壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第36話

 「貴様ァ! 何を勝手に座っとるか! 根性が足りんわ根性が!」

 

 「ぐっ……!」

 

 質問に対する一輝の答えも聞かずにただ印象が悪いだの反抗的だだのと述べたてる査問員たち。

 それでも反論しようとした彼は心身の磨耗から咳き込みながらその場に崩れ落ちてしまい、そこを丸眼鏡の査問員に後頭部を思い切り踏みつけられた。

 いつもの彼なら体調が悪くともここまで崩れたりはしないが、やはり父との決定的な断絶を理解したのが決定打となった。愛しい人と親しい友の激励に奮起して、それでも心身が坂を転がるように崩れていく。

 ────惨めだな。

 鼻腔に鉄臭い臭いが満ちるのを感じながら、自分の今の有り様に一輝は苦笑するしかなかった───……

 

 (………?)

 

 そこで奇妙なものを感じた。

 床に押し付けられた顔面に低い振動を感じるのだ。

 地震にしては断続的で不規則な揺れ。震源はまだ遠いがしかし徐々に近付いてくる。

 そしてその振動に音が加わり、さらにそれらが破壊と複数の怒号の混ぜ物とわかる程に大きくなった。

 そしてそれは一輝だけでなく、査問員たちがいる部屋にまでハッキリと聞こえるまでに強く大きくなり───

 

 「……何だ? 何が起きている?」

 

 

 直後。

 轟音と共に壁が消し飛んだ。

 空間を部屋として隔てるものが瓦礫すら残さず粉砕され、その代わりとばかりに数人の人間がボロ切れのように転がってきた。

 それがここ日本支部の警護を任されていた伐刀者(ブレイザー)であることを一輝は知らない。

 頭を踏まれたままの地べたの視界に映るのは、崩壊した背景にがちゃりと踏み込んでくる血肉に濡れた漆黒の脚鎧(ブーツ)だった。

 

 「なっ、何だ貴様!! 何のつもりゲオぇッッ!!?」

 

 「委員長! 赤座委員長はどこっぼッッ!!」

 

 「あギャッ」

 

 「ひっ!? やっ、やめろ来るな! 来るんじゃない!! 警備、警備はどうしたぁっ!?

 はやくこいつを何とかしギィッッ!!

 やめ、やめろ、やめてっ!! 死ぬ、しぬ、潰れる潰れる潰れるツブれるっ!!!

 いやだ、違う、違う違う違うそうじゃないそうじゃないっ! 違、いぎっ、ギャアっ、ぃ゛あ゛あぁぁ゛ぁあア゛ア゛ァァ゛ア゛ア゛っっっ!!!!!」

 

 ぶちぶちぶちゴリごりごりゴリゴリ!!! と湿っぽいものが弾ける音がいくつか聞こえた後に一輝の頭から靴の重圧が消え、一際大きな粘質な破壊音と断末魔が直上から耳を(つんざ)いた。

 地面に伏した一輝の目の前に()人間がぶちまけられ、赤く染まった丸眼鏡がカランと転がる。

 ───悪しきを誅して正しきを救う。

 それを徹底して(まっと)うする者を英雄と呼ぶのかもしれない。

 しかし行いはそうであっても、こうも酸鼻極まる光景を躊躇いなく生み出すような人間にその称号は贈られないだろう。

 悪と断じたものを彼が排したそこに残ったのは、あまりにも暴力的な静寂だった。

 

 「……カズマ………どうして…………?」

 

 込められた思いは呆然か哀しみか。

 一輝の精神を磨耗させる為に白い室内に過剰に強く焚かれたライトの逆光は、掠れる声で見上げた彼がどんな顔をしているのかを全く教えてくれない。

 虚脱したように這いつくばる一輝に手を差し伸べる巨大な影は、()せ返るような血の臭いを浴びているとは思えない程に優しく問いかけてきた。

 

 「帰るぞ。立てるか」

 

