挨拶と顔合わせはそうして終わった。
平賀を蹴り飛ばした件については理由を説明したところ、『そういう訳ならまぁ……』と多々良を返り討ちにした件も合わせてメンバー間には因果応報で収まった。
横の繋がりが薄いのだろう、義憤に駆られる者がいなかったのは幸運(?)だった。
そして今日から本戦まではここに滞在するよう月影に指示を受け、一真にもホテルの一室が与えられた。
それを受けた一真は出所(と言っていいのだろうか)の挨拶の為に1度警視庁に戻って挨拶を済ませた後にホテルへと帰宅。『傍若無人なのか義理堅いのかわからない』という反応に困る評価を付けられたが、一真としては当然の筋を通しただけだ。
目には目。歯には歯。罪には報いを。
誠実である事。それが道理だ。
「……何の用だ」
「言いたい事っつーか、聞きたい事っつーか……。ちょっと話があってな」
滞在している部屋のドアをノックされた和服の男は、ドアの枠から肩から上が丸ごと見切れている長身の来客を見上げる。
壁に阻まれて顔が見えない事を理解した一真は、身体を屈めて和服の男に目線を合わせた。
「まず名前を教えてくれ。ゴタゴタして聞き損ねてたんだが……お前、総理から黒鉄って呼ばれてたよな?」
「ゴタゴタさせたの間違いだろう。……話があるなら聞いてやるから入れ。屈んだまま話されるのも腹立たしい」
招き入れられた部屋で一真はふと違和感に気付いた。
椅子やベッドのシーツに1つの乱れもない。ベッドメイキングされてそのまま手も触れていないような整い方だ。
この和服の男、もしやこの洋室を和室のように使っているのだろうか。
「何か飲むか」
「いや、いい。それで」
「名前か。───
───黒鉄。一真の心臓が縮む。
家の因習によって家族から追われ無二の友人を甚振られた一真にとっては忌むべき敵だったとしても、他の者から見てもそうとは限らない。
ましてここで声がかかる程の才能の持ち主で、恐らくは家からも大切に扱われていただろう者にとっては特に……
「あー、その、話にゃ聞いてるだろうけどよ……。俺はお前の父親を……」
「聞いている。連盟の支部ごと潰したという話だろう。よもや貴様、その事を謝りに来たとでも言うんじゃないだろうな」
「──────」
「図星か、下らん。憎しみも何も感じてなどいない。家族などとうの昔に捨ててきた」
フン、と心底興味無さそうに鼻を鳴らす王馬に流石の一真も面食らった。
「お前も家の因習に嫌気が差した口か?」
「それこそどうでもいい事だ。強くなる為には足枷でしかなかった、それだけだ。
……何だ。オレが怒りに駆られて襲いかかるのを期待していたのか?
怒りと言うのなら、貴様がそうして軽々しく頭を下げようとしているのが余程気に食わん」
「どういう事だ」
「己の持つ力を蔑ろにするな」
質問に対する答えとしてズレているような気がする。一真の困惑している様子を見て、王馬は歯痒そうに舌打ちをした。
価値観の違い。
自分の
「『騎士の力』とは他者の『運命』を退け、自らの『運命』を押し通す力。『この世に自らの意思を反映する力』のことだ。
そして貴様は、それを以て自らの意思を押し通した。
────ならば恥じるな。
貴様は筋を通しているつもりかもしれんが、それは己の力に対する侮辱に他ならん」
ここまで王馬が鍛え抜いた密度に裏打ちされた主張の強さと重さに、さしもの一真も僅かに仰け反った。
力と才能の原理主義。
それは努力の果てに強者となった反例を1人知っている一真としては、首を縦に振りたくはない思想。
だけど。
だけれど………────。
「………なるほどな。忠告痛み入るよ。そう言えば『謝るくらいなら言うな』って前にも言われたっけか」
「分かったなら帰れ。《紅蓮の皇女》と並ぶ男と知って一時滾りはしたが、その気も失せた。自らの力に背を向ける者など戦うだけ無駄だ」
「分かったよ、邪魔したな。……あと、最後に1つ誤解を解いておこうか」
「?」
「洒落にならない事をしたって自覚はある。だが俺は謝りに来たのを当てられたから黙ったんじゃねえ。
ここへはただ自首しに来ただけだよ、と背中越しに一真は的外れな推測を嗤う。
