壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第23話

     ◆

 

 「ぐうぅぅう……っっ!!?」

 

 通り抜けざまに《陰鉄》で腹を捌かれた女子生徒が苦悶の声を上げて崩れ落ちる。

 日本刀の霊装(デバイス)を取り落とし立ち上がる気配のない彼女を戦闘不能と見なした審判が、この戦いの勝者に軍配を上げた。

 

 『綾辻絢瀬、戦闘不能! 勝者、黒鉄一輝!!』

 

 「……負けちゃったな。今の本当に奥の手だったんだけど。峰打ちなんて許さない位に追い込んでやるつもりだったのに、黒鉄くんは本当に凄いや」

 

 「いや、本当に危なかったよ。隠し玉の存在は確信していたけど……まさか蔵人(くらうど)の《八岐大蛇(やまたのおろち)》を再現してくるなんて、夢にも思っていなかった」

 

 「あはは、そう言ってくれると嬉しいよ。名付けて………《虎落笛(もがりぶえ)》ってところかな」

 

 蹲った絢瀬に手を差し伸べ、一輝は本心からの感嘆と称賛を贈った。

 ()()()()()()()()()()()()という、人体の限界を超えた稀有な体質無くして習得不可能な剣技《八岐大蛇》。

 それを彼女は、自身が持つ『傷口を拡げる』能力を駆使して再現してのけたのだ。

 自らの刀《緋爪(ひづめ)》で空気を斬って空間に傷を付け、その傷口を能力で再び拡げる事で鎌鼬(かまいたち)を発生させる伐刀絶技(ノウブルアーツ)《風の爪痕》。それを自分自身の攻撃に合わせて複数同時に発動する───種を明かせばこういう手法だ。

 体質の有無と性差ゆえ威力と剣速こそ元の使い手に劣るものの、鎌鼬(かまいたち)は空気の現象なので視認は不可能であり、さらに固体としての質量が無いため武器で防御することもできない。

 しかも風の刃に怯んでほんの小さな刀傷でも付けられようものなら、その傷は彼女の能力によって致命傷に至るまで拡げられるのだ。

 一輝は僅かに空気が流れる気配を察知し脚に魔力を込め、速度を以て強引に前方への強行突破とカウンターを行うことで辛うじて対処したが……こういった点だけを考えれば、むしろオリジナルに勝るとすら言えるかもしれない。

 ただし───

 

 (刀で戦っていれば空間は勝手に傷付けられるから問題ない。だけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 尋常でない空間把握と思考力。そしてそれを一輝にすら気取らせない冷静さ。

 去年とは比較にならない強さを彼女は獲得していた。

 ───一輝は去年のことを思い出す。

 どこからか『Aランクと互角に戦う剣士がいる』という噂を聞きつけ、一真に何度となく力で追い払われようと執念深く学園に乗り込んできた『貪狼学園』の倉敷(くらしき)蔵人(くらうど)

 終いに根負けした一真の立ち会いの元、一輝は彼と決闘を行い、そして勝利した。

 その敗北を受けて今の己では届かぬと蔵人は綾辻海斗(ラストサムライ)が教える《綾辻一刀流》の道場の扉を叩き、そして彼からその話を聞いた道場の一番弟子である絢瀬もまた、負けじと一輝に教えを乞うた。

 

 全て繋がっているのだ。

 強くなりたいという志が出会い、ぶつかり、そして互いを高め合う。

 ───胸が高鳴る。

 ───これだから剣の道はやめられない。

 

 「……でも、流石に《天衣無縫》を使われるとは思ってなかったな……。鍛練からボクの剣は盗まれてるとは思ってたけど、まさかそこから逆算して突き止めたの?」

 

 「ああ。綾辻さんが海斗さんの剣を寸分違わず覚えていたからこそ辿り着けたんだ。本当にありがとう」

 

 「お礼を言われてもなあ。ていうかそれ一応、後継者のボクが死ぬ気になって習得した奥義なんだけど。……あーあ、出てみたかったなあ。七星剣武祭」

 

