壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第29話

 言われてみれば普通の海水浴客の他にも、携帯電話のカメラを海に向けている者も多い。

 散見される本格的な撮影用機材を抱えている人はテレビ局の人間か、もしかすると動画投稿者の類いだろうか?

 調査については海中が主なのでそう影響は無いかもしれないが、何か不測の事態に陥った時に彼らの存在がどう影響してくるかを考えると肩にかかる重圧が変わってくる。

 

 「とはいえ、聞き込みで集まる情報が増えるかもしれないと考えればそう悪い事ではありません。大抵は似たり寄ったりな話でしょうが、もしかすると有益なものも交ざっているかもしれませんわ」

 

 「母数が増えればその確率も上がるというものか。某は海中の調査では役に立てんが、ふむ、どうやら怠けてはいられんようだな」

 

 「当然だ、全員キリキリ働かなきゃ終わんねーぞ。おら食え、力つけろ」

 

 横からぬっと出てきた一真が、大きくカットされ香ばしく焼けた肉や野菜が刺さった金串をいくつも手渡してきた。

 ここにいるメンバーの中で1番の大食いといえば燃費の悪いステラなのだが、桁外れの体躯を持つ一真も大概だ。一輝たちの食欲も完全に自分基準で考えているようで、渡されたものをやっと食べ終わった直後にまた5本も手渡されたカナタが苦笑いを浮かべていた。

 

 「(……食べ切れぬなら某に渡すとよい)」

 

 「(ありがとうございます……)」

 

 「カズマ、今あるのが焼き上がったら焼く係交代するわよ。さっきからアンタ焼いてばっかでしょ」

 

 「お、サンキュー」

 

 そしてステラは向こうで片手に5本ずつ、10本の串を頬張っていた。用意の段階で半数以上から過剰ではないかと思われていた量の食材だったが、このペースなら全て捌けてしまうかもしれない。早く食べなければ胃袋が満たされない可能性すらある。

 ───だから、食べねばならないのだ。()()()()があっても、これからの為に。

 少し離れた所で所在無さげに佇んでいる彼女に、一輝は手を差し伸べるように呼び掛けた。

 

 

 「ほら、おいで。シズクも食べよう」

 

 「…………、」

 

 

 『黒鉄にも手伝いを頼もうか』────

 一真は一輝を下の名前で呼ぶため、こうして黒鉄と名字で呼んだ場合は必然的に彼女の事を指し示している。

 試合終了後しばらくして彼の口から出てきたその提案は、泡沫たちを大層驚かせたようだ。

 ……確かに適任なのだ。

 海中の調査で、扱う能力は『水』。さらにステラをも上回る魔力制御により、応用できる幅も広い。彼女にしてみれば海の中など地上よりも自由に、それこそ自分の庭のように見聞きして動くことが出来るだろう。

 本来なら一真を差し置いてでもスカウトせねばならない人物だ。

 彼らがそうしなかったのはより仲の深い一真への気遣いだったのだが、しかし彼自身がそう言ったのならば反対する理由はどこにもない。

 そして刀華は珠雫に声をかけ、珠雫は想定外の誘いに戸惑いつつも了承した。

 珠雫も別に疎外されている訳ではない。

 一輝とステラもいるし、向こうは頼んだ側だ。そして一真があの一件を水に流した以上、刀華や泡沫も何を言うこともない。

 

 だが、消えない。

 この気まずさと、敗北の悔しさだけは。

 

 「ホラ」

 

 「………」

 

 ずい、と一真の手から差し出された金串。

 食の細さも体躯通りの珠雫が、やはりまとめて差し出された香ばしい香りを纏う肉と野菜の束をおずおずと受け取ろうとして、しかしその直前でその手を止めた。

 

 「なんだ。いらねえのか」

 

 「……1つだけ、聞きたいことがあります」

 

 「うん?」

 

 「どうして、私を誘ったんですか?」

 

 「嫌だったのか」

 

 「いえ、そういう訳ではないんです」

 

 一真と目を合わせられないまま珠雫はかぶりを振る。

 

 「私の能力が最も適性があるからというのはわかっていますし、それにお兄様が七星剣武祭へ行く前の最終調整となる場の調査です。嫌であるはずも、協力を渋るはずもありません。

 ……ただ、その……」

 

