壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第25話

 一歩一歩。

 一真が地面を踏み締める度にリングそのものが軋みを上げて鳴動し、表面に張っていた氷が彼の魔力に触れたそばから消滅していく。

 潰しているのだ。彼が身に纏った城塞が、己に触れた全てのものを。

 

 そしていつかは、黒鉄珠雫を。

 

 「────────ッッッ!!!」

 

 『おっと黒鉄選手再び《白夜結界》を発動! フィールドが濃霧に包まれました!! どうやら徹底的に王峰選手を近付けさせない戦法に出るようです!!』

 

 (………シズク……)

 

 一見すれば諦めず戦闘を続行しようという強い心の表れに見えるだろう。

 だがリングが白いカーテンに覆い尽くされる直前、水の牢獄を消し飛ばされた珠雫の顔を見た一輝やステラにはもう察しが付いてしまっていた。

 彼女はもう、本当に万策尽きてしまったのだと。

 

 いや、正確には、彼女にはまだ有効と思える手札があった。

 霧に乗じて一真の死角に潜り込み、宵時雨(よいしぐれ)に水の刃を纏わせる。

 技の名は《緋水刃(ひすいじん)》───超高圧で循環する水により対象を斬り裂く、いわばウォーターカッターを作り出す伐刀絶技(ノウブルアーツ)だ。

 氷や水による圧殺は通じない。ならば一点に威力を集中させた方が、あのバリアを破るには適しているはずだと考えたのだ。

 方法としてはそれで正しい。正しいのだ。

 力不足であるという点を除けば。

 

 ばしゃっ、と突き立てた水の刃が吹っ飛んだ。

 珠雫が本当に万策尽きたのはこの瞬間。

 遥か高みに光る一真の双眸が、呆然とする自分をきろりと見下ろした時だった。

 

 そして一真が動いた。

 右脚を内側から外側へ、空間を掻き回すのように無造作に振るう。

 ────暴風が吹き荒れた。

 轟と吠える空気の激流は一真を中心に渦を巻いて拡がり、リングを覆っていた《白夜結界》を吹き飛ばす。

 晴れ渡った景色に首を回して周囲を見るも、しかし珠雫の姿はどこにもなかった。

 これも珠雫の伐刀絶技(ノウブルアーツ)、《青色幻夢(あおいろげんむ)》だ。

 大気中の水分を操って光を屈折させ、自分の姿を見えなくする技。珠雫の高い応用力を表すような技だが、こうなってしまってはただの延命措置でしかなかった。

 

 (落ち着け、落ち着け! とにかく正面に入ったら駄目。とにかく姿を眩まして、後ろに回って距離を取って………ッッ!?)

 

 竦み上がる心を叱咤して必死に動く珠雫。

 三度姿を消した彼女に対して、一真の行動はやはりシンプルだった。

 脚を上げる。そして振り下ろす。

 絶対の防御を生み出す魔力とその全力の放出は、ただそれだけの動作を強大な矛にも転じさせてしまう。

 

 ゴッッッッッ!!!!と。

 激震と共に衝撃波じみた爆風が撒き散らされ、訓練場そのものが縦に揺れた。

 

 「うぐ………っっ!?」

 

 地面から浮く勢いで転ばされた珠雫は戦慄した。

 ただの無造作なワンアクションでこの余波。

 もののついでとばかりに撒き散らされた魔力の欠片が珠雫の《青色幻夢》を引き剥がし、身体にも鈍いダメージを与える。

 そして再び一真は珠雫の姿を捕捉した。

 射竦めるような眼光に貫かれ、珠雫は追い立てられるように立ち上がる。

 とにかく危険だ、ここは危険。

 近付かれないように、決定的な間合いから遠ざかるように珠雫は後ろへと滑り───

 がくっ、といきなり身体が沈んだ。

 段差で足を踏み外したのと同じ感覚だ。

 いきなり地面の感覚を失った足を、珠雫はいったい何事だと確認する。

 

