壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第20話

 一真が予想以上の事件(コト)をやらかしているらしい事実に呆れると同時に、また歯切れが悪くなったなとステラは感じた。

 一輝の口から去年の学園からどんな仕打ちを受けていたかは聞いていたが、それが一真に関するものに触れると大抵一輝は口ごもるのだ。

 彼の名誉を守ろうとしているのか、それとも……口にするのも憚られるようなことを彼はしたのだろうか。

 

 「黒鉄よ。此度の戦い、見事であった。さすが元会長と互角に戦り合うだけはある……己の未熟さに恥じ入るばかりよ」

 

 「いえ、僕にも余裕があった訳ではありませんよ。砕城さんに時間を与えたら、それこそ触れることも出来なくなってしまいますから……あ、ありがとうございます」

 

 「いえいえ、ゆっくり味わって下さいませ」

 

 砕城からの賛辞を謙遜で返した一輝に貴徳原が茶を渡す。一輝としては本心からの言葉だったのだろうが、しかし事実として能力すら使われずのされた砕城の苦い顔には気付いているのだろうか?

 日本のケンソン(謙遜)って言うほど相手を立てられる訳じゃないのかしら、と同じく貴徳原から貰った茶を啜りつつステラは思う。

 

 「黒鉄さんと ステラさん、それに一真さんもここまで全勝ですか。生徒会としては少々不甲斐なくもありますが、この学園にここまでの強者が揃ったことは誇らしいですね」

 

 「ありがとうございます。とはいえ予選はまだまだこれからですからね、まだどうなるかはわかりませんよ」

 

 「もちろんこのまま負け無しで行くわよ。イッキもこんな時くらい『絶対勝ち残る』って言いなさいよね」

 

 と、そこでステラは思い出した。

 連勝を続ける実力者の中に、もう1人良く知った顔がいる。

 

 「そうよ、シズクもここまで全勝よね。映像で見たけど、今日もトマル先輩に勝ってたし」

 

 黒鉄珠雫と兎丸恋々と戦いは実にあっさりとしたものだった。

 《速度の累積加算》、それが恋々の能力。

 動けば動くほど速度が上昇し、最高速度は驚異のマッハ2。音を遥か後ろに置き去るスピードで相手に激突する伐刀絶技(ノウブルアーツ)《ブラックバード》が彼女の切り札だ。

 だが、その運動エネルギーが珠雫の矮躯に叩き込まれることはなかった。

 《水使い》である珠雫は恋々がトップスピードに乗ったと見るや能力でリング上を薄く平らな氷で覆い、さらにそれを水の膜でコーティングしたのだ。

 そうなれば後は簡単。

 アイススケートの原理で摩擦を失った地面で恋々は派手にスッ転び、マッハ2の速度で観客席の壁に激突。

 バードストライクもかくやな状態で10カウントまでに場内に復帰できるはずもなく、珠雫もまたその場から1歩も動くことなく勝利を収めたという訳だ。

 ……普通、氷は内側に空気やその他諸々の不純物を含み、光を反射して白く濁る。

 恋々が気付けなかったという事は珠雫が張った氷には空気その他が含まれていない、つまり完全に透明な氷だったということになる。

 水から氷に状態を変化させる上で不純物を徹底的に取り除き、なおかつそれを一気にリング上に展開する……シンプルな絵面に隠された魔力制御の技量には感嘆すら覚えてしまったものだ。

 

 「そうだね、誰も彼も想像以上だよ。シズクも本当に強くなった……」

 

 幼い頃を思い出してしみじみと呟く一輝に、シスコン、とステラは心の中で嫉妬を込めた悪態を吐く。

 妹を大切に思うのは兄として当たり前なのだが、その妹が明らかに兄妹愛以上の感情を向けていることに早く気付いてほしいのだが……

 

 (……ん?)

 

 そして、また少し違和感を覚える。

 珠雫の話になった時、刀華の表情が少しだけ固くなった気がしたのだ。

 と、その時。

 

 「う、うがーっ! もうやってられるかーっ!!」

 

 ガターン!!と椅子を倒しながら立ち上がったのは恋々だ。

 

 「アタシたちは奴隷じゃないんだ! 遊ぶ権利と自由があるんだ! アタシたちが生徒会室にいるのは断じて仕事をするためじゃなーい!!」

 

 「何を言っとーと?」

 

 「そ、そうだそうだ! こんなの横暴だ! いくらトーカに頼まれたからって、今はもう()()に圧政を敷かれる時代じゃないぞ!!」

 

 まさかの主張に刀華が呆然とこぼした。

 しかしその魂の演説に同調した者が1人いた。

 言うまでもなく御祓泡沫である。

 

 「仕事は砕城や刀華がやってくれる、その代わりにボクらは砕城のぶんまで遊ぶ! お互いをカバーし合うシステムはもう完成してるってのに、どうしてそれが理解できないんだ!!」

 

 「いいや、もう言葉を交わす段階は終わりだよ! アタシたちは今こそ前時代の影を振り払うんだ!」

 