 ───私がいて、貴方はよかったのか、と。

 濁した言葉の先がそんな問いかけに続いていることを一真は察した。

 そう思うのは確かに当たり前の事だろう。

 無論そんな思いのみならず、その裏にも様々な心情がくっついているだろう事も理解した上で。

 

 「思い上がってんじゃねえよ。俺がお前なんぞにまだ気を揉んでるとでも思ってんのか」

 

 彼は、ばっさりと言い放った。

 

 「人に恵まれた。努力と才能は実を結んだ。そして俺はここまで来た。

 一丁前に(かたき)役のつもりか? 大昔に蹴躓(けつまず)いた小石なんざもうどうでもいいんだよ」

 

 「……………」

 

 「……それに、お前についてはイッキに頼まれたしな」

 

 え、と珠雫は声を漏らす。

 一輝と一真、2人は親しい友なれどその間にはぼんやりと自分の影が漂っていただろう事を珠雫は理解している。

 しかし彼女は一真の憤激は身に受けていても、兄が自分について彼にどう言及していたのかを知らないのだ。

 目を丸くしている珠雫に、一真はやれやれと息を吐く。

 

 「『その人が努力してきた今を見てあげてくれ』、だとよ。あんな顔されちゃ流石に聞くしかねえわな。俺としても今後3年間(しこり)抱えたままなのもダルいし、それに……」

 

 とんとん、と一真は自分の額の生え際付近を指で叩く。

 

 「ここに残してるの見ちまったしな。消したいならいつでもキレイに消せただろ、それ」

 

 珠雫は思わず自分の額、一真が示した箇所と同じ所を指先で触れる。

 肉体の治癒も可能な能力に、iPS再生槽(カプセル)という再生医療の極致を生み出すまでに発展した医療技術。

 跡形もなく治せると言われたし、目立たない所とはいえ女の顔の傷。使用人だけでなく父親からも治すように何度も言われたが、戒めとしてそれでも残していたもの。

 戦いの最中に髪が捲れでもしたのだろうか。

 今となっては時の流れに形骸化していたのではないかと自分で疑っていたこれを見られた後ろめたさに、珠雫は目線を伏せた。

 

 「考えてみりゃアイツも辛い立場だったよな。いらねえ恩義に挟まれながら、何とかお前の肩も持とうとしてた。……もうお互い、アイツを安心させてやってもいい頃だろ」

 

 そして。

 

 

 「俺は変わったぞ。ならお前も変わったんだろ? アイツにああまで言わせたんだ。そうでなけりゃどうしようもねえぞ、お前」

 

 

  ───その言葉は終止符と同義。

 胸ぐらを掴んで引き寄せるような声の力に、珠雫は吊り上げられるように顔を上げた。

 気遣わしげな表情から一転、一真は珠雫に、挑むように突き付ける。

 しばしの沈黙。

 一真は黙りこんだ彼女に、肩を竦めて背中を向ける。

 

 「ま、それはそれとして食わねえなら別の奴に渡すぞ。体力付けなきゃなんねえ奴は他にも───」

 

 ぱしっ、と一真の手に軽い衝撃が走り、握っていた重さが消える。

 珠雫が遠ざかっていく金串たちを一真の手からまとめて引ったくったのだ。

 僅かに驚いた一真の目の前で、珠雫は奪い取った串焼きに思い切り食らい付く。

 肉を、野菜を歯で千切る。千切って飲み込む。噛む間も惜しいとばかりに小さな口に目一杯詰め込んでいく。

 まるで小さく非力な自分に、強くなれ、大きくなれと願いを込めるかのように。

 

 

 

 「……カズマ、ごめん。シズクを少し休ませてあげてもいいかな? 食べ過ぎて気持ち悪くなったみたいで……」

 

 「………あァ、うん……」

 

 

     ◆

 

 

 もはや光もまともに届かない。

 一寸先もよく見えない程に暗く、海中を反響する音のみが耳朶(じだ)に響く無に等しい世界の中で、一真はライトを片手に海底に立っていた。

 出力の高い大型の照明から放たれる光の道が、海中を斬るように動き回る。

 桁外れに大きい身体で激しい戦闘を行う為に鍛え抜いた心肺を活かし、一真は素潜りで海中を捜索していた。

 魔力の放出で水を押し退け、能力で()()()()()()()陸地と同じように動き回っている。

 お目当ての目標は巨大海棲生物、あるいはそれが棲息しているだろうと判断できる痕跡。

 しかしどうやらこの地点にそれらは見受けられないようだ。

 展開した《プリンケプス》の靴底をかちゃかちゃと鳴らしながら、一真は海底を蹴って水中を跳ぶように移動する。

 

 (……!)