 確認して、凍りついた。

 

 「あ──────」

 

 珠雫の片足は舞台の外側にはみ出していた。

 逃げようと動き続ける内に知らず知らず陥ってしまった、リングの端というどん詰まり。

 退路の淵、彼の方を向こうとして回した首がぎしりと軋む。

 彼は何も変わっていない。

 なのにその姿が膨れ上がったように見せたのは、他ならぬ彼女自身の恐怖心。

 

 その一歩は今までの何よりも重く、大きく。

 黒鉄珠雫の中で王峰一真は、恐るべき難敵から対処不能の怪物へと、今、変貌を遂げた。

 

 「う、ああぁぁぁああぁあああっっ!!!」

 

 『あぁっと、追い詰められた黒鉄選手決死の反撃に出ました!! 恐るべき水と氷の雨霰、しかし王峰選手一切の反応を見せません!

 食らえば最後肉という肉を削ぎ落とされるような嵐の中を無人の野を行くが如く! 地を鳴らして闊歩しています!!』

 

 『いやいや反撃じゃねえよ……もう捨て鉢じゃねえか、あんなの』

 

 『さっきまではもしかしてって思ったんだけどなぁ。誰が破れるんだよ、あんな理不尽』 

 

 『これ、降参した方が……』

 

 『なんだ、帰るのか?』

 

 『いやもう終わっただろ、どうやっても勝てねえってアレ。見てるこっちが辛えよ』

 

 もはや会場にさっきまでの熱狂などどこにもない。

 彼の獰悪な力量を知った者、あるいは思い出した者たちが、的外れな興奮を得ていたのだと白け始めていた。

 歓声も消え、盛り上げようとする実況だけが空々しく響き、実の兄である一輝ですら沈痛に押し黙る。

 

 だけどそんな中、彼女らだけが諦めていなかった。

 誰もが結末を確信したあの戦場で必死に抵抗する彼女が、どんな思いでこの戦いに臨んでいるかを知っているから。

 捨て鉢とまで評されたあの攻撃に、どれだけ強い思いが秘められているかを知っているから。

 ───彼女の事情を知る者はほとんどいない。

 知っていればなおさら応援なんて出来ないかもしれない。

 それでも。

 彼の苦しみを知らないから言えるのだと謗られたとしても、それでも彼女にだって背中を押してくれる声があってもいいはずだ。

 向き合うと決めた決意を、勝ちたいという意地を支える人がいてもいいはずだ。

 

 だから。

 

 

 「「 シズクーーーーーーー! がんばってーーーーーーーッッ!!!」」

 

 

 ステラとアリスは、同時に叫んでいた。

 

 

 

 熱を失った会場に響いた、本気で自分の勝利を願う声。

 友達と、そして予想だにしていなかった恋敵から贈られた精一杯のエールは、何よりも背中を支えてくれるようだった。恐怖に固まっていた心に込み上げてきた嬉しさとムズ痒さに、だけど今は蓋をする。

 

 (……お礼は、考えておいてあげましょう)

 

 ───いい加減理解した。

 あの防壁を破って彼を倒すには、あの防壁よりずっと強い力をぶつけるしかない。あの魔力を相手に出力で上回るそれが唯一の道だ。

 そして魔力量で劣る自分にはそもそもそんな芸当は不可能だ。

 でも、()()

 方法なんて直感で捻り出せばいい。

 とにかく全てを絞り出さねば、まず土俵にすら上がれない。

 

 「ふぅぅううううっっっ………ッッ!!」

 

