壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第32話

 「えー、そんな事があったんだー」

 

 「え、ええ、まぁ……」

 

 猫のようにフンフンと顔を寄せてくる兎丸から刀華が若干のけ反るように距離を取ろうとする。

 刀華は今、昼間に一真と喧嘩してから仲直りに至るまでの過程を根掘り葉掘り聞かれていた。周囲には当然のように他の生徒会メンバーもいる。

 元より気心が知れた彼らだ、こういう話の食い付きは驚きの結束を誇る。それに加えて流石にあの場に留まる気はせず戻ってきたステラもその輪の中にいた。

 

 「想像したらスッゴい情けない絵面ねー。カズマが来なくてもトーカ先輩が伐刀者(ブレイザー)って知ったら泡吹いたんじゃない?」

 

 「いやーしょうがないって。コワいって王峰くんのあれは」

 

 「しかしその男たちも不運であるな。王峰殿にそこまでの憤怒の形相を向けられるとは、正直生きた心地はしなかったであろう」

 

 「だからこそ穏便に去ってもらえたのでしょう。フフ、見た目は威圧的でもガードマンとしては完璧ですわね」

 

 「……私としては、カズくんをあまり外見で判断してほしくはないんですが……」

 

 ぼそり、と。

 漏らされた刀華の呟きは、実に不満そうだった。

 

 「確かに身体も大きいですし、顔も少し恐いのは否定できないのかもしれませんけど。いくら近付き難そうだからって、そこだけ見て関わったらまずいって考えるのは違うと思います」

 

 半目で唇を尖らせ、彼女は珍しく愚痴るかのような調子だった。今回はプラスに働いたようだが、あの体躯と眼光で彼が人から避けられているのを少なからず見ているのかも知れない。

 

 「じゃあ、トーカ先輩はカズマはどんな人だって思ってるの?」

 

 「……台風みたいな人だな、とはよく思いますね」

 

 手に持ったドリンクの氷がカランと音を立てる。

 

 「あの通り見た目の圧力は人よりありますし、相手によっては本当に攻撃的ですし。それに身内贔屓なので他の人が彼の優しさに気付くような場面も正直に言ってしまうと少なかったりするんですが………それでもみんな怖がらずに、懐に飛び込んでみてほしいんです」

 

 そう語る彼女の中にはどんな姿の彼が浮かんでいたのだろうか。

 容姿と力を恐れられる彼を台風と表現した刀華は、穏やかに笑っていた。

 

 

 「台風はどんなに雨風が強くても、その真ん中には綺麗な青空が広がってますから」

 

 

 ………圧倒された。

 全員が言葉を失った静寂に、刀華も己が何を言ったのかを自覚したのだろう。穏やかな笑みを浮かべていた口はもにょもにょと悶えるように歪み、耳まで真っ赤に染めて身体ごと縮こまるように俯いた。

 

 「………あの、すいません………。今のはその、聞かなかったことにして貰えると………」

 

 「~~~~~っっっも~~~、会長~~~~。かいちょ~~~~~!!」

 

 「これは……相当な破壊力であるな……」

 

 「こっちまでドキってしたわ……」

 

 「ああ……なぜこの場に彼がいないのでしょう……」

 

 可愛いやらときめくやら。全員の心臓に甘い針が突き刺され、兎丸に至っては語彙を失って刀華に抱き着いている。

 非常にまずいことになってきた流れを何とか断ち切ろうと、刀華は慌てて声を上げた。

 

 「もうっ、ちょっとやめて、忘れてくださいっ! さっきから私何だか少しおかしいんです! 浮かれてるんです!」

 

 「あ、それそのドリンクのせいじゃない? 匂いはあまりしないけど、多分お酒使われてるみたいだし」

 

 「そ、そうですそうです。ぜーんぶお酒のせいで────

 

 ──────お酒っっっ!?!?」

 

 突如として刀華が叫び、それを聞いて同じようにカナタが目を見開く。

 

 「カナちゃん、もしかして飲ませてしまったんですか!?」

 

 「う、うん……いやまだ間に合うかも! 皆さんすいません! カズくん探すの手伝って貰えませんか、いや手伝ってください!!」

 

 「え、ど どうしたの? 警戒の名目でここに残ってる以上さすがにお酒はマズいって話?」

 

 「それもですがそうじゃなくて! カズくんにお酒は───」

 

 わあっ、と向こうの砂浜で歓声が上がる。

 そちらを見てみれば遠くから聞こえる音楽に合わせて、観衆に囲まれた異様に大きな人影がライトに照らされて跳び跳ねていた。

 刀華とカナタは慌ててそちらへと走り出し、他のメンバーもそれに追従する。

 

