壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第27話

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 「行くぞウタぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 「よっしゃ来ぉぉおーーーーーーい!!!」

 

 雲1つない快晴の空の下。一真の気合いに、彼の腕の中でボールのように身体を丸めた御祓泡沫が応える。

 それを合図に一真は回り始めた。

 丸まった泡沫を抱え、およそ砂浜の上とは信じられないような速度でぐるぐると遠心力を蓄えながらじりじりと前進していく様はちょっとしたトルネードのようだ。

 やがて爪先が海水に触れ膝上まで浸かり、いよいよ水の抵抗が回転に支障をきたすという瞬間、一真は泡沫をリリースした。

 丸まった背中を片手で支え、斜め下から斜め上へと押し上げるように、溜めに溜めた力を全て開放してぶん投げる。

 

 「っっっらぁぁぁぁああああああい!!!」

 

 解き放つ咆哮。

 まるで砲丸投げのような───否、あれは砲丸投げだ。

 人よりも桁外れて高く強い男が全力でボールをブン投げる様は、ボールが男の友人である事を除けばまさに砲丸投げそのものだ。

 大人と子供どころか幼子レベルの体格差で空に射出された泡沫(ボール)が高く、遠く、軽々と宙を舞う。

 そして無回転のまま山なりの軌道を描いた彼は海面に着弾し、大きな水柱を上げた。

 ぶくぶくと泡立つ海面から顔を出し、泡沫は大笑いしながらアンコールを送る。

 

 「あははははははははははは!! もう1回! カズ、今のもう一回!!」

 

 「オーケー次はどこまで飛びたい!? ネッシーがいる所までブン投げてやろうか!!」

 

 「あっそれ調査も一緒に出来るじゃん! ちょっと待ってボク能力使うわ投げられるついでに見付けてくる!」

 

 「!? お前……天才か……!?」

 

 これが海と太陽の力なのだろうか、2人のボルテージが凄まじい勢いで上昇していく。

 楽しさを追い求めるこの熱量には海すら沸騰するかも知れない。でも何故彼らはここまで熱くなるのか? 何が彼らをそうさせるのか?

 ────『夏だから』。

 そう、その一言が免罪符。全てはそれで説明が付き、どれだけ羽目を外しても、じゃあしょうがないなと片付けてもらえる魔法の言葉。

 青い春を謳歌する年頃の彼らがアクセル全開になるのもまた当然の理。水着が彼らの正装だ。ブレーキ? 知らない。そんなものは外してきた。

 滾る感情を衝動に込めて、いざ再び射出態勢に入ろうとする彼ら2人の躍動を────

 

 

 「………ねえ。仕事なんじゃなくて?」

 

 

 同じく水着の黒鉄一輝が、白い目で見ていた。

 

 

 

 土曜日。

 先生から頼まれていた謎の海棲生物の調査のため、生徒会一行とその手伝いをする事にした彼らは砕城の運転するバンに乗って由比ヶ浜へとやってきた。

 しかし問題の場所が海水浴場だけあって人も多く、しかも真に調べなければならないのは陸ではなく海の中。それをたった()()で捜索するのはいかに伐刀者(ブレイザー)といえど至難の技だろう。

 時間を無駄にはしていられない。

 だというのに泡沫と、よりによって一真が初っぱなから遊んでいた。

 

 「何だよー、ノリ悪いよイッキ君。日射しと海ってのは弾けるためにあるんだぜ?」

 

 「そうだぞ、交ざりたいなら言やあいいんだ。お前の体格でもジャイアントスイング方式でやれば俺は同じくらいブン投げれるぞ? ちょっと意識が混濁するけど」

 

 「するけどじゃないんだよ。何で実質部外者の僕が一番真面目なんだ」

 

 キッチリ2投目を終えてから来やがった。

 ぶーたれる大男と小男の親子みたいな体格差のコンビに、いい加減見ていられなくなった一輝が割とガチトーンの説教を入れる。

 

