壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第38話

 「これで治療は終わりです」

 

 「ありがとう。助かったよ」

 

 治癒の魔術を使える貴重な人員として合宿のサポートに参加している黒鉄珠雫の治癒を受けた巨門学園の生徒が、力無く笑って立ち上がる。

 ……これで彼女は情報の流出を嫌い挑戦を断った《氷の冷笑》鶴谷(つるや)美琴(みこと)などを除く、巨門学園の代表選手の(ほとん)()治療したことになる。

 全員が一輝に挑まれ、そして破れ去ったのだ。

 全力ではなかったとはいえ他校の代表選手1人に自分の陣営がボロボロにされた精神的ダメージは大きいだろうが、彼は同じ破軍の生徒も平等に斬り伏せているのだ。

 葉暮桔梗や葉暮牡丹、生徒会の面々に………ステラ・ヴァーミリオンすらも。

 全てに襲いかかり学べるものが無くなった(?)と感じるや即座に去る、まさに嵐のような荒れようだった。

 

 「お疲れ。シズク」

 

 「アリス。貴方もお兄様に?」

 

 「申し訳なかったけど遠慮させてもらったわ。あっさり退いてくれたけれど。断ったのはあたしだけれど、求められないのも寂しいものね」

 

 「………そう。治す必要は無さそうで良かった」

 

 いつもの女らしいアリス節に珠雫は若干呆れているようだったが、どこかホッとしたような様子も見える。

 誰も彼もが沈んでいる中で、親しい人が間違いなくいつも通りでいてくれているのは有り難い事なのだろう。

 もっとも、沈んでいるのは彼女も同じなのだが。

 

 「……ねえ、アリス」

 

 「なあに?」

 

 「私ね。彼が連盟の日本支部に呼び出される前に、彼から提案されてたの。『あいつらを社会的にぶちのめすから手伝え』って」

 

 その告白にアリスは目を丸くした。

 彼が暴力に依らない解決方法を採ろうとしていた事と、因縁は一応の決着を見ていたとはいえ、彼が珠雫に協力を持ちかけていた事に。

 えっ、と思わず驚愕を口に出したアリスに、珠雫は訥々と乱れた心を吐露していく。

 

 「私は断ったわ。彼の作戦が成功する見込みは高いとは思えなかったし、失敗したらお兄様の立場も、彼の立場も悪化してしまうと思ったから。

 ……だけどあの時の彼は、理性的に戦おうとしていた」

 

 「………」

 

 「起こってしまった事は変わらない。だけど、どうしても考えてしまうの。

 あのとき彼の提案に頷いていれば、こんな事にはなってなかったんじゃないかって。

 

 

 ────彼がやった事は、本当なら私がやるべき事だったんじゃないか、って」

 

 

 「………シズク」

 

 「ごめんなさい、急にこんな事を吐き出されても困るわよね。……でも、黙って聞いてくれてありがとう。……少し、楽になった」

 

 そう礼を言って珠雫は今度は生徒会を手伝いに行った。

 動いて気を紛らわせたいのだろう。自分が彼の暴挙の原因の一端を担ったのかもしれないと考えている分、彼女の精神的な負荷は重いはずだ。その重荷が少しでも軽くなるならアリスはいくらでも話を聞く気でいるが、珠雫はきっとそこまで甘えてはくれないだろう。

 

 (ひどい有り様ね。想像以上に)

 

 選手側もサポート側もボロボロな自分の学園を1歩引いた位置から眺めていた有栖院凪は思わず額に手を当てそうになった。

 珠雫の話と今までの()()から一輝と一真の間に強い友情があった事はわかっている。あの事件の経緯と一輝の性格を照らし合わせれば一輝が酷く傷付くのは想像に難くない事だ。

 しかし───蓋を開ければそれ以上。

 彼と関わりのあった者全員が、未だ深いショックの只中(ただなか)にある。

 やりかねない、と全員から思われてはいた。

 だけどそれでも皆が信じていたのだ。

 仲間を傷付けるような事を、彼は絶対にしないはずだと。

 

 (1つの『悪』を潰して、その代償に信じてくれた人をみんな深く傷付けて。

 ……これが貴方のやりたかった事なのかしら。………カズマ)

 

 

 「どこへ行くのよ」

 

 纏めた荷物を肩にかけている一輝の背中に、ステラの硬い声がかかる。

 