 その手を取ろうとしたのかしなかったのか、一輝の選択は分からずじまいに終わった。

 バクン!!と口を開くように床に開いた穴に、一輝だけがピンポイントで落っこちた。彼の姿が下の階に消えた直後、また口を閉じるように穴が塞がる。

 不自然な現象。何らかの伐刀絶技(ノウブルアーツ)

 一真がゆっくりと振り返ったそこにいたのは、『国際魔導騎士連盟・日本支部』支部長、黒鉄(いつき)だった。

 

 「随分とやってくれたな」

 

 さっきまでは存在しなかった、不自然に宙に浮かぶ階段をこつこつと下りながら重々しい声で言う。

 

 「王峰一真だな。この様子を見るに、赤座はどうやらいらぬ欲をかいたらしい」

 

 「へえ、覚えてんのか。で、()()()()はどこへやった?」

 

 「安全な場所まで運ばせてもらった。これ以上家の者を好きにさせる訳にはいかん」

 

 「ハッ、その家の者を排斥しといてどの口で言ってんだ。……で。俺の事を覚えてるってこたァ、俺がこうしてる理由も分かってんだろうな?」

 

 ぎぃ、と一真の口角が狂暴に吊り上がる。

 

 「()()()()。俺を追い出しやがった黒鉄の家もそいつが積み上げてきた物も、今日で俺が徹底的にブッ壊す。

 ここに来るまでに他の奴らにも語ってやった通りだ。()()()()()()()()()()()()()()! それが終わればその他の全てだ!!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 それはまさしく万願成就の顔だ。

 怨敵を潰す喜悦に歪む醜い笑顔に他ならない。

 その表情と言葉を疑える者などいなかっただろう。彼にとって『黒鉄』本家が敵である事は真実なのだから。

 

 しかし。

 表情と言葉の裏で彼が描いていた地図を、黒鉄(いつき)は全て見抜いた。

 

 

 

 「そうか。………良い友を持ったな。一輝」

 

 

 

 皮肉でも何でもない、純粋な感慨。

 面食らった一真の表情が一瞬だけ抜け落ち、そして今度はギリギリと歪む。

 胸にせり上がる溶岩に作っていた(かお)が焼き落とされ、その下から全てを砕くような烈火の怒りが噴き上がった。

 

 「……そこまで! 人が隠してた意図にそこまで気付けるのなら!! 他人の想いに感慨深さを覚えるような感性があるのなら!!

 何でその感情を一欠片でもッ!!!

 一輝に向けてやらなかったッッッッ!!!!」

 

 「それが私の責務だ」

 

 昂る感情に引きずり出され荒れ狂う紫白の魔力にも動じず、(いつき)は淡々と答える。

 

 「護国の意思を『黒鉄』の名と共に受け継いできた。だからこそ私は大多数にとっての最良を徹底する。

 (おの)が領分をはみ出さない分相応な生き方、それが幸福な生き方だ。無駄な希望や貰い物の自信など、本人にも組織にも損失しか生み出さない。

 だからどんな手を使ってでも排除する。

 たとえ自分の息子であっても────」

 

 ─────全ては、鉄の秩序のために。

 

 冷たい心と相貌を崩さないまま、(いつき)の周囲を無機物が踊る。

 無機物に『血』を通わせて操る能力。

 代々優れた伐刀者(ブレイザー)を輩出してきた家の主が例外であるはずもない。

 まして『あらゆる敵』を相手取らねばならない組織の長。ここの警護にあたっていた伐刀者(ブレイザー)よりも(いつき)は腕が立つのかもしれない。

 

 ならば勝算があって臨戦態勢に入ったのか?

