壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第15話

 「がっ………!?」

 

 この戦闘で初めてベルモンドが傷を負う。

 驚愕と激痛に硬直した隙に一真は脱出、ベルモンドは透明な何かが飛んできた方向に向けて《欺神の杖(ラ・カン)》を放つが、脳内に直接響くような男の声は消えなかった。

 

 『ちょっと、そんな危ないもの撃たないでくれよ。死んじゃうだろ』

 

 立て続けに放たれた不可視の矢。肩を射抜かれ身体を削られ、ベルモンドは慌てて全身に魔力による防殻を纏う。

 刺さった『何か』は、形状の感触から考えると恐らくは矢だ。しかし見えない、聞こえない、感じない───飛んで来る矢も、下手人の姿も!!

 

 「!!」

 

 頭上に差した影。

 追い討つ一真の蹴りをベルモンドは咄嗟に飛び退いて回避。身体へのヒットは逃れたが蹴りは展開した防殻に衝突し、蹴りが当たった部分の防殻がごっそりと削られた。

 

 (やべえぞ、こいつは)

 

 ベルモンドの背筋に冷たい汗が流れる。

 あちこちから飛来する音も気配もない不可視の矢を防ぐには、本気の魔力防御を全面に展開するしかない。

 ───だが、いま判明した『一真(デカブツ)の蹴りは魔力防御を容易く破る』という事実。

 魔力防御に全力を注いでいる間は伐刀絶技(ノウブルアーツ)が使えず、しかもその防御は一真に通用しない。

 かといって魔力防御を解いて戦えば延々と幻影の射手に苛まれる。

 

 「っっっっらぁ!!!」

 

 形振(なりふ)り構わない瞬間で出せるだけの最大出力で魔力を爆発させ、迫ってきた刀華も振り切ってベルモンドは矢の射線を絞れる位置まで一気に飛び上がる。

 自分が最大の集中と洞察を発揮しても毛ほどの存在も感じ取れない敵がいるという事実はベルモンドを確実に動揺させ、警戒を最大レベルまで引き上げていた。

 ───まだチャンスはある!!

 思わぬ形で再び訪れた好機に一真たちは闘争心を奮い立たせ、さらに攻勢に出ようとした瞬間。

 

 

 『て言うかさぁ。お前が誰だか知らないけど、もう退いてくれない?』

 

 

 脳内に響く聞き覚えのある声による思わぬ提案に、一真たちの動きが止まる。

 そう───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 声の主が誘導せんとしている『結末』が現状況での最善であることを理解したのだ。

 

 「……あぁ?」

 

 『退いてくれって言ったんだよ。そっちの目的が金ならこれ以上続けるメリットないだろ。

 それにお前バケモノみたいに強いし、こっちもこれ以上やりたくないんだよね、マジで。

 まぁ退いた方がいいんじゃない? 流石にヤバそうだったからこっちも応援呼んだからさ。ここを襲ったなら近くに騎士学校がある事くらい調べてるだろ?』

 

 言葉はテーブルに並んだカードを捲るように、弁舌は手札の役を揃えるが如く。

 交渉という名の戦闘で、男の声は切り札の刃をベルモンドの喉元に添える。

 

 

 『破軍学園理事長、《世界時計(ワールドクロック)》新宮寺黒乃。

 ……KOK元3位の名前だ。知らないとは言わせないぞ』

 

 

 しばしベルモンドは黙考した。

 高所から見下ろして声の主を探しつつ、目視は可能な一真たちの様子を見る。

 攻撃してくる気配はない。声の主の提案に自分が()るか反るかを待っているのだろう。

 肩と脇腹の傷は………浅くはない。

 

 「…………、………」

 

 結論など最初から決まっているようなものだった。

 功績を積みに来たはずがまさかこんな目に遭おうとは、どうにも(まま)ならないものだ。

 やれやれ、とベルモンドは仕方なさげに溜め息を吐き、

 

 

 眼下の一真たちに向けて、極大の一撃を放った。

 

 

 「「「 っっっっ!?!?!? 」」」

 