 「もしかして帰るつもりなの? 合宿はまだ終わってないわよ」

 

 「刀華さんや他の強い人は手の内を隠すために本気で戦ってはくれないし、戦ってくれた人からはもう学び尽くしてしまったからね。

 南郷先生やそれと並ぶ人がずっと居てくれるなら話は別だけど流石にそういう訳にはいかないし、時間を無駄には出来ないから」

 

 ステラの胸が引き攣った。

 誰かと戦う事を『時間の無駄』だと呼ばわる、彼がおよそするはずのない行為。

 思わず掴みかかろうとした腕を必死に抑え、精一杯冷静に言葉を返す。

 

 「……じゃあどうするってのよ。ここにはプロの魔導騎士の人も多くコーチに来てくれてる。ここ以上に学べる環境なんてそうないわよ」

 

 「いつかみたいに道場破りでもしていこうと思う。綾辻さんの所にでも行ってみようかな。あそこはそういう非公式の試合はお断りだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここに来てない蔵人(くらうど)もいるだろうし」

 

 ───ここはもう踏み台にもならない。

 失意の果てに見限ったのは周囲か、己か。

 ステラの方を見もせずに、突き放すような冷たさで一輝は言い放った。

 

 「ここにいても僕は強くなれない。ただでさえ僕はどうしようもなく弱いのに、事情がどうあれそんな僕に負けるような人たちの集まりになんているだけ無駄だ」

 

 

 「………何て言ったのかしら?」

 

 

 ヂリッ、と一輝の背中が炙られる。

 離れていても火傷するようなエネルギーに、彼女はもう止まる気が無いことを理解した。

 荷物を放り捨て《陰鉄》を握る。

 振り向いたその先にいたのは黄金の剣を天に掲げた、炎と赫怒の化身だった。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()。───その捩じくれた鼻っ柱、今度こそアタシがへし折ってやるわ!!!」

 

 空気を吸い込んで爆炎がさらに噴き上がる。

 瞬く間に熱量を上げていき光の柱と化しつつある炎、その中心に呑み込まれていくような風を受け、一輝も静かに刀を構えた。

 

 「……うん、そうだね。莫大な力と魔力量への対処法はもっと詰めておくべきだ」

 

 呟く言葉は全て己の為。

 ステラの怒りは、まだ届かない。

 

 

     ◆

 

 極光が振り下ろされる。

 怒号の代わりとばかりに初手から放たれた《天壌焼き焦がす竜王の焰(カルサリティオ・サラマンドラ)》を、一輝は斜め前に駆け出して回避と同時に接近。

 《幻想形態》の熱波も厭わずに最小限の距離だけを離して強引に距離を詰め、その勢いをそのまま叩き付けるような刺突を放つ。

 流石にステラの魔力防御を破ることは叶わなかったが、研ぎ抜かれた体捌きによる重擊はステラの頭部に衝撃と痛みを与えた。

 

 「くっ!!」

 

 声も漏らしつつも振り下ろした《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を逆袈裟に斬り上げるが、そこに一輝は既にいない。彼はステラにぶつかった衝撃が自分に返ってくる寸前で力の進行方向を僅かに横にずらし、ステラの横を通り抜けるように背後に回り込んでいた。

 攻撃の気配を察知したステラは即座に《妃竜の羽衣(エンプレスドレス)》を発動。一輝も摂氏3000度の鎧に切り込むような真似はせず、足を使って死角に入り込みステラの攪乱を試みる。

 しかし地の速度で言えば身体能力を膨大な魔力で好きなだけ強化できるステラの方がずっと上だ。底上げした機動力に物を言わせて一輝を強引に捕捉し退くことを許さないスピードで接近、炎纏う一閃を叩き付ける。

 一輝はそれを横に躱しつつ立て続けに突きを放った。

 細剣(レイピア)の技術だ。

 炎に巻かれない距離を保ちつつ攻撃を加えるために、一輝は刺突に特化した剣技を用いることにしたらしい。

 しかしその程度でステラは揺らがない。元よりFランクの彼ではAランクの中でも格別の魔力量を持つステラに傷を付けることは出来ないのだ。

 蜂の群れのような突きの嵐を身体で押し込みながら、ステラは矮小な攻撃すべてを薙ぎ払うように《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を振り回す。

 

 局地的な火炎の旋風が巻き起こった。

 

