壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第34話

 「おい聞いたかよ、黒鉄の話」

 

 「知ってるよ。皇女様を誑かしたって奴だろ」

 

 黒鉄一輝の不祥事。

 翌日の破軍学園はそのニュースの話で持ちきりのようで、ここでも男子生徒2人が教室でその事について話している。

 

 「やっぱりなあ。どっかでボロが出ると思ってたんだよ。あのFランクがここまで来れたのがまずおかしいんだって」

 

 「……いや、それとこれとは関係無くないか?」

 

 「それで騙して八百長したんだろ? そうでなきゃありえねえから、マジで」

 

 気分良さげに語る側とそれに疑いの眼差しを向ける側、両者の反応は対称的。

 一輝のここまでの下剋上の結果を受け止めたか否かの差だろう。

 彼の事をほぼ知らないとはいえ懐疑的な目を向ける者もいるが、自分より下だと内心で見下していた存在に軽々と上を行かれ、それを僻む者もまだそれなりにいる。そんな者の中には、彼のように今回のニュースを朗報と感じる者もいるようだ。

 

 「まあ同情はするぜ? 名家なのにFランの落ちこぼれならそりゃそういうのに逃げたくはなるだろ。ただそれでここまで通用する訳なかったんだよなあ」

 

 「いやお前その辺にしとけよ、流石に言い過ぎだって」

 

 「お前こそ何イイ子ぶってんだよ。こんなの誰でも思ってる事だろ? アイツはメッキが剥がれた落ちこぼれだって────」

 

 

 バギャッッッ!!!と、2人のすぐ前で木が引き裂かれる音が爆発した。

 仰天した彼らが慌ててそちらを見ると、自分たちが使っている机が完全に砕き潰されていた。机を貫き床にまで到達した着弾地点には1本の黒い柱……否、制服に包まれた脚がある。

 それが誰のものなのか、彼らは見上げるまでもなく知っていた。

 

 「誰が何だって?」

 

 「あ……いや、その……」

 

 「誰が何だって?」

 

 この場の何よりも高い位置から、好き放題言っていた方へと平坦な詰問が降ってくる。

 今の話を聞かれたのだ。今この場で、最も聞かれてはならない者に。

 詰問されている方が血の気が引いた顔で俯いているが、冷静だった方も他人事ではない。あの矛先は今にも自分の方を向くかも知れないのだ。

 

 「何の話してた」

 

 「……く、黒鉄の、話を………?」

 

 平らな声と目線を送られた冷静だった方が白状した。よくも売ってくれたなと詰問されている方が睨むが、白状しようがしまいが関係の無い事だと彼ら自身わかっているだろう。

 言葉より先に破壊が飛び出した時点で、彼は自分たちが何を話していたかを知っている。

 冷静な方への『警告』を済ませ、彼はもう1度俯いている方を見た。

 ───上へ昇ろうという気概も無く、自分より上の者を僻む。そればかりか本人のいない所で調子のいい悪罵を並べ立て、自分より強い者が現れればこうして口を閉ざす。

 

 そんな()()()()()()()()に、何故謂れ無き罪に苦しむ大切な友を馬鹿にされねばならないのか。

 

 バスケットボールを軽々と掴める大きさの手が思い切り男子生徒の髪の毛を掴み、そしてそのまま片腕でクレーンのように持ち上げる。

 強制的に立たされ頭皮の鋭い痛みに濁った悲鳴を上げそうになるが、その悲鳴は顔の下半分を鷲掴みにされ押し潰された。

 ひゅう、と掠れた息が口の隙間から漏れる。

 目の前には髪と顔を今すぐにでも引き剥がし握り潰さんという力で握り締める、巨大な鬼がいた。

 

 

 「答えろよ。テメェ誰を何つった」

 

 

 

 「……嫌な空気だね。ステラさん、大丈夫かな」

 

 「大丈夫じゃないだろうね。けど、質問攻めとかには遭ってないと思う」

 

 少しだけ話し合わねばならない事があるため、刀華と泡沫は生徒会室で昼食を取っていた。

 小さな口でサンドイッチにかぶり付き、もぐもぐと咀嚼しながら泡沫は話す。

 

 「校舎の外でステラちゃんを見かけたけど、不機嫌そうな顔でずっと火の粉散らしてたからね。どんだけ気になっても、そりゃ話を聞こうなんて思えないって。誰も近付こうとしてなかったし。

 

 ……ていうか、イッキくんやステラちゃんも本当に気の毒だけどさ。ボクらが今なんとかしなきゃなんないのはやっぱカズだよね」

 

 はあ、と泡沫は容姿に似合わない重い息を吐く。

 

 「あの時は刀華に言われて矛を収めたけど、周りの人間がもうこの話ばっかしてるからね。状況的には不発弾つつきまくってるようなモンでしょ。……今朝の話、知ってる?」

 

 「うん。器物破損と暴力沙汰で、カズくんが理事長先生に呼び出された事だよね」

 

 「暴力の方はまだ未遂扱いになったけど相当際どかったらしいぜ。アイツの導火線、昨日の時点でほとんど燃え尽きてるっぽくない?」

 

