壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第18話

 ころん、と。

 視界の隅で落っこちた果実が、一輝の側まで転がってきた。

 

 「っっっ!!!」

 

 一輝がその場から全力で飛び退いた瞬間、その果実が爆発。

 それを合図にするかのように次々と周囲の樹木から木の実が落下、連鎖的に爆発を起こして地面を絨毯爆撃した。

 ───攻撃手段が弓矢じゃない!

 咄嗟に手近な木の枝に飛び乗った一輝は眼下の光景を見下ろして息を呑む。

 だが安心している暇などない。果実すら武器になったということは、この森すべてが桐原静矢の縄張り(テリトリー)であるということ。

 弾かれるように振り向いた一輝が見たのは、ちょうどこちらに銃口を向けるように木の(うろ)が開くところだった。

 思考の暇などない。飛び降りる。

 木の虚から噴き出た無数の魔力の矢が、一輝の服の裾と頭髪をいくらか削り取った。

 

 『こ、これは……!? 突如として出現した森が黒鉄選手に攻撃を加えている!! 桐原選手、ここに来て予想もつかない切り札を繰り出してきたぁ!!』

 

 『いや違うね、こいつは温めてた訳じゃねえ。強すぎるせいで掘り下げられもせず、逃げてきたお蔭で淘汰圧を受けずに上っ面だけ使われてた能力が! たった今! 目覚めたんさ!

 うははははっ、こりゃスゲえマジかよ桐やん!

 随分と()()()()()じゃねーか!!』

 

 足をバタつかせながら楽しげに笑う寧音だが、当の一輝は笑っていられない。

 行動の完全な先読み───《完全掌握(パーフェクトビジョン)》が崩れた。

 掌握したはずの桐原静矢の絶対価値観(アイデンティティ)が丸ごとひっくり返ってしまったからだ。

 タイムリミットは1分を切り、相手の能力は未知数。

 絶望的という言葉に当てはまるのはそんな状況のことか、それとも────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「くっ……!」

 

 全方位を覆い尽くす自分一点集中の弾幕の中、一輝は前に突っ込んだ。側面から迫る矢はそれで回避し、前方と後方から迫る矢は斬り払う。

 針ネズミにはならずに済んだが、それでも肩と脚に数本の矢が刺さっていた。

 『視認できる矢』と『不可視の矢』がミックスされていたのだ。視認できる矢に注意が集中してしまった隙に不可視の矢が一輝に突き刺さる。

 苦悶している場合ではない。

 目は閉じない。思考は途切れさせない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それぞれが別々の木や枝の上から《朧月》をこちらに構えている。

 どれか2体がフェイク。

 土壇場の三択クイズに対して一輝が出した結論は、全員ニセモノという飛躍っぷりだった。

 パニックになっているのではない。ここまで張り巡らせてくる相手なのだ、その位はやってくる。

 一輝はそれらに背を向け、自分にまっすぐ射線が通る木の枝に向けて全力で跳躍───何もない空間を斬る。

 手応えはあった。

 人体の感触とは程遠い、硬い感触が。

 

 (やられた………!!)

 

 透明化された特大の『木の実』が、断ち斬られた断面から光を溢れさせた。

 三度、爆発。

 元々の能力とは関係ないからか爆炎こそないが、その衝撃は空中の一輝を軽々と吹き飛ばす。まとめて飛びかけた意識を全力で繋ぎ止めて何とか着地した先にあったのは、木の根で編まれた仕掛け罠(トラバサミ)だった。

 足を罠に咬まれて機動力を封じられた隙に襲い来るのは無数の矢だ。───ただし、今度は全てがステルスされているが。

 

 「おおおおおおおおおっっ!!!」

 

 一輝が吼え、迫ってきているだろう矢を迎撃する。

 殺意を頼りに見えざる矢を受け、弾き、斬る。

 それでも全身を矢が貫いた。

 桐原が生み出した土と木に、赤の色彩が撒き散らされる。

 

 「………………!!!」

 

 これはもう戦いではなく狩猟だ。

 それも遊びや余裕など存在しない冷徹な所業。

 予想外と表現するにはあまりにも突き抜けた目の前の現象に、一真は握り締めた手摺を軋ませ絶句していた。

 その顔を桐原が見ていれば、あるいは少しくらいは溜飲を下せたかもしれない。

 桐原は今、単純に倒れ込む寸前だった。

 

 (さっさと、終われよ、化物め………!!)

