壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第19話

 「きゃあああっ!?!?」

 

 目を覚ますいつもの時間にはまだ少し早い時間。

 唇の辺りに温かな空気を感じて一真が目を開けた瞬間、顔の真ん前、文字通り目と鼻の先で悲鳴が炸裂した。

 仰天して慌てて身体を起こし何が起きたのか見回してみると、自分が寝ていた布団のすぐ側──自分の顔があった位置に近い──で後ろ向きにひっくり返った東堂刀華がいた。

 一真より早く目を覚ましていたのだろう。この時間からもう制服に着替えているのは立派だが、そのせいで捲れ上がったスカートから尻が剥き出しになっていた。

 

 「………えぇ……?」

 

 ひどい寝起きドッキリを喰らった一真が呆然と声を漏らす。

 床で思い切り後頭部を打ったらしく声もなく悶絶していた刀華だが、涙目で頭を擦りながら起き上がり起床した一真の姿を認めると、少し気まずそうな笑みを浮かべた。

 

 「あ、あはは………おはよう、カズくん」

 

 「おはよう。………何してんの?」

 

 「いや何もしてないよ、少し転んじゃって」

 

 「いや、なんかすっげぇ目の前からキャーって聞こえたんだけど」

 

 「なっ、何もしとらんばい! 気にせんでよか!」

 

 何か必死で誤魔化そうとしているようなので一真はそれ以上の追及をやめた。

 それでもわたわたしていた刀華だが、ふと一真が自分のどこか一点を見つめているのに気付いてその視線を追う。

 

 「~~~~~~~~~っっ!!!」

 

 一真が視線を逸らすのと、刀華が赤らんでいた顔を更に赤くしてスカートを押さえ脚を閉じるのは同時だった。

 

 「………………、見てた?」

 

 「いや見えてねえ。ギリギリ見えてねえ」

 

 「本当に……? 白いの見えてなかった……?」

 

 「え、ピンクの紐だろ? あっ」

 

 「カ~~~~ズ~~~~く~~~~ん……?」

 

 俺なにも悪くねえじゃん!! という弁明は聞き入れて貰えなかった。

 この口論で刀華にはそっぽを向かれるし、デリカシー云々のお説教で朝の訓練には遅刻。理由をありのまま説明するのは何だか憚られるので「寝坊した」とでっち上げたら「気が抜けてるんじゃないの?」とステラからは呆れられる始末。

 ───厄日だ。

 朝っぱらからごっそりテンションを持っていかれた男の、心からの嘆きである。

 

 一真の『その日』は、そんな滑り出しから始まった。

 

 

     ◆

 

 

 生徒会書記にして伐刀者(ブレイザー)ランクC、砕城(さいじょう)(いかづち)

 その能力は『斬撃重量の累積加算』。

 斬馬刀の固有霊装(デバイス)を振り回すほど破壊力を増し、10トンを超える重量で放たれる一撃《クレッシェンドアックス》は人に彼を《城砕き(デストロイヤー)》と呼ばしめている。

 名実ともに破軍学園トップクラスのその男は、今まさに黒鉄一輝に斬り伏せられた。

 

 「がっ…………!」

 

 呻き、倒れる。

 刀を振り回す暇もなく、開始の合図からあっという間に接近されて一閃。《一刀修羅(いっとうしゅら)》を使うまでもなく勝敗は決した。

 

 「ありがとうございました!」

 

 律儀にも礼を言う一輝だが、沈みゆく意識ではそれに応じることは出来ない。いや、出来たとしても友好的な態度を取れたかどうかは怪しいだろう。

 

 (よもや峰打ちで済まされるとは……!!)

