その時。
一真の
「《
ダンッ!! と重く弾く音を上げて、極限まで圧縮して放たれた水の銃弾が圧倒的な速度で一真に襲いかかるが、しかしそれはまたも一真が展開した魔力障壁に阻まれた。
───速度はあっても威力が足りないか。
冷静に分析をする珠雫の攻撃を弾きながら、一真は生み出した魔力の球をサッカーのパスのように軽い動きで上に蹴り上げた。
(爆撃?)
自分に向けて高い放物線を描く紫白の球体を見て、珠雫はその攻撃方法を予測し、珠雫は己の頭上に《
が。
(違う─────ッッ!!)
珠雫が全力でその場から飛び退くのと、放物線を描いていた紫白の球体が
轟音。
着弾した紫白の球体がリングを粉砕し、観客席まで
『おっ、お返しとばかりに凄まじいものが放たれました! 軽い動作に反して何という破壊力、これがAランクの力なのでしょうか!!』
「うわ、《
「自然干渉系の炎や雷みたいに具体的な形が無い能力なのに、ああして能力をハッキリとした形状に加工して出力・操作できるのは流石の魔力制御だね。……技の意図は牽制なんかじゃないだろうけど」
「同感ですわ。あれは牽制などではなく、もっと傲慢なものです」
畏怖からの破壊を突き付けられ観衆が悲鳴を上げる中、一部の強者たちは冷静に状況を分析しており、そして一真と同じように高い攻撃力の能力を持つステラも思わず唸っていた。
「……地味に有効な手口ね」
ああいう質量弾を単発で放つのなら、山なりに放るより直線距離を最速で撃つのが普通で効果的だ。そこを敢えて外すことで、彼は珠雫に山なりの軌道が最も活きる攻撃手段───範囲攻撃という誤った判断を誘発させ、至極単純な攻撃を命中寸前まで通したのだ。
爆撃だと思い防御すればあの破壊力はそれを貫くし、避けたとしても必要以上に大きく回避してしまう……どちらにしても、相手を揺さぶる効果は大きい。
「大きな力を小さな策にキレイに纏めてるわ。魔術を使った遠距離戦というシズクの土俵で、あわや決着の攻撃をあそこまで通したんだもの。牽制としては充分すぎる結果ね」
「……違うよ、ステラ。理屈は合ってるけれど、カズマの意図は牽制なんかじゃない」
しかし硬い声で一輝がそれを否定する。
刀華たちにやや遅れて、彼がこの戦いにおける一真のスタンスを理解した瞬間でもあった。
「カズマはシズクに見せつけたんだ。……『お前がやれる程度の事は、俺はもっと簡単に出来るぞ』、って」
(舐めた真似を……!)
その意図を同じ様に正確に読み取っていた珠雫もまた歯軋りをしていた。
こうして揺さぶられた今、攻撃を仕掛けてくるには良いタイミングだったはずなのに、一真はやはり何もしてこない。ただ値踏みするような視線で、ポケットに手を入れてまた歩を進めてくる。
完全に下に見られていた。
───そっちがそう来るならもうそれでいい。その態度のまま後悔の内に逝けばいい。
冷たい怒りを胸に燃やし、珠雫はまじないの言葉を唱える。
「《
瞬間、リング全体を1メートル先も見えない濃霧が覆い尽くした。
この魔法の霧は珠雫の身体の一部も同じ。どこに何があり、誰がいるのかを正確に感じ取れる。そしてその感覚は、歩みを止めて辺りを見回す一真を正確に捕捉していた。
珠雫はリングを滑って音もなく一真の背中側に回りながら魔術を発動。
視覚のほとんどを無効化された彼に向けて、前後左右加えて上下、あらゆる角度から氷の杭や水の弾が襲いかかる。
『こ、これは実況泣かせの展開となってまいりました! 何が起きているのか全くわかりません、ただ鳴り響く水音と破砕音が黒鉄選手の攻撃の激しさを物語っています!!』
(……これも、駄目)
珠雫から思わず愚痴が出る。
床の氷や霧を魔力の経路とした包囲攻撃に対して、あの大男は不動のままだったからだ。
