壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第21話

 バン!!とペンを机に叩きつけるように置いて恋々と泡沫が叫ぶ。

 

 「おわったーーー!! 仕事おわったよーーー!!」

 

 「いいよね? もうコレ始めてもいいよね!?」

 

 「ん、ああ。好きなだけ遊ぶがいい」

 

 「「やったーーーー!!!」」

 

 ウキウキで箱を開け、爆速でゲーム機の初期設定を終わらせていく2人。

 完全に遊ぶ態勢に入っているが、一応今も仕事の話をしていることを知っての事だろうか? クリスマスプレゼントの包み紙を破る子供のような表情に微笑んだ後、貴徳原は折られた話の腰を戻す。

 

 「しかし場所が海なだけに捜査の範囲は広大ですし、その難易度も高い。それにもし何らかの大騒動に発展してしまったら、近隣の人々にも被害が出るかもしれません……そういった事を考慮すると、生徒会だけではとても人数が足りないのです。先生方は選抜戦の運営で大忙しですから」

 

 「確かに。相手が海棲生物である以上、砂浜だけを調べるという訳にはいきませんからね」

 

 そう。本当に調べなければならないのは砂浜ではなく海の中なのだ。

 それにその巨大海棲生物とやらが出没したらしい場所は多くの人で賑わう有名なスポットだし、周辺の人口も多い。もしも戦闘が発生した場合、一般人の避難と保護はかなり神経を使うだろう。

 なるほど確かに能力のバリエーションも、何より人数も生徒会だけではまるで足りない。

 

 「しかし、巨大海棲生物ですか……随分と古めかしい噂ですね」

 

 「ですね。だけど、噂にしては目撃情報が多すぎるんです。SNSにもかなりの数の動画が投稿されているので、放置はしていられません」

 

 「ねえねえイッキ! トーカさんも困ってるみたいだし、アタシ達も協力しましょうよ! アタシ、ネッシーに会いたい!」

 

 「す、ステラはこういうの好きなの?」

 

 「川◯浩探検隊のDVDで日本語を覚えたくらい大好きよ!」

 

 (ものすごいところから日本に入ってきてるよこの皇女様……!)

 

 ステラが目をキラキラさせながらやや戦慄している一輝の肩を揺する。

 一輝としてはその手のUMA(ユーマ)に興味は無いが、彼は生徒会が忙しい原因である選抜戦制度で恩恵を受けた身。協力などむしろ進んでさせて貰いたい気分だ。

 故に2つ返事で了承する。

 

 「そういう事でしたら、一生徒として喜んで協力させていただきます。合宿所も生徒のための施設ですし、僕たちでよければ」

 

 「本当ですか!? 申し分ないです、助かります! 本当にありがとうございます!」

 

 実はかなりシリアスな問題だったのだろう。ぱあ、と刀華の顔に笑顔の花が咲く。弾む声で感謝しつつその気持ちを握手で伝えようとしたが、一輝に伸ばされたその手はステラにインターセプトされた。

 真意がよくわからない行動に頭に小さな疑問符を浮かべる刀華。

 そこで彼女はふと思い出したように一真を振り返って言った。

 

 「そうだ、王峰くんもちゃんと準備しておいてくださいね。場所が海なだけに色々と物要りになるかもしれませんし」

 

 やはり一真にも頼んでいたらしい。

 確かに縁もあるし強さも充分、彼も断ることはないだろうし、頼まない選択肢はないだろう。

 そう思った時、フラフープ状のコントローラーを雄叫びを上げながら激しく変形させる恋々を笑いながら見ていた泡沫が、若干呆れ顔で指摘する。

 

 「……いや刀華。カズにはまだ頼んでなくない?」

 

 少しの沈黙。

 

 「……あ、ああああそうでした! ごめんなさいてっきりもう頼んでOK貰ったような気になってて……!!」

 

 「あァ、いいっていいって。どっちにしろ手伝うって言うつもりだったからよ」

 

 一輝やステラのようにお願いするのではなく、最初から彼は来てくれるという確信を刀華は持っていたのだろう。

 背中越しに手をひらひらさせて快諾する彼の顔は見えないが、多分ニヤけてるんだろうなと一輝は思う。

 

 「アハハ☆ そりゃカズが断るわけないよね。だって刀華の水着が見れるチャンスだもん!」

 

 「よおウタ、俺にもリ◯グフィットやらせてくれよ。コントローラーお前な」

 

 「死ぬぅ!!!」

 

 

     ◆

 

 

 こうして一輝とステラは再来週末に由比ヶ浜へと行くことになった。

 

 「そう、水着。水着よ。海に行くなら水着を用意しなくちゃ。あとボールなんかも」

 

 「あの、ステラ? 遊びに行くんじゃなくて一応仕事の手伝いだからね?」

 