 

 そこで貴徳原カナタとすれ違った。

 数億もの欠片に分解した《フランチェスカ》で形作った箱の中に入り、その箱を操作することで海中を自在に動き回っている。

 楽しそうな事してんな、と若干羨ましくなった一真に小さく手を振り、カナタはさらに向こうへと進んでいく。

 あれなら酸欠になる心配もないし、捜索の効率も一真よりずっと上だろう。

 少し考えて、一真は海底を爪先で叩いた。

 

 ────《天網恢恢(ナートゥラ・アエル)》。

 

 コーン、と澄んだ音が海中を反響する。爪先で叩いた場所を起点として、微弱な《踏破》の魔力が周囲一帯を舐めるように広がっていく。

 応用の利かない自らの能力に可能な限りの幅を持たせる為に魔力制御能力を鍛えてきた成果とも言える探索用の伐刀絶技(ノウブルアーツ)だ。

 己の意を通した微弱な《踏破》の魔力を周囲に広げ、地形や障害物、あるいは生物など、広がる過程でその魔力が()()()()()を一真自身にフィードバックさせるという、やや反響定位(エコーロケーション)にも似た技。

 岩、岩、魚、岩、魚魚魚、今しがたすれ違ったカナタ、そして魔力────様々な情報が一真に流れ込んでくるが、お目当ての情報はどこにもなかった。

 ここいらはハズレらしい。

 場所を変えようとした一真の耳に、急に少女の声が届いた。

 

 『あの、可能ならば今の技はやめてもらえませんか。私が知覚するための魔力まで掻き消されてしまうので』

 

 (あー……すまん。そうする)

 

 軽く手を上げ頭を下げて了承する。自分は声を伝える手段がないので会話は一方通行だが、動きは伝わっているだろう。

 今の声は黒鉄珠雫だ。

 どうやら一真と同じように魔力を広げて捜索を進めているらしい。しかし一真の側が魔力の性質ゆえに彼女の捜索を邪魔してしまったようだ。

 一真の《天網恢恢(ナートゥラ・アエル)》も広範囲の索敵が可能だが、しかし彼女は一真を捕捉していたのに対して、一真は珠雫を捕捉できていなかった。つまり珠雫の方が圧倒的に広範囲を知覚しているのだ。

 しかも海水を繊細に操り、水の中を伝わる自分の言葉を正確に一真の元に届けるという芸当すら可能らしい。

 こうなると一真が下手に何かをするより、魔力による索敵ではわからない正確な視覚的情報を集めた方がずっと効率がいいだろう。

 海中の捜索が可能な一真とカナタ、2人が協力して集める情報量を、珠雫1人で超えている。

 

 (これマジで声かけて正解だったな………。過去は乗り越えとくもんだ)

 

 しみじみと実感する一真だがそろそろ酸素の限界が近い。鍛練の結果10分越えという超人的な無呼吸の記録を持つ彼だが、身体を動かしていれば限界は早まる。

 海底を蹴って一気に上昇し海面から顔を出す。

 

 「ぶはっ………!」

 

 光。色。風、喧騒。

 急激に生気を取り戻した世界で、一真は肺を酸素で満たす。

 荒くなった呼吸を落ち着かせつつ、さてこれからどうするかと思案する。

 SNSなどで撮影された映像から割り出した範囲はあらかた調べたし、多分珠雫はもうそれ以上の範囲を捜査している。

 そして、釣果はボウズ。

 そろそろ聞き込みに当たっているメンバーと合流して結果を報告し合ってもいい頃だが、正直向こうも成果については望み薄な気もする。

 

 (まだ調査を進めるとしたらもっとずっと外洋の方になりそうだな……。ここまで来るとカナタはともかく俺が役立たずになるし、そうなると黒鉄の負担がなァ……。ボートとかも借りなきゃだろうし……)

 

 うーん、と思案する一真だがその時、ずっと向こうに何やら慌てている救命胴衣の男がいた。

 どこかと通信機で連絡を取り合っているようで、何があったのかと一真はしばらくその様子を眺めていた。

 すると同じ格好の人間が数人集まり、救命ボートに乗り込んで(こちら)へと漕ぎ出してきた。その手にはメガホンが握られている。

 

 『大丈夫です、今から向かいます! 暴れずにそのまま、落ち着いて浮かんでいて下さい!!』

 

 そこで一真はようやく理解した。

 彼らの目的は自分だ。

 流されて溺れていると勘違いされている!!