───一真の魔力障壁の堅牢さについて、彼女はいくつか仮説を立てていた。
1つ目、攻撃に合わせて魔力を集中させる技術に抜きん出ている。
2つ目、全ての攻撃に全開の出力で障壁を貼っている。
そして3つ目───そういう
魔力障壁は出力を上げるか、あるいは一点に集中させることで防御力を上げる。
最初の氷柱を防いだのは『1つ目』で合っているだろう。だがこうして視覚に最大限の妨害を入れて四方八方から攻撃しても目線すら動かさず防いでいるとなると、『1つ目』の仮説は間違っているだろう。
そして『2つ目』の仮説。これも考えにくい。
全開の出力ならば魔力はもっと色濃く表出しているし、何よりも非効率極まりない。いくらAランクといえど、そんな事をしていてはそう遠くない内に魔力は枯渇するだろう。あの舐めた態度を考慮に入れればもしかしてと思わなくもないが、彼とて負けたくはないはず、そこに甘えるのは危険だ。
ならば3つ目。
そういう防御型の
これなら魔力の効率も良く、効果も高い。ある程度なら無駄打ちも許容範囲に収まるだろう。
1番有力な……というか当たり前の説だが、可能性を潰す作業は無駄ではないし、その過程で様々な検証も出来る。
攻撃に失敗したのならなぜ失敗したのかを条件化して、そこから活路を切り開けばいい。
そして今。
勝利への道筋に当て嵌めるデータは、揃った。
「ありがとうございました」
すぅ、と霧が晴れる。
急に解除された《白夜結界》に一真は僅かに顔を上げ、背後から聞こえた声に振り向く。
───本来ならもっと長時間の苦戦を強いられるはずだった。
嵐のような攻撃を回避し、針穴のような隙を突いて情報を集め、馬鹿げた破壊力を前に必死で場を整え……この切り札は、それでようやく発動が許されるかどうかという綱渡りのはずだった。
だけど、全部杞憂だった。
彼があまりにも無抵抗だったから。
彼が、あまりにも自分を下に見ていたから。
何の前触れも無く全てが凍った。
巨大な氷山がリング中央に突如として出現、そこに立っていた一真をその中心に呑み込む。
観衆が唖然とする間もありはしない。
珠雫は静かに、舞台の幕を切って落とすかのように
いつの時代も、王は傲慢という毒に殺される。
その時の珠雫の声と表情は、氷よりもなお冷たかった。
「─────《
ズズンッッッッ!!!! と。
珠雫の言葉を号令に、轟音を上げて氷山の体積が2分の1以下にまで圧し潰された。
一気に密度を収縮させた大質量の中心に呑み込まれている人間がどうなっているのか、想像することさえ躊躇うような光景に。
それを見ていた観衆たちが、ようやく思考を追い付かせた。
『────ッッとんっでもない光景だぁぁああ!!! いきなり現れた氷山に封じ込まれた王峰選手がそのまま圧し潰されてしまいましたぁっ!! 黒鉄選手、校内序列1位に対してよもやの下剋上かぁあっ!?』
『うおぉおおおっ、マジかぁぁあああ!?』
『嘘だろ、王峰が負けるのか!?』
『本当に凄えよ、アイツがあんな風になるなんて想像すら出来なかった……!!』
「……ずっと下準備を続けてたんだわ。《凍土平原》と《白夜結界》は攻撃の手段を増やすだけでなく、空間を自分の魔力で満たして大規模な魔術を即発動するための布石でもあったのね」
それだけではない。《白夜結界》も解いた訳ではなく、ただ密度を下げて晴れたように見せかけだけ。視界を確保した相手が警戒と防御のレベルを下げた所に、回避不能の全体攻撃を仕掛けた。
身体を覆う堅牢な魔力防御も、肌に張り付くゼロ距離から攻撃されてはその強度は脆い。
よしんば氷との間に隙間を作れていてもいきなり全身が氷に呑まれたら人は間違いなく混乱するし、そこから事態の把握と対応にかかるタイムラグから考えても、何かアクションを起こすより氷山が圧殺する方が間違いなく早い!
