壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第39話

 ロケットを真横に向けて発射したようだった。

 色が白く飛ぶまでに温度を上げた炎を纏い、ステラが一直線に一輝へと突撃する。

 《(まどか)》が不完全な以上あんなものを直接受け止めるなど自殺行為だ。

 数十倍にも及ぶ身体強化でも力では張り合えず、速度のアドバンテージもほぼ潰された。

 一輝に残された選択肢は、ただ退がる事だけだった。

 

 「逃がす、訳っ、ないでしょうがッッ!!」

 

 足の裏で爆発を発生させさらに加速、一気に距離を詰めて剣の間合いに収め炎纏う一閃を繰り出す。

 炎に巻かれないよう一輝はそれを遠い位置で《陰鉄》をぶつけ防御、そこから伝わる衝撃に逆らわぬよう自分から大きく吹き飛んだ。

 だというのに大型トレーラーに轢かれたような、外した肩がそのまま千切れ飛んでいきそうな衝撃に歯を食い縛る。

 

 (肩関節まで外して力を流したのにこの威力………ッ!?)

 

 頭上から射した光に空を見上げる。

 息が詰まる。

 太陽が分裂したかのような幾つもの光源は全てステラが射出準備を終えた火炎の球だったのだ。

 彼女にとっては数ある手札の中の1つ。

 しかし非才の彼にとっては口を開けて迫る地獄だ。

 そして───降り注ぐ。

 堕落した都市を火と硫黄が焼き尽くすような、そんな光景だった。

 

 「うわぁぁああああっっっ!?!?」

 

 「いっ、いきなり何だ!? 何が起きてんだ!!」

 

 「あの炎、まさかステラさん……!?」

 

 もはや2人の戦いで収まらない。

 破壊の規模が空爆に等しい爆撃の僅かな隙間と時間差の中を一輝は必死で走り潜り抜けていた。

 そして、自らが起こした爆轟を突き破ってステラが一輝の前に躍り出る。

 荒れ狂う爆撃に囲まれて避ける場所などない。

 受け止めようにも自分の《(まどか)》では受け止めきれない。流しきれなかった力に削られたその隙に一発もらって終わりだ。

 ───これだけの攻撃が。

 自分が一生を費やしても出来ないような御技が、彼女にとってはただの布石で目眩まし。

 心を軋ませる一輝はそれでも抗おうとした。

 受け止められないなら剣を振られる前にこっちから攻撃するしかない。

 

 ………ならば奇手だ。予想だにされない奇手でなくては。

 繰り出すのは深く踏み込みながらの、喉元へと一直線に最短距離を走る刺突───から変化する斬り下ろし。

 刺突を弾くか躱そうとした瞬間に身体全体を沈めるように軌道を下方向に変え、刃を回避しつつ鳩尾から股下までを切り裂く─────

 

 

 「─────太刀筋が寝ぼけてんのよ!!!」

 

 

 変化するその前に弾かれた。

 萎縮した心での踏み込みに攻撃。そんな奇を(てら)っただけの腑抜けた技などそもそも通じるはずがないのだ。

 才能に蹂躙され、重ねてきた努力も通じない。

 かつて幾度も味わったはずのその感覚は、今までの何よりも彼の心を抉る。

 大きく刀を弾かれた一輝に容赦なく迫る『詰み』の剣。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故にそれは詰め将棋の最後のように、一輝にとって抗いようのない最後で─────

 

 

 弾かれた刀を引き戻し、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を受け止める。

 やはり到底受け止められない埒外の力に彼が行ったのは、さっき通用しないと判断したはずの第三秘剣《(まどか)》だった。

 円の動きで相手に力を返す。

 それをステラ相手に成立させるには自分の体捌きのどこに問題があるか。

 それを教える教科書は、知らず知らずの内に彼の身体に刻み込まれていた。

 

 

 「がふっ………!!!」

 

 ステラの腹がまたも深々と切り裂かれる。

 しかし一輝の身体には何の変調もない。

 たたらを踏むステラを前に、一輝は呆然と己の身に起きたことを振り返る。

 ────人から見て盗む。

 身体が勝手にその習慣を繰り返した。

 心が折れかけていた彼のその行動については、それ以外に分析のしようがない。

 彼が体捌きのお手本として要素を盗んだのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 しかしステラの腹に『血光』はもうない。