 ───本戦への出場枠は恐らく、20戦無敗を戦績に残した5人が埋める事になる。

 残念だと言う彼女の口振りは、しかし晴れやかなものだった。悔いが残らないほど全力を出し切った、その証だ。

 ()()の全力を受け止めることができた感慨と誇りを胸に、歓声を浴びながら一輝は出口へと踵を返す。

 

 「? 黒鉄くん、もしかして急いでる?」

 

 「うん、少しね」

 

 そう短く答えた彼の声は固い。

 試合が終わったのに張り詰めた様子の一輝に、絢瀬は首を傾げた。

 

 「………どうしても、この目で見届けたい試合があるんだ」

 

 

     ◆

 

 『さあいよいよ始まります本日3試合目! 今回もまた見逃せない組み合わせとなりました!! 両者共に未だ本気を出す事なく勝ち上がってきた者同士の戦い、今日こそ彼らの全力を見ることができるのでしょうか!?』

 

 「イッキ。間に合ったのね」

 

 「何とかね。危なかったよ、早く終わらせようなんて到底思っていい相手じゃなかったから」

 

 実況が盛り上げる口上で試合の進行を始めようとしていた時。試合開始ギリギリのところで一輝は何とかステラが確保しておいてくれた席に座ることが出来た。

 

 ……全力。

 期待にざわめく観衆の中、ステラは自分と一真が初めて戦った時の事を思い出した。

 あの時は彼の戦い方にただただ驚いていたが、そういえばあの戦い方の由来は今もわからないままだ。

 これから始まる戦いを前に、ステラは隣の一輝に聞いてみることにした。

 

 「ねえイッキ。カズマの戦い方って、土台はダンスというか、バレエよね? 負けた私が言うのもおかしいかもしれないけど、正直戦法としては色物だと思うのに。どうしてアイツはあんなに強いのかしら」

 

 「気持ちはわかるよ。確かにバレエが由来というのは変わっているように見える。だけどカズマの強さの理由は決して色物じゃないんだ。むしろ王道とすら言っていい」

 

 「どういう事?」

   

 「『バレリーナとは戦うな』。……格闘技の世界には、昔からそんな格言めいた教訓がある」

 

 一輝は静かに、1年分の実感の籠った重たい声で話し始めた。

 

 「彼らは恵まれた体格を持ち、最高峰の難易度のダンスを完璧に踊るために幼い頃から全身の筋肉の強さと柔軟性、決して崩れない体幹に強靭なバネ、そして正しい姿勢と理想的な身体の運用方法を徹底的に鍛え上げられるんだ。

 さらにダンスの中でリズム感覚と瞬間的な判断力も強く養われている……ほら、どこを取り上げても武術の根幹と深く共通しているんだよ。

 もちろん彼はダンスだけでなく色んな武術の『蹴り技』も学んでいるけれど……そういう舞踏を極めた彼は、まさに非の打ち所のない戦士だ」

 

 「その上さらに破壊力抜群の能力を、Aランクの才能で備えてる、と……なるほど。重たかった訳だわ、アイツの蹴り。まさに武闘(舞踏)家って訳ね」

 

 得物を用いない戦い方でパンチ無し、投げ無し、組技・()め技無し───使うのはただ蹴り技のみ。そんな非合理極まる大艦巨砲主義を、それでも突き崩させぬ鍛練とは。

 きっと信じ難く苛烈で、濃密な時間だっただろう。

 そしてそれは、そんな彼と戦う彼女もきっと。

 

 「じゃあイッキ。そんなアイツと1年間戦い続けたアンタに聞くわ」

 

 「?」

 

 

 「………シズクとアイツ、どっちが勝つと思う?」

 

 

 その質問に、一輝は黙った。

 ───いい加減に他人事として見れなくなってきたステラは昨日、少し強引に一輝から一真と珠雫の過去を聞き出した。

 珠雫に無断で聞いたのも一輝の躊躇を押し切ったのも悪かったと思う。だけど同じ男を想う者として、ああまで悄然とした彼女を放っておく事など出来るはずもない。

 