「反省はしよう。だが誰が謝ってなんざやるものかよ。俺は連盟の支部を、あの男を潰した事を後悔なんてしちゃいねえ。
例え世間に後ろ指差されようが刀華やイッキに責められようが、結果としてこんな所に行き着こうが────
───俺は、俺に恥じる事なんざ何一つとして無いんだから」
そう言い放って一真は王馬の部屋を出る。
ドアを潜り自分の部屋に向かって廊下を少し歩いた所で、王馬の部屋から一瞬、暴風のように気配が膨れ上がったのを感じた。
どうもまた火が点いたらしい。後ろから斬りかかられたりしないだろうな、と一真は闘気にピリつく肌を擦る。
───家族は足枷でしかない、か。
王馬の予想は完全に的外れだった訳でもない。一真は確かに王馬が怒りで斬りかかってくるものとばかり思っていた。
しかし、返ってきた答えはその一言。
胸を
捨てられたり殺されかけたり、迫害されたり見限ったり。
まともに扱われているかと思えば今度は邪魔だと言って自分から切り捨てていたり。
かと思えば、血の繋がりも縁もゆかりも無い者たちとそれと同じくらい強く繋がったり………、
「………難しいなァ。家族ってのは」
……というかもしかして俺の回りには自分含めまともな家庭環境の奴が殆どいないのでは? とあまり気付きたくなかった哀しい事実に行き当たりそうになり思わず首を横に振る。
無条件で信用できるべき人を失い、裏切られ、捨てようとも、それぞれが信じるに足る人や道を見付けている。それでいいじゃないか。
とにかくこれでこの集まりにおける全ての因縁は消化したはずだ。
後はせいぜい大人しくしていよう。
これ以上問題を起こすのも月影に悪いし、それに付き合いを深める理由も無い─────
「あ。いた」
そうして自室へと歩いていたその時。
自分の部屋のドア、
そこから現れたのはトップレスの裸エプロン、サラ・ブラッドリリー。
一真の部屋に妙な出入り口を作った事や一真の部屋から出てきた事に対する弁明は一切無し。
彼女は硬直する一真につかつかと歩み寄り、服の前に両手をかけつつ言い放った。
「身体を見たい。服を脱いで」
そのままボタンを引き千切ろうとしてくるサラの両肩を掴んでポイと横に放り投げ、パタンと自室のドアを閉じて即座に鍵をかける。
ベッドに身体を放った一真は、今日は色々あった日だったなと1日を総括した。
自分に脱げと言いながら服を脱がせようとしてくる女はいなかった。誰が何と言おうとそんな女はいなかったのだ。
だというのにまた壁にドアが増えた。
何らかの能力を使って壁をドアに変えているらしいサラがお手製の入口を開いて侵入しようとしてくるのを、飛び起きた一真は内側から
「あのな? 今日はもう腹一杯なんだわ。もうこれ以上のイベントの消化はやりたくねえんだわ。俺の言いたい事わかるよな?」
『……? 私はただあなたの裸を見て触ってみたいだけ……』
「嘘だろ分かんねえの……? じゃあもう直接言うわ。よく聞いてくれな? 改めて断るからせめて明日にしてくれや」
『わかった。裸を見せて』
「耳に
”わかった”の意味すらわかっていない可能性が出てきた。
彼女の力では微動だにしない位の力で押さえているのにサラが退く気配が一切なかった。
1枚の
『言葉から考えるに明日頼めば断られる。なら今頼めば見せてくれるはず』
「ポジティブの災害か? 問題を起こす気も付き合いを深める理由も無いって決めたばっかなんだよ俺はよ。その直後に問題2つセットで押し掛けてんじゃねえ。
嫌だ。わかるか? い・や・だ・つってんの」
『しかし………あるいは?』
「無敵かコイツ!?」
思わず腹から声が出た。
こっちの都合を完全に無視した自分の目的しか見えていないこの姿勢、いつぞやの《
そして平行線を辿る議論の末に痺れを切らしたのはまさかのサラだった。
『……埒があかない。もう強行突破するしかない』
言うが早いか、一真が押さえている
不意を突いて一真のブロックをすり抜けてきたサラがそのまま突撃、彼の胴体に組み付いてきた。
ここまでやられると一真としてもスルーの範囲外だ。
(いや────コイツ虚弱過ぎんだろ!?)