 間違いなく勝負を決するような深手が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 才能。

 またも、才能。

 自分の出した結果を易々と塗り潰すそれを前に、一輝は、慟哭のように吠えた。

 

 「これもっ………、これでも通じないのかああぁぁぁあああっっ!!!」

 

 第一秘剣《犀擊(さいげき)》。

 彼の持つ剣技の中でもっとも突破力に優れるそれをステラは力で弾き、一輝はそれをまた《円》で返す。

 また防がれる。また返す。防がれる。返す。

 ここに来て、一輝はステラに拮抗していた。

 

 「……何の文句があるのよ」

 

 口の端から炎が漏れる。

 まさに自分と対等に斬り結んでいるどこまでも真っ直ぐだったはずの小さな巨人に、ステラは忸怩たる思いをぶちまけた。

 

 「どんな目に遭っても、イッキは自分を諦めなかった! ランクなんて関係ない、才能に恵まれなくても努力で対等になれるって事をアタシに見せてくれたじゃない!!

 自分よりずっと恵まれた人たちの中を勝ち抜いて、こうしてアタシとまともに打ち合って!!

 それがなんでそんな風になっちゃってるのよ!!」

 

 「()()()、だって……!?」

 

 ぎし、と握り締めた《陰鉄》の柄が軋んだ。

 

 

 「自分を信じて、諦めず努力して────それで結局────この(ざま)じゃないか!!」

 

 

 ステラの剣に一輝の刀が叩き付けられた途端、ステラの体内に破壊的な衝撃が炸裂した。

 衝突の瞬間、一輝は体幹で生み出した力を刀を通じて体内に叩き込む浸透勁───第六秘剣《毒蛾(どくが)太刀(たち)》を上乗せしたのだ。

 思わず後ろに下がったステラに、一輝はさらに深く踏み込んでいく。

 

 「僕が弱かったから、信じるにはあまりにも弱すぎたからカズマはあんな事をした!

  僕に少しでも才能があればこんな事にはならなかったんだ!!

 それさえ……それさえあったら………!!」

 

 「知っっっったこっちゃないのよアンタの無い物ねだりなんて!!!!」

 

 ブッ飛ばされた。

 浸透勁による体内へのダメージを即座に再生してステラは剣を振るう。

 想定していた隙を潰す攻撃に対応が遅れ、力は逃がしたものの一輝はまた大きく距離を離される事となった。

 

 「他人に何を言われても自分を諦めないって言ってたじゃない!! そんなイッキだからアタシは貴方の全てを知りたいって、一緒に高みを目指そうって思えたのよ!!

 大切な友達が誇りを守る為に戦ってるのに、それを先走って台無しにした馬鹿のためにそんな諦めたような顔するんじゃないわよッ!!」

 

 《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》から炎の竜が迸る。

 1匹、2匹、3匹。有り余る魔力に物を言わせ複数体生み出された《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》が一斉に一輝へと襲いかかった。

 しかし何よりも信じていた友人を曲がりなりにも貶められた一輝もやられっぱなしではない。

 意思をもって迫る炎竜の牙をすり抜け、軌道を誘導し、3匹全てをぶつけて同士討ちさせた。

 瞳に怒りを宿し、飛び散る炎の中をステラに向けて一直線に駆け抜ける。

 そして、斬った。

 ────()()()()()()()

 

 ステラは防御するでも迎え撃つのでもなく、剣も構えずに、ただ迎えたのだ。

 刃を身体に通され、それでも表情に苦悶はない。

 殺意を手放し、涙を(たた)えた目差しで一輝を見つめるその姿は、まるで泣きじゃくる幼子を胸に抱くように優しかった。

 

 「………アタシが好きになったのは、いつだって上を向いて自分自身を誇り続ける、黒鉄一輝という騎士なのよ」

 

 「──────」

 

 「辛いのはわかる。苦しいのもわかる。腹に据えかねるものがあるなら、好き勝手に吐き散らかしてもいい。

 だから………───」

 

 そっと伸ばされた手のひらが一輝の胸ぐらを掴み、そのまま思い切り手繰り寄せる。

 たぶん一輝は、《幻想形態》を解除しなかった彼女の理性に感謝するべきだ。

 目を剥いた彼が最後に見たものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 「アタシの前では、ずっと格好いいアンタのままでいなさいよこのバカァァアアア─────ッッッ!!!」

 

 

 