 「……ほぉ。つまり俺と()ろうってんだな?」

 

 何やら熱くなっている2人に低い声で返す一真。

 この光景を見るだけで頭痛を堪えるように額に手を当てている刀華の日頃の苦労が窺い知れる───なお、この状況を目前にしても砕城は眉1つ動かさずに自分の仕事を終わらせていた。メンタルが強い。

 

 「いくよ副かいちょー! アタシらはアタシらの権限を取り戻す!!」

 

 「もちろんさ! この横暴に終止符を打つためにも、ここで退く訳にはいかないね!!」

 

 果たして本当に実力行使が始まってしまうのだろうか。

 始まったとしても今の直後にはカノッサの屈辱を迎えるだろう2人の反逆者は、目に見えた敗北を前にまるで最期の輝きを放つが如く飛びかからんとして───

 

 

 「………そうか。残念だなァ」

 

 

 一真はしょんぼりと肩を落とす。

 予想外の反応に恋々と泡沫の動きが止まった。

 

 「これでも元生徒会長としてわかってるつもりだったぜ? お前らの忙しさも、こういう遊びも必要だって事もさ」

 

 「……あ、あれー?」

 

 「か、カズ? どうしたのさ急に……」

 

 「予選中はお前らも仕事が激増するし、その上自分の戦いがある奴もいるしで大変だろうから、息抜きになればと思って持ってきたんだが……」

 

 そう言って一真は自分の後ろに置いてあった大小2つの箱を机の上に置き、それを包んでいた包装紙を破いていく。

 何が出てくるんだとじっとそれを見つめていた恋々と泡沫の目はそれが何かを理解した瞬間驚愕に染まり、そしてそれは徐々に歓喜へと変化して───

 

 「ニンテ○ドースイ○チ─────!!??」

 

 「リ○グフィ○トアドベンチャー!!??」

 

 姿を現したのは最新のゲーム機と、フラフープ状のコントローラーが付属した話題沸騰中(らしい)のゲームだった。

 

 「これ、これっ! 思いっきりエクササイズで身体を動かせるゲームって面白そうって!! やりたいなって思ってたやつ!!」

 

 「両方どこの通販サイトでも売り切れで結局買えなかったやつだ!! うわ嘘だろマジで!? くれるのコレ!?」

 

 「ああ。日頃頑張ってるお前らに贈り物をと思って、今日の仕事が終わったらサプライズで渡そうと……

 

 ()()()()()()()()()()……」

 

 雲行きが怪しい。

 跳び跳ねながら互いに互いの身体をベシベシ叩き合っていた恋々と泡沫のテンションが一気に不安に置き換わる。

 

 「ここまで嫌われてたんなら、喜ぶも何もねえよなァ……。そうだな、部外者にせっつかれたら嫌だよな。俺、空回りしてたんだなァ……」

 

 「えっ、あ、その………」

 

 「こうなっちまったのは残念だけどしょうがねえ。返品すんのも虚しいし、こいつは誰か別の奴にでも……」

 

 「「うわーーーーーーーっっ!!!」」

 

 箱を取り上げようとした一真の脚に2人が必死の形相ですがりついた。

 

 「待って! 待って!! 嫌じゃない、嫌じゃないから!! お願いだから持っていかないで!!」

 

 「ごめんボクが悪かった! 流石にふざけすぎた! だからどうか考え直してくれ頼むから!!」

 

 「兎丸。ウタ。そうじゃねえんだ。俺が気付いてほしいのはな、そんな事じゃねえんだよ」

 

 一真は箱を床に起き、脚に絡み付く2人の腕を優しく外す。

 しゃがんで2人に目線を合わせ、幼い子どもに諭すような穏やかさで1つずつ確認するように質問していった。

 

 「兎丸。コレは何の為に用意された物だ?」

 

 「頑張ってるアタシ達へのサプライズ!!」

 

 「ウタ。俺はさっきまで何で怒ってた?」

 

 「ボクらが仕事せずに遊んでたから!!」

 

 「よし。じゃあ何をすればいいかわかるな?」

 

 一真はにっこりと笑って机の書類を指差した。

 

 「(ただ)ちに取りかかれ」

 

 「「はーーーーーーーーい!!!!」」

 

 音の速さで2人は自主的に仕事を始めた。

 竹尺で鞭打たれていた時とは比べ物にならない速度と熱意でペンを動かす恋々と泡沫の後ろで、一真はしてやったりと舌を出す。

 さっきまでの鞭打ちから一転、あっという間に飴で懐柔してしまった手際にステラは思わず感心してしまった。

 

 「なんか凄いわね。完全にコントロールしてるというか、心得てるというか………物で釣ったといえばそれまでだけれど」

 

 「本当に仲間を想っているからこそですわ」

 

 茶の入ったカップから口を離し、貴徳原が慈しむように答える。

 

 「一真さんは小さい頃から身体が大きかったから、みんながお兄ちゃん、お兄ちゃんって懐いていたんです。そうしたらいつしか一真さん自身も『俺が皆の兄ちゃんだ』って頑張り始めて。喧嘩を仲裁したり引っ込み思案な子と遊んだり、よく会長……、刀華ちゃんと一緒に皆を纏めていましたから」