筋肉を通り越して骨に触れる、細い木の枝を掴んだ感覚がした。
ダメだ、窓から投げたら死ぬ。どころか力を入れ過ぎただけで骨が折れそうだ。
無理に引き剥がしたら腕が
「あー、その、な? 落ち着け。怪我するから。このまま俺が抵抗したら洒落にならない怪我しそうだから……」
「離さない……! 貴方は、もしかしたら……私の絵のモデルになり得るかもしれないから……!」
「………、…………」
声をかけるのも躊躇う程に集中した眼差しで、サラは捲られた袖から覗く一真の腕を指先でなぞる。
どうも思っていた事情と違うらしいし、これ以上騒ぎになっても面倒なので、一真は結局サラを部屋に入れた。
速攻で服を剥ぎ取りにきた彼女をベッドに放り投げてから話を聞くに、サラ・ブラッドリリーは画家であるらしい。
彼女は亡き父が最期まで描ききる事が叶わなかった絵画の空白────そこにあるべきメシアの姿を描くためのモデルを探しており、その候補として自分に目を付けたとの事だ。
突っぱねにくい事情を持ち出されて終いに折れてしまった結果が今だ。
勝ち負けを論ずるならばこの勝負、一真の拒否を押し切ったサラの勝ちだろう。
(倉敷の時もそうだったが、俺はもしかして押しに弱ぇのか……?)
こういう純粋な熱意には大体負けている気がする。
服の上から腹筋や胸板を触られる感触をやり過ごすべく一真は心を無にしていた。
なぜか笑顔で青筋を浮かべる刀華が脳内に浮かび、これは
即止めた。
「………なぜ」
「何故じゃねえ。ヌードはやらねえっつったろ」
「からの……?」
「何も起きねえよ!!」
脳内の刀華が《鳴神》を抜き始めた。
さすがにこれ以上抵抗されると不都合と感じてかサラは不承不承服の上からの観察に留めた。
そうして肉体を検分されること数分。
納得いくまで情報を集め終わったサラは少しだけ眉を八の字にした。
「芯の強そうな顔立ち。筋の通った綺麗な姿勢、無駄なく鍛え抜かれた筋肉。肉体の方は文句の付けようもなく完璧。
………だけど、残念。私が想定するモチーフとは、内面が少しだけズレている」
「そうかい。……お前の言うモチーフってのはどういうのが理想なんだ?」
……何かフラれたような気分がするが、一真はここに来てサラへと歩み寄りにいった。
敵意や害意を感じなかったのもそうだが、何より彼女がここまで盲目になって追い求める『モチーフ』がどんなものなのか興味が湧いたのだ。
ある意味どっちつかずな立場とも思える質問に、サラは淀みなく答えた。
「強さの中に、優しさと弱さがある。そういう矛盾を体現した人。そういった意味で貴方はとても惜しい。言葉にしたら同じでも、私のイメージとはニュアンスが異なるから」
「ニュアンス?」
「貴方は、『王様』」
首を傾げる一真を真っ直ぐに見つめ、サラは一真の目線を集めるように人差し指で彼の眉間を指差した。
「並み居る敵を、道無き道を踏み均して進む。そうして出来た道を誰かが着いてくる。与えられた肩書きじゃなく、正義でもなく、ただ貴方に惚れた人たちに担がれる王様。貴方から感じるのは、そんな『強さ』」
だけど、と。
まるで一真という
そこにある本質を指し示すかのように、サラは一真の胸の中央に指先を当てた。
「だけど、そんな強さの鎧の中に─────ふて腐れてる子供が見える」