 違う。

 そうするしか道がないだけだ。

 ()()から逃げ切るのは不可能だと、感じる全てが叫んでいるのだから。

 

 「……じゃあ、お前が受け継いだものとやらをここで終わらせようか」

 

 そう吐き捨て、す、と一真は静かに脚を引く。

 収束していく魔力に焼かれ、《プリンケプス》を染め上げていた血肉が一瞬で蒸発した。

 迫り来る無機物の濁流に対して、ただ一撃。そこに詰められた思いが全て。

 声に表情に蹴り脚に、ありったけの憎悪を込めて───

 

 

 「子を蔑ろにする親なんざ死ねばいいんだ」

 

 

 

 彼は、前方にある全てを蹴り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 分かっている。

 これが正義なんてものじゃなく(ただ)の憎悪である事も、この行いが自分を信じてくれている者たちに対する酷い裏切りである事も。

 どれだけ頭を下げて謝罪の言葉を並べて、いつかの条件みたいに己の腹を切ったとしても、きっと償いきれるものじゃない。

 だけど。

 それでも、許せなかった。

 眩しいほどに真っ直ぐな人間が、反吐の出る思惑に凌辱され続けている現実が。

 自分の仲間がこれから先も、そんな脳にヘドロが詰まったような連中に(さいな)まれ続ける未来が。

 

 (……ここまでの事をやるのなら、もう皆とはお別れか)

 

 そう考えると、心の芯が静かに抜けていくように思えて。

 冷えていく胸の内が温もりに縋り付こうとするかのように、一真の脳裏に暖かい記憶が流れ出す。

 

 『今はちょっと水を開けられてるけど、私はこの最後の年でカズくんを追い抜く気でいるから覚悟しておいてほしいな』

 

 ────そう彼女は宣誓してくれた。

 

 『いつか()かるべき舞台で戦う時が来たら……その時は、全霊で』

 

 ────そう言って彼は挑んでくれた。

 

 『その才能は、大切な人を守るために使うんだよ。優しいお前ならそうすればきっと、どこまでも強く逞しくなれるから』

 

 『立派な人になりなさい。他の誰かにあなたと友達であることを、誇りに思ってもらえるような人に』

 

 ────ずっと昔に、そう教えられた。

 みんなみんな今の自分を形作って支えてくれた、大切な約束だったのに。

 

 

 「………結局、誰との約束も守れなかったな」

 

 

 目頭と鼻にせり上がる感情を、ギュッと顔をしかめて押し殺す。

 突き刺すような心の波を鎮めて目を開き、少しだけ彼は微笑んだ。

 これは善でも正義でもない、怒りを振り回すだけの只の愚行。

 ────だが、悔いはない。

 全ては自分の心が道を示すまま。

 自分は最後まで、己の意志で己で在った。

 

 そして。

 最後に残った優しい何かを振りほどくように、一真は高く、高く跳んだ。 

 

 ………午後(p.m.)18:46。

 日本を揺るがしたその大事件が発生する直前、数名の目撃者が全く同じ証言をしている。

 国際魔導騎士連盟・日本支部。

 高く聳えるビルのさらに上空で、白と紫に光る彗星を見たと。

 

 

 

 

 

 「《万象捩じ伏す暴王の鉄槌(フリーギドゥム・メテオリシス)》ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 持てる魔力の全てを注ぎ込み、彼は日本支部へのビルへと落ちる。

 砕かない。壊さない。ただ、()()

 遠くから見ればその光景は柔らかな物質に釘を打ち込んだかのように見えただろう。

 瓦礫や鉄骨が砕けて吹き飛ぶことすら許されず、《踏破》の魔力に圧し潰されて垂直に沈んだ。

 生きている全員が逃げ出して無人となった灰色のビルが、世界が壊れるような音を轟かせながら真っ直ぐに崩れ落ちていく。

 その様が現実のものであると受け入れるまでにどの位の時を要しただろう。何千人が呆然と見守る中、とうとう護国の城は消滅した。

 思い出したように地上に撒き散らされた砂塵と爆風に悲鳴と絶叫が溢れ返る。

 

 それで、終わり。何もかも。

 圧潰(あっかい)した地平にただ1人、漆黒の脚鎧(ブーツ)を纏った巨躯の青年が孤独に佇んでいた。

 

 

 

 