 

 自分の根元たるエネルギーが抜けていく感覚。

 体力が、いや、魔力が枯渇寸前なのだ。

 新たに目覚めた()の能力、覚えたてだからかそれともこういうものなのか────維持と操作で湯水のように魔力を消費する。

 それに彼自身の魔力量はD評価。少なくはないが多くはない平均レベルだ。

 このペースだとガス欠まで数十秒もないだろう。

 だが手を緩めるようなことはしない。

 桐原がこれを解除するときは、黒鉄一輝が完全に沈黙したときだ。

 だから沈め。早く沈め。

 自分はもうヘトヘトなんだから────

 

 「………おかしいだろ」

 

 笑うしかないとはこのことだろう。

 身体のあちこちから矢を生やして、足元に大きな血溜まりを作って、素人が見ても死んでるような状態で。

 にも関わらず、黒鉄一輝は桐原を睨む。

 自身も透明化して息を潜めて様子を窺っていた、何本も木を越えた先にいる彼を。

 

 「見     つ  け た ぁ ぁ  あ   あ     あ      あ  あ あ ! ! !」

 

 本能そのものの叫び。

 持てる力全てで地面を蹴り、爆風も罠も矢でさえも置き去る速度で、魔力の蒼と血の赤の尾を引きながら一輝は一直線に駆け抜ける。

 鬼気迫るその(かお)に桐原の喉が引き攣る。

 怖じ気づいて一歩後ろに退がろうとした足を、しかし桐原は強く押し止めた。

 残った魔力を総動員。

 地面から伸びてきた木の根が《朧月》に絡み付き、その姿をより強靭に強化する。

 (つた)の絡まる弦に(つが)えるのは樹木がうねり形作られた、剣のように大きな鏃を持った、槍のように長大な矢。

 姿は消す。音も消す。何一つ知らせない。

 手負いの獣を、ここで狩る。

 

 (絶対に勝つ。勝ってみせる)

 

 勝って自信を取り戻し、そうしたら彼女に礼を言おう。

 黄色い声援を数多く浴びてきた自分が、初めて奮い立った声だったから。

 

 絶望から2回も立ち上がる力をくれた彼女に、自分のプライドになってくれてありがとう、と。

 

 「《樹影穿空衝(ヴォーパルハイド)》ッッッ!!!」

 

 叫び、射つ。

 放たれた戦意の一矢は音も姿も無く空を駆け、真正面から不意打たんと一輝に迫る。

 存在そのものを隠匿されたその一撃は、突進してくる一輝に狙い過たず命中した。

 

 命中したはずだった。

 まるで散々惑わされた意趣返しのように、《樹影穿空衝(ヴォーパルハイド)》に貫かれた一輝の姿が霞のように消え失せる。

 

 それがどういう原理で行われたのかまでは桐原にはわからない。

 ただ身体を通過する鋼の感触と、背後から聞こえた声が自分が何をされたのかを物語る。

 走馬灯のように緩慢になった時間の中で、黒鉄一輝は自身が編み出した7つの技、その内の1つを口にした。

 足捌きによって残像を発生させ、相手に自分の位置と間合いを錯覚させる技。

 

 

 「第四秘剣────《蜃気狼(しんきろう)》」

 

 

