壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第40話

 「……もう1度聞こう。お前はなぜ連盟の支部を襲撃した?」

 

 「同じように答えましょうか。子供の頃に俺は本家に楯突いた(かど)で家から追放され、天涯孤独になりました。俺は10年の月日を苦しみの中で生きてきた。その復讐です」

 

 「どうして今になってそれを?」

 

 「それが出来るだけの力を身につけたからです」

 

 「本家への復讐が理由なら、なぜ関係のない倫理委員会の査問員たちを殺した?」

 

 「本家でなくともその手足だ、どうせロクな事はしちゃいない。当主1人で晴らせなかった恨みはそいつらに解決してもらうべきでしょう」

 

 強い怨恨。

 身につけた力。

 連盟支部へのテロ。

 頭の中で結び付けたそれらから単純な復讐よりもさらに切り込んだ答えを出せたのは悪と向き合い続けた刑事としての勘だろう。

 ただし。

 それが目の前の怒らせてはならない大男の怒りの琴線である事までは知る由も無かったようだが。

 

 

 「お前の言う力とは─────《解放軍(リベリオン)》という後ろ楯か?」

 

 「違う」

 

 

 太く巨大な剣を突き立てられたようだった。

 たった3文字の発音に圧縮して込められた低く重い怒りの響きに、海千山千であるはずの強面の刑事が潰されたように言葉に詰まる。

 沈黙が流れた。

 聞かれて答える一方通行が途切れた今が発言の機会だと思ったか、大男は逆に刑事へと質問をした。

 

 「………黒鉄に関係のない一般人は何人死にました?」

 

 「………。これで今日の取り調べは終わりだ」

 

 答えは得られなかった。

 まだ正確な数を把握できていないのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、深追いはしない。

 硬い声で告げられた知らせに、お疲れ様です、と大男が素直に頭を下げる。

 力で答えを迫られる展開を覚悟していたのだろう。ずっと緊張の嫌な汗を流していた刑事が、何事もなく終わったのだとようやく安堵を見せる。

 国際魔導騎士連盟の日本支部が壊滅させられた前代未聞のテロを受けて、警視庁はかつてない緊迫に包まれていた。

 大勢の人間が駆け足で行き交う音に、硬い声で話し合う声。扉や壁の向こうから決して小さくない大きさで聞こえてくる。取り調べを終えて部屋から出ていった刑事もまたその中の1つとなって混ざった。

 事態の究明と収束に奔走する人々。

 惨劇の裏側の、ほんの上澄み。

 その中心であるはずの自分を置いて状況が駆け回っているのを聞いていると、それがどこか別世界の出来事のような奇妙な感覚を感じてしまいそうになる。

 

 「……思ってた扱いと(ちげ)ぇなァ」

 

 上質な調度品で整えられた部屋に浮かぶ静かな困惑。柔らかな上質のソファに身体を沈め、王峰一真はそうぼやいた。

 

 

     ◆

 

 

 国際魔導騎士連盟の壊滅から数分後に一真が警視庁に自首してから1日が経過した。

 初日は警察も事態の把握に追い立てられ取り調べもままならなかったが、今日はまともな聴取を行うことが出来た。

 しかし、だ。

 犯人の本来ならまず留置場に勾留されてしかるべきなのだが、一真の身柄は客人を応接するための部屋に留められていた。

 寝室として与えられたのは職員の仮眠用のベッド。テレビも見れるしそれなりの食事や飲み物も出る罪人にあるまじき厚待遇に戸惑うが、しかし同時に彼はその理由を理解できてもいた。

 

 自分を安全に閉じ込められる場所がないのだ。

 

 Aランクの伐刀者(ブレイザー)

 高層ビル1棟を縦に圧し潰す力。

 留置場も拘置所も刑務所も、そんな力の持ち主を放り込んだ所で紙細工のように叩き壊されるのがオチだ。

 一真としてはそんな真似をする気なぞさらさら無いが、こんな歴史に残るようなテロリストの道徳など人が信じられるはずもない。

 閉じ込める意味が無いのなら、不満の無い環境を作ってそこにいてもらう方がよっぽど安全という考えなのだろう。

 化物と呼ばれる事も怯えられる事も1年の内で慣れたつもりだったし、こういう認識をされる事も承知の上だが………社会そのものから腫れ物扱いされるのは、やはり想像以上に心にくる。

 

 (……まァ、気にする資格も無ぇけども)

 

 リモコンを手に取り、テレビをつける。

 何回かチャンネルを回してみたが、やはりどこも連盟支部の崩壊という一大ニュースで持ちきりだった。

 ついでに怪我人や死亡者など被害者数の情報が出ていないか一通り見てみたが、まだ調べを進めている段階らしい。

 ………潰すべき者とそうでない者の区別は付けていた。

 事態がすぐに広まるよう、わざと目立つように叫んで壊した。

 黒鉄(いつき)に始末をつけた後も、一般職員が全員逃げ出せるだけの時間は作った……つもりだ。

 この上なく身勝手だが、後は職員たちの統率と冷静さ、そして当主の避難指示の的確さに依存する他ない。

 偽善とはこうまで醜いものか、と自嘲の笑みを漏らして液晶画面を眺める一真だが、そこである事に気がついた。

 

 「………………?」

 

 妙だ、と一真は眉根を寄せる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あれだけ大規模に魔力を放出して、なのに一般人で誰も目撃した者がいないのか?

