壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第17話

 『さあ! 《七星剣武祭》予選の第四戦目、いよいよ注目のカードがやって参りました!

 実況は私放送部の(つく)()()、解説は西京(さいきょう)寧音(ねね)先生が担当します!』

 

 『おいっすー』

 

 『それでは注目の選手の紹介です! 勝てる相手に確実に勝つ「無傷」のパーフェクトゲームを貫く様から付いた2つ名は《狩人》!二年・桐原────』

 

 (()()()()が仕事してる……)

 

 「どこにもいないと思ってたら、アンタ何でそんなとこにいるのよ。席は空いてるわよ?」

 

 何に対しても奔放で自由極まりない姉弟子が収まるべき席に収まっているのを見て謎の感動が込み上げてくる。すり鉢状の観客席の最上部、円形のリングを見下ろす通路の手摺に寄りかかる一真の元にステラが歩いてきた。

 

 「よぉ、皇女様。ちょいと野暮用でな。……俺が席に座ったら周りが大迷惑なんだよ。横幅もそうだが、後ろに座ってる奴が何も見えなくなっちまう」

 

 「もうそんな堅苦しい呼び方しなくてもいいわよ。……言われてみればそうよね。戦う分にはよくても、色々と苦労してそうな体格だわ」

 

 「俺にとってこの世界は小さすぎるんだ」

 

 物理的にな、と付け足し笑う2m30数cm。

 

 「しかしどうしたよ。随分と不安げな顔してっけど、何かあったのか」

 

 「………カズマ。イッキは大丈夫かしら」

 

 「と言うと?」

 

 「控え室に行く前にシズクやアリスと応援しに行ったんだけど、その時にイッキが言ったのよ。『必ず勝つ』って」

 

 「へえ。……良いことなんじゃねえの?」

 

 「カズマ、あんたならわかるでしょ? イッキは勝負事の危うさを知ってるわ。『必ず』なんて強い言葉を使ったりはしない。それにここで負けならこれまでの全てが水の泡になるんでしょう?

 ただでさえ相手は相性最悪だっていうのに、緊張しない方が嘘よ。

 あの時ちゃんと話をしてればよかったわ……!」

 

 側にいたのになぜ今になってそこに気付いたんだ、と悔恨に握られたステラの拳が音を立てる。だが、それを見る一真は対照的にどこか嬉しそうだった。

 ───何だ、ちゃんと()()じゃねえか。

 不安そうに選手が入場を終えたリングを見つめるステラを一真は気楽な調子で励ました。

 

 「それ、後からでも本人に言ってやったら喜ぶと思うぜ。………心配ねえよ、あいつはもう大丈夫だ。まだ緊張はしてるかもしれねえけど、そう不安に思う事はねえさ」

 

 「……本当に?」

 

 「本当本当。それにあいつは俺達に勝ってんだぜ? ()()()()()()負ける道理なんざ万に一つもありゃしねえよ」

 

 

 

 「……来たな」

 

 「ああ。やっとここまで来れた」

 

 「勝つのはボクだ」

 

 「僕も全力を尽くすよ」

 

 とうとう向かい合ったリングの上。

 強い言葉を使ってみても足の震えは止まらない。冷静を装う体面の内で、桐原静矢は大きく舌打ちをした。

 ───ああ、自分はここに立つのにも相当な勇気が要ったのに。

 今もこうして痛みの記憶に耐えているのに。

 

 なのにお前は──そんな晴れ晴れとした顔をしやがって。

 

 『時間になりました!双方、霊装を展開してください!』

 

 「来てくれ。《陰鉄(いんてつ)》」

 

 「……狩りの時間だ。《朧月(おぼろづき)》」

 

 片や黒刀、片や翠の弓。

 号令に合わせて顕現した魂の具現が、我が意思と目的を徹さんと煌めく。

 

 

 『それでは本日の第四試合、開始です!!』

 

 

 試合の火蓋が切られた。

 それと同時に、桐原の姿がリングから完全に消え去る一瞬前。

 黒鉄一輝は、全力で地面を蹴った。

 