 その数分後、警視庁の元に1人の伐刀者(ブレイザー)が出頭する。

 連盟の日本支部が壊滅したというニュース速報が全国に流れ出すのはもう間もなくの事。 

 潰して均した荒涼たる地平線に、道義の柱を1つだけ残して─────

 

 

 ─────この日を境に王峰一真は、破軍学園から姿を消した。

 

 

 

 

     ◆

 

 平穏な道端に突如として放り出された黒鉄一輝は通行人が呼んだ救急車によって即座に搬送された。

 栄養と水分の不足、加えて肺炎に至るまで悪化した薬物による病。

 点滴による栄養補給などの緊急処置により体調は査問中よりもずっと改善されたが、圧倒的に休息が足りない。しかし《七星剣武祭》選抜戦のスケジュールの変更は不可能。

 およそ最悪に近い形で破軍学園へと帰還した彼を待ち受けていたのは、選抜戦の20戦目。

 

 つまり絶望的なコンディションでもここまで無敗を貫いた一輝が、七星剣武祭への出場が叶うかが決まる戦いだ。

 

 対戦相手は、Eランクの3年生。

 ランクこそ底辺の1つ上程度だが、それでもここまで無敗を貫いてきた猛者だ。

 それでも普段の一輝なら問題なく勝利できる相手だろう。………普段の、一輝なら。

 

 「………イッキ」

 

 満員の観客で賑わう第1訓練場。

 開始線に立ち静かに始まりを待つ己の恋人を、ステラ・ヴァーミリオンは悲痛な顔で見つめていた。

 

 ────私は、七星剣武祭代表生になったわ!

 精一杯の処置を行ってなお満身創痍、それでも戦いに赴こうとする一輝に対して、ステラは学園の代表生である証のメダルを突きつけてそう言った。

 だから貴方も、私と一緒に()きましょう──そんな彼女の全力のエールに対する一輝の返答は、

 

 

 『ああ。うん』

 

 

 それだけ。

 ただ、それだけだった。

 何か大切なものが欠落したような、最早それが興味の対象から失せたかのような、少し前の彼には有り得なかった冷たさに、ステラは心が凍りついた。

 ………連盟の日本支部、その壊滅。

 事情聴取の為そこに呼び出された()と、いま日本を駆け巡っているそのニュース。この2つを結び付けるのは容易い。

 しかしステラや刀華がどれだけ真相を聞こうとしても、一輝は何も話さなかった。

 どうして何も教えてくれないのか。

 どうしてそんなに冷たい顔をしているのか。

 彼は一体───()()()()()()()()()

 

 何もわからないままその時は来た。

 スピーカーから鳴り響く試合開始の合図。

 油断なく武器(デバイス)を構える3年生と、ただ《陰鉄(いんてつ)》を握り立つ一輝。

 

 2人の未来が、もうすぐ、決まる。

 

 

 『それでは皆さんご唱和ください────

 

 ──────試合開始(LET's GO AHEAD)!!!!』

 

 

 「おおおおおおおっ!!」

 

 開始と同時に突っ掛けたのは3年生の方だった。

 彼も一輝ほどではないにせよ才能には乏しく、それを補う為に武術を修めた者。

 故に彼は一輝のスキャンダルも信じてなどおらず、心から敬意を払っていた。

 そんな彼にとって七星剣武祭代表の切符を勝ち取る最後の戦いの相手が黒鉄一輝であったことは、何よりも重要な意味を持っていたことだろう。

 

 しかし。

 今の一輝の目に自分の姿など欠片も映っていなかったという残酷な事実に気付くのは、その刹那の後だった。

 

 

 

 

 

 なぜ彼はこんな暴挙に及んだのか。

 力による解決はしないと決めていたらしい彼がどうして心変わりに至ったのか。

 どれだけ聞かれても真相など自分だってわからない。どうしてと聞いた直後に、自分は父の能力でどこか外に放り出されてしまったのだから。

 しかし事の結果を飲み込んで沸き上がってきた想いは、どこまで煮詰めても1つだけだった。

 

 憎い。

 ただ、ただ、憎い。

 

