

 「《天衝角(イグニフェル)》ッッッ!!」

 

 咆哮を上げ、《踏破》の魔力を一点に集中させた膝蹴りがラッシュの中に叩き込まれた。

 触れなくても吹き飛ばされる膨大な圧力。《殺人蜂(イーラ・トルトゥーラ)》では相殺は不可能、当たれば只では済まないだろう。

 ベルモンドはラッシュを中断して軽くジャンプ。迫り来る一真の膝を踏むようにドロップキックを放ち、そして激突。

 防御には成功。だが、衝撃と反発力でベルモンドの身体が吹き抜けの上空に高々と吹き飛ばされた。

 そう、身動きが取れず狙い打ちの的と化す空中へと!!

 

 (~~~~~~ここを逃すと後がねえっっ!!)

 

 崩れそうになる身体を奮い立たせ、一真は地面を蹴る。

 空に投げ出されたベルモンドを追って床を踏み砕き、弾丸のような勢いで空に躍り出た一真を見て、慌てて援護に入ろうとしていた一輝と刀華もその意図を理解。

 刀華は磁力で宙を舞い、一輝は卓越した身体操作能力と超ブーストしたフィジカルに物を言わせ、時折《陰鉄》をスパイクにしながら()()()()()()()()()

 ───ここで終わらせる。

 そして一真は空中で両脚に魔力を充填。

 熱された鉄のような光を放つ《プリンケプス》から、紫白の魔力が翼のように吹き荒れた。

 だが、この展開こそベルモンドの思惑通り。

 こうして空中に出れば一真たちは好機と見て一斉に襲いかかってくる。

 上にいる自分を狙って、全員が下から迫ってくる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ───後はそこを一網打尽にしてしまえばよい。自分にはそれが出来る力がある。

 両脚と両拳。ベルモンドの四肢に大量の魔力が流し込まれていく。

 

 ここで決着を付ける。

 お互いに思惑を察知しても、しかしやるべき事は変わらない。

 

 「振り下ろせ………ッッ!!」

 

 「撃ち貫け────」

 

 

 最初の接触は一真とベルモンド。

 相手が不安定な場所にいる内に、または距離が離れている内に相手より先んじて相手を潰すべく2人が選択したのは、持てる攻撃の中で最も威力と手数に優れた遠距離攻撃だった。

 

 「《天譴の弔砲(セパラトゥス・エールプティオ)》ォ!!!」

 

 「《尖鋼の交響曲(オーロ・ディ・カヴァリエーレ)》!!」

 

 2人の蹴りから放たれたそれぞれの能力が巨大な光線となって激突、紫白と深緑が混ざり合った大爆発を起こして2人の視界を遮る。

 嵐のような爆風に煽られるベルモンドに対して刀華は《雷鷗》を連射しつつ空中から吶喊。一輝は垂直方向の疾走から雷の弾幕に隠れる位置で急停止し、特攻も厭わず壁を蹴り空を突撃せんと構える。

 木の葉のように回るベルモンドは、それでも2人を正確に捉えた。

 両拳に宿した《尖鋼の交響曲(オーロ・ディ・カヴァリエーレ)》で迎撃。

 《雷鷗》を糸屑のように千切りながら迫る2つの巨槍を、2人は全力で飛(跳)び退いて躱す。

 決死の攻撃は退けられた。

 だが、これでいい。

 2人の目的はベルモンドの注意を引き、四肢に装填された伐刀絶技(ノウブルアーツ)を全て撃ち切らせること。

 そうすれば、彼がその隙を突いてくれる。

 

 魔力の爆風を突き破り、空を駆けた一真がベルモンドに肉薄した。

 

 伐刀絶技(ノウブルアーツ)が衝突し爆発が発生した瞬間、彼は刀華と一輝がベルモンドに攻撃していると信じて突撃を仕掛けたのだ。

 爆発そのものを目眩ましにして爆風も爆発も()()()()()進み、2人が作り出したはずの隙を突くという、全てが信頼で成り立った奇襲は今、こうして実を結んだ。

 不安定な姿勢。身動きの取れない空中。そして偶然にも背後を取れたという幸運。

 全てを満たした一真の渾身の蹴りが今、ベルモンドに放たれ───

 

 そしてベルモンドは、一真の脚も届かない至近距離に潜り込んでいた。

 

 「な…………ッッ!?」

 

 一真の背筋が凍る。

 空中では動けないはずのベルモンドが今、不自然な挙動で自分の蹴りを躱しながら自分の懐に侵入してきたからだ。

 ───これは能力ではない。ベルモンド自身の技術だ。

 常に爆風と爆音が飛び交い視覚も聴覚もまともに利かなくなる戦場で、僅かな空気の流れの変化で敵の位置や動きを把握する技能。

 高空から落下する際、身体の動きで空気抵抗をコントロールし姿勢と軌道を変化させる技能。

 あらゆる作戦に従事した経歴が作り上げたのは、あらゆる状況に即応する桁外れの柔軟性だった。

 拳に宿る深緑はここに飛ばされる直前に見たものと同じ。

 つまり彼は《尖鋼の交響曲(オーロ・ディ・カヴァリエーレ)》を撃った瞬間から、あるいは撃つ前から並列して溜めていた事になる。

 読まれていたのだ。

 心臓を握り潰されそうになりながらも魔力防御を固めるが、さっきの激突でもうわかっている。この程度で()()は防げない。

 刀華と一輝が表情を凍らせているのが見える。

 援護に入ろうとしているようだが、この距離だとどうやっても一真が殺される方が早い。

 

 死を前にして、一真は吼えた。

 断頭台にかけられて尚、首に食い込む刃を押し退けんとばかりに。

 殺人と簒奪を功績と言い表す輩が強者としてのさばる不条理に、最期まで負けぬと抗うように。

 だが、奇跡は起こらない。

 思考で、行動で、偶然という要素を全て排しているのなら、全ては必然の元に帰結する。

 これが結末。

 深緑の死神が、死の宣告を突き付ける。

 

 「《欺神の(ラ・)─────」

 

 

 奇跡は起こらない。

 全ては必然の元に帰結する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『やっと狙えるよ』

 

 鮮血。

 レオ・ベルモンドの脇腹に、透明な何かが突き刺さった。

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