 「《一刀(いっとう)────」

 

 

     ◆

 

 

 「─────っっ!!」

 

 姿を消して動かれる前に、初手から全力で終わらせる。それが一輝が考えた《狩人の森(エリア・インビジブル)》最善の攻略法。

 だが彼は、その攻略法に基づき己の全てを解き放とうとして───発動ギリギリのタイミングで、それをやめた。

 

 「? ……何で止めた?」

 

 一真も一輝の攻略法が最善と思っていた。彼が戦いにおいて無駄なことはしないのはわかっているが、それでも理由がわからず眉を顰める。

 何かに気付いたのだろうが、一体────

 

 「……引っ掛かれよな」

 

 「そうはいかないさ」

 

 頭に直接響くような声に、一輝は自分の読みが正しかったことを知る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()

 姿を消すのではなく、姿を誤認させる伐刀絶技(ノウブルアーツ)をこの1年で開発したのだろう。

 『身を隠す』という能力の特性からして、力が及ぶ範囲に『視覚的な誤認』が含まれているのは自然な事だ。

 

 ……無論、試合開始前からの能力行使は反則。一輝がそれを申し立てれば、戦うまでもなく桐原の失格だ。

 だが、桐原の能力は『隠匿』。姿も、音も、臭いも気配も、魔力すら誰にも悟らせない。

 つまりこの反則に気付いたとしても、()()()()()()()()()()()()()()。抗議しても審判の心証を悪くするのが関の山かもしれない。

 あのテロで桐原が自分が放つ矢すら透明に出来るようになっている事が判明してから、一輝が桐原の能力の成長幅まで思考を掘り下げていたからこそ、この反則に対応することができたのだ。

 もしあのまま能力を行使していたら───虚像を相手に思い切り空振っていた。そのまま能力の持続時間が切れるまで桐原はリングの外あたりで安全に見物して、そして疲弊した一輝をそのまま針ネズミにしていただろう。

 

 (危ないところだったけど、さて困ったな)

 

 憤ったところでどうにもならない。

 思考を前に進める一輝は、かなり厳しい状況に陥っていた。

 桐原が能力を使う前に終わらせるという彼の攻略法は、能力を使われたら一気に不利になるというリスクを排除するためのものだった。

 であれば、それが不発した今どうなるか。

 才能と相性の有利が順当に表に出てくるだけだ。

 

 「ぐううっ!!」

 

 バシュッ!!と一輝の二の腕から血飛沫が上がる。認識できない透明な矢に切り裂かれたのだ。

 それを皮切りに脚、頬、脇腹と、桐原の放つ《朧月》の矢が次々と一輝の身体に傷を入れていく。

 

 「倒れろ、倒れろ!! 早く膝をつけ化物が!!」

 

 『ああっと! 黒鉄選手、絶体絶命か!? 桐原選手の放った矢に次々と身体を削られていきます!!』

 

 『まぁ順当に行きゃこーなるさね。桐やんの能力はハッキリ言って対人戦最強さ。広範囲を一気に薙ぎ払える技を持ってなかったら対応はメチャクチャ厳しい』

 

 余裕のない叫びと共に次々に矢を放つ桐原だが、それとは裏腹に一輝は確実に無視できないダメージを重ねられていた。

 見えない聞こえない感じない、体技しか使えない者にとっては天敵中の天敵を相手に、今の彼は逃げの一手しか択がない。

 その様子を見ていた桐原の心には、段々と以前のようなゆとりが戻りつつあった。

 

 (ハハッ………何だ、通じる。ちゃんと通じるじゃないか! そうだ、やっぱりボクの《狩人の森(エリア・インビジブル)》は最強だった! あのFランクはやっぱりボクの敵じゃないんだ!!)

 

 「ほらほらどうした! 逃げてばかりじゃないか!? 全力を尽くすっていうのは『逃げることに』って意味だったのかなぁ!?」

 

 沸き上がる高揚に身を任せ、桐原はさらに矢を射かけていく。

 久し振りに笑えた気がする。

 そうだ、やっぱりこれこそがあるべき姿なのだ。

 自分は強い。あいつは雑魚。

 その証拠にほら! 自分は無傷で、あいつは傷だらけ───

 

 

 (あれ?)

