壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第33話

 

 

 少し歩かない? とステラに誘われた。

 生徒会の面々が一真と共に撤退し、一真に踊らされた自分のスペック以上の動きが祟り疲労がピークに達した珠雫もフラフラとホテルに戻って今、一輝とステラだけが浜辺に残った。

 遊んでいた海水浴客も徐々に散り始め、人影の少なくなった夜の砂浜を2人は今歩いている。

 

 「昼間は蒸し暑かったけど、夜風はまだ気持ちいいわね」

 

 「う、うん、そうだね……」

 

 ステラへの返事がつっかえる。

 年相応の欲とは程遠い年月を送ってきた一輝は、取り繕えないくらいの緊張に見舞われていた。

 ────彼女が自分をどう思っているのかは、いつからか一輝の心にずっと纏わりついていた懊悩だった。

 珠雫と談笑していると必ず割って入ってきたり、放課後の鍛練で綾辻絢瀬へレクチャーしているとすぐ近くで全力で剣を振り回すなど遠回しに自己主張をしてきたりと、自分が他の女の子と交流していると機嫌が斜めに傾いているような気がするのだ。

 それだけなら勘違いで片付けられるのだが………

 

 (際どい水着で僕の身体を洗ってきたりもしたし………)

 

 自分の下僕でもあるまいし、()()でもなければただのルームメイトにそこまでする理由が浮かばない。

 ただの自意識過剰だと丸く収めたいのに、どうしても『もしかしたら』が引き剥がせない。

 ……そもそも普通に考えれば自意識過剰でも何でもないのだが、ここまで色恋に目をくれもしなかった剣の鬼は、自身の魅力については何の自信も持てていなかった。

 

 「今日は本当に楽しかったわ。昼間はとんでもない事になっちゃったけど、皆と遊んで……皆と話して。皆の事を知れた、本当にいい1日だった」

 

 「僕もそうだよ。ずっと不安に思ってたことが今日で無くなった。……本当はまだまだこれからなんだろうけど、少し安心できた気がするんだ」

 

 「そうね。トーカ先輩、案外ファインプレーだったりしたのかも」

 

 「あはは、確かにそうかもしれない。……カズマ、酔ったらああなるんだね。知らなかったよ」

 

 砂を踏む音に他愛のない話が合わさる。

 一輝もステラも今日、誰かの別の側面を知った。

 だけど一輝がいま1番知りたいのは、自分の隣を歩く彼女のことだった。

 戦って、ルームメイトになって、鍛練で、気付けば随分と距離が近付いてきたと思う。

 だけど自分は。

 桐原静矢との戦いの後病室で昏倒していた自分の側にずっと寄り添い、真に自分を思い遣る言葉をかけてくれた彼女のことを、まだ何も知らない。

 

 「見て。星がすごくキレイ」

 

 「そうだね。……本当に、綺麗だ」

 

 そう言いながら一輝は空を見上げてはいない。

 鮮やかな炎髪を幽かな光に輝かせ大きな瞳に星空を写す彼女は、息を飲むほど美しかった。

 こんなにも輝いて近くに感じるのに、手を伸ばしても届きそうにはない。

 まるで彼女の名前そのままな光景に、一輝の胸が苦しくなる。

 

 「トーカ先輩が言ってたわ。カズマは見た目は荒っぽいけど真ん中は綺麗な、台風みたいな人だって」

 

 「………、そうなんだ」

 

 「それでね、アタシ思ったの。……じゃあイッキの真ん中には、どんな景色が広がってるんだろう、って」

 

 「え?」

 

 「あの時のトーカ先輩、本当に可愛かった。誰かへの想いを告白する人ってあんなに愛しく見えるのね。……じゃあ今のアタシは、きっと何よりも美しいはずよ」

 

 

 距離が近付く。

 今の今まで見蕩れていた顔が、肌が触れる距離にある。

 ────こんなにも近く感じるのに、伸ばす手はきっと届かない。

 そう焦がれていた一輝にとって、それは想像すら及ばなかった事だろう。

 

 遠い夜空に輝く星が、自分の手の中に流れ落ちてくるなんて。

 

 

 

 「────好きよ、イッキ。アタシは、あなたの全部を知りたいわ」

 

 

 

 重ねられた唇の感触を、彼は生涯忘れる事はない。

 情報量にパンクした一輝の思考が、己の指を柔らかさと温もりの残る自分の唇にのろのろと触れさせる。

 直後、2人は崩れ落ちた。

 心臓が跳ね回る。自分の血の音がうるさい。

 驚愕だったり恥ずかしさだったりそれ以上の愛しさ恋しさであったり、止めどなく沸き上がる感情に収まりがつかず、身体に回すぶんの意識が残っていない。

 

 「………僕以外にはしないで………」

 

 「あっ、当たり前でしょ………!? そ、それよりっ、アンタ、返事がまだじゃないの………!!」

 

 「そ、その………ぼ、僕も、好き、です……」

 

 「んぅっっ~~~~~っっ………」

 