 結論としてステラは、自分にはどうする事も出来ないと悟った。

 だから聞いてみたかったのだ。

 長く2人の確執を見てきた彼は、どんな結末を望んでいるのだろう、と。

 

 「……僕に出来るのはただ、戦いの行方を見届ける事だけだよ」

 

 優柔不断と思うかも知れない。

 だが兄として妹を応援したい気持ちと、友として抱く消えない後ろめたさ。その2つの板挟みが無くなろうはずもない。

 だからただ見届ける。それしかないのだ。

 初めてあの2人が正面から向き合う、この時を。

 

 「でも、勝負は何が起こるかわからない。だから……悔いなく全力を出すことが出来れば、きっとそれが全てだ」

 

 ……わかっている。綺麗事だ。

 譲れないものを懸けて戦い、そして敗けた側にとって、そんな言葉は反吐の出る偽善でしかないのだから。

 敗北を受け入れ、それでも相手を褒め称えた絢瀬が浮かべた晴れやかな表情に、それでも彼は縋る他なかった。

 

 

 『それでは選手の紹介です! 青ゲートから姿を見せたのは、今我が校で知らないものはいない注目の騎士・黒鉄一輝選手の妹にして、《紅蓮の皇女》に次ぐ今年度次席入学生!

 ここまで戦績は15戦15勝、属性不利も何のその! 抜群の魔力制御力は今日も相手を深海に引きずり込んでしまうのか!?

 1年生、《深海の魔女(ローレライ)》黒鉄珠雫選手です!!』

 

 「……………、………」

 

 「ふぅーーー…………」

 

 その一方で一輝たちとは離れた観客席には、今から固唾を飲んでいる東堂刀華と、緊張の息苦しさを吐き出そうとしている御祓泡沫がいた。

 彼女らはいつものように生徒会室のモニターではなく、この戦いだけは観客席からそのままの光景を見届けようとしていた。

 言ってみればこれは自分たちの友が再び現れた過去に向き合い、そして引き摺ってきた因縁に始末を付ける戦いなのだ。

 勝って欲しいし、勝つと信じている。

 だが、どうしても万が一を考えてしまうのだ。

 相手もまた才能に努力を重ねた強者。ともすればその手は友の襟首を掴んで地面に引き倒してしまうのではないか、と。

 あるいは当人より心臓が早鐘を打っているかもしれない2人の隣で、しかし鍔の広い帽子と白いドレスのような服を纏う貴徳原カナタはいつもと同じ優雅さで、微笑みすら浮かべていた。

 

 「ふふ。2人とも一真さん以上に緊張していますわね。今からそうなっていては、始まってからもっと大変ですよ?」

 

 「……()()の大一番だもん、そりゃ緊張するって。ていうか、そういうカナタは随分と平常心だね。イッキくんの妹だって、校内じゃ上から数えた方が圧倒的に早い位の実力なんだぜ?」

 

 「あら?」

 

 きょとん、とカナタは虚を突かれたような顔をした。

 

 

 「2人とも、一真さんが負けるかもしれないと本気で考えているのですか?」

 

 

 『赤ゲートから姿を見せたのは、やって来ましたこの男!

 黒鉄珠雫選手と同じくここまで戦績は15戦15勝、全ての戦いで格の違いを分からせるかのような圧勝を納めています!

 紫に燃える《踏破》の力は、またも対戦相手をその足で踏み破ってしまうのか!!

 身体も力も規格外の1年生、異名は《蹄鉄の暴王(カリギュラ)》───王峰一真選手!!』

 

 注目度の高いこの試合。一際大きい観客の歓声に叩かれながら、丈高き男がゆらりと歩く。

 

 「刀華ちゃんも泡沫くんも、色々と考えすぎなのです。真実は至極簡単な事ですわ。

 足首に噛み付く子犬程度に───(すく)む程に(きよ)く、平伏す程に強大なあの人が、揺らぐ道理などありまして?

