壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第41話

 「だから寧音、私達は諫める側なんだ。そういう遠回しにでも肯定するような事を言うんじゃない」

 

 「いーじゃんよ。どうせこっから先イヤって程糾弾されんだ、少しくれー親身になってやれる奴がいたっていいっしょ」

 

 「………、」

 

 黒乃はそれを否定しなかった。

 やれやれと首を振った後、ぱん、と乾いた銃声が1つ鳴る。

 黒乃が二丁拳銃の霊装(デバイス)の片方を一真に向けて引き金を引いたのだ。

 そして発動した《時間》を操る能力。

 一真が2人から受けた痛みや負傷、駐車場の損壊。刻まれた全てのダメージが食らう前の状態まで巻き戻った。

 

 「さて、私達はそろそろ帰ろうか。処理せねばならないものも大量にあるし、これ以上警察に無理を通してもらう訳にもいかん。

 ……王峰。裁きを受け、しっかりと向き合う事だ。自分の行動の結末とな」

 

 「しっかり務めなよぉ、うち以外もちょいちょい面会には来るだろうからさ。ま、当分の間はブチギレてるツレに平謝りするだけになりそーだけどねぇ」

 

 「………ありがとう。本当に」

 

 もう彼女らの語気に冷たさや刺はないが、これで許された訳でも、まして許される訳でもない。

 しかしこうして気にかけてくれる存在がいるという事が、今の一真にとっては何よりの救いだった。

 話が終わったのを見計らった職員が一真の元に戻り、彼らの別れの会話は終わる。

 2人は自分の生きる世界へ。

 1人は自分が収まるべき所へ。

 互いに手を振り合えど、同じ世界で(まみ)える日はきっと遠い未来の話だろうが……それでも、袂はまだ分かたれていない。

 確かに在ると感じた繋がりを抱いて、互いに背を向けそれぞれの場所へと歩き出し────

 

 

 「ふむ。どうやらタイミングが悪かったようだ」

 

 

 そこにいた人物に驚愕した。

 そこにいたのは暗い色調の赤いスーツに、色の入った眼鏡をかけたロマンスグレー。その顔もその声も、この国で覚えのない人間などまずいまい。

 

 「月影先生………!!」

 

 「おお。久し振りだねぇ、滝沢君……いや、今は新宮寺君か」

 

 狙い澄ましたかのようなタイミングで現れた恩師の姿に、短くなった煙草が黒乃の口の端からぽろりと落ちた。

 日本の現総理大臣─────月影獏牙。

 まるで散歩のついでに知り合いに出会ったような気軽さで、彼はかつての教え子に喜ばしそうに声をかけた。

 

 

     ◆

 

 

 「……俺に、何か用ですか」

 

 何の前触れもなく現れた国家の重鎮。

 ふらりと現れるには余りにも大きすぎる人物を前に絶句する3人だが、一番最初に会話の口火を切ったのは一真だった。

 考えうる限りこの国で最大の権力を持つ人間が、何の脈絡もなくここに来るなど有り得ない。

 何か理由があるのなら、この場でそれになりうる事情を持っているのは自分だけだろう。

 そんな一真の予想は、どうやら正解だったらしい。

 

 「ああ。君に1つ相談というか頼み事があって、少々強引に来させてもらったのだよ。2人だけで話したいから可能な限り迅速に動いたつもりだったのだが、かち合ってしまうとは……滝沢君、君たちには席を外してもらう事はできるかね?」

 

 「……内容によりますが。私の生徒ですので」

 

 キナ臭いものを感じてか黒乃は退かない。

 新宮寺君や西京さんに話すには早いのだが、と月影は顎に手を当てて思案する。

 その頭の中でどんな思考を巡らせているのかはわからないが、テロリストである自分以外に聞かれたくないのなら少なくとも良い知らせという訳ではないだろう。

 しばし黙考していた月影はやがて決断したように頷いた。

 

 「こうなっては仕方ないか。場所を変えよう」

 

 

 

 重犯罪者に対する異例の厚待遇。

 庁舎の外での面会という法規の無視。

 さらに第三者による部屋の貸切と職員の締め出し。

 今日ほど警察の権威が侵害された日も無いだろう。赤ら顔で青筋を浮かべる長官の顔にひどい申し訳無さを感じつつ、一真は月影に連れられて駐車場から庁舎内の一室へと移動した。

 傍らには警戒心を露にしている黒乃と寧音もいる。

 

 「……それで、話ってのは?」

 

 「ああ。警察の方々にも申し訳無いから単刀直入に言おう。……王峰一真君。君に私の計画を成し遂げる為の協力者となってほしい」

 