 頬を打たれた音が、もはや爆音。 

 恐らくは人類史上最強の威力だろうビンタが一輝の顔面に叩き込まれた。

 真横に吹っ飛んだ一輝がそのまま建物の壁に突き刺さり身体全体で大穴を開けた。それらのダメージは《一刀修羅(いっとうしゅら)》の魔力放出が防いでくれたが、気絶して《一刀修羅》が解除されるよりも早く建物に激突できたあたり彼も悪運が強いのかもしれない。

 

 他の生徒達が集まってくる。

 コーチとして呼ばれたプロの魔導騎士たちも駆けつけてきた。

 事情を聞かれたステラの「ケンカしてました」の一言に彼らがどんな表情をしたか、残念ながら一輝は見ることが出来ていない。

 

 優しい青年の初めての大喧嘩は、1人の少女の目覚めを成果に幕を下ろした。

 

 

 

     ◆

 

 目を開ける。

 消毒されたシーツの匂いに、部屋に射し込む月の光。

 目線を動かせば、そこには炎髪の彼女がいる。

 桐原静矢と戦った後も、そういえばこういう景色を見たと思う。

 

 「おはよ。身体はどう?」

 

 「ステラ。……うん、大丈夫。痛みもない」

 

 とはいえ何となく起き上がる気にはなれない。

 ここに至る経緯を思い返すと、全身を鉛のような重さにのし掛かられているような感覚を覚える。

 首を回して月明かりの射す窓から外を見てみれば、来た時となんら変わらない風景が広がっている。

 

 「……建物とかグラウンドとか、結構ひどいことになってた気がするんだけど」

 

 「駆けつけた理事長先生が()()()()()()わ。原因を聞かれたから、『ぜんぶイッキが悪いです』って答えちゃったけど。

 ………嘘よ、嘘。素直に自首したわ。

 伐刀者(ブレイザー)が訓練に使ってるんだからこういうこともあるって、お咎めはなかったけれど」

 

 「そっか。……けど、嘘でもないよ。自棄の勢いで色々と火種を撒いたのは僕だしね」

 

 少しの沈黙。

 それを破ったのは、ぽつりと呟くような一輝の謝罪だった。

 

 「………ごめん。色々とみっともない所を見せたね」

 

 「そうね。2度としないで欲しい………って言いたい所だけど、今回はしょうがないと思うわ。皆つらそうだったけど……1番打ちのめされたのは、間違いなくイッキだから」

 

 「ねえ。ステラ」

 

 「なに?」

 

 「その『しょうがない』に、少しだけ甘えさせてもらってもいいかな」

 

 「……ええ。勿論」

 

 ありがとう、と。

 溜めるような沈黙の後、一輝は滔々と胸の奥の(おり)を吐き出し始めた。

 

 「正直、彼はいつかやるんじゃないかと覚悟はしていたんだ。あの事件から去年の事もあって、カズマにとって黒鉄の本家は変わらず(ただ)すべき対象だったから。皆と関わって落ち着いてたのに今回の件で沸点を超えたって事なんだろうけど」

 

 ぎり、と握り締めた拳が軋む。

 

 「けどさ、おかしいじゃないか。そりゃ僕は前にカズマの暴力に助けられたさ。でも今回のは蹴って潰して解決って問題じゃなかっただろう、それが何でこんな国家レベルの大事になってるんだ。

 1度は我慢できたならその先も考えてくれ。導火線が短いにも程がある」

 

 「そうね」

 

 「だいたいあんな事をしたら自分がどうなるかすら考えないのが有り得ないだろ。少しでも思い止まる未練は無かったのか。刀華さんや泡沫さんがどれだけ苦しんでると思ってるんだ。

 自分の行動で傷付く人がいる事を想像すら出来なかったのならもう見下げ果てたよ」

 

 「そうね」

 

 「……桐原くんと戦う前、緊張してる僕にカズマは言ったんだ。『たとえ負けても最低限俺は残る』って。

 なのにこれだよ。自分は孤独じゃないって、査問中もずっとそれを支えにしてたのに。

 信用させておいて全部壊してパッといなくなって、こんなの裏切りじゃないか」

 

 「………そうね」

 

 「………ステラ。僕の強さはカズマにとって、信じるに足りない程度のものでしかなかったのかな」

 

 彼女は答えなかった。

 そうではない、と否定したかった。しかしそれは何の根拠もない慰めどころか、彼の傷に塩を塗る行為でしかないとわかっているから。

 本当に吐き出させる事しか出来ないのね、とステラは不甲斐ない自分に歯噛みする。

 他者の気遣いでは役に立たない。

 自分で原因と直接向き合わなければ、彼の痛みは、癒せない。

 