 「泡沫さん、あなたはまだ刀華さんにお尻を叩かれてた頃のままなんですか? カズマもいつもの看守的な役回りはどうしたの。遊ぶ前に働けって締め上げるのが君の仕事だろ」

 

 「頑張ってる奴は報われるべきだと思わねえか」

 

 「それ刀華さんの前でも胸張って言える?」

 

 「何なら今も叩かれてっけど?」

 

 「ドヤ顔の使い所おかしいでしょう」

 

 「とは言えなァ」

 

 気楽な調子で一真は言う。

 

 「海の中を調べられる能力の奴は限られてるし、聞き込みするにしても限界があるしな。そうなると結果によっちゃあどっかで捜査は切り上げなきゃなんねえから、そしたら後は自由だ。

 なあに、やるべき事は真面目にやるさ。流石にそこは信用してくれるだろ?」

 

 「してるけど、でも今は……」

 

 「でも最初に全員集まって話さなきゃならないし、それまでは好きにしてていーじゃん? ほら、女子たちはまだ来てないぜ?」

 

 ……確かに間違ったことは言っていない。

 イエーイ勝ったー、とばかりに2人がハイタッチしているのは若干イラッとしなくもないが、改めて見てみれば一真もかなり浮かれているように見えた。

 普段の態度からすれば随分と緩んでいるようだが、考えてみれば無理なからぬ事なのかもしれない。

 去年はまず遊んでいられるような状況では無かったし、それ以前まで遡っても彼にこんなイベントがあったかどうかは怪しい。

 彼は強くなるという目的意識が強く暇が無くとも訓練を怠らないタイプなので、中等部の頃だってまともに友達が出来ていたのかも疑問だ。

 それに身内贔屓な彼の事だ。誰かと遊びに行くよりも、孤児院で下の子たちの面倒を見ていた可能性も高いだろう。

 まあ同時期に道場破りに明け暮れていた自分も同じようなものなのだが、形はどうあれ『仲のいいメンバーと海に行く』なんてイベントは実は初めてに近いのではないか?

 

 (……やるべき事はちゃんとやる人だしね)

 

 ならば自分が言うべき事は何もないだろう。

 願わくばこの海棲生物の騒動がデマの類いであり、彼が純粋にこの時間を遊べるように────

 

 「え」

 

 ガシッ、と後ろからホールドされた。

 そこから空高く持ち上げられ、呆気に取られている内に身体から重力が消える。

 そしてそのまま受け身も取れない海の中へと思い切りダンクシュートされた。

 誰あろう一真の仕業である。

 鼻の穴から侵入してきた海水をぼたぼたと垂らしつつ、海中の砂を踏み締め一輝はゆっくりと海から上がる。

 

 「はっはっはどうだイッキ、これが『夏』ってやつだよ多分。お前もちったあ固さを捨てて………」

 

 「──────………」

 

 「あっやべえ半ギレしてる。助けろウタ」

 

 「アハハ☆ 無理」

 

 

 

 

 「まずはご飯にするのね?」

 

 「そうですね。いま砕城さんとカナちゃんが管理者の方にお話を聞いてくれているので、戻ってくるまでに準備を済ませちゃいましょう」

 

 大きな消耗が予想される未確認生物の大捜索が始まるのだ、まず腹を満たして力と英気を養わねばならない。バーベキュー用の道具と食材はもう男性陣が準備してくれている手筈だ。

 しかし女の子として水着に着替え終わって準備完了という訳にもいかない。帽子を被る。日焼け止めのクリームを塗る。さらに日射しを防ぐ上着を羽織る。海パン一丁でヤッホーと繰り出せばいい男共とは違うのである。

 そんな影の努力を重ねる()()の背後に迫るのはそういう努力に興味ナシな日焼け上等のスポーツ系、兎丸恋々。

 指をわきわきと動かす彼女が肉食じみた目付きで狙いを定めたのは────

 

 「どーーーーーーーん!!!」

 

 「うわひゃぁああっっ!?!?」

 