 赤ら顔の王峰一真が、喝采の中で踊っていた。

 御祓泡沫が勝手に操作している誰の物とも知れない大きなコンポから溢れ出す陽気な音楽に合わせ、跳ね、刻み、廻り、足を取られやすい砂の上とは信じられない滑らかさで巨体を舞わせている。

 演目はやはりバレエのようだが、かなりアレンジが強い。それでもその分野についての見識が無くともそれが一流と理解させるような舞踏を前に、しかし刀華は手で顔を覆った。

 

 「ああぁぁぁあああ………やっちゃった……」

 

 「ど、どうしたの? あれが何かまずいの?」

 

 「……一真さん、酔ってます。完全に」

 

 カナタもこめかみを指で押さえている。

 聞くところによると刀華は、彼に奢ってもらったものと同じ酒入りのドリンクを一真に飲ませてしまったという事らしい。しかしアルコールを感じてもまず酔うような強さではなかったはずだとステラは思ったのだが……

 

 「カズくん、本当にアルコールが駄目な体質で……。ウィスキーボンボンで酔っ払うレベルなんです。だから本人も気を付けてたのに、それを私が……」

     

 「え、じゃー副会長も酔ってるの?」

 

 「いえ、あれは多分面白いから乗っかっているだけかと」

 

 「あァー!? 何じゃァお前らそこおったんか! おら、そんな外おらんとこっち来いやこっち!!」

 

 それが一真が言った言葉だと理解するのに少しかかった。喋り方がどこかの方言になっているが、それよりももう声色で酔っ払い具合がわかる。

 ざくざくと大股で砂を踏み、面倒臭さの権化が刀華らに接近してきた。

 

 「え、えーとカズくん? その、そろそろホテルに戻って休んだ方がいいんじゃないかな? 」

 

 「何言っとんな、こっからが楽しいとこじゃろ! 頑張った(もん)はその分遊ばんとなァ───おらっっ!!」

 

 「「きゃああああっ!?」」

 

 刀華とカナタの身体が急に持ち上がる。

 手近な所にいた彼女らを、一真がまとめて抱え上げたのだ。

 

 「かっ、一真さん!? あの、下ろして……」

 

 「おーいお前ら感謝せえ! こいつらァ昼間の怪物どもを蹴散らしたヒーローよ!! 俺含めてのォ!!」

 

 「ちょっとカズくん!?!?」

 

 (め、めんどくさ………っっ!!!)

 

 巻き込まれないようにそっと遠ざかりつつ、胸焼けするような絡み酒に渋面するステラ。いや今回の場合気付かず飲ませた刀華が悪いのかもしれないが、それでもアレのお守りをする気には到底なれない。流石にこんな一面は始めて見るのだろうか、なんなら砕城は昼間の岩の恐竜を見た時よりUMAを見る目をしている。

 ステラがそっとその場を後にしようとしていたその時、彼女はちょっと見逃せないものを見た。

 ────一輝と、珠雫だ。

 遠くから踊る一真の影を見付けて見物に来たのかもしれない。

 何しれっと2人きりになってるんだと一瞬思考が飛びかけるがそれどころではない。

 今、一真がハッキリと2人を目視した!!

 

 「……あの、ステラ? カズマ今どうなってるの?」

 

 「ちょっとアンタたち、早く逃げ───」

 

 「おら捕まえたぁぁぁあああ!!」

 

 叫ぶが早いか、2人を下ろした一真が珠雫の両脇に手を差し込んでその矮躯を高々と持ち上げた。

 

 「ちょっ、何ですか!? 何をするんですか下ろして下さい!!」

 

 「いやァ昼間はやってくれたわお前ホンマに! こんなちっこい身体でよおあァな(良くあんな)でっかい事しよるわ! 流石イッキの妹じゃのお!!」

 

 「えっ ねえ何これ。これ本当にカズマ? ちょっとシズクをどこに連れて、ねえちょっと!?」

 

 「っしゃあ盛り上がってきたァ! おいウタぁ、 アレ流せアレぇ! アレ踊るわ!!」

 

 「よし来たオッケー!!」

 

 手を掴んで観衆たちの真ん中、一真が踊っていたスペースへと連行された珠雫。

 状況がわからないなりに抜け出そうとしているが、しかし一真の握力に歯が立たない。

 そして何故かアレで通じたらしい泡沫が携帯電話を操作し、ワイヤレスで繋がっているコンポから音楽が流れ出した。

 ───まさか、踊らされるのか?