 あれだけ何度も何度も『これは復讐だ』と喧伝しながら破壊を繰り返していたのに、誰もそれを証言していないのか?

 そもそも自分はこうして自首しているのだ。

 市民らの混乱を防ぐためにも、容疑者を確保している事は真っ先に周知せねばならないはず。

 なのにこれは一体………?

 

 (……伐刀者(ブレイザー)そのものの評価が落ちかねないからか? いや、そもそも《解放軍(リベリオン)》って組織がある時点で『そういう奴もいる』って認識はあるはずなんだが……)

 

 何らかの意図で情報が統制されている。

 しかし誰の? 何の意思で?

 得られるメリットが何も見えない。

 まだ何者かが犯人(じぶん)を隠そうとしているのだと決まった訳ではないが、強いてまだ有り得そうな目的を予想するのなら────

 

 (俺に恩を売ろうとしてる、とか───)

 

 がちゃり、と扉が開く。

 振り返ったそこにいたのは、やはり硬い面持ちをした職員。現時点の一真の見張りを担当している伐刀者(ブレイザー)だ。

 取り調べは終わったはずだ。ならば何の用だ?

 いよいよ拘置所に移されるのだろうかと考えていた一真だが、しかし職員の口から出てきたのは予想外の言葉だった。

 

 「面会だ。出ろ」

 

 

 

 まだ拘置所に移されていない段階でも面会は出来るのか。このレベルの罪人が何の拘束もなく面会など許されるのか。

 そもそも面会が許されるにしても、警視庁の外で顔を合わせる事になるのは流石におかしいんじゃないか?

 その辺りの知識がない一真にはこの展開が法的に適切なものなのかは分かりかねたが、少なくともこの場においては何の問題も起こり得ないと警察側が確信したからなのは察しが付いた。

 喉が干上がる。

 心臓が締め上げられる。

 外にいるのに四方から押し潰されるようだ。

 (きた)る結末を受け入れた死刑囚のようだ、と───彼の顔を刑務官が見ればそう感じたに違いない。

 

 呼び出されたのは駐車場。

 彼を待ち受けていたのは2人の女性。

 一真を送り届けた見張りの職員が速やかに離れていく。

 味方であるはずもない靴音が遠ざかっていくのに頼りなさを感じてしまう位には、今の彼には恐怖が満ちている。

 

 

 「…………」

 

 「よっす」

 

 

 西京寧音。

 そして新宮寺黒乃。

 

 彼女らの姿を正面から見るだけで、一真は一生分の勇気を使ったような気がした。

 

 

     ◆

 

 

 「いやー。やっちまったねぇ、カズ坊」

 

 「…………、……」

 

 「まま、そんなビビらずに力抜きなよぉ。何も取って食おうってんじゃねーんだからさ」

 

 険しい顔と強張った顔が揃って無言を貫く中で、寧音だけがからからと笑う。

 豪奢な着物を蝶のようにはためかせて一本下駄を軽快に鳴らし、彼女は一息に一真の懐に飛び込んだ。

 自分の倍はありそうな大男の顔を、寧音は懐かしむように見上げている。

 

 「最近面と向かってまともに話してなかったからかねぇ。ずっと昔の鼻っ垂れが随分でっかくなったと思ってたけど、思ってたよりもずっとでっかく感じるよぉ」

 

 「……姉ちゃん。俺は……」

 

 「昔っからそうだった。院の子供が苛められたって聞いたらその学校にまで乗り込んで、成長してからも職員室と人間1人をブッ壊して。……とにかく敵と見たら潰さなきゃ気の済まないタチだったねぇ」

 

 だが、懐かしむのはそこまでだった。

 普段通りの快活さが消え、声の温度とトーンが氷のように一気に下がる。

 

 「けどお(めー)も見てたろ? 自分を育ててくれた先生が、その学校の先生に頭下げてるトコ。

 何かの拍子でレールを踏み外しかねないお前を周りの人間がどれだけ気にかけてたと思う? わかってねー訳はないよねぇ。そこは自分自身よーく自覚してるトコだろーよ」

 

 それを合図にしたかのように黒乃の靴音が近付いてくる。

 2人は何をするか予め決めていたに違いない。

 この直後に何が起こるかを想像できないほど、一真は察しの悪い方ではなかった。

 