 力が入らない。

 斬られた傷口は血と一緒に体力を一欠片も残さず吐き出してしまった。

 消え失せた森の中で観衆が目にしたものは斬られた桐原が地面に膝をつく瞬間だった。

 《狩人》、敗北。

 されどその目は死んでいない。

 背中越しに執念を吐く様はまさに取り戻そうとしていた己の尊厳そのものであったことを、その時の彼は気付いていただろうか。

 

 「────……次は勝つぞ、黒鉄」

 

 「次も勝つよ。桐原くん」

 

 どさり、と桐原が地面に倒れる。

 刀を手にした血みどろの勝者は、敬意ある敵を打ち倒した誇りを己と他者に刻み込むかのように静かに握り拳を天に掲げ─────

 

 『桐原静矢、戦闘不能! 勝者、黒鉄一輝!!』

 

 レフェリーにより、一輝の初戦勝利が宣告された。

 

 

     ◆

 

 

 激動の初戦が明けた翌日の早朝、校庭には全力疾走するいつもの2人の姿が見える。

 徒競走で20kmという地獄のような道程を走破して先にゴールラインを通り抜けたのは、体格で大きく劣る黒鉄一輝の方だった。

 

 「~~~~~~っはァーっ! ハァ、あーくっそ、負けたか……! お前、ゲホッ、病み上がりなのに、ゼェ、動け過ぎじゃね……!?」

 

 「ゲホッ、どうしてだか、調子が、良くてね……っ。身体が、ハァ、軽いん、だ……っ」

 

 一輝がiPS再生槽(カプセル)の治療による眠りから覚めたのはその日の夜の話だ。

 相変わらず息も絶え絶えだが、昨日のいつぞやの様子を思うと一輝の表情は比べ物にならないくらい明るい。

 さぞかし解放感に満ちているのだろう、昨日までずっと心にのし掛かっていた重圧が一気に軽くなったのだから。

 

 「調子が良い、ねぇ……。お前、もしかして昨日ステラさんと何かあった? お前が目を覚ますまで夜通し側にいたみたいだけど」

 

 「えっ、いや、……まあ色々話したけど……ちょっと何さその目。本当に何もなかったからね? 」

 

 「へえ。ひとまずはそういう事にしとこうか」

 

 「何もないったら!」

 

 後で聞いてやろ、とずっと後ろの方から必死に走って追いかけてきているステラが姿を見せるはずの方向を見ながらニヤニヤする一真。

 

 「ま、何はともあれだ。……初戦突破おめでとう」

 

 「ありがとう。……あの時君が来てくれなかったら、正直駄目だったかもしれない」

 

 「いやいや、その辺の礼は姉ちゃ……いや、西京先生に頼むぜ」

 

 首を傾げる一輝だが、ある意味それは間違いではない。一真が選手しか入れない控え室に入れたのは、青春の匂いを感じ取った寧音が受付に話をつけ(駄々をこね)てくれたお蔭なのだから。

 無論、不正行為が行われていないことは確認済みである。

 

 「しかし随分と予想外の試合になったよなァ。まさかアイツがあんな真似をするとは」

 

 「いま思い返しても死にそうになるよ。あと少し読み直すのが遅れてたら終わっていた……僕もまだまだ修行が足りないな」

 

 「あれで結果出せたなら上々じゃねえか? 確かにヒヤヒヤさせられたが……まァ過程はともあれ、順当な結果ってヤツだろ」

 

 「どうして?」

 

 「どうしてもこうしても。今まで(ぬる)くやってきた奴が後がない状況でようやく気張ったとこで、今まで血を吐いて鍛えてきた奴に勝てるワケ無えじゃん」

 

 ハハハ、と冗談を聞いた時の調子で一真が笑う。

 

 「お前もちったあスッキリしたんじゃね? あん時は俺がやっちまったけど、今度はお前の手でやれたもんな。

 声は聞こえなかったけどどうせアイツ調子づいてたろ? どうよ、勘違いしたバカに分からせてやるってのは───」

 