 「海の中まで調べるのに服を着たままっていうのも非合理でしょ。それにずっと働きっぱなしって訳にもいかないだろうし、息抜きは必要になるわよきっと」

 

 今からルンルン気分になっているステラにこれ以上言うのも野暮だろうと一輝はこれ以上のツッコミをやめた。

 まあそれに自分も男だ……一真ではないが、水着云々に期待していないと言えば嘘になる。

 目の前の可憐な彼女がその肢体を露にしたら、それはどれだけ美しく艶かしい光景だろうか、と。

 

 (ああ駄目だ駄目だ、これ以上はマズい)

 

 何だかステラの顔が見れなくなってきそうなのでそれ以上の思考を打ち切る。脳内に過る肌色を振り払おうと一輝は話題を変えようとした。

 

 「それより僕は目下の予選が問題だよ。今のところは勝ててるけど、そろそろ強さの次元が違う人たちと当たってもおかしくない。

 それこそステラや刀華さんに……カズマみたいな」

 

 「クジ運を怖がってもしょうがないわよ。どのみち勝つしかないなら気にするだけ無駄じゃない」

 

 「勿論誰と当たっても全力で勝ちに行くさ。ただどうしても不安はついて来ちゃってね、生徒手帳が震える度に恐々としてるよ」

 

 やや自虐的な苦笑いを浮かべているが、いつかのように心の負担を覆い隠すような危うさはない。

 桐原との戦い以来、一輝は随分と自分を明け透けにするようになったとステラは思う。

 あの勝利は一真のお陰だと聞いた……そういう意味ではステラは一真がうらやましい。

 

 「後はそうだ……綾辻(あやつじ)さんも怖いな」

 

 「アタシはセンパイの強さをよく知らないけど、去年からイッキが修行に付き合ってたんでしょ? 手の内は分かってるんじゃない?」

 

 「僕が教えた事なんてほんの一部だよ。それにあの人は実家で《最後の侍(ラストサムライ)》からみっちり教鞭を受けてるし、しかもあの道場には()()()()()()()()()()()()()()()()からね。切磋琢磨するには最高な環境を2つ持ってるんだ、どんな隠し玉を持ってるかわかったものじゃない」

 

 (隠し玉……か。そういう意味じゃ、放課後の鍛練には参加してないカズマも不気味よね……)

 

 自分たちが放課後、森の広場で毎日行っている鍛練。一輝やステラ、珠雫に有栖院(アリス)と1年生ばかりが集う中で唯一の3年生である綾辻(あやつじ)絢瀬(あやせ)の顔を思い浮かべる。

 彼女から聞くところ、何でも()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 ……全ての授業から締め出されて他の生徒から存在すら認知されていなかった一輝が剣の達人であるとどうやって突き止めたのだろう?

 戦闘行為の1つも起こせば即退学の口実にされるらしい環境で、どうやって絢瀬を鍛えて……もっと言えば、どうやって一真と1年間戦い続けてきたのだろう?

 

 (思えばアタシ、本当にイッキのこれまでを知らないのね)

 

 まだ長いとは到底言えない付き合いだから当然だ。

 だけど、一輝が他の誰かと自分の知らない時代の話をするのに言いようのない寂しさを感じてしまう。

 過去を共有した絆。

 まだ自分には持ち得ないそれを持っている者の中でも、より危機感を持つべきライバルと言えるのが───

 

 

 「あっ、お兄様」

 

 

 ────黒鉄珠雫だった。

 曲がり角からひょこりと姿を表した銀髪が、予期せぬ偶然に嬉しそうに揺れる。

 

 「お兄様、今回の勝利もお見事でした。対戦相手に何もさせない危なげ無い試合運び、流石の一言です」

 

 「ちょっとシズク、何してんのよ」

 

 「ああ、いたんですかステラさん。ただお兄様を称賛しているだけですが何か?」

 

 「その距離のことを言ってんのよっ!!」

 

 全身を一輝に密着させるようにしなだれかかる珠雫をステラが引っ剥がしにかかる。

 

 「本当にわからない人ですね。ただの兄妹間のスキンシップでしょう、なぜ貴女が邪魔に入るんですか」

 

 「別に止めやしないわよ()()()()()()()()()()()()!! ファーストコンタクトで躊躇いもなくマウストゥマウスする女がどの口で血縁の免罪符を掲げるのよ!?」

 

 「()()()()()()()()()貴女に何の関係があるんですか? そもそも私たちの関係を貴女にどうこう言われる筋合いはありません。まして恋人という訳でもないのに」

 

 「…………っっっ!!!」

 

 髪に負けないくらい顔を真っ赤にしたステラがぷるぷると震える。心では嫌なのに言うことがいちいち正しいせいで言い返せないのだ。

 そんな様子を半目で見ながら珠雫は少しだけ落胆する。

 

 (……意気地無し)

 