 仰天した一真たちは慌てて退避する。

 極限まで《貫通》の純度を高めたそれは空気を揺らさず余計な破壊を生み出すこともせず、ただ地面を円筒に深く、大きく抉った。

 まさかの交渉決裂に歯噛みしながら一真は再び吹き抜けの空へと飛び出す。

 

 ベルモンドはどこにもいなかった。

 そこにあるのはただ天井に開けられた、直前までは無かった穴から覗く青空のみ。

 警戒すること数分。

 金髪碧眼が再び襲ってくることはなく、静寂は音無くして戦いの終結を語る。

 

 ─────終わったのだ。

 目的の達成を祝う声も上がらず、快哉を叫ぶ者もいない。

 ただ心から安堵し脱力する彼らの姿は、まさしく過ぎ去った災厄の大きさを表していた。

 

 

     ◆

 

 

 大きな被害を被ったショッピングモール、それを囲んで騒然とする人々。

 有栖院凪(アリス)が能力で自らの影に収容していたビショウと手下1人を警察に引き渡し、事情聴取を終えた一真たちは近くにあったベンチにぐったりと融けていた。

 

 「……死んでたな。俺は」

 

 ぽつりと漏らした一真の言葉を否定する者はいない。それほどまでに、あの男は強敵だった。

 

 「ベルモンド、って言ったっけ。……あの人は、刀華さんといる時に()(くわ)したの?」

 

 「ああ。最初の方はまァまァ上手いこと勝負を運んでたんだが、途中から向こうがスイッチ入ったみたいでな。一撃で全部引っくり返された。

 見えてたか? 俺の《プリンケプス》、アレで(ひび)入れられたんだぞ。咄嗟とはいえ防御したってのに」

 

 「!? 霊装(デバイス)にヒビって、どれだけふざけた攻撃力なのよ……。それで、トーカ先輩? は、その……大丈夫なの? それ」

 

 ステラが恐る恐る尋ねる視線の先には、同じようにベンチに腰掛けた刀華がいる。

 ただし、疲労の度合いはこの中でも段違いで高い。

 隣の一真に(もた)れかかって寝息も立てない位に深く、死んだように眠っている。

 睡眠というよりは昏倒に近い。

 人は何をすればこうなるのか、一輝はよく知っている。

 まだ《一刀修羅(いっとうしゅら)》が未熟だった去年の頃、自分は本気で戦う度にこうなった。

 

 「……やっぱり。カズマ、()()()()()()()()()()()()()()んだね」

 

 その言葉に一真が頷く。

 

 《戦踊(せんよう)(かみ)()ろし》。

 舞踏(ダンス)のノウハウを深いレベルで武術に落とし込み生まれたその技術は、彼の師と姉弟子にそう名付けられた。

 味方の『呼吸』を感じ・読み取り、味方が最も優れたパフォーマンスを発揮できるように立ち回る。すると味方は徐々に調子を上げていき、一真もそれに合わせてさらに動きやすいように動く。

 それを繰り返し己の絶好調を更新し続けるその果てで、味方はとうとうトランス状態───脳のリミッター解除にまで至る。

 ………わかりやすく言うのなら。

 一真は舞踏(ダンス)由来の息の合わせ方で、共に戦う仲間をトップギアの遥か向こう側へとエスコート出来るのだ。

 

 「もう短期決戦しかなかったからな。その上でこのザマだ。お前らと合流できなきゃ俺らも人質も全員お陀仏だったろうよ……胸を張れる程度にゃ鍛えてきたつもりだったが……まだまだ(よえ)えなァ、俺も」

 

 「……みんな同じ気持ちだよ。あと弱いと言えばカズマ、殴られた場所は無事なの? 平気そうにはしてるみたいだけど」

 

 「ん? あァ、ま、大丈夫っケプ」

 

 そう答えた瞬間、詰まったように咳き込んだ喉から昇ってきた血が一真の口の端からどろりと溢れた。

 仰天したのは一真ではなく周りの人間だ。当然である、明らかに早急な治療が必要な人間が今の今までポーカーフェイスを貫いていたのだから。

 

 「ちょっ、大丈夫じゃないじゃない!? 何で今まで黙ってたのよ!!」

 