 「憎いよ、ステラ。信じてくれなかったカズマも、信じてもらえなかった自分も、………無くなってしまったけれど、僕らをこんな風にした査問委員会も………」

 

 声が震える。

 瞼を押さえる指の隙間からそれでも(こぼ)れた透明な雫が、月の光を受けて僅かに光る。

 剥がれた瘡蓋(かさぶた)から溢れる血は、何よりも悲痛な色をしていた。

 

 「最悪の気分だ………。僕はもう色んなものが、憎くて憎くてたまらない……………ッッッ!!!」

 

 そして、とうとう嗚咽が溢れ出した。

 今の今まで泣き方を忘れていた想い人の不器用な呻きに、ステラはそっと彼の手に己の手を重ねた。

 彼はどこまでも真っ直ぐだった。

 他者に向けるべき憎しみという感情を、自分に向けることしか出来ない程に。

 一輝の中では、ステラと衝突したこともただの八つ当たりだと自己嫌悪の1つになっているのだろう。

 それでもこれを期に、彼が誰かに寄りかかることを覚えてくれればいいな、とステラは思っていた。

 

 

 

 そして翌日、一輝は刀華や泡沫に頭を下げていた。

 ご迷惑をおかけしましたという謝罪の言葉に、頭を上げて欲しい、と2人は言う。

 

 「迷惑だなんて思っていません。むしろ、これで一輝くんが持ち直せたのなら喜ばしいことだと思っています。………力不足を悔やむ気持ちは、痛いほどわかりますから」

 

 「……みんな大切な時期なんだから、ボクらもそろそろしっかりしなきゃね。あそこまで暴れてくれたら、逆に冷静になっちゃったよ」

 

 「ありがとうございます。……だけど僕は、貴方たちに、(あらかじ)めもう1つ謝らなければならない」

 

 予め謝っておく事?

 頭に疑問符を浮かべた刀華と泡沫を、頭を上げた一輝は真っ直ぐに見つめる。

 その瞳には昨日までの危うい自棄ではなく、明確な目的意識を固めた強い光が宿っていた。

 

 

 「昨日の夜に決めました。もしこの先、彼に会う事があったなら、たとえ貴方たちが本気で止めようとしても────僕は2人の幼馴染を、本気でぶん殴らせてもらいます」

 

 

 「………それでしたら、なおのこと謝る必要なんてありませんよ」

 

 一輝の暴力的な宣言を受けても、刀華たちは少しの動揺も浮かべない。

 それどころか刀華に至っては微笑みすら浮かべている。

 しかしその笑みに一切の優しさはない。

 見かけだけは柔らかな表情を浮かべている刀華の背後に、一輝は憤怒の鬼を見た。

 

 

 「彼を本気で殴ろうと決めているのは、何も貴方だけではありませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして巨門学園との合同合宿は終わった。

 しかし自らの懊悩にそれぞれの答えを見付けた彼らを待ち受けていたものは、何よりも信じがたい光景だった。 

 日本総理大臣、月影(つきかげ)獏牙(ばくが)

 『国際魔導騎士連盟』脱退を掲げる彼が自身を理事長とし、新たに《(あかつき)学園》という騎士学校を創設したと宣言した。

 

 その目的は《七星剣武祭》の崩壊。

 全ての騎士学校への、宣戦布告。

 

 ずらりと横に並んだ暁学園の『生徒』たち。

 一目で只者(ただもの)ではないと思い知らせてくる佇まいの彼ら。しかしそんな強者たちに欠片の意識も向かない程に、刀華はその中の1人に目を奪われていた。

 

 「なんで………」

 

 彼女だけではない。全員が我が目を疑った。

 だって、おかしいから。

 有り得ないから。

 そこにいるなんて有り得ないはずだから。

 

 「何で………っっ!」

 

 感じた事もないような怒りが噴き上がる。

 荒れ狂う感情で身体が発火しそうだ。

 きっとこれから先、これ程の激情を人に向ける事なんてないだろう。

 今にも斬りかかろうとする衝動をそのまま怒声に変えて、東堂刀華は吠えるように叫んだ。

 

 

 「何で貴方がそこにいるんですか──────

 

 

 

 ────王峰一真ぁぁあああッッッ!!!!」

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