 と、その時だった。

 ふと何かに思い至ったらしいステラが、急に余裕の笑みを浮かべて胸を反らす。急激に感情がスイッチバックする様を見た珠雫が怪訝な顔をした。

 

 「ほほほ、そうねぇ~。兄妹の仲だもの、この位で熱くなる事も無かったわねぇ~」

 

 「……どうしました突然。脳にまで脂肪が回りましたか」

 

 「はっ倒すわよアンタ!!! ……いや、何てことは無いわよ? アタシたちね、再来週末に海に行く約束をしたってだけ!」

 

 「いやだから仕事だからね?」

 

 再度のツッコミも聞こえていない。

 顔面から表情の失せた珠雫が、油の切れたロボットのような動きで一輝を見る。怖い。

 

 「お兄様? 私そのような事は初耳なのですが?」

 

 「ついさっき決まった事だから……あと何度も言うけど仕事だよ?」

 

 「あっそうだ、向こうで着る水着はイッキに選んでもらうわ。困っちゃうわね、アタシどんなものを着させられるのかしら?」

 

 「いや仕事……、」

 

 「いけませんお兄様っ! こんな理性をローションに溶かした淫獣と海に行くなんて認められません!! この女の駄肉はお兄様の目を腐らせます!! どこに、再来週末のどこに行くんですか? 私も行きます、私がお兄様をお守りします!!」

 

 「あんですってこの絶壁!!!」

 

 「黙りなさい色情魔っっ!!」

 

 せっかく手に入れた余裕を一瞬で剥がされたステラと鬼気迫る珠雫がまたケンカを始めた。

 普段のようにジャブで様子を見るのではなくストレートを叩き込むような本気具合だ。両方にとって無視できないイベントな上、意地でも退けないタチなのだから始末が悪い。

 すわ始業式の再演かと思われたヒートアップを止めたのは────

 

 「……シズク。その、カズマも一緒だからさ」

 

 ぴたり、と珠雫の気炎が止まった。

 

 「………そう、なんですか?」

 

 「うん。何度も言ったけど、海に行くといっても生徒会の仕事の手伝いなんだ。だから生徒会に縁の深いカズマもいる。別に2人でという訳じゃないんだよ」

 

 「……なんだ。遊びに行くような口振りだった癖に、見栄を張っただけじゃないですか」

 

 「ま、間違った事は言ってないわよ!」

 

 慌てて取り繕うステラだが、正直珠雫に対して違和感を感じてもいた。

 いま珠雫は遊びに行く訳ではないと知ったからではなく、一真の名前に萎縮したように思えたからだ。

 2人の間に相当な確執がある事は知っているが、一輝の言葉や始業式の日、それにテロ直後のあの時を思い返してみると、力関係が随分と一方的なような……

 

 (人生を、歪めた………)

 

 「かなり話が横道に逸れたけど、ありがとう。シズクの試合は僕も見たよ。物理的に受け止めるのが難しい相手を前に冷静に思考する胆力は並大抵じゃ身に付かない。厳しい鍛練を積んできたんだね」

 

 「当然です」

 

 ──珠雫は兄の強さを誰よりも信じている。

 腐らず折れず、逆境の中で己を鍛え続けてきた兄と並び立つ為にここまで努力を重ねてきた。

 兄は必ず全国に駒を進めるだろう。校内の選考で躓くとは考えられない。そしてそれは勿論、目の前の彼女……ステラ・ヴァーミリオンもだ。

 ならば。

 ならば────こんな所で自分も負けていられない。

 

 「私も、必ず勝ち進みます。お兄様と………皆と一緒に、《七星剣武祭》へ───」

 

 

 瞬間。

 珠雫の生徒手帳がメールの着信音を鳴らした。

 この時期に届くメッセージなんて分かりきっている。少しだけ速まった鼓動を抑え、珠雫は手帳を開いてメールの文面に目を通し───

 

 

 

     ◆

 

 

 新しい娯楽に賑わう学内の一室。

 天を突くような長身の大男が、静かに己の心を尖らせた。

 

 

     ◆

 

 2人と別れた珠雫は女子トイレの一室に座り込んでいた。

 用を足したかったのではなく、落ち着いて力を抜ける空間が欲しかったのだ。

 だけど落ち着こうという意思に反して、強張った身体は勝手に震えてしまう。

 震える理由は何なのか、自分を分析しようとしてもうまく答えは出てこない。

 緊張だろうか。

 恐怖だろうか。

 少なくとも、武者震いでは断じて無いだろう。

 来るかもしれないとは思っていた。

 来て欲しくないと心のどこかで思っていた。

 膝を抱えるように俯く珠雫の手の中で、生徒手帳はその画面に無機質な光と文面を映し出している。

 

 

 

 

 

 『黒鉄珠雫様の選抜戦第11試合の相手は、1年1組・王峰一真様に決定しました』。

 

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