 「計画? どんな」

 

 

 「日本の《国際騎士連盟》からの脱退。及び《同盟》への鞍替え」

 

 

 余りにも。

 余りにも規模の大きな話に、一真は絶句する他なかった。そして黒乃はあるいは一真に向けたものよりも厳しい顔で月影に問い質す。

 

 「なぜそのような事を?」

 

 「この国を守る為だよ」

 

 こつこつと靴音を鳴らして月影は部屋の中央へと移動する。

 

 「日本も所属する《国際騎士連盟》。アメリカや中国などの大国が結んだ《大国同盟(ユニオン)》。そして超巨大犯罪結社《解放軍(リベリオン)》。

 今この世界は3つの勢力が拮抗し、三竦みの形を作って大きな衝突を避けることで仮初めの平和を保っている。

 ……そして、その拮抗はもう長くは続かない」

 

 「……寿命。ですか」

 

 あの《解放軍(リベリオン)》が皮肉にも平和の維持に欠かせない柱であった事に衝撃を受けていた一真だが、伐刀者(ブレイザー)として教わった知識が黒乃の言う『寿命』の意味を弾き出す。

 《解放軍(リベリオン)》盟主────通称《暴君》。

 第2次世界大戦(WW2)以前から史実に名を連ねているならず者の王だ、考えてみれば現在かなりの高齢であるはず。

 それが天寿を迎えてしまえば───三竦みの一角が崩れる事になる。

 

 「そう。そしてその事態を見越した国々が、もう既に《解放軍(リベリオン)》の囲い込みに動いている」

 

 「な……っ!?」

 

 「その点において《解放軍(リベリオン)》に対して明確な敵対姿勢を取っている《連盟》は大きく不利だ。《暴君》が死ねば大多数の戦力は《同盟》に流れるだろう。そうした囲い込み競争の後に必然的に生じるのが、………第3次世界大戦(WW3)だ」

 

 この世界を大国による分割管理下に置くことを目的とする《同盟》と、小国同士が協力して今の世界を守ろうとする《連盟》は決して共存できない。

 三竦みの一角が落ちれば必ず大戦は起きる、と月影は言う。

 

 「つまり先生はその戦争で勝ち目の薄い《連盟》から抜け出して、多少不利な条件を呑んでも《同盟》に加わる事がこの国を救う方法だとお考えなのですね」

 

 「ちょっといいかい」

 

 ひょい、と寧音が挙手をした。

 

 「確かにその話にゃ納得した。戦争が起こるってのも無え話じゃねえんだろうさ。

 ……けどよ。《連盟》と《同盟》が争うとしても、流石に組織の人間ぜんぶがドンパチやりたがってる訳じゃないっしょ。

 うちも世界情勢だの組織の繋がりだのに詳しい訳じゃねーし、あんたの考えは正しいとも思うけども………、そういう奴らと結託して戦争って事態を回避しようって方向に持っていく方が正道ってモンじゃねえのかい?」

 

 「そうだな。それを遂げる難易度はさておいても、確かにそれは理想的な指針ではある。しかし駄目だ。世界大戦は必ず起こってしまう」

 

 「……根拠はありそうだねぇ」

 

 「無論だとも。これからそれを見せよう」

 

 言葉と共に月影は両腕を前に突き出した。

 月の輝きのような淡い光と共に、広げた両手の前に金色の装飾が施された水晶球が現れる。

 それは、他ならない月影獏牙の霊装(デバイス)だった。

 そして─────

 

 「万象を照らせ。────《月天宝珠(げってんほうじゅ)》」

 

 

 

 炎があった。

 死があった。

 地獄があった。

 瓦礫に下半身を潰され、零れた臓物を引き摺って這い逃げる少年が一真のすぐ隣で炎に巻かれた。

 一真たちが()()()()()()は街と文明が炎に包まれ、逃げ惑う人々が生きながら焼かれる、血と苦鳴と炎の光景。

 炎の熱も、耳をつんざく絶叫も、肉の焦げる臭いも、その全てが()()()()()()()

 胃袋からせり上がってくるものを強引に飲み下して耐えた一真は、そこで信じがたいものを見た。

 それは、斜めに(かし)いだ東京のシンボル───

 

 (スカイツリー……!? これ、が、東京の光景だ、ってのか……!?)