 

 「あーーーすいませーーーん!! 溺れてないです大丈夫でーーーーーす!!!」

 

 『!?』

 

 慌てて《プリンケプス》で足元の水を蹴って走る。頭だけ海上に出して高速でこちらへ向かってくる男の姿に、救命隊員一同が仰天していた。

 

 

     ◆

 

 

 「そうか。やっぱまともな情報は無し、か」

 

 「ごめんねー。あっちこっち聞いて回ったんだけど」

 「や、しょうがねえよ。スカだったのはこっちも同じだ」

 

 やはり成果は(かんば)しくなかったらしい。合流しての情報交換はお互いに似たり寄ったりの内容で、にじり寄ってくる徒労感に全員が嘆息していた。

 

 「やっぱり話題になってるから見に来た人たちばっかりね。テレビ局らしい団体にも思い切って声をかけてみたけど、逆にカメラ向けられたから逃げちゃったわ。そうでなくても仕事中なんだから、答えてはくれなかっただろうけど」

 

 「皇女様の肩書きで有名なステラちゃんはともかく、トーカは話しかけたそこからちょいちょいナンパされてたよね……あーカズ、顔怖い顔怖い。お前トーカの何なのさ」

 

 「ふむ。そういえば黒鉄の妹殿は何処に?」

 

 「もう少し調べてから来るとよ。俺らは先に報告しに来たんだが、多分異常ナシって返ってくるんじゃねえかな」

 

 珠雫はさらに遠くまで移動しているようだ。

 しかし調査としては手詰まりの段階。

 一真は腕組みをして、難しい顔で空を仰ぐ。

 

 「こうなるとやっぱイタズラの類いだと思うんだけどなァ。考えてみりゃあ、広い海にしては似たような場所で見つかりすぎな気もするし」

 

 「例え本物だとしても、シズクが未だに見つけられない時点でもうここにはいないようなものだからね……」

 

 「う~~~……ネッシー……」

 

 ステラはひどく残念そうにしているが、本来なら『異常ナシ』として喜ぶべき状況だ。

 しかし異常が無いなら異常が無いで『異常ナシ』という数々の映像に対する根拠を求められそうなのが難しいところだが、学園で随一の水使いがそう言えば相応の信頼に足るだろう。

 

 「んじゃ、クロガネ君の妹ちゃんからの報告待ちかな? それで問題ないならもう遊んでいいよね? ね、いいよね会長!」

 

 「問題ないなら、ですよ? まだ決まった訳じゃありませんからね」

 

 「わかってるって!」

 

 と言いながら既に期待に目を輝かせている兎丸。そんな彼女の思いに応えたのだろうか、一輝の携帯電話に珠雫からの着信が入ったのはその直後だった。

 

 「シズク。どうだった───」

 

 

 『全員、今すぐ戦闘準備をして下さい!!』

 

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、黒鉄珠雫の焦燥の叫びだった。

 

 『海中に突然大小無数の反応が現れました!! 明らかに何らかの意思を持っています、その全てが一斉に浜辺を目指しているんです!! 急いで市民の避難と戦闘の用意を!!』

 

 「シズク、どういう事!? 本当にネッシーがいたのかい!?」

 

 『こいつらは生物なんかじゃありません!! ()()()()()()()()()()()()()()()!! 道理で探しても見つからず感じ取れもしない訳です、これの正体は──────!!!』

 

 

 大量の水が砕ける音がその後の声を掻き消した。

 弾かれるように海を見ると、そこには無数の何かが海面を割って出現していた。

 海面から覗いているだけで3メートル、4メートル、中には10メートルもありそうなものまで存在している。

 ───蛇だろうか。

 一輝たちの第一印象はそれだったが、詳しい者がその群れを見たらこう叫んだかもしれない。

 

 ───首長竜(きょうりゅう)だ、と。

 

 水を掻き分け、それらは泳ぐ。

 目標は陸地。目的は不明。

 唖然とする人々に向けて、古代の支配者が進軍を始めた。

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