 頬や耳を光るんじゃないかという位に赤く染め、(うずくま)ったまま抱き締めあいながら不格好に愛を交わす。

 名家の落ちこぼれと才色兼備の皇女様。心で結ばれた2人の歩みは、なんだか色々と締まらない感じで始まった。

 

 

     ◆

 

 

 「あ゛ー……頭痛ぇ………」

 

 「きっちり二日酔いにもなるんですよね……」

 

 そして翌日。

 荷物を纏めホテルから出た一行は、帰路へ着くべくバンへと向かう。

 仕事も遊びもやりきって各々満足そうな面々の中で、しかし一真だけが気怠げに頭を押さえてフラフラしていた。

 

 「王峰くん、すごい喋り方してたよね。あれどこの方言?」

 

 「広島弁だね。この見た目であの口調だと周りが恐がるから直してんの。トーカと違ってポロッと出たりもしないからもう聞くことはないと思ってたけど、ああなったら出てくるっぽい」

 

 「本当にごめんなさい、先に飲んでたのに私気付かなくて……」

 

 「あーいいっていいって、買う時によく見てなかった俺もバカだ……。けどアレ飲んだ後の記憶がサッパリ無えんだよなァ………。俺なんかやらかした?」

 

 「アハハ☆ 拍手喝采だったよね」

 

 「迷惑行為も……していないと言えばしていない……と言えなくはない……かと……」

 

 「待って俺マジで何やったんだよ………」

 

 正確に教えてもらえないのが辛いのだろう。何かをやらかしたのは違いないのに欠片も覚えのない罪状に一真は顔を覆う。

 起きた瞬間に全身を最大級の筋肉痛に襲われ悲鳴を上げた珠雫はその被害を黙秘していた。今は自分で自分を治癒して元通りになっている。

 気を遣っているというよりは、あまり詳しく思い出したくないのかもしれない。

 

 「王峰殿。それならこれを飲むといい」

 

 「こいつは……?」

 

 「生薬の煎じ薬だ、二日酔いによく効く」

 

 「サンキュ……」

 

 そう言って砕城が取り出した小瓶を受け取り、一真はその中身を一気に飲み干す。予想を裏切らない強烈な苦味に、一真は思い切り顔をしかめた。

 

 「本来ならば副会長あたりが羽目を外すかと思い持って来たのだが、まさか王峰殿に渡すことになろうとは思ってもみなかったな」

 

 「うるせぇ俺だって予想外だわ……。……あと、薬はもっと飲みやすく作れってお前の実家に言っといてくれよ」

 

 「それは聞けぬ相談だな。良薬口に苦しと言うだろう。その苦みをまた味わいたくないと思うからこそ日々の健康に気を使うというものよ」

 

 「気なら使ってんだよ……」

 

 「ははは。現実も薬も甘くはないという事か」

 

 べえ、と苦味を逃がすように舌を出す一真から空になった小瓶を受け取りつつ砕城は笑う。

 そのやり取りを後ろから見ていた泡沫は、ふむ、と顎に手を当てて思案し、そして言った。

 

 「ホモでは……?」

 

 「なんだァ? てめェ……」

 

 「なななにをお馬鹿なことを言ってるんですか! あれは友情ですよ! たぶん、きっと!」

 

 体調不良で余裕が無いのか、割とドスの利いた声で一真が突っ込んだ。そして慌てて否定する刀華も何故か後半で不安そうになっている。

 そしてあらぬ疑いをかけられてなお砕城は大らかに笑っていた。メンタルが強い。

 砕城がアタシがパンツ一丁でも襲ってこなかったのは伏線だったのかー!などと喚いていた兎丸が、そこでふと気付いた。

 

 「ねー、クロガネ君とステラちゃん、さっきから何で黙ってるの?」

 

 ギクゥッッ!!! と全身を硬直させる2人。

 

 「え、いや、そのー、な 何でもないのよ! 別に何もないの! ね、イッキ!?」

 

 「うん、そ、そうそう! 特に何がどうという訳では、はい!」

 

 「………、お兄様? 何があったんですか? きのう、あれからなにがあったんですか? おにいさま?」

 

 狼狽える2人に決定的な何かを嗅ぎ取った珠雫が、よろよろと縋るように一輝の服をつまむ。

 そういえば一輝とステラが戻ってきたのは1番最後だったような………その事実と目の前の光景から解答を弾き出し、大きな火種が生まれようとしていた瞬間、ふと一真が全員に問いかけた。

 

 「………つーかよ。カナタどこいんの?」

 

 「ああ、カナタならお客さんが来たとかで応対してるとこだよ。何でもイッキ君に用事があるとか」

 

 「僕に?」

 

 「ああ、学校に聞いたらこちらにいると聞いてここまで来たらしい。名前は、確か─────

 

 

 

 ─────『赤座』、と言っていたな」

 

 

 

 