 

 それを選べるだけの余裕が一輝にはあった。

 侮りを捨て、全力で臨んでこの体たらく。己の不甲斐なさに砕城は拳を握り締める。

 彼の敗因は数あれど、敢えて述べるとするのなら───実力差、の一言に尽きるだろう。

 

 

 

 生徒会会計、貴徳原(とうとくばら)カナタ。

 レイピアの固有霊装(デバイス)《フランチェスカ》は、その刀身を数億もの欠片に分解させ刃の霧を生み出す《星屑の剣(ダイヤモンドダスト)》を得意とする。

 分解した刃を敵の体内に侵入させ内側から斬り刻む凄惨な戦法から、付いた異名は《紅の淑女(シャルラッハフラウ)》。

 幾度も《特例召集》に赴いて実戦経験を豊富に積み、伐刀者(ブレイザー)ランクは驚異のB。

 頂の端に手をかける才能に努力を重ねた彼女は今、試合開始から一歩も動かないまま敗北を喫していた。

 

 (戦いにすらなりませんでしたね……)

 

 前にいるのは、同じく開始線から動いていない王峰一真。全方位からけしかけられた《星屑の剣(ダイヤモンドダスト)》を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どんなに魔力を込めても、数億の刃は地面に押さえ込まれたまま微動だにしてくれない。

 象の足の下で蟻がもがくような、そんな徒労感。

 才能を持ち、血の煙る経験を積んで尚、(いただき)には程遠かった。

 

 「降参するか?」

 

 「……………参りましたわ。流石です」

 

 状況的には四肢を()がれたも同然。

 にぃ、と笑う一真にカナタは苦笑で応じる。

 大きな盛り上がりが予想されたAランクとBランクの戦いは、文字通り何の動きもなく決着した。

 

 

 

 「いけー! 桃谷ぃー!!」

 

 「近距離戦でお前に勝てる奴なんていねぇ! いつもみたいに吹っ飛ばしてくれっ!!」

 

 「そいつはFランクにも負けてるんだ! オマエなら余裕だぜ!!」

 

 囃し立てる声を背にするのは桃谷武士(たけし)

 希少な甲冑型固有霊装(デバイス)《ゴリアテ》で身を包んだ、身長190cmはあろうかという(いわお)のような巨漢だ。

 対するステラ・ヴァーミリオンはその代名詞にもなった紅蓮の炎を纏っていない。ただ《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を手にしたままそこに立っている。

 ───勝てるのか?

 疑問と共に甲冑の中を汗が伝う。

 だが彼にもここまで戦ってきた最上級生としてのプライドがあった。

 

 「うぉぉぉおおおおおおおっっ!!!」

 

 叫び、友人やクラスメート達の歓声に押されるように彼は走り出す。姿勢を低くして肩から激突する、得意技のへヴィーチャージだ。

 数多の騎士を場外まで吹っ飛ばしてきた装甲の塊の突進が最短距離でステラに迫る。

 

 彼については不幸という他ない。

 まずステラが炎という分かりやすい実力差の指標を出していなかったせいで、降参という選択肢が浮かばなかったこと。

 そして『Fランクにも負けている』という謗りが、あのテロの中で苦汁を飲んだ今のステラには覿面(てきめん)()()()()()()()ことだ。

 

 ぐらり、とステラの奥底で巨大な何かが蠢く。

 

 

 フルスイング。

 まさに全力で振り抜かれた《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》が、桃谷武士を場外まで大ホームランした。

 

 

 耳元で金属が爆発したような轟音がしたと思ったら、甲冑が観客席の階段に突き刺さっている。

 上半身が瓦礫の中に埋まり下半身がぐったりと投げ出されている様は、素人が見ても中身の人間が意識不明であると分からせるものだった。

 

 「……フン」

 

 下らなそうに鼻息を鳴らすステラは自分を謗る声が聞こえた方向を睨む。何人かが気圧されたように仰け反るが、誰が言ったのかはわからない。

 なので、とりあえずその方向に向けて言い放った。

 

 「次はアンタよ。教えてあげるわ、(わきま)えるって言葉の意味を」

 

 

 この後、1人の生徒が選抜戦を棄権したという。

 

 

 この日に行われた代表的な試合は以上の通り。

 三者三様それぞれの実力を発揮し、一真たちは《七星剣武祭》予選を順調に勝ち上がっていた。

 

 

     ◆

 

 

 「あっという間だったわね。調子が良さそうで安心したわ」

 