「たとえ無事でも、あそこまで密度を高めた氷を動けない状態で壊すのはカズマでも相当骨なはず。あんな舐めた戦い方するからこうなるのよ……! この勝負、シズクの勝ちだわ!!!」
複雑な事情はあれど、同じ想いを持つ者が勝利したという喜ばしさはあったのかも知れない。それ見たことかとステラは拳を握る。
情報を集め、分析し、事前情報や仮説と擦り合わせ、これなら通ると確信した技だ。
一真の無抵抗さのお陰で、理想的な状態で発動できた切り札だ。
これで勝てなければ絶望的だと言える程に会心の一撃だったと、珠雫は疑い無くそう思っている。
「…………っ」
なのに、何故だろう。
勝利の証であり敵の墓標であるあの氷の山から、尚も莫大なプレッシャーを感じるのは。
何故だろう。
中身ごと徹底的に圧し潰したはずの氷山の中心から、紫白の輝きが溢れ出しているのは。
最初は微かな音だった。
聞き逃してしまいそうだった音は段々と大きくなり、それが氷山が軋んでいる音だと周囲が気付いたその直後、全員が思い知らされる事になる。
力も異能も才能も、全てを真正面から捩じ伏せるからこそ彼はAランクなのだと。
策や技術を使わずとも、ただ在るがままに強く、不条理だからこそ、彼は王峰一真なのだと───
ばきばき、がらがらと、極地の大自然でしか聴かないような音が訓練場に轟く。
罅割れ、砕け、崩落していく氷山の中から姿を現した彼は、さっきまでとまるで変わらない。
1つの傷も痛痒もなく一真は珠雫を睥睨し、悠々と足元の氷を踏み砕いて歩き出す。
ただ1つ違いがあるとするならば、ここまで魔力の放出すらまともに行わなかった彼が、
この時、一輝と刀華は、同時に全く同じ言葉を漏らしていた。
ただし、込められた意味はまるで逆。
片や安堵で、片や沈痛。
胸を撫で下ろす刀華と静かに目を伏せる一輝は、ただ一言でこの戦いを自分の中で締め括る。
「「 ─────終わった 」」
◆
「……何よ、イッキ。『終わった』ってどういう事?」
まさか一輝が言うとは思っていなかったその一言に、ステラは耳を疑った。
「そのままの意味だよ。多分もう、ここから先はカズマの独壇場になる」
「どうして? 確かにとんでもない魔力防御だけど、まだやりようはあるじゃない! ほら、シズクだってまだ次の手を用意してるわ!!」
勝負というものの不確定さを知る彼の断定に近い物言いに、ステラは思わず反発した。
そしてステラの言うとおり、確かに珠雫はいま、機能しなかった切り札を利用して即座に次の手札を生み出していた。
「くっ………!!」
まだだ、まだ終わっていない。
珠雫は砕かれた氷山に魔力を通し、再び霧へと姿を変えさせる。そしてその霧を一真の元へと結集させ、またも姿を変えながら彼を呑み込んだ。
ただし今度は氷ではなく、同質量の水で。
───あの氷山は、硬い物質だから直接的な力で砕かれたのだ。
水ならば砕かれる事はない。どれだけ強い力を加えられようと、壊れる事無くただ流動するだけ。
珠雫の命令に従い、一真を呑み込んだ巨大な水の塊が恐るべき水圧を以て一真を圧し潰そうとして────
「……それでも、駄目なんだよ。カズマの魔力は、特殊なんだ」
どぱんっっっ!!! と。
一真を包んでいた大量の水が、
「え──────」
「……カズマの能力は《踏破》の概念を操るものだっていうのはステラも知ってるよね。単純に破壊力に長けた能力だと思いそうになるけれど、これがかなり曲者なんだ」
表情を凍りつかせた珠雫。
それを見て珠雫が今度こそ本当に窮地に立たされているのだと理解し、そして目の前で起きた現象に絶句するステラに、一輝は重く、静かに終わりの根拠を述べる。
「カズマの《踏破》は踏み越え・踏み破る力だ。これはつまり、『相手との力関係を強引に決定付ける力』だと言い換えてもいい。
『
ステラの全力の魔力防御すら踏み潰してしまったことを考えれば、それがどれだけ不条理な現象かはよくわかるはずだよ。
その性質のせいで、単純な魔力防御ですらそこいらの
あれこそが一真が持つ
《踏破》の性質を全面に押し出した魔力を全力で放出して身に纏う絶対防御であり、触れたものなら魔力ですらも等しく潰す暴虐の城塞。
あれを破りたいのなら、弱体化されてもなお彼の魔力を貫けるだけの力で攻撃するしかない。
そう。
彼以上の才能を叩きつけるしか。
「