 

 「先生……! これは一体……!?」

 

 「私の《月天宝珠(げってんほうじゅ)》は一定範囲内の人や場所の『過去』を覗き、今現在の因果線上に存在する『未来』を予知夢という形で私に見せる。

 これはそんな力が私に見せた、今のままではいずれ(きた)る東京の姿だ。

 それを私という人間の過去から再生している」

 

 この月影の言葉に、一同は揃って目を剥いた。

 月影がパチンと指を鳴らすと部屋に映し出されていた()()が閉じ、《月天宝珠(げってんほうじゅ)》を消した。

 

 「私はこの光景が、《連盟》と《同盟》による世界大戦によるものだと考えている」

 

 「……せめてその戦禍から日本を守るための鞍替え計画に、協力してくれって事ですか。具体的にはどういう内容なんです」

 

 「《七星剣武祭》を利用する」

 

 惨憺たる体験に一気に精神を消耗した一真はふらつきそうになる身体に力を込めて答えを求めたが、返ってきたその答えには疲弊した肝を抜かれた思いがした。

 

 「………は……!?」

 

 「私が手ずから集めたメンバーで『連盟よりも我々の養育体制の方が優れている』と主張し、《七星剣武祭》に()()()()()()()()()()()()()()。そこで優勝を勝ち取り、日本の主権を取り戻すという名目で『連盟』からの脱退を果たす。

 君にはそのメンバーの1人となってもらいたい」

 

 「待ちなよ。そこまで上手く事が運ぶ訳がない。出場停止になるだけだろーよ」

 

 「運ぶとも。丁度()()()()()()()()『連盟』の実力に対する不信感を感じている者は多い。この信頼を取り戻す為にも、彼らは我々の挑戦を受け───そして打ち破ることで、自分たちの体制の方が優れていると証明するしかないのだよ。

 半世紀以上の時をかけて構築した、『日本の伐刀者(ブレイザー)教育の全てを独占する』という権益を守る為にもね」

 

 ───連盟に交渉の場すら用意させない気か、と黒乃は顔をしかめる。

 譲歩されて『教育権限の奪還』という建前の目的が果たされてしまっては、日本が連盟に残り続けるという道が残ってしまう。

 そう。

 月影は、連盟と日本の仲を修復不可能なまでに引き裂くつもりでいるのだ。

 

 「とはいえ言葉で主張するだけでなく、武力そのものを認めさせる場は作らなければならないだろうが、そこは私が見込んだ者達なら問題はないだろう。………どうだね、王峰君。

 《七星剣武祭》出場と優勝。やるべき事と君の目標はこの上なく一致している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この国を救う為に─────どうか私に、協力してはくれまいか」

 

 両腕を広げ、月影は一真に決断を求める。

 黒乃と寧音は考え込むように俯く一真をじっと見つめていた。

 乗るか蹴るか、どちらを選ぶか見守っているというよりは、ただ返答の語気で決断の固さを見ようとしている。つまり彼女らは、一真がどちらを選ぶかをほとんど確信していると言えた。

 しかし───

 

 

 「………すいませんが、その話には乗れません」

 

 

 その答えは、その場にいる全員の予想を裏切るものだった。

 

 「俺は人を何人も殺した。色んな人の期待や約束を裏切ってここに来た。

 たとえ俺の罪状があんたの力で誤魔化せているとしても、それじゃ俺が潰してきたものに対して筋が通らない。

 裁きすら受けてないこんな身の上で《七星剣武祭》に………あいつらが全霊で挑もうとしてるあの舞台に、のうのうと上がる資格は無いんです」

 

 ああ、と黒乃と寧音は彼の否定が腑に落ちた。

 自分の価値観がどうあれ、行ったことは罪。

 それが免罪に繋がるかもしれない道であっても、彼はそこを歩む事をよしとしないのだ。

 それが悪と罪に対する彼の流儀。

 思い当たってみれば、彼の返事は否定以外には考えられなかった。

 

 「あんたのやり方には全面的に同意する。俺に出来る事なら協力は惜しまない。牢屋の中で出来る事なんざ無いに等しいでしょうが………いよいよヤバくなったら、脱獄してでも戦力になります。

 ………だけどその計画にだけは、俺は乗る訳にはいきません」

 

 「……成る程、強い意思を感じるよ。それが君の矜持という訳か」

 

 ───これは梃子(てこ)でも動かない。

 王峰一真を王峰一真たらしめるその自我(エゴ)の強さに、月影は心の中で白旗を挙げた。

 

 このやり方では駄目らしい。

 ならば攻め方を帰る。

 眼鏡の奥に光るロマンスグレーの眼光が、一気に冷え込んだ。

 

 「では、言い方を変えようか。

 

 

 君は自らが起こしたこの事件に────何の始末も着けずに退場しようというのかね?」

 

 

 「………え?」

 

 「連盟の日本支部の壊滅。君からすれば仁義に(もと)る者を潰した程度の認識なのだろうが、そもそも彼らが何を担っていたかわかっているのか?