 一輝は非常に間合いの狭い騎士だ。

 これをやられると一輝は逃げるしか(すべ)がない。

 剣技では敵わないが、距離が離れれば強力な魔法を連発できるステラの独壇場となる。

 一輝をクロスレンジの間合いから弾き出したと確信したステラは炎の《妃竜の羽衣(エンプレスドレス)》を解除。確実に標的を捉えて魔法の狙いを定めようとする。

 

 《妃竜の羽衣(エンプレスドレス)》は空間制圧力に優れる代わりに、燃え盛る炎で術者の視界が極端に悪くなる。

 その弱点を一輝が見抜いていないはずもない。

 クリアになったステラの視界に、彼はどこにもいなかった。

 

 「………っっ!?!?」

 

 ゴッッッ!!!と鈍い音がした。

 ステラの真横にしゃがみこんで視界から外れていた一輝が、全身で振り絞った横薙ぎでステラの膝関節を後ろからブッ叩いたのだ。

 

 傷は入らない。しかし全力を出せば衝撃は何とか通せるのは確認した。

 刀を振り抜いた姿勢をそのまま『溜め』の形に転用。

 達磨落としのように体勢を崩されたステラの脇腹に渾身の刺突が突き刺さった。

 濁った声を酸素と共に肺から吐き出しながらステラの両足が地面から浮く。

 そこを見逃さず一輝はさらに苛烈に攻め立てた。

 頭。胸。喉元。急所を狙った斬擊がほぼ時間差もなく綺麗に命中する。

 彼の才能ではどれも痛打とはなり得ない。

 ───しかし、彼女のプライドはそうはいかない。

 

 「くっ……あああ!!!」

 

 己の技が攻略され、近接戦でもされるがまま。

 屈辱と苛立ちは無理な攻撃を生む。

 思考が一瞬状況の逆転のみに囚われ、ステラは剣筋が悪くなるのも構わず力任せに《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を振るった。

 ………確かに一輝の攻撃がそもそもまともに通らない上に地力で大きく勝っている以上、雑な力任せでも間違いではない。

 しかしその剣筋の乱れた全力こそ一輝が待ち望んでいたものだったのだ。

 まともに受け止めては圧殺は免れないその一撃を彼は《陰鉄》で受け止める。

 そこから伝わってくる埒外の衝撃を円を描くように身体を回して循環させ、自分の打ち込みに乗せた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが黒鉄一輝の7つの秘剣が1つ────

 

 

 「第三秘剣────《(まどか)》」

 

 

 それで、決着。

 己の迂闊を悟ったステラの咄嗟のガードをすり抜け、刃を散々阻んできた魔力防御を彼女自身の力で突き破り、(あやま)たず彼女の胴体を《陰鉄》が通り抜ける。

 

 「あ゛………がぁ……っ」

 

 《幻想形態》でなければ背骨まで達する深さだ。

 呻きながら崩れ落ちるステラに対して、一輝は刀を振り抜いた姿勢のまま動きを止めていた。

 身体の中を流し切れなかった力が暴れているのだ。

 身体がビキビキと音を立てて罅割れていくような激痛の波が引き、一輝は脂汗と疲労の息を漏らした。

 

 「……やっぱり《(まどか)》は難易度が高いな。このレベルの力を逃がすにはまだ体捌きの精度が足りないか。とはいえ………剣筋を乱させておいてこの(ざま)か……」

 

 一輝の表情が暗く歪む。

 腹立たしげな歯軋りを舌打ちで打ち切り、荒々しく放り捨てた荷物を拾い上げる。

 

 「駄目だな。基礎が全然できていない。実戦的な勘を積むよりも、まずは技術の土台をどうにかする方が先決か」

 

 となるとあちこちを渡り歩くよりも衣食住の環境が整えられているここに留まった方が良い。そう判断した一輝は合宿所へと戻るべく倒れたステラの横を通り抜けた。

 ───どうすればいい。どうすれば自分は弱者から脱却できる。

 どろどろと腹の底にへばりつくコールタールのような思考に侵されていき───

 

 「……?」

 

 チリッ、と首筋に何かを感じた。

 気のせいではない。第六感の域にまで至った彼の戦闘勘がそう告げている。

 それは怒りだ。焼き尽くすような殺意だ。

 一体誰の? 問わなくてもわかっている。

 刻一刻と膨れ上がっていくそれを受け止めるように瞑目し、一輝は後ろに向き直り────

 