 沈黙の帳が降りた。

 音の消えた空間で2人の脳裏に過るのは、自分たちが思い描く『最悪の光景』。あるいは去年の今頃に()が手を下した惨劇の一幕。

 2度と引き起こしてはならないあの日と、こうまで状況が被るものか。

 

 「見張っとかなきゃなんないんじゃないかな。正直もうアイツ、いつカチ込みに行ってもおかしくない気がする」

 

 「かもしれないね。ちょっと探して話してくる。私が言った事には納得してくれてるはずだけど……カズくん、こうなったら何か行動しなきゃ気が済まない人だから」

 

 急ぎ昼食を掻き込んで刀華と泡沫は席を立つ。

 彼女らは誰より知っている。

 王峰一真という男の強さと優しさを────そして暖かなそれらに影のように寄り添っている、残忍さと凶暴さを。

 去年は間に合わなかった。

 今回はもう遅れる訳にはいかない。

 あの時振るわれた暴力は1人の青年を救いはしたものの、それ以外の全てに深々と傷痕を刻んでいるのだから。

 

 

 

 用いる手段がもっぱら暴力とはいえ、王峰一真とて頭が冷えれば冷静に物を考える。

 刀華に言われた事は至極正しく、殺しという一線は衝動で越えていいものではない。心は未だにドス黒く炙られているが、あのとき刀華や泡沫たちがどんな思いで自分を止めたのかを思えば『やっぱ我慢できないから殺そう』などという帰結に至る気にはなれなかった。

 

 「………話とは何ですか?」

 

 アタシが、イッキに好きだって言わなければよかったのかな───

 そう弱気になっていたステラの尻をブッ叩いての昼食を終え、黒鉄珠雫は校舎の裏庭に呼び出されていた。

 見たところ冷静だ。頭に上っていた血はもう下りているらしい。

 

 「頼みてえ事があってな。大事なことだ」

 

 「頼みたい事」

 

 「ああ。お前さ、自分の家にどのくらい情がある?」

 

 「……どういう事ですか?」

 

 要領を得ない質問に珠雫が訝る。

 ここで呼び出されたということは兄に関することで間違いないだろう。しかし自分の身内への情などを聞こうというのか。

 点と線が繋がらず意味を問いただす事しか出来なかった彼女は、続く彼の一言に、数秒ほど息を詰まらせた。

 

 

 

 「いや。やっぱあの赤座(ブタ)殺そうと思って」

 

 

 

     ◆

 

 

 

 「………どういう事ですか」

 

 「ああ、言い方が悪かったな。息の根を止めるって意味じゃねえんだ。

 確かにボロ雑巾にする予定ではあるがよ………殺すってのはアレだ。()()()()()

 

 1つだけ訂正を入れて、一真は目的の詳細を滔々と語り始めた。

 

 「そう難しい内容の話じゃねえ。この騒動の真実に加えて黒鉄の家がイッキにやった事とか、そういうの全部吐かせて記録して公にバラす。

 骨の5本でもブチ折れば吐くだろ。吐かなきゃそれ以上をやるまでだし」

 

 「……公にすると言っても、マスコミはとうに向こうの手の内ですが」

 

 「動画サイトでもSNSでも何でもいい。向こうが手を回して削除させても、この手の話題なら()()()()()()は間違いなくいる。

 完全に広まるまで何度でも公開する。きっちり根拠を揃えてりゃ、最悪でもアイツを貶める流れは消えるだろ。

 ………計画としちゃこんなもんだ。お前にゃ誰を搾るのが効果的か、みたいな細部を詰めてほしい。ひとまずあのブタは確定で()()が、アイツだけで事足りるとは流石に思えねえからな」

 

 『殴り方を変える』。

 一輝や刀華らの思いを考慮し、その上で己を貫くための結論がそれ。

 頼み事と銘打って突き付けられた要求は、もはや命令とも呼ぶべき語気だった。

 

 「今度はこっちからカチ込めばいい。黙って見てるなんざ有り得ねえだろ。俺も、()()()

 

 当然乗るだろう、と。

 それは友好も付き合いも無くとも一輝への、兄への想いの強さだけは知っているという、一真の珠雫に対するある種の信頼なのかもしれない。

 

 

 「お断りします」

 

 

 だが。

 珠雫は、首を横に振った。

 

 「………あ?」

 

 「断る、と言ったんです。その計画はまず間違いなく成功しないと断言できるので」

 

 「どういう事だ」

 

 「その手の世論操作で()()()に勝ち目はありません。

 確かに貴方は欲しいものを好きなだけ吐かせることが出来るでしょう。貴方は暴力による解決を躊躇わず、それに耐えうるほど芯のある人間もあちらに多い訳ではありませんから。

 ……しかし貴方に出来るのは、その脚で潰せる範囲にあるものを潰す事だけです」

 

 静かに、厳しく。

 お前の言うことは都合のいい空想に過ぎないと、小さな少女は巨大な男へと真っ直ぐに突き付ける。

 