 

 

 気付いた。違和感。

 自分の姿は見えていない。攻撃も見えていない。それは確かにそのはずで、現に一輝は血塗れで逃げ惑うばかりだ。

 ───何故、逃げ回れる?

 何故、見えない聴こえないはずの自分の矢は、掠るばかりで命中していない?

 何故───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ぱしん、と軽い音。

 桐原が違和感に気付くのと、一輝が見えざる矢を()()()()()()のは同時だった。

 血塗れの彼の眼差しは、弓矢も竦むほどに真っ直ぐ桐原静矢を見つめていた。

 

 「やっとか……」

 

 「何よ。今いったい、イッキは何をしたの?」

 

 「()()()()()()

 

 「読んだ?」

 

 内心ハラハラし始めていた一真の安堵したようなぼやきに反応したステラ。それに対して彼は一言、そう答えた。

 

 「皇女様………いやステラさん。イッキさ、今日まであいつの全部の試合映像チェックしてたろ?」

 

 「……ええ、穴が開くんじゃないかって位ずっと。……まさかそれだけで見えない相手の動きを見切ったとでもいうの!?」

 

 「それだけってのも違うけどな。あいつの洞察眼を『優秀』程度の枠に収めちゃいけねえ。……あんたも知ってるだろ? あいつは見ただけで相手の剣術を盗むどころか、その場で上位互換すら作り上げるような男だぞ」

 

 『黒坊は留年してた去年の間、みんな良く知ってる大男とバチバチ()り合いまくっててねえ。当然連戦連敗だったんだけど、それで思い至ったんだとよ。

 ───まともにやって無理なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってね』

 

 『先回る、ですか………!?』

 

 『そ。思考や感情の全てを掌握しちまうんだよ。動きだけじゃねえ、絶対価値観(アイデンティティ)っつー人間性の根本から。そうなりゃもう、()()()()()()()()()()()

 

 「……ただ君が勝負への姿勢を変えてきたせいか、事前のシミュレーションとどうにも噛み合わなくてね。結構やられてしまったけれど、今ズレの修正は終わったよ」

 

 剣を盗むも人を盗むも同じ。

 行動や趣向、言動の端々から辿り、理解し、根幹の『理』を暴く。『理』を暴けば、相手が何に対してどう動くかが手に取るようにわかる。

 怯えて3歩後ろに下がった桐原との距離をきっちり3歩ぶん詰めて、一輝は言い放った。

 

 「君の器は見切った。この勝負、僕の勝ちだ!!」

 

 蒼光を纏い、爆ぜるような速度で駆け出す。

 逃げ場を失った狩人に、牙を突き立てるために!!

 

 「く、来るなぁぁああああああっっ!!!」

 

 叫び、桐原は《朧月》を連射する。

 知覚できないはずの矢は、どこを狙っても的確に刀で弾かれた。

 喉が引き攣るが、それでも桐原には策があった。

 思考を読んでくるのなら、思考が関係ない攻撃をすればいい。

 そのはずだ。

 

 「《驟雨烈光閃(ミリオンレイン)》!!」

 

 桐原は《朧月》の矢を上空に向けて撃ち放つ。放たれた不可視の矢は空中で無数に分裂し、地上へと矛先を向けた。一発一発がリングを砕く威力の不可視の矢が、豪雨となって降り注ぐ。

 ()()()()()()()()()()()()

 無数の矢に込められた敵意や殺意を読み取り、自分を害するものだけを的確に斬り払ってなおも進む。

 ───それを見た瞬間、桐原は折れた。

 

 (イカサマだ……)

 

 こっちは見えないのに、聴こえないのに、感じないのに、『人間性を盗んだ』? なんだそれは?