 「……いやだって刀華がほら……」

 

 「流石に自分を優先しようよ!? 内臓の怪我は完全に赤信号だって!」

 

 「確かに、ちょっと洒落にならないわね。でも心配ないわよ、シズクがいるんだから」

 

 何かしらの好機と見たか、アリスが彼女へと目線を遣る。

 少し離れた所にいた珠雫が気軽な調子で回されたお鉢にピクリと震えた。

 

 「……は? なんで?」

 

 「自分の能力の応用で回復魔術が使えるのよ。効果は折り紙付きよ、魔力制御の能力ならシズクは学園でぶっちぎりのナンバーワンなんだから」

 

 「! そ、そうなんだよ。今回人質を無事に逃がせたのも珠雫のおかげなんだ。僕らが敵を倒している間、人質をみんな守っていたからね」

 

 「………、」

 

 兄としてもチャンスだと思ったのだろう、(詳しい事情までは知らないだろうが)アリスの意図を察した一輝もすかさず乗っかった。

 気を遣われる居心地の悪さに身動(みじろ)ぎする珠雫。

 ───人質を守った。回復魔術。

 アリスと一輝の顔を交互に見た一真は口の中でその2つを呟き、そして尋ねる。

 

 

 「そいつ、人の為に何かする奴じゃないだろ」

 

 

 「……っ!!」

 

 「あら……」

 

 「なっ……」

 

 あまりにも素で放たれた疑問だった。

 全身を強張らせた珠雫と少し困惑したアリス、そして反論こそ出来ないものの一輝も顔を引き攣らせた。

 流石に失言だと自覚したのだろう、滑り出た言葉を慌てて拾うように一真は口を動かそうとした。

 

 「あ、いや、悪かった。その………」

 

 「やれやれ、相変わらず烙印みたいなセリフを言うよねえ。謝るくらいなら言うなっていうんだ」

 

 背後からの足音に振り向く。

 そこにいたのはあの戦いの場に突然現れた、見えざるもう1人の姿だった。

 

 「よおMVP。遅い登場じゃねえか」

 

 「一緒に来てた子の無事を確認しててね。()()()()()()()()()()()()()()()()、僕は」

 

 「運動してねえってだけだろ? MVPは間違っちゃいねえよ。あの戦いにケリを付けたのは間違いなくお前なんだから」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()───Cランク伐刀者(ブレイザー)桐原(きりはら)静矢(しずや)に一真は惜しみ無い称賛を贈る。

 そして一真の言葉は決して誇張ではない。

 桐原がいなければ戦いはあのまま続き、取り返しの付かない結末を招いただろう。

 

 「実戦じゃああいうテクニックも必要になってくるんだな、勉強になったぜ。……マジで理事長呼んだのか?」

 

 「ハッタリだよ。あの男を見つけたのは君たちが戦ってるのを見つけた時だからね。呼び出してる暇なんてなかったさ」

 

 「だよなァ。お前だって人知れず死んでても不思議はなかったし」

 

 「まったくだ。あの攻撃ちょっと掠ったんだぞ? 全力で走ったっていうのにさ」

 

 はははと軽く笑い合う2人だが、笑っているのは一真だけだ。桐原の笑顔は今にも崩れそうなくらいに引き攣っている。

 当たり前だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「……つーかよ。お前、まだ学校いたんだな」

 

 

 明確な敵意に空気が凍る。

 桐原の顔からは虚勢が消え、一真は眼を細く研ぐ。

 笑みにも似た形に歪む口角に浮かぶのは、数秒前の友好的な態度からは想像など出来ないような強い嘲りだった。

 

 「いや、心配してたんだぜ? 去年あんだけボコったから、もうこの先見ることもねえんだろうなァってさ」

 

 「……カズマ」

 

 「まさかここに(ツラ)見せにくるとは驚きだよなァ、あいつ良い仕事したなで終わらせられたのに。度胸あんぜ実際。てか何しに来た? 誉めて欲しかったのか」

 