 ()()()()。優れた伐刀者(ブレイザー)を産み出して国力を固めて他国からの様々な干渉を突っぱねるだけでなく、その活動は多岐に渡っていた。

 それを君は潰したのだ。それが先程見せた光景をさらに悪化させることに繋がるかもしれない事くらいは想像がつくだろう」

 

 「っっ!!」

 

 「そしてさっきも言ったはずだ。三竦みの一角が崩れる日は近いと。

 あの光景は遠からず訪れる未来なのだよ。

 その計画には乗れない? ()()()()()()()()()()()()()

 いよいよヤバくなったら? ()()()()()()()

 公に裁かれなければならない?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君の行動とその結末は、檻の中で人生を空回りさせる程度で賄えるような代物じゃないんだ。

 この過渡期に君レベルの戦力を閉じ込めておく選択肢など無いんだよ。

 罪の意識があるのなら行動で埋め合わせてみせろ。自分の尻を自分で拭くのは力を持つ者として当然の事だろう」

 

 叩き付ける。叩き付ける。

 反論の余地すらない道義の嵐に、一真はもう口を開く事すら出来なくなっていた。

 盤面の白が一気に黒へと裏返っていく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 白と黒がない交ぜになって蠢き続ける(まつりごと)の世界でトップに立った弁舌の辣腕に───たかだか20年も生きていない子供が敵う道理などあるはずがない。

 

 

 「………どうかね。協力して()()()()?」

 

 「…………はい。全力を尽くします」

 

 

 シンクロした動きでこめかみを押さえる黒乃と寧音。

 穏やかな笑みを浮かべた月影の前に、罪の重さと責任を客観的に自覚させられた一真はとうとう膝を屈した。

 

 「なに、私が求めるのは出場というスタートラインと優勝という結果のみだ。どんな思いでそれらに臨むかは君の自由だ、私が口出ししていい範疇ではないからね。

 ……それでは、私は失礼するよ。王峰君には追って連絡を入れよう」

 

 そう言って月影は踵を返す。

 しかしドアを開けて部屋を出る直前、彼はふと足を止めた。

 頭を抱える一真やそれを形容しがたい表情で見ている寧音と黒乃を見ないまま、月影は一真に向けて口を開く。

 

 「ああそうだ。王峰くん。君は一般の方の被害状況を気にしているらしいね。

 まだ報道されてはいないが、私の所には報告が来ているよ」

 

 「…………!」

 

 椅子を倒すような勢いで一真が立ち上がった。

 喉が一気に干上がる。心臓が嫌な拍動をする。

 黒鉄とは無関係の人間の死。黒鉄のみを粛清の対象にしていた彼にとって、それだけはあってはならないものなのだ。

 月影が続きを口にするまでの数秒が、一真には永遠にも等しく感じられた。

 

 

 「逃走の際の事故で軽傷者5人。重傷者および死者は────

 

 

 ────ゼロだ。おめでとう、君の『偽善』は実を結んだよ」

 

 

 

 ガタン、と派手に椅子が揺れる音がした。

 どうやら安堵でへたり込むように座ったらしい。それを聞き届けて、今度こそ月影は部屋を出た。

 反感の視線を背中に受けながら警視庁を出て、待機していた車に乗り込む。

 

 そこでようやく、月影も安堵の息を吐いた。

 

 「………何とか、首輪は着けたか……」

 

 懸案事項の1つに解決の目処が立ち、月影はやっと人心地ついた。

 連盟支部に対するテロが学生騎士だと判明した直後に詳しく来歴を調べたが、昔からここまで()()人間だと判明した時には肝を冷やした。

 ルールよりも己の感情や思想を最優先にする。

 この手の人間のコントロールは至難だ。

 道義で説き伏せるという選択が採れたので、主義・思想的に倫理観そのものはまとも(?)なのは幸いだったが、しかしまだ油断は出来ない。

 こうして引き入れたはいいが、その中に不義を感じれば彼は間違いなくそれを()()()()するだろう。

 自身の持つ、圧倒的な力をもって。

 何かを成さんとする組織に入れるには、彼は劇薬のようなものだった。

 

 (……破軍学園を襲撃してそれを挑戦状とする計画は中止だな。筋の通る別の武力誇示を考えねば……)

 

 刻限が差し迫ってもやるべき事は尽きない。

 一国の苦悩と憂いを乗せて、月影を乗せた車は夜の街を駆けていった。

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