 「ステラこそ随分飛ばしてたじゃないか。映像を見たけど、相変わらずとんでもないパワーだよね」

 

 「ふふ、2人とも順調そうでよかったです」

 

 一輝とステラ、刀華の3人が紙の束を抱えて学校の廊下を歩いている。

 刀華が生徒会の仕事の資料を横着して1度に運ぼうとしてスッ転んでいるところに出会した2人が運ぶのを手伝っているのだ。

 そして3人とも《七星剣武祭》出場を目指して選抜戦を争っており、結果は今のところ全勝だ。生徒会室へ向かう道中もそういう話に花が咲く。

 

 「去年は回数はともかくカズマとしか戦っていなかったから1回1回が凄く勉強になるよ。やっぱり映像だけじゃ限界があるからね」

 

 「その辺アタシは全然ね。勉強にならないとは流石に言わないけど、正直な話、最初にイッキやカズマと戦った時以上のモノは得られてないわ。

 ……トーカ先輩も凄く強いわよね」

 

 「ありがとうございます。けど、これでも必死なんですよ。この最後の機会に、どうしても超えたい相手がいるので。

 ()()()()も私と同じくらい必死になってくれると嬉しいんですけど……」

 

 やっぱりこういう公の場だと渾名(あだな)呼びはしないんだな、と一輝は何となく思う。

 越えたい相手が誰なのか暗にバラしてしまっているようなものだが、一輝としてはずっと前から知っていることなので特に意外なことはない。

 だが一真と刀華の仲を知らないステラは興味を惹かれたようで、少し身を寄せながら刀華に聞いた。

 

 「それってやっぱりカズマの事よね? アイツそんな余裕そうにしてるの?」

 

 「余裕というか、熱くならないって意味です。

 名誉や称賛に頓着がない上に、強い人と戦うことに楽しさや愉悦を抱かないタイプなんですよ。戦いそのものではなく、それで自分の主義主張を(とお)したという結果に価値を置いているんです。

 もちろん積んできた鍛練は紛れもなく本物ですし心から尊敬していますけど、私としては少し寂しい気もしますね」

 

 「ああ、それわかります。目の色を変えるの()がいる時だけなんですよね。それ以外だと真剣だけど執念はないというか、野心が無いというか……戦いにコミュニケーションツール以上の意味を持たせてなさそうで」

 

 「……気に食わないわ。じゃあアタシ達は敵じゃないってわけ? 上等じゃない。イッキにも勝たなきゃならないけど、アイツはもう予選で倒してやるわ!! 勝つ執念のない奴に負けやしないんだから!!」

 

 彼女の思う敵と一真の思う()は少々意味合いが異なるぞと思った一輝と刀華だが、手に持った資料をぶち撒ける勢いで吐かれる気炎に水を差すこともあるまいと黙っていることにした。

 リベンジの炎が改めて燃え上がったステラは、この手伝いが終わったら早速鍛練に入ろうと意気込み────

 

 (あれ?)

 

 ふと思った。

 2人から聞いた一真の思想と、彼の実際の行動が何かズレている気がする。

 彼にとって己の力の目的が強さの証明や栄誉などではなく、ただ己の意思を(とお)すための手段なのだとしたら、………彼はなぜ《七星剣武祭》出場のために戦っているのだろうか?

 あれこそ主義主張も何も無く、純粋に野心と栄誉を争う場だと思うのだが……?

 

 そんな事を考えていた時、ステラ達はやっと生徒会室の前に辿り着いた。

 

 「あ、着きましたね。お疲れ様でした」

 

 「お二人ともありがとうございます。ぜひ中でお茶でも飲んでいってください。ちょうど昨日、貴徳原さんがとっても美味しい茶葉を差し入れてくれたんです」

 

 「じゃあお言葉に甘えて。ステラは?」

 

 「それならいただくわ。喉カラカラだもん」

 

 「よかった。ではどうぞ中へ」

 