 私達は彼への労いの言葉を考えながら、ただ目の前の活劇を楽しんでいれば良いのです」

 

 彼女は穏やかに、しかし無責任な傲慢を悪びれもせずにそう告げる。

 言葉が纏う信仰とすら言える信頼に、刀華と泡沫は何を思ったのだろう。

 確信を持って言い切ったカナタは僅かに顔を上げ、遠くを見るように碧眼を細めていた。

 

 

 「()い演目を期待していますよ。………何よりも(たけ)き、我らが王」

 

 

 彼の戦いを記録した映像は全て目を通した。

 これと見込んだ戦略も立ててきた。

 しかしこうして向かい合ってみると、手に握った武器が全て頼りない大きさに縮んでしまったような思いに囚われてしまいそうになる。

 

 (実際に目前に立つと、凄まじい圧ね)

 

 空気が痛い。見下ろされる身体が鉛のようだ。

 開始線の手前、リング中央を挟んで相対する2人。一真から放たれるプレッシャーに物理的な感触すら錯覚して、珠雫は静かに唾を飲み込む。

 視線は知らず知らずの内に彼の顔を越えて、さらにその上を見上げていた。

 そう。まるでただでさえ大きな彼の背後に、巨大な怪物がいるような気がして───

 

 (───呑まれるな!)

 

 ギッ、と痛い位に拳を握り締める。

 強すぎると分かっているから何だ。その上で今自分はここに立っているのだ。

 絶対に譲れないものを、貫き通すために。

 

 『時間になりました! 双方、霊装(デバイス)を展開してください!』

 

 「飛沫け。《宵時雨(よいしぐれ)》」

 

 「踏み均せ。《プリンケプス》」

 

 短刀と脚鎧。魔力の輝きと共に2人の魂が具現化する。

 互いに打ち倒すべき敵として。互いに背を向け続けようやく向かい合った彼らの構図は、奇しくも10年前と同じ。

 ただ違う所を挙げるとするならば、誰の邪魔も助けも無く、望む未来を切り拓くのはただ己の力のみということだ。

 

 かくして眼光はぶつかり合い。

 2人の因縁は、収束を開始した。

 

 『それでは本日の第3試合─────

 

 ────試合開始(LET's GO AHEAD)!!!』

 

 

     ◆

 

 

 相性が悪い。

 黒鉄珠雫が彼との試合運びを入念にシミュレートした末に、出した結論がそれだ。

 桁外れの攻撃力に機動力と武術の合わせ技。自分の『水』の能力は防御ごと潰すような高火力の連発には向いておらず、あれに接近されたらまず勝ち目がない。その上相手は防御力まで要塞並みときている。

 この相性の優劣は彼もわかっているはず、だから間違いなく初手から速攻を仕掛けてくる。

 そう考え即座に行動しようとした珠雫含めて、それを目撃した者全員が困惑に思考を詰まらせることになった。

 

 王峰一真は、ただ歩いてきた。

 速攻を仕掛けるでも様子を窺うでもない。ポケットに手を突っ込んだまま、散歩のような気軽さで珠雫との距離を徒歩で縮めてくる。

 

 『おぉっと……!? これは予想だにしなかった立ち上がりです! 何かを警戒している様子も無さそうですが、これは一体何を意図しているのでしょうか!?』

 

 「カズマ……一体何を考えて……!?」

 

 外から冷静に見ている一輝にすらわからないのだ、珠雫にそれがわかる筈もない。

 舐めているのか、それとも油断させて何かを誘っているのか。

 いや、どちらでもいい。そう来てくれるのであれば、その間にこっちはやりたい事をやれる!