 犯してもいない悪行で、自分の全てを汚した奴らが。

 自分の背中を押すだけ押して、結局は己のエゴで自分の未来を勝手に踏み固めてしまった彼が。

 

 いいや。

 そんなものより、何よりも。

 

 

 まともに抗うことさえ出来ず、あげく彼をそんな凶行に走らせた、己の弱さと非才さが。

 

 

 ここでようやく一輝が構えた。

 今の体力では剣を振れるのはせいぜい1回。

 故に彼は1分に全てを出し切る《一刀修羅(いっとうしゅら)》ではなく、一瞬に全てを注ぎ込み数百倍の力で一太刀を放つ《一刀羅刹(いっとうらせつ)》を使う気でいた。

 しかし、ここで彼の気が変わる。

 一輝は構えを変更した。

 《陰鉄》を腰だめに構えて片手で刃の根元を掴む、居合い斬りの形だ。

 ───数百倍程度で止まってはならない。

 その先へと進まなければ自分に未来はない。

 それで手足が()げようとどうだっていい。

 才能も強さもない自分には、己を削る以外の道など残されていないのだから。

 

 ただひたすらに研ぎ澄ます。

 刃が(こぼ)れようと折れようと、ただ、己を縛るものを断ち切るためだけに。

 怒りに熱され、憎悪に叩かれ、失望の汚水に冷やされて、───そして(くろがね)は、刀と成った。

 

 

 バキリ、と。

 一輝の中で、何かの鎖が砕ける音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 それで終わりだった。

 瞬きの間もなく対戦相手の3年生が真っ二つに斬り落とされ、泣き別れになった上半身と下半身がくるくる回ってリングに落ちる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()により埒外に凶化された斬撃は、伐刀者(ブレイザー)が余裕を持って戦える広さのリングを完全に分断する地割れのような斬撃の痕を残していた。

 ただし、その代償は大きい。

 己のスペックを超える結果を強引に叩き出したことで一輝の全身は裂けて血を噴き出しており、《陰鉄》を振るった腕に至っては肩から()げて飛んでいき、刀ごと観客席に突き刺さっている。

 

 痛みによる叫びは無かった。

 たったいま斬り捨てた相手など見てもいない。一輝は今の一撃による破壊の痕と己の身体の惨状を見比べ、忌々しそうな舌打ちと共に吐き捨てた。

 

 

 「………。この程度か」

 

 

 

 

 そして1週間後、学園の体育館で選抜戦を勝ち抜いた6名の代表の正式な任命式が行われた。

 1年Aランク、ステラ・ヴァーミリオン。

 3年Dランク、葉暮(はぐれ)牡丹(ぼたん)

 3年Bランク、東堂刀華。

 3年Cランク、葉暮(はぐれ)桔梗(ききょう)

 所用により欠席した1年Dランク、有栖院凪。

 

 そして、1年Fランク───黒鉄一輝。

 

 代表選手団の団長に選ばれ新宮寺黒乃から校旗を預託された一輝は、全生徒の応援と祝福のエール、叱咤の激励を万雷の拍手と共にぶつけられた。

 喝采を叫ぶ生徒たちの中に一輝は思わず見知った顔を探して、そして改めて思い知る。

 

 何事も無かったとしたら間違いなく6人の内の誰かを押し退けて名前を呼ばれていたであろう『彼』は、やはりどこにもいないのだと。

 

 声援に応えるように旗を掲げ、一輝は自分の列に戻る。

 しかし想いを託された旗の重さは、自分の力を認めてもらえた喜びは、こんなにも欠けたように感じるものだったのだろうか。

 空虚を(たた)えた一輝の横顔を、ステラは遣り切れない苛立ちを込めて見つめていた。

 

 

 時は満ち、心は欠けたか。

 戦いの試練に選ばれた戦士たちが望んでやまなかった舞台へと足を踏み込む。

 その中の数人の想いに大きなわだかまりを残したまま、彼らは激動を迎えようとしていた。

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