 顔を引き攣らせる人間嫌い・珠雫の耳に、小さく一真の声が届いた。

 

 

 「────チカラ抜け。俺に任せぇ」

 

 

 フェードインしてくるエレクトロ・スウィング。

 管楽器が奏でるジャジーなメロディに合わせて、一真が楽しむように身体を揺らしている。

 そして前奏が終わりいよいよダンスが始まる。

 

 「えっ……え、えっ!?」

 

 未知の現象が発生した。

 握られた手から力が伝わり、意思に反して身体が動く。否、動かそうとしても身体が勝手に動きを誘導される。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 

 

 「えっ……、シズクあんなに踊れたの!? カズマと遜色無いじゃない!!」

 

 「……いや、あれは踊ってるんじゃない。()()()()()()んだ」

 

 事態の流れにまだ困惑しているがどこか嬉しそうに目の前の光景を眺めている一輝が、珠雫に起きている現象を興味深そうに分析する。

 

 「重心の移動や足の動かし方、全部の動きを繋いだ手から誘導してる。それも無理に違う動きをしようとすれば、絶妙に関節が(きま)る角度でね。

 凄いな、あれはもう大人しくリードされるしか(すべ)がない」

 

 「自分の動きと呼吸を相手にまで波及させる、『舞い』の骨頂とも言えますね。

 あれは私も体験した事がありますが、もし何かしらのダンスを習得したければ……プロのレッスンを1年受けるより、1週間彼と一緒に踊った方が早いと思います」

 

 「なるほど、バレエを基礎として舞踊全般を極めてるって訳ね。けどどこまで相手を掌握できるのよ、情報源なんて掌から伝わる感覚だけなのに……。……けど、トーカ先輩」

 

 「何でしょうか?」

 

 「そんな面白くなさそうな顔するのもどうかと思うわよ」

 

 「そんな顔はしていませんよ」

 

 優雅に華やかな音楽に合わせ、2人は脚を挟むように交差させ、歩くようにステップを踏む。

 終いに一真は手を離したが、()()()()()()()()()()()珠雫の動きは鈍る気配がない。

 2人の動きは完全に独立した。

 一真は大きな体躯を活かしダイナミックに、もう場の流れで踊るしかなくなった珠雫は爪先を軸に両脚の内旋と外旋を細かく入れ替えて刻むようにステップし、観衆から一際大きな驚きが上がる。

 

 やがて曲は終わる。

 音楽が止まる直前に一真は再び珠雫の手を取り、締めに合わせて動きを誘導。

 最後に2人で決めのポーズを決めて情熱的な一時は終わり────そして、砂浜は喝采に包まれた。

 

 「最高だーーー!! カッケェぞーーー!!」

 

 「すっげぇ、2人ともプロだろこれ!! え、ちょっと誰!? なんて名前………って、あ!?」

 

 ふらり、と一真の身体が揺れたと思えば、そのままどさりと砂浜に倒れた。

 全員が緊急事態を想像したが、しかし直後に聞こえてきたのは(いびき)の音だった。

 アルコールが回って酔い潰れたのだ。意識を手放した2メートル超過の大男という、迷惑極まる大荷物の完成である。

 

 「……あ、それじゃあ私はカズくんを運ぶので先に戻りますね………」

 

 「む、会長1人では難儀するだろう。某も手伝おう」

 

 「それなら私も……」

 

 一真を抱え上げる刀華と砕城にくっつく形でいらぬ注目を浴びたカナタもその場を去り、泡沫もイタズラを成功させた笑みを浮かべてそれに追従した。

 生徒会のメンバーが全員消え、舞台には珠雫のみが残る。

 何がなんだか分からないまま引き摺り出され、衆目の中で踊らされた事。

 自分の肉体で出来る以上のパフォーマンスを発揮させられた疲労。

 周囲から向けられる好奇の視線と声、時折混ざるシャッター音。

 状況に置いてけぼりを喰らいまくり、その上それをぶつけるべき相手まで退場してしまい、完全にやり場の無くなった感情が発露する先は────

 

 「────何なんですかこれはッッッ!!!」

 

 いま己を取り巻いている全てである。

 黒鉄珠雫16歳、魂の叫びであった。




 ようつべで「lost in the rhythm」で検索してみて下さい。2人が踊ってる曲とダンスはそれです。
 仕事が忙しく更新が滞りがちですが、次の更新でやっと話が動きます。頑張ります。
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