 告げられた名に、一輝と一真の顔が強張る。

 『黒鉄』の家に由来する2人が知っていて、そしてお世辞にも歓待とは言えない反応をしたということは、つまりそういうことだった。

 そしてそれと同時に、ねっとりとした男の声が一輝にかかる。

 視線を向けるとそこには応対をしていた貴徳原カナタに連れられて、赤いスーツを纏った肥満体型の中年が、恵比寿に似た顔に笑みを張り付けていた。

 

 「ご無沙汰してますねぇ~。一輝クン。んっふっふ」

 

 

 

 肥満の中年は騎士連盟日本支部の倫理委員長、赤座(あかざ)(まもる)と名乗った。

 挨拶もそこそこに赤座が一輝に手渡したのは複数の新聞記事。一体何がどう自分と関係があるのか、胸騒ぎを覚えながら一輝がその内を開く。

 

 そこには、夜の海を背景に口づけを交わす一輝とステラの写真が一面に掲載されていた。

 すっぱ抜かれたのだ。あの場にいたらしい何者かに。

 

 『姫の純潔を奪った男』『ヴァーミリオン国王激怒』『国際問題に発展か!?』など、事態の重大さを殊更煽り立てるような言葉が踊る紙面。

 そこには『黒鉄』の家から追放されたという『黒鉄一輝』の人物評も掲載されていた。

 昔から素行不良の問題児で女癖が悪いという、彼を知る者からすれば失笑ものの嘘八百がさも真実であるかのように書き連ねられている。

 全員が確信した。

 ───これは黒鉄家からの、悪意を孕んだ明確な一輝への攻撃であると。

 

 「これは一輝クンの騎士としての資質を総合的に判断するための、『倫理委員会』の正式な召集ですぅ。

 もしそこで不適格だと判断されるか、あるいは召集に応じないと一輝クンはたいへん悪い立場に……『除名』となってしまう可能性が、んっふっふ、とても高いですねぇ。

 ………もちろん、来て頂けますよねぇ?」

 

 「……わかりました」

 

 しばしの沈黙の後、決心するように一輝はそう答えた。細められた瞼の奥に光るどす黒い光に、挑むような覚悟の瞳を向ける。

 そして一輝は生徒会のバンではなく、赤座の車に乗り込むこととなった。行き先は言うまでもなく『国際魔導騎士連盟・日本支部』の、倫理委員会が管轄する区画。

 ようやく始まった2人の関係に迫る、余りにも巨大な悪意と試練。

 そしてステラからすれば、一輝をそこに叩き落としたのは他ならぬ自分だ。

 景色の向こうへと消えていく黒塗りの車を彼女は絶望の顔で見つめ、その隣で珠雫は憎悪の眼差しを送る。

 しかし、生徒会の面々は誰も一言も発していなかった。

 度を越えた悪意に絶句していたのももちろんあるが、それ以上に全力で抑えなければならないものがあったからだ。

 

 「………いつまで押さえてんだ」

 

 低く、黒く。()にしか向けないはずの声。

 生徒会のメンバーは周囲にいらぬ混乱を招かないようひっそりと、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 兎丸と砕城、泡沫は3人で両腕を掴んで足を踏み、カナタと刀華に至っては霊装(デバイス)を展開している。分解した《フランチェスカ》は一真を覆い、《鳴神》は周囲から見えないように一真の背中に押し当てられていた。

 彼らの顔は、今まさに自分が死地にいるかのような形相だった。

 

 「とっとと離せ。あのブタ殺せば解決だろうが」

 「そげん(こつ)しても何も解決せん」

 

 「するから離せ」

 

 「そいはカズくんがそげんしたかだけばい。倒すことに拘るんはあんたん悪か癖言うたんば忘れたと?」

 

 きろり、と一真が刀華たちを見下ろす。

 明らかに自分達をはね除けて車を追うかを思案している目だ。

 だが、その一線は絶対に越えさせない。

 緊張の汗を滴らせながらも刀華は臆さず、強く一真を諫める。

 

 「───たとえそれで解決したっちゃ、自分が原因でカズくんが人ば殺すんは、一輝くんは望んどらん」

 

 ピクリ、と一真が反応した。

 刀華の言葉がその通りであると気付いたのだ。

 だが感情が正しい理屈に折れるかはまた別の話。胸の内で理性と感情を鍔迫り合わせる彼を前に、刀華たちは固唾を飲んでいた。

 

 そして……─────

 

 

 

 「…………、」

 

 エンジン音も僅かな高級車の車内で、一輝は緊迫の面持ちで背後を見ていた。

 何かを予感しているような何かを恐れているような、そんな表情。

 しばらく車の後ろを窓越しに見据えていた彼はやがて、ふう、と息を吐いて座席に身体を沈めた。

 

 「おやおや、どうしましたぁ? 強い彼らと引き離されるのが不安ですかぁ? んっふっふ」

 

 「いいえ」

 

 隠そうともしない赤座の嘲弄を一輝は冷静に否定する。助手席からミラーで彼の表情を見た赤座は、腑に落ちない顔で首を傾げる。

 今まさに悪意の虎口へと連行されているはずの一輝の口元に、安堵の笑みが浮かんでいたからだ。

 

 「我慢してくれたんだ、って。それだけです」

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