 もう駄目だ、どんなに抵抗してもほら、こうやって全部潰されるじゃないか。

 やり返される。

 仕返しをされる。

 あいつがやったみたいに、自分がやったように、少しずつ甚振ってくるに違いない。自分ならそうする。

 

 (もう、逃げよう)

 

 もうあんな目には遭いたくない。

 今までそうしてきたじゃないか。

 見下してた相手に白旗を振るほうがマシだろう? プライドよりも身の安全だろう?

 そう、自分は《狩人》。リスクは犯さない。

 だから問題ない。影響はないはずだ。

 足先から這い上がってくる惨めさなんて─────

 

 「降さ────」

 

 

 

 「頑張れぇ─────!!!桐原く─────ん!!!」

 

 

 

 無数の観客の声の中から確かに聞こえたその叫び。

 ふとそちらを見てみれば、そこにいたのは必死に声を張り上げる1人の少女だった。

 ああ、と桐原の口から呟きが漏れる。

 彼女はテロのあった日、桐原と一緒にショッピングモールに遊びに来ていた生徒で。

 

 そして桐原が一真に蹂躙されていた時も逃げず、そしてそれからの1年間、ずっと桐原を支え続けていた人物でもあった。

 

 

 『あの日』からIPS再生槽(カプセル)での治療が終わって以降、桐原は部屋に引き籠っていた。

 毎夜(うな)される悪夢、現れるフラッシュバック。一真と偶然出会すかもしれない恐怖に外に出ることも出来ず、一時彼は荒れ果てていた。

 絶対の自信を持っていた能力も潰され、優越感の源だった薄っぺらな女性人気も失墜し、もはや全てを失ったと自棄になっていたこの期間。

 それでも足しげく桐原の中の元に通っていたのが、取り巻きの中でも容姿が地味で、自己主張に乏しく桐原自身ろくに顔も覚えていなかった彼女だった。

 

 「……全く、諦めようと思ってたのにさ」

 

 ぐっ、と《朧月》を握る手に力が籠る。

 勝てる相手に勝つ。駄目そうなら逃げる。

 それが間違っているなんて思わない。

 でも、どうしても逃げられないのなら。逃げたくないと思ってしまったのなら、自分はどう在ればいいのだろう。

 

 真っ向勝負なんてしてやらない。

 使うのは潜伏と罠、それと武器だ。

 自分よりずっと強い敵を、静かに、冷徹に、欺き、狩る。

 

 そんな狩人に、───ボクは、なってみたい。

 

 

 

 

 爆発が起きた。

 縦に揺れるリングと、それを突き破り地面から伸びてきた何かが戦場を覆っていく。

 完全に想定外の事態に仰天した一輝は慌てて足を止め、周囲に発生した現象の把握に努めた。

 地面の質が変わった。これは土だ。

 地面からいくつも伸びてきたのは樹木だ。

 人口物の中に突如現れ、そして自分を飲み込んだこれらを見回して、一輝は呆然と呟いた。

 

 

 「─────これは………()……?」

 

 

 「……何だよこれ。何が起きたんだ? まさかボクの力だっていうのか、これが?」

 

 「…………っ!!」

 

 脳内に直接響くような出所のわからない声は我が事ながら困惑しているようだった。

 一輝の全身に戦慄が走る。

 ここまで組み上げた勝利への道筋がどこまで通用するのか、もうわからない。

 いや、下手をすればまた1からやり直しだろう。

 自分はおろか本人すら未知の現象の中、既に1枚きりの切り札を切ってしまった状況で。

 だが、思考の停止ももう終わる。

 何故ならもう、彼はこの現象をどう扱うかを決めているからだ。

 

 「まあいい、使えるなら使うさ。これがボクの力だっていうのなら、ボクのやりたい事をきちんとやってくれるだろう」

 

 その声に高揚や愉悦はない。

 ただ己がこう在りたいと思ったままに、彼は一輝に向けて宣告する。

 『カッコ悪いところは見せたくない』。

 自信も尊厳も踏み潰され、再起の意気込みすら捨てそうになり、真実全てを失いかけた桐原静矢がそれでも拳の中に握り込んだものは───小さな小さな、そんな意地だった。

 

 

 「さあ────狩りの時間だ、《朧月》」

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