 「貴方がそれを実行すれば、向こうは貴方の経歴を残さず調べ上げるでしょう。

 『()()()()()()()()()()()()()()()』。

 『()()()()()()()()()()()』。

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』────

 ───不自然な所は捏造され、おおよそこんなレッテルを『証拠』と共に公開します。

 そうなればもうこちらが手に入れた記録など、恫喝して強引に言わせた虚偽の情報としか認識されません。

 それに対して反抗しても、悪事を暴かれた側の悪足掻きとしか捉えられないでしょう。

 何を潰せば解決するという話ではない。

 貴方が喧嘩を売ろうとしているのは個人ではなく、大きな社会に組み込まれたシステムなんです」

 

 「………どの口で俺に言ってんだ?」

 

 「説得力はあるでしょう」

 

 一真の威圧にも珠雫は揺らがない。

 きっともう彼女は()()でも首を縦に振ることはないのだろう。

 それを悟った一真はしばし押し黙り、そして低く声を漏らした。

 

 「……どうせ行われるのは査問なんて名ばかりの異端審問だ」

 

 「でしょうね。間違いなく」

 

 「結果ありきの茶番にアイツが黙って着いていったのは、ステラさんとの関係を穢されたのが本当に許せなかったからだろう。

 んな(こた)ァわかってる。わかってんだよ。

 けど許せねえのはこっちだって同じだ、お前もそのはずだろ。アイツを理解できるのは自分だけって言ってたろ。なのに……何でお前はそうまで冷静なんだよ────」

 

 

 「私がどんな思いで貴方の誘いを蹴ったと思ってるんですか?」

 

 

 バシッ、と宙を舞う木の葉が凍って爆ぜた。

 珠雫の足元を中心に薄氷が白く広がっていく。

 魔力が抑えきれず漏出している。一真が己の失言を理解するには充分な光景だった。

 これで話は終わりだと珠雫は一真に踵を返してその場を去る。

 胸中を満たすのは大きな怒りと、後悔が少し。

 そして───

 

 (負けないでくださいね、お兄様。……貴方には貴方のために、ここまで怒ってくれる人がいるんですから)

 

 それなりに大きな、心強さだった。

 

 

 

 抗う声は潰されると知って、抗うために鍛えた力すら物の役に立たなくなって。

 それでも、友のために何が出来るだろう。

 

 

 「あ! いた!!」

 

 「カズくん! 見つけた……、ステラさん?」

 

 一真を探して校内を駆け回っていた刀華と泡沫は、並んで歩いている彼とステラを見付けた。

 

 「……何で探されてたか大体察しが付くわね」

 

 「うるせえよ。……あァ、ちょいと理事長に相談してえ事を2人で話しててな。そんで今からそれを話しに行くとこだ」

 

 「相談? 新宮寺先生に?」

 

 ああ、うん、と2人が頷く。

 続いて一真が口にした頼み事に、刀華と泡沫は揃って首を傾げた。

 

 「生徒会室に砕城が使ってる墨あんだろ。アレ使わせてくれ」

 

 

     ◆

 

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()

 エレベーター1本で来れる所にいる息子の顔を気紛れに見に来たという一輝の父・黒鉄(くろがね)(いつき)との会話。

 『父親との絆が欲しい』という自覚の遅れた一輝の願いは、その一言で完全に打ち砕かれた。

 

 (ああ。流石にしんどいな、これは)

 

 涙で詰まる鼻を啜り、一輝は疲れたように笑う。

 心の中でなにか大切なものが音を立てて傾ぐのを感じた。

 独房のような部屋の中で食事も水分補給もままならず、恐らくは何らかの薬物によるものだろう病に冒されたような体調不良。

 内外から狂わされようとしている黒鉄一輝の、ぱきりと今にも折れてしまいそうな枯れ枝のような心を今、たった1つの(よすが)が支えていた。

 粗末なベッドの下から一輝は一通の封筒を取り出す。

 

 これの中身に励まされるのはもう何度目だろうか。

 赤く燃える炎髪の房。

 半紙に墨で押された大きな手形。

 傾けた封筒から出てきたのは、その2つだった。

 

 理事長から一輝への通達というやや強引な名目で送られてきたらしい封筒。中身を改められても問題のないよう文字は使わずに、精一杯の激励を込めた2人からの贈り物。

 手形については、いっそ靴跡でも送ってくれたら痛快だったけど、と一輝は内心で茶化していた。

 だけど、意図はわかっている。

 一輝の苦境を知っているから、彼は彼の怒りの象徴である靴よりも、あのとき一輝の背中を叩いた掌を選んだのだ。

 

 (大丈夫だよ、ステラ。君が伝えてくれた想いを、僕は絶対に否定なんかしないから)

 

 軋む心を自覚して、それでも大丈夫だと己を奮い立たせる。

 大好きな人に胸を張りたいから。

 自分はまだ何も失っていないから。

 たとえ失ったとしても────それでも自分は孤独じゃないと、教えてもらったから。

 

 (見てろ、カズマ。どんなに敵に囲まれたって、僕はこんな所で折れてなんかやらないぞ)

 

 持ち主が居なくとも残る温もりが、確かに一輝を支えている。

 愛しい人の髪を握り締め、手形の前に誓いを立てる彼の姿は、まるで祈っているようにも見えた。

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