 そう言って生徒会室の扉を開き、刀華が2人を先導しながら室内に足を踏み入れる。

 続いて部屋に入った2人が見たものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 顔を映すほどに磨かれた床とアンティーク調の品の良い調度品が、その空間をまるで西洋の城の一室のようにも思わせる。

 テーブルでは砕城雷が実に達筆な文字で議事録をまとめ直しており、そんな彼に貴徳原カナタがお茶をついでいる。

 その向かい側では生徒会庶務・兎丸(とまる)恋々(れんれん)と副会長・御祓(みそぎ)泡沫(うたかた)が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてその後ろ、恋々と泡沫の後ろに男が立っていた。

 並々ならぬ身長で2人を鋭く見下ろし、竹尺を持った手で腕組みをした悪魔の石像が如き威圧感を放っているそれは、紛れもなく王峰一真だった。

 

 「おう、お帰り刀華。イッキとステラさんも一緒なのか?」

 

 「資料を運ぶのを手伝ってくれてたんです。量が多かったので助かりました」

 

 「相変わらずこういう場じゃ敬語を崩してくれねえのな……。2人ともありがとな。どうせいっぺんに運ぼうとしてスッ転んでたんだろ?」

 

 (完全に読んでるわね……)

 

 カズくん! と見透かされた恥ずかしさに刀華が抗議の声を上げる。

 とその時、ペンを動かしていた恋々がヨロヨロと手を上げた。

 その目からは光が失われており、彼女が危険なレベルまで消耗していることがわかる。

 普段の快活な様子からは程遠い、弱りきった声で恋々は一真に懇願した。

 

 「願います……! 兎丸恋々、2時間の休憩を願います……っ!」

 

 「僕も、僕からも願います……っ! る◯剣とドラゴン◯ールとスラ◯ダンク……そしてスーファミ成分の摂取を願います……!!」

 

 「甘ったれんじゃねえ! 俺が来るまで散々遊んでたのはどこの馬鹿だ!? テメェの権利を主張する前に義務を果たせこの惰弱者共がァ!!」

 

 「「 あぐぅぅうううっっ!! 」」

 

 バシーン!! と竹尺で二の腕を叩かれ悲鳴を上げる恋々と泡沫。

 要求の図々しさと怒声の正当性を除けば映画に出てくる劣悪な刑務所みたいなシーンを目撃したステラが引き気味に刀華に訊ねた。

 

 「……あの、トーカ先輩。なにあれ?」

 

 「ああ、仕事が忙しい時にはこうして王峰くんに()()()()()()()()()んですよ。彼がいるとみんな真剣に仕事をしてくれるからとても助かります」

 

 「ひ、ひどいよかいちょー……! アタシたち仲間じゃなかったの……!?」

 

 「刀華ぁ……、帰ってきてよお……。優しかった頃の刀華に戻ってよぉ………!!」

 

 「テメェらがサボり倒して刀華をブチ切れさせた結果が今なんだろうが!! わかったらとっととペンを動かせ仕事が終わるまで俺はここに居続けるぞ!?」

 

 「「 ひいいいいーーーーっ!! 」」

 

 バシーン!と竹尺で机を叩く音に怯え、必死にペンを動かす2人。砕城は我関せずとばかりに仕事を続けているのを見るに、たぶん刀華の言う『みんな』はあの2人限定なんだろうなとステラは思う。

 しかし気になるのは、この光景を一輝が慣れたもののように微笑ましく見ていることだ。

 

 「イッキはあれに驚かないの?」

 

 「むしろ少し懐かしさすら感じるよ。カズマが生徒会長だった去年からああだったからね」

 

 「……え!? 生徒会長!? カズマが!? あ、いや、でもそうよね……」

 

 一真はAランク伐刀者(ブレイザー)だ。ランク至上主義の根深い魔導騎士の社会からすれば、学園でも最も優れた才能を持つ彼が学園の長になるのは自然な事。何も驚くような事はない。

 が、ふと気付く。

 

 「あれ。じゃあ何で今は生徒会じゃないの? 学内の選挙に負けでもしたかしら?」

 

 「……罷免されてる。去年の()()()()(かど)で」

 

 「…………………」

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