 残った魔力を出し切る勢いで放出。

 まだ床に残っている《凍土平原》も全て魔力に還元して一点に集中、珠雫の傍らに大きく濃密な翠色の珠が完成した。

 何か考えついたであろう事は明らかだったが、それでも一真は傲然と肩で風を切る。

 そして翠色の魔力球は珠雫の意思の元に形態を変え、限界まで込めた圧力によって速度と破壊力を得た巨大な水の柱として一真に襲いかかる。

 轟音。爆散。

 流石のサイズと魔力量ゆえに消滅とまではいかなかったが、放たれたそれは《不沈の英雄(アイアース)》の前に砕け散った。

 が、そこで終わりではない。

 珠雫は砕けた水を再結集、魔力も補填してまたも『砲台』を形成。再び巨大な水のレーザーを一真に向けて撃ち放った。

 そして爆散。再結集、発射。

 爆散。再結集、発射。

 規模こそ大きいものの、もはや徒労としか思えない攻撃を何度も何度も繰り返していく。

 

 『黒鉄選手、未だ諦めておりません! 全てを出し尽くすような猛攻撃!! しかし王峰選手、これでもなお揺らぎません……! 黒鉄選手、やはり万事休すか……!?』

 

 『いやいや、もう諦めろって……』

 

 やはり空気に盛り上がりはない。

 最早観客たちは勝負ではなく、いっそ建物の耐震強度を自慢する企業のPR動画でも見ているような気分になっていたからだ。

 しかし、珠雫が仕掛けているそれは段々と目に見える形で現れていく。

 

 (………?)

 

 1番最初に気付いたのは一真本人だ。

 そしてそこから一輝やステラ、刀華など目の良い者から順にそれに気付いていく。

 そうして、誰かが口に出した。

 

 

 『何か……王峰くんの魔力防壁、削れてない?』

 

 

 その瞬間。

 放たれた水のレーザーが波が砕け散る音と共に、明確に《不沈の英雄(アイアース)》の一部を欠けさせた。

 

 

 『け、削れている!? 絶対防御かと思われた王峰選手の防壁の一部が、今ハッキリと食い破られました!! 黒鉄選手、まだこれだけの力を隠していたとでも言うのかぁっ!?』

 

 「え、えぇ!? 嘘だろ、発動しちゃえば《雷切》だって通さない絶対防御だぞ!? 現にあの攻撃には傷1つ付けられてないのに、何でいきなり破られたのさ!?」

 

 「……! うたくん、よく見て! ほら!!」

 

 刀華が叫んで指し示すのは、何度目ともわからない再結集した水の塊。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ────一真の築いた防壁がいかに強力とて、直接的な破壊には不向きであっても珠雫の……Bランク相当の全力を正面から受け止めれば、僅かにではあるが流石に削られる。

 とはいえ威力に負けて飛び散る城壁の欠片はほんの一欠片、小粒の小石程度のもの。

 

 それを珠雫は、水流に巻き込んでかき集めた。

 

 巻き込んだ魔力は他者のもの。本来なら珠雫の攻撃に掻き消され、消滅するのが関の山。

 しかし一真の能力は《踏破》。

 それを孕んで防壁として展開された魔力は、飲み込まれても相手の魔力に抗って残る。残ってしまう。

 まさしく激流に砕かれ巻き込まれた大岩のように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 衝突して極僅かに飛び散った一真の魔力を水流に飲み込み、包み、次の攻撃に巻き込む。

 そうすると衝突の際、飲み込んだ魔力によって一真の魔力がほんの僅かに飛び散る量が増え、それも飲み込んでまた攻撃───

 

 ───それを繰り返し繰り返して、ついに破城の槌は成る。

 何度目とも知れない攻撃の末。とうとう珠雫の(はな)った激流のレーザーが、《不沈の英雄(アイアース)》を大きく削り獲った。

 

 「…………………!!」

 

 砕かれた城壁の中、ついに一真が目を見開く。

 次の一撃は間違いなく残った防御を貫通するだろう。

 限界まで魔力を絞り出した身体は今にも崩れ落ちそうだ。

 巻き込んだ一真の魔力を保護するための即興の、難解極まる式の展開は尋常じゃない程に脳を焼く。

 ふらつく身体に霞む視界、元栓が壊れたかのように流れ落ちる鼻血。それら全てを気力で堪え、珠雫は最後の言霊を唱える。

 それはこの技を伐刀絶技(わざ)たらしめる証。

 この一撃で必ず倒すという決意。

 土壇場まで追い込まれた彼女の意地と死力に、彼女の才能と積み重ねてきた努力が全力で応える。

 