 ステラ・ヴァーミリオンだった。

 背後から飛びかかって羽交い締めにし、彼女のたわわに実った2つの果実に両手の指をむにゅりと沈み込ませる。

 

 「ひゃー、前々から思ってたけどやっぱスタイル凄いね! 女の敵めー、なに食べたらこんなになるの?」

 

 「ち、ちょっとトマルさん!? 何してるのよやめ、ひゃあんっ!?」

 

 「腰もこんなに細いのになー、どこからあんなパワーが出るんだろ。肌もスベスベだし、ちょっとうらやましくなってきちゃうや」

 

 「あ、ありがと、ありがとね? んっ、だからそろそろ、ふあっ!? たっ助けてトーカ先輩!」

 

 「あ、あはは……私は先に行ってますねー……」

 

 「ちょっとーーーーーー!?!?」

 

 「むっ、このお尻の張りは……!?」

 

 「どっどこ触ってんのよ! ああもうこうなったらアンタ助けなさ、遠巻きにしてるんじゃないわよ!! ちょっそれ以上は、んぅっ!?」

 

 なんだかセンシティブな様相を呈し始めた更衣室からさっさと退散する刀華。

 兎丸と同じく、ステラの事は女性の理想を具現化したようなスタイルだとは思っていた。嫉妬とまではいかないが、女性として思うところはある。まして水着という身体のラインをさらけ出す格好だと、正直あまり隣に並びたくはなかった。

 産まれた国の違いなのだろうか?

 並んだらサイズ的にも見劣りする、と思ってしまう。

 

 (カズくんも並外れてサイズの大きい人だし………、…………………………)

 

 夏の日射しの下でちょっとだけ原因不明の鬱に襲われて刀華は肩を落とすが、そんなことをしている場合ではないと頭を振って思考を追い出す。

 早いところ合流しなくては……準備をして待ってくれているだろう男性陣を長い間待たせる訳にはいかない。

 少しだけ小走りになって合流地点に向かうが、そこで何か妙な人だかりを見た。

 一体なんだろう? そして回りを見回しても遠目からでも髪の色や体格で目立つ一真と泡沫が見当たらない。

 少し予感がして人だかりに潜り、その最前列に抜けて見る。

 

 人だかりの中心で、一真と一輝がレスリングじみた取っ組み合いをしていた。

 

 「カズ、勝って! 頼むから勝って! カズが負けたらイッキ君が次ボクに来る!!」

 

 「 「 ………………ッッ!! 」 」

 

 2人とも青筋を浮かべた笑顔だ。互いに互いの頭と腕を押さえ合い、前傾姿勢で組み合っている。

 だが体格差と筋力差は歴然で、瞬く間に一輝は地面へと押し込まれて行く。

 しかしその時、一輝は唐突に力を抜いた。支えを失った一真の身体がガクンとつんのめるように流れる。

 それと同時に一輝は潜り込むように低く、大きく懐に踏み込んだ。

 一真の重心の下に入ってその両足を抱え、膝を手前に引っこ抜いて身体ごと前に巻き込むように投げる。

 

 体格で大きく劣る者が、巨人を相手にテイクダウンした瞬間だった。

 

 「おおおおおおっ投げたぁぁああ!!!」

 

 「すっげ、このサイズ差で決めるのかよ!?」

 

 体格も筋力も何一つ敵わない。だからあらゆる技術の複合で挑む。

 砂浜の上に仰向けに転ばされた一真の脚に、抱えた所から流れるように絡み付いてヒールホールド。一真の膝関節を極める。

 しかし長身故の脚の長さで形が不完全だ。そこで一真は一輝の足を掴んで力でロックを外し、脚を逆に押し込んで極められた関節の位置をズラす。そこから一気に身体を起こし、今度は一真がマウントを取ろうとした。