 震える身体。滝のように流れ出す汗。

 石のように強張る身体の感覚が薄れていく。

 警笛のように早鐘を鳴らす桐原の心臓に、一真は何の躊躇いもなく恐怖の根元を言葉で叩き込んだ。

 

 

 「それか──()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 「カズマ!!」

 

 これ以上は駄目だ。一輝は強く声を上げ、一真の肩を掴んで制止する。

 ()()()本人に止められては一真も黙る他無い。桐原は壊れかけの精神力を振り絞って深呼吸、凍りついた肺を無理矢理拡げて身体に酸素を巡らせ、心身を僅かばかり落ち着かせた。

 ……ここまで来て逃げる訳にはいかない。

 未だに震える声が問いかける先は、一真ではなく一輝だった。

 

 「……黒鉄。君は僕をどう思ってるんだ?」

 

 「え? ど、どうって……」

 

 「さぞかし哀れで、滑稽だっただろ? 実力も後ろ楯も自分より遥かに劣る負け犬が調子にのって鳴いてる様はさ。

 そうだよねえ。Aランクを倒せるバケモノが、いつでも捻り潰せる僕なんかに手を煩わせたくはないよねえ!!」

 

 絞り出すような言葉は、後半は叫びとなっていた。

 しかし何について言いたいのかはわかるが、何故言いに来たのかがわからない。

 大声を出して少しは奮い立ったのだろうか。必死な自分とは対照的に困惑している一輝に、桐原は少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 

 「………わざわざここに来た理由ならあるさ。この騒動だ、どうせ君、学園からのメールなんて見れてないだろ」

 

 言われて一輝はポケットから生徒手帳を取り出す。

 確かに少し前にメールが届いていた。

 それを開封し内容に目を通した一輝は、思わず目を見開いた。

 送り主は選抜戦実行委員会。

 そこに記されていたものは─────

 

 

 『黒鉄一輝様の選抜戦第1試合の相手は、2年3組・桐原静矢様に決定しました』

 

 

 「…………!」

 

 「そういう事だよ。宣戦布告と受け取ってもらって構わない。言っておくが、僕は手は抜かない。全力でいくからな」

 

 そう告げて桐原は一輝たちに背を向ける。

 紺色の服に包まれた身体は未だ恐怖の震えていたが、続く言葉には確かに芯が宿っていたように聞こえた。

 

 

 「もう君を雑魚だとは思わない。君というバケモノを倒して───僕は、僕の尊厳(プライド)を取り戻す」

 

 

 それが最後の精一杯だったのだろう、どこかふらつくような足取りで桐原は歩き去っていく。そこから見守っていたのだろうか、物陰から出てきた少女が気遣うように彼に寄り添った。

 2人分の影が遠ざかっていくのと入れ替わりに数人の刑事が事件の調書をとるために話を聞きに現れ、そして一真と刀華は重傷のため学園へと送り届けられる。

 浅からぬ何かを抱えた者らは、各々の理由で説明もなくこの場から姿を消した。

 

 「………、……」

 

 そして今、1つの因縁が収束した。

 己の運命を拓くために勝たねばならない相手が去っていった方向を見つめ、少年は静かに拳を握り締める。

 一真と一輝、そして桐原───当人以外の面々に後味の悪い緊迫を残し、まさしく激動の休日は終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────何も出来なかった。

 頭の中でその言葉がぐるぐると回っている。

 強者たちが団結してあの敵に立ち向かっている間、自分はその場にはいなかった。

 一輝の采配が間違っていたとは思わない。

 流れ弾から人質を守らなければならないのも、あの場でそれが可能だったのも自分だけだった。一輝の判断も自分の行動も全て正しい判断だ。

 だが、そうではない。

 人質を救うべく動いた結果、間抜けにも返り討ちに遭い、あんな屈辱的な命令を聞くしかなくなった。

 それにあの時。

 一真が落下してきた時、彼は真っ先に一輝に、一輝のみに参戦を要求した。その近くに自分もいたのに、だ。

 

 つまり自分はあの男に、あの場に見合う戦力として数えられていなかったのだ。

 

 

 ぐらり、と。

 ステラ・ヴァーミリオンの奥底で、巨大な何かが怒りに蠢くような感覚がした。


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