 

 「誰が何を好きなのか、何をすれば喜んでくれるかは王峰くんが一番理解してましたからね。難しい子も多かったから本当に頼もしかったです。

 味方になってもらえたらここまで心強い人はそういないでしょう……()()()()()()()()()()()()()……」

 

 「褒めるなら最後まで褒めてくれよ」

 

 昔からの付き合いでもやはり思うところはあるのだろう。若干遠い目をしながら付け加えられた最後の一言に、一真はやや憮然としながらクレームを入れる。

 否定できない自覚は流石にあるようだが。

 

 「でもカズくん、またこんなに甘やかして……。これでまたうたくん達が仕事よりゲームを優先するようになったらどうするの? ゲームは1日1時間って言ってるのに……」

 

 「そうなったらまた呼べよ、また思い切りケツ叩いてやっから」

 

 「確かにそれを頼んでるのは私だけど、そうならないのが理想だからね? これだとカズくんが来た時だけ頑張るようになっちゃうかも」

 

 「大丈夫だって、こいつらも本気で怠けて困らせたい訳じゃねえんだからさ。ちゃんと仕事を終わらせてからって言い含めりゃいい。楽しくやんのが1番だ」

 

 そう大らかに笑う彼の背中を大きく感じたのは彼自身の身長のせいだろうか。楽観的な一真と困ったような呆れたような顔をしている刀華の2人を、貴徳原が眩しそうに見つめていた。

 そんな一真と刀華を見ていたステラが思わずこう言ってしまったのは無理なからぬ事だったのかもしれない。

 

 

 「なんか子供の教育方針が微妙に食い違ってる父親と母親みたいね」

 

 

 ブッッッ!! と聞いていた全員が噴き出した。

 

 「くくっ……ステラ、それ僕も思った……」

 

 「ま、まあ確かに(それがし)も薄々……」

 

 「けど、改めて言葉にされてしまうと、ふふふっ……」

 

 「おい、おいおいおい待てコラ。さっきまで俺は頼もしいんだって話してたのに何でいきなりそうなるんだよ」

 

 「え、でもそう思うわよ。今のやり取りだと」

 

 「あ、あー! そうそう思い出しました! ここまで来て頂いたついでに黒鉄くんとステラさんにお願いがあるんですよ! 理事長から頼まれたことについて!!」

 

 パンパンパン!と手を鳴らして強引に路線の変更を目論む刀華。

 しかし導入がドリフトのように横滑りしているとはいえ理事長の名前が出てくる用件だ。名前を挙げられた一輝とステラが少し姿勢を正す。

 

 「理事長からの頼み事、ですか」

 

 「ええ。それについてはわたくしから説明させていただきますわ」

 

 飲み終えたカップを片付けながら貴徳原が説明を始めた。

 

 「元々は先日、理事長から生徒会に頼まれた仕事でしたの。《七星剣武祭》の前にはいつも代表選手の強化合宿を行っている合宿施設が奥多摩にあるのですけど、少し前から改装工事が始まったため、今年は別の施設を使うことになっておりまして」

 

 「なるほど。どこの施設を使うんですか?」

 

 「由比ヶ浜ですわ」

 

 「………は? ゆ、由比ヶ浜?」

 

 どうやら一真も初耳だったらしい。予想だにしていなかった地名が出てきたことに頓狂な声を上げている。

 

 「そこ、観光地っつーか、確か海水浴場あるとこだろ……てか県外じゃねえか。確かに距離的には日帰りで行ける程度だけど、何でそんな所に決まったんだ」

 

 「場所の変更にあたって近場から合宿に使える施設を探して、その中から更にピックアップした結果ここが最適だとわたくしが判断しました。

 近くに海水浴場があるのは……ふふ、ただの偶然ですわ」

 

 ………本当だろうか?

 刀華が若干じとっとした目を貴徳原に向ける。

 白いドレスに身を包んだ優美な姿なれど、彼女は幼い頃から今に至っても結構な悪戯っ子なのだ。

 仕事は真面目にするけれど、もしかしたら彼女も遊んでみたいだけでは?

 疑念を孕んだ視線を涼やかに受け流しながら貴徳原は続ける。

 

 「ただ、問題がありますの。その施設で問題ないかの確認に赴くことが決まった辺りからでしょうか、そこの海水浴場で不穏な噂が立ち始めたのです」

 

 「噂?」

 

 「はい」

 

 一輝の疑問に貴徳原は一拍おいて、

 

 

 「巨大海棲生物───と(おぼ)しきモノの影が、急激に目撃されるようになったのです」

 

 

 そう、告げた。




 更新遅くなりました。
 明けましておめでとうございます。
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 貴徳原の口調を確認したくて原作を読み返してるのですが、胸糞悪過ぎて16巻が読み返せません。
 挿し絵の刀華の縞パンが辛うじて癒しです。

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