 ───それこそ、一輝の策の内。

 一真が身体を起こしたことで自分に急接近した腕を間髪入れずにキャッチ、足で首と腕を捕らえ三角絞めに移行。

 頸動脈の血流を止められる前に一真は体格にモノを言わせて強引に立ち上がり、身体ごと大きく振り回して砂浜へ腕ごと振り下ろした。

 だが地面に叩き付けられる前に一輝は技を解除し、受け身を取って安全に着地。即座に立ち上がり反撃へと備える。

 戦局は睨み合いへと変わった。

 ───一真も卓越した格闘家(?)だが、一輝ほど武芸百般ではない。体格と才能に恵まれ、他の要素で補う必要が無かったからだ。

 加えて能力の行使は当然ナシ、暗黙の内に決まった『打撃なし』というルール。

 得意分野を封じられ、門外漢の組技という土俵で、それでも一輝が押し切れない。

 それほどの体格(サイズ)

 それだけの膂力(パワー)

 加えて師にこれでもかと叩き込まれた経験とそれによる直感が、最適解の脱出策を最短で弾き出す。

 これはそういう戦いだ。

 人間は技術の全てを以てすれば知を持つ怪獣を倒せるのか、それが明らかになる戦いなのだ。

 それを理解して知らず知らず拳を握っていた刀華は、ふと人の輪の外に()()を見付けた。

 そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場に居合わせた大学生・平坂(ひらさか)翔太(しょうた)の証言。

 

 

 「あー、アレな。見てた見てた。凄かったよマジで」

 

 「ありえねー位デッケエ奴とフツーの奴が取っ組み合ってんの。フツーならデッケエ方が圧勝すると思うじゃん?」

 

 「でもさ、(ちげ)えんだよ。フツーな方が何かスゲーこう、プロっつーか達人みてーな動きしててさ。デッケエ方圧倒されっぱなしなんだよな」

 

 「でもデッケエ方もヤバかったよな。明らかに決まったろって場面でムリヤリ技? 外してた? んだよ。そいつの動きもヤバかったし、2人とも何かしら有名な格闘家なんじゃね?」

 

 

 「………え? どんな決着だったか?」

 

 

 「…………」

 

 「……や、よくわかんねえんだよそれが」

 

 「お互いしばらく睨み合ってて、お互いが同時に動いたんだよ。2人ともあそこで決着付けようとしてたんじゃね?」

 

 「来るか!? って思ったんだよ。決着が。でもさ、そこで割り込んで来た奴がいてさ。女の子。めっちゃ可愛かったな………」

 

 「んで、その女の子にド肝抜かれたのよ」

 

 「何でって、そりゃあビビるよアレ」

 

 

 ────()()()()()()()()

 

 デッケエ方の腕を横から掴んで、ポーンって。

 

 一本背負い………ッての………?

 

 ケンカってデカさじゃあねえんだなぁ……。

 

 

 「……で、デッケエ方がその()に投げられて、フツーな方もそれ見て大人しくなって、そのケンカ? はお終いってワケよ」

 

 「デッケエ方が何か言われてたっぽいけど、多分怒られたんじゃね?」

 

 「理由もわからないまま色々とスゲーのを一遍に見ちまったけど………」

 

 「思った事は、そうだな………」

 

 「………………」

 

 

 「『女は強い』………だよな、やっぱ……」

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な横槍だった。

 一真は予想だにしない方向からの襲撃に為す術無く投げ倒されて目を白黒させ、泡沫と一輝も驚いてフリーズする。

 突如野次馬の輪から飛び出してきた刀華が、何の躊躇いもなく一真を地面から引っこ抜いたのだ。

 やり過ぎたか? 騒ぎ過ぎたか?

 倒れた一真の腕をしっかりと抑え、東堂刀華は謝罪や言い訳を頭の中に巡らせている男共に向けて静かに問い掛けた。

 

 

 「ご飯の準備は?」

 

 「 「 「 あっ…………… 」 」 」

 

 

 思わぬ展開に驚愕し固まる野次馬の輪の少し外。

 何の準備もされず手付かずのままの食材とバーベキューセットが、所在無さげに佇んでいた。

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