 「こっから先の処遇は法律が決める。けどこの先、黒坊や刀華ともいつか顔を合わせる日が来る。だからこいつは、その日の予行演習とでも思っとけばいいさね。まーつまり何が言いたいか、ってーとねぇ」

 

 そして────

 

 

 

 「─────歯ぁ食い縛れ、馬鹿餓鬼(ガキ)

 

 

 

 寧音の握り拳と黒乃の平手打ちが、ほとんど同時に一真の顔面に炸裂した。

 

 

 

 まずは寧音だ。

 少女のそれと変わらないサイズに巨岩の重量を内包した握り拳が頬に炸裂し、一真の身体は錐揉み回転しながら吹っ飛ぼうとした。

 そこで多分、時間が一瞬だけ止められた。

 飛ばされかけた一真の頬に何の脈絡もなく叩き付けられたワイヤーで打たれたような衝撃が、彼の身体を真下に叩き落とす。

 頭が割られたスイカのようにならなかったのは流石の耐久力だろうが、たった2撃でもう指の先まで動かせない。

 コンクリートに巨大な罅が入る程の力で地面に頭からキスをした一真は、苦悶の絶叫すら上げられない有り様だった。

 

 「がっ………か………っ!!!」

 

 「王峰。前にお前は言っていたな。『曲げたくないものを貫くだけの力は持っている』、と」

 

 潰れた虫のように地面にへばりつく一真を見下ろしてそう語りかけたのは黒乃だった。

 フィルターに届くまで短くなった煙草の脇から紫煙を吐きながら、彼女は重苦しそうに言葉を紡ぐ。

 

 「確かにお前には力があった。だがお前の思想は私が思うより、余りにも目的以外が見えていなかったという事なんだろう。

 ………残念でならん。お前程の力の持ち主がその振るい方を誤ったのも、自分の生徒が破滅の道を進んだのも」

 

 「……………ッッッ!!」

 

 言葉が出ない。

 衝撃で狂った臓腑が機能を忘れている。

 それでも───それでも言わねばならない。

 主張せねばならない。

 悪である事は承知の上だったと。

 それでも自分は、自分の選択に─────

 

 

 「────『後悔はしちゃいねえ』、だろ?」

 

 見透かすように。

 まるで一真が思考を口に出していたかのような一言一句違わぬ正確さで、寧音が思考の続きを引き継いだ。

 

 「知ってんよ。刀華からも、くーちゃんからも聞いた。カズ坊、本当は矛を収めようとしてたんだろ? 煮えた(はらわた)で、それでも黒坊の為の最善を考えてたんだろ?

 それでも何か、どうしても許せねー事があそこであったんだねぇ。

 ………疑いやしねえさ。それで自分が損をする事になったとしても、カズ坊の怒りは昔からいつも正しかった」

 

 「──────」

 

 「先生としての説教はさっきので終わり。だからこいつは、うちからの個人的な気持ちさね」

 

 寧音はまだ動けない一真を抱き寄せ、そっと自分の胸に抱擁した。

 小さな手のひらが彼の頭を優しく撫でた。自分の倍はありそうな大男を、まるで小さな子供をあやすように。

 

 それは友人に背を向け罪を犯した一真に、ようやく与えられた温もりだった。

 

 

 

 「────よくやったよ。お前、友達の鑑だ」

 

 

 

 「……ぅ………っっ!!」

 

 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、一真の目頭が決壊しかけた。

 だけどその感情に、彼は全力で蓋をする。

 ───自分の行動に後悔はない。

 この優しさに涙を流すことは、自分で掲げたその旗を捨てる事に他ならないのだから。

 

 「……寧音。甘やかすな」

 

 「何だよー、くーちゃんだって延々頭抱えて灰皿を煙草の剣山にしてた癖にさぁ。

 『私がちゃんとしていればこんな事にはならなかった』、『生徒を導けもしないで何が教師だ』ーって」

 

 「寧音!!」

 

 いささか手遅れなタイミングで全力で遮ってきた黒乃を楽しそうに笑う寧音。

 いつの間にか緊迫した空気は消えかけていた。

 こほん、と誤魔化すような咳払いを挟み、黒乃は厳しい瞳で寧音に抱かれたままの一真に向き直る。

 

 「……ともかく、王峰。解決する方法を1つしか知らないのなら、関わった問題全てを自分が動いて解決しようなどと考えるべきではない。

 どう力を振るうかではなく、()()()()()()()()()()()()───今回お前は、それをもっとよく考えるべきだった」

 

 「そーそー。そもそもうちもくーちゃんも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だってのに、いつどうやって空の果てまでブッ飛ばしてやろうか考えてる内に───どっかの(おとうと)弟子が先走りやがってねぇ。

 大人が背負うべきモンを子供がしゃしゃって持って行っちまった、こいつはそのお仕置きさね」

 

 

 

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