 

 「《凍土平原(とうどへいげん)》───!!」

 

 叫びと同時に2人が立つリングが丸ごと凍り、石の舞台を銀盤へと変え、それと同時に珠雫の足が凄まじいスピードで氷の上を滑る。兎丸恋々にやった事と同じアイススケートの原理を、能力を使って操ったのだ。

 一真から大きく距離を取りつつ珠雫は《水牢弾(すいろうだん)》を数発発射。当たれば最後、敵の頭部に窒息するまで張り付く悪辣な水の塊はしかし一真が展開した魔力障壁にぶち当たり全て弾けた。

 そこで珠雫は、弾けた《水牢弾》達を一気に凍結させた。

 砕け水滴となる直前に強引に凍らされ1つの氷塊と化した《水牢弾》が、そのまま物理的な障害物となって一真の視界を遮る。

 

 直後、一真の背後から硬質な破砕音。

 氷漬けのリングから彼の背中を狙って伸びてきた氷の杭が、やはり魔力障壁を破れず力負けして砕け散ったのだ。

 しかし思わぬ奇襲に一真の意識が僅かに後ろに逸れた、その瞬間。

 

 「《血風惨雨(けっぷうざんう)》」

 

 空気を細かく引き裂きながら、秒間何万発もの水の針が一真を呑み込んだ。1発1発の威力は彼の防壁を破るほどでは無いが、流石に数が多すぎる。彼は強烈な向かい風に押されるようにその歩みを止めた。

 

 そして。

 横殴りの瀑布に包まれていては、さぞかし分かりにくかっただろう。いつの間にか自分の頭上から、円形の影が差しているなど。

 直感の警鐘に上を見上げた時にはもう、落下してきた()()が鼻先に触れる距離だった。

 

 ゴンッッッッッ!!!!と。

 空中に生み出された巨大な氷の円柱が、一真を地面ごと叩き割った。

 初手から奇襲や搦め手で火力不足を補っているように見せてからの、観客席にまで亀裂が及ぶような激甚な破壊力。

 打ち立てられた氷の墓標に、息を忘れるほどの緊張から解かれた実況と観客達が一斉に沸き上がった。

 

 『な、………なぁああんという事だぁあ!!! 何という緻密な攻撃だったのでしょうか! わたくし実況を仰せつかっておきながら、何一つ言葉を発することが出来ませんでした!!』

 

 『ウッソだろ、こんなにヤバかったのかよ《深海の魔女(ローレライ)》って!』

 

 『完全に化物だ、単にBランクだからってだけじゃ説明が付かないぞ今の!!』

 

 『まだ試合始まって30秒も経ってないぞ!? その間に布石、妨害、奇襲、切り札、どれだけ手数を重ねたよ!!』

 

 『……あぁ、凄えよ。あの1年は本当に凄え。だけどよ……』

 

 興奮する歓声の中で、しかし全員が徐々に気付き始めた。

 視線は黒鉄珠雫を離れ、盛り上がっていた興奮がそのまま畏怖に置き換わる。

 自分たちでは到底届かない領域。その苛烈さを一身に受けてもなお動じない者がいる事を、その目で認めてしまったから。

 

 

 『その重ねられた手数全てを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………!?!?』

 

 

 ぎごごごご、と。

 軋み擦れる音を上げ、縦に割れた円柱の氷塊がゆっくりと左右に別れ始める。

 荒々しい断面を晒す氷塊のその中心に、王峰一真は立っていた。

 蹴り砕いた様子もない。ただ本当に()()()()()のだろう。氷塊の中から現れた彼の姿勢は、試合開始直後のそれと全く変化していない。

 

 (まさか本当に脚すら使わないとは)

 

 顔に出さないまま苦虫を噛み潰す。

 自分が発揮できる最大級の破壊力が不発に終わったのは業腹だが、所詮は戦略の1つが不発に終わっただけ。

 他にやれる事など、ごまんとある。

 静かに闘志を研ぎ澄ましつつ、珠雫は宵時雨(よいしぐれ)を構え直した。

 

 「まあいいでしょう。一芸しか用意していなかった訳ではありません……この位なら、想定の範囲内です」

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