 紫白を孕んだ激流の柱。

 血に濡れ鬼気迫る貌で己の全てを爆発させ、珠雫は全てを賭してその名を叫んだ。

 

 

 「《蒼色蛟竜(あおいろみずち)》──────ッッッ!!!」

 

 

 

 

 絶対防御、破れる。

 己の力すら巻き込んで迫る水の龍を眼前に、一真は右脚を上に高々と掲げた。

 垂直に振り上げられた足に莫大な魔力が集約されていき、目を覆うような極光となる。

 込められた力の量は、少なく見ても《不沈の英雄(アイアース)》と同等だ。

 ────これから起こる現象に、複雑なことは何もない。

 踏み越え、そして踏み破る。

 彼が敵に対して行う行動は、いつだって変わらない。

 己の魂の形そのままに、彼はただ、力を込めた脚を振り下ろす。

 

 

 

 「神話再演(ミュートロギア)───《轟く雷霆(ケラウノス)》」

 

 

 

 瞬間。

 全てが塗り潰された。

 

 

 

 音が飛んだ。光が飛んだ。

 知覚にタイムラグが生じる程の音と光が罅割れた会場を軋ませて揺るがす。

 何が起きたのかわからない。爆音と閃光に貫かれた観衆たちの鼓膜と網膜は主である身体に何一つ教えてはくれなかった。

 やがて(ろう)された耳と眩まされた目が、ようやく己の役割を思い出したかのように目の前の現象を知覚し始める。

 

 凄惨の一言だった。

 リングは赤く融解し、焼かれてオゾンと化した空気の刺激臭が鼻を突く。

 彼を中心に何事かが起きた。

 だが、それを分析できる者がほぼいない。

 結果として黒鉄珠雫は相当激しく吹き飛ばされたようで、叩き付けられた壁の下に意識も無くぐったりと斃れている。

 そんな塵すら焼け落ちた焦土。

 ただ1人真っ直ぐに君臨する彼は、最早結果を確認するまでもないと彼女に背を向けていた。

 

 勝敗は決した。

 その他大勢の例に漏れず呆然としていたレフェリーが、思い出したかのように頭上で腕を交差する。

 

 『─────ッッしっ……試合終了っ!!

 最早正体すらわからない極大の一撃が全てを消し飛ばしてしまいました!!

 黒鉄選手、あわやどんでん返しかという猛撃を見せましたがやはり校内序列1位の壁は分厚かった!!

 力と技巧の腕比べを制したのは1年生・王峰一真選手です!! ……しかし………!!』

 

 ごくり、と唾を飲む音がマイク越しにも聞こえてきた。

 

 『終わってしまえば余りにも一方的な試合内容です!

 校内でも屈指の実力者である黒鉄選手を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………!!

 全ての策と攻撃を受け止め、それら全てを鎧袖一触に踏み潰すその姿はもはや怪獣!

 

 まさに暴王………!

 

 これが───《蹄鉄の暴王(カリギュラ)》…………ッッ!!』

 

 

 あるいは彼は、己への称賛すらも踏み潰してしまったのだろうか。

 歓声と引き換えの畏怖を背中に、一真は出口へと歩き出す。

 背後から誰かの指示や担架を要請する声が聞こえてきても、そちらにはもう一瞥もくれない。

 

 ───片は付けた。それで終わり。

 そこにカタルシスがあったのかどうかはわからない。

 過去を背中に置き去って、そして王峰一真は会場から姿を消した。






 遅くなりましたがお気に入り数が1000、しおり数が300を突破しました。
 いつも高評価と感想を下さりありがとうございます。これからも頑張っていきます。

 数日前に一時ユニークアクセス数がとんでもない増え方をしたのですが、一体何があったのでしょうか。
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