 

 

 その瞬間、光熱の嵐が全てを塗り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも自分の未熟さを思い知らされてきた。

 この学園に来て、まず王峰一真に完敗した。

 その翌日に黒鉄一輝に破れた。

 その後のショッピングモールでのテロでも不覚を取り、これ以上ないような屈辱を味わわされた。

 思い返す度に腸が煮えるが、それらは全て自分の実力不足が招いたものだ。その悔しさは自分の糧にした。

 

 ───だがあの深緑の魔力の男を前に、自分が戦力として数えられなかったあの時。

 あれだけは違う。

 あれを思い出す度に怒りや悔しさとは違う、別の種類の黒い感情が腹の奥で燃えるのだ。

 

 良くないものだと思った。

 故に自制した。

 あの場は一輝が指示した通り、自分は人質たちを守るのが最善だったのだと、正論で見て見ぬふりをした。

 

 (ああ。そっか)

 

 しかし、彼女は悟った。悟ってしまった。

 その黒い感情の正体を。

 たった今、一輝が自分に目もくれずに横を通り過ぎたその瞬間に。

 

 (アタシ、()()()()()()()

 

 強敵と戦う内に、いつしか忘れていた。

 鍛える度に強くなる自分の力と才能に酔いしれていた頃の気持ちを。

 誰よりも強く産まれたという自信を。

 ───魔力はその人物が担う宿命の大きさに比例する。

 つまり世界最大の魔力量を持つ自分は、それだけ大きく強い宿命を背負っているのだ。

 

 そんな自分を前にその態度は何だ?

 

 自分が私よりも優れているつもりか?

 

 1度勝ったからと調子づいて。

 

 

 自分が吹けば消えてしまうような─────弱者に産まれた分際で!!!

 

 

 

 

 「ウァあア゛アあ゛ぁ、ァァあああ゛ああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛─────────ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 光が爆発した。

 四方八方に吹き荒れた灼熱の鎌鼬が触れたもの全てを灰にして消し飛ばす。

 その嵐に呑み込まれる寸前に一輝は全力で距離を取り、ギリギリで回避に成功していた。

 《一刀修羅(いっとうしゅら)》。

 半歩遅れていれば巻き込まれていただろう位置まで広がっている地面の焼け跡を、一輝は全身に蒼光を纏いながら見下ろしていた。

 

 「………ずっと思っていたんだ。ステラはもっと、傲慢でいいって」

 

 優れた才を持ちながらも努力を怠らず、魔力に劣っていても優れた技を持つ騎士には敬意を払いリスペクトする。

 それは確かに美徳だろう───だが、それは彼女に当てはめるべきものではない。

 自分が1番優れているのだから他人を見習う必要などない。

 どこの世界に兎を羨む獅子がいようか。

 もっと不遜であれ。傲慢であれ。強欲であれ。

 そうすれば彼女の才能は、どこまでも彼女に応えてくれるに違いないのだから。

 

 「けど、それを言ったらステラはもっと自分に厳しくしてしまうだろうから言わずにおいたんだけれど、どうやら()()()()みたいだね。

 ………凄いよ、ステラ。本当に凄まじい才能(ちから)だ」

 

 その時の一輝の表情をもしも少し前の彼自身が見たならば、さぞかし驚いた事だろう。

 ───自分はこんなにも歪んだ顔ができるのか、と。

 

 「『それと同じだけの』なんて大それた事は言わない。

 『その半分程度』なんて贅沢も言わない……。

 その燃え上がる炎の一部分、一欠片………、その散って消える火の粉程度の才能が、僕にもあれば…………っっ!!!」

 

 睨み付ける先でステラが剣を握り締める。

 突き付ける切っ先は眼光と同じ方向を向き、遠く離れた一輝を殺気で貫いた。

 

 「……そんなに自分が弱いと言うのなら」

 

 纏う光が周囲を燃やし、炎に巻かれて空気が唸る。 

 研がれた双眸に犬歯を剥き出し、灼熱の海の中に傲然と立つその姿はまるで───

 

 ─────怒れる竜のようだった。

 

 

 

 「お望みどおり、焼き付くまで教えてあげるわよ。………アンタがずっと憎んでやまない、アンタ自身の弱さってやつを!!!」

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