 

 「それ以上はやめてくれ」

 

 

 ぴしゃり、と閉ざすような強さ。

 吐き出され続ける一真の毒に、一輝は鋭く待ったをかける。

 

 「僕はあの時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼は余裕も油断もなく、本気で勝ちに来ていたよ。君が僕のために苛立ってくれているのは理解しているけれど、本気で戦った相手を馬鹿にされるのは流石に気分が悪い」

 

 「…………、」

 

 僅かに怒りすら滲んだ友の様子に一真が鼻白む。

 優しい一輝のことだから首を縦に振るとは思っていなかったが、あんな目に遭わされたのにここまでハッキリと庇うとは思っていなかったのだ。

 

 「カズマ。君にとって、人の性格や本性というのは変化しないものなのかもしれない。

 だけど、きっかけがあれば人は変わる。変われるんだよ。才能のない自分に腐っていた僕が、『諦めなくていい』と言ってもらえたからここまで来れたように」

 

 だが、その言葉の根元は怒りではない。

 いつも自分の側に立ってくれた友に一輝が求めたものは、他者のための懇願だった。

 

 「だから───だからどうか見放さず、目を向けてあげてくれないか。

 過去に見たその人の姿じゃなくて、その人が努力してきた『今』の姿に」

 

 

 沈黙が流れた。

 緊張した面持ちの一輝と、彼の懇願の意味に気付いた一真。向かい合う2人の間を早朝の風が通り抜ける。

 お互いに探り合うような静寂の中、まず一真が何かを言おうとしたその時だった。

 

 「─────」

 

 「ご、ゴーーーーールッッッ………」

 

 ステラが2人に遅れてやっとゴールした。

 息も絶え絶えではあるが、しかし確実にタイムを縮めている。それは喜ぶべきことだが、いきなり空気を元に戻された振れ幅で2人の心が若干振り回されていた。

 

 「あ、お、お疲れステラ。最初よりもずっと速くなってるね」

 

 「ど、どんなもんよ………っ」

 

 「……これなら並べる日も近えな。競走が楽しくなりそうだ」

 

 「近い内に追い付いてやるわ……!」

 

 あのペースはまだ無理、とは意地でも言わない。

 今度はちゃんと自分で用意したスポーツドリンクをぐいぐいと補給するステラに、一真は何の気も無い風に聞いてみた。

 

 「よおステラさん。昨日の夜イッキと何があったんだ?」

 

 「ゴギュッ!?」

 

 ステラの喉から変な音が鳴った。

 液体が入っちゃいけないところに入ったらしく激しく咳き込む彼女の背中を慌てて一輝が叩いてやる。

 

 「ななっ、ななななななな何もないわよっっ!! ただちょっと、そう、どっちがイッキの側についてるかでシズクと本気で戦ったくらいよ! それだけ、それだけなんだからね!?」

 

 「待ってそれ僕が初耳なんだけどそんな事してたの!? ってああちょっと落ち着いて、息も上がっちゃってるんだから!」

 

 呼吸の間もなく咳き込んで叫んだせいで割りと窒息しかかっているステラを慌てて介抱する一輝。

 ようやくステラが落ち着いてきた時、そういえばやけに静かにしているなと一真が立っている場所を見た。

 一真はもうそこにはいなかった。

 ステラが自爆をかましている隙に帰ってしまったらしい。

 

 (………何て言おうとしてたんだろう)

 

 聞きそびれた返答を彼がもう一度教えてくれることは多分ないだろう。

 傍らにいたステラは、いつもと違う様子の一輝を不思議に思うばかりだ。

 

 

 ───どうか目を向けてあげてくれないか。

 

 ───過去に見たその人の姿じゃなくて、その人が努力してきた『今』の姿に。

 

 

 「……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 騒ぐステラに紛れて姿を消した後。

 自室に戻ってシャワーを浴びながら、一真はそう呟いていた。










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