押し黙った一真を横目に彼女はテーブルに備えてあったメモ紙を千切り、サラサラと何かを書き記す。
それを彼女は一真の胸ポケットに差し込んだ。まるでサービスの礼にチップを渡すような所作だ。
「とはいえ、貴方はとても興味深い………そう見る事はないモチーフ。気が向いたら連絡してほしい。貴方の事も、描いてみたいから」
そう言って彼女は今度はちゃんとしたドアから出ていった。いきなり押し掛け自分の用事をゴリ押して、それが済んだらさっさと帰る。ある意味芸術家らしい自分勝手さだった。
───ふて腐れてる子供が見える。
一真はサラの言葉を反芻し、
「アホ臭え。俺のやってる事がただの八つ当たりとでも言いてえのか」
そう吐き捨てた。
これは自分の道、自分の道義。他者から見てどうかは知らないが、己の心に掲げた御旗そのものだ。
芸術家の感性など当てになるものでは……、と考えようとして、ふと止めた。
自分というモチーフを見通さんとするあの目と手つきには、到底蔑ろにしていいものでは無いような熱量があったからだ。
一真は胸ポケットのメモ紙を取り出して眺める。流麗な字で記された名前は、どうやら彼女の
名前と番号が書かれた紙を適当にテーブルに放り、彼は口の端を曲げて独りごちた。
「……ま、気が向いたらな。“マリオ=ロッソ“さんよ」
その少し後、試しに『マリオ=ロッソ』で検索してみた一真が出てきた結果に鼻水を噴き出すのはまた別の話。
そんな『顔合わせ』の日を回想していた一真は、ふとその事について考えていた。
自分が幼い頃、両親に捨てられた事から始まった事をサラ・ブラッドリリーは知らないはず。
だが、彼女は確かに自分の真ん中を『ふて腐れた
あの短時間のゴタゴタの中から暴力性だけでなく、周囲の人間にまで踏み込んだ彼女の観察眼。
もしそれを信用するとしたら。
幼い頃のままで時間が止まっている自分の真ん中とは。
(……いま考えてもしょうがねえか)
「
こんな状態が健全な国家と言えるだろうか?」
壇上で己の主張をかざす月影の背後、6人の
ただし決まった制服を纏っている者はいない。
ドレス、和服、防寒着など思い思いの服を好き勝手に来ているその様をある者は協調性の無さと、ある者は
「日本は『国際騎士連盟』などという、他国の不始末を処理させられるだけの国益に繋がらぬ寄り合いに所属し続けるべきではない。
この国は独力で主権を維持し続ける力を有している。………それを示すのが、後ろの彼らだ」
月影が腕の動きで彼らを示すと同時、彼らを無数のフラッシュが叩く。
網膜を刺すその鋭さが、いま自分が立っている場所を無遠慮なまでに教えてくる。
───朝に行われているこの会見がニュースとなって流れるのはどのくらい後の事なのだろうか。
それはわからないが、少なくとももう昼には国民の周知の事実になっているだろう。
「彼らは連盟に依らない
我々はこれ以上他国に
この国は今こそ主権を取り戻す!
力を持たぬ屏風の虎に見切りを付け、日本は自らの力で世界に立ち、1つの大国として
言葉が力と熱を帯びていく。
彼の言葉に頷く者は目の前の記者たちの中にも多いだろう。
そんな彼らは、いやそうでない彼らも、世論を月影の望む方向に誘導するような報道をしてくれるはずだ。
ここにいるカメラを手にしている者全ては、この国のトップの手足なのだから。
この国に生きる同じ思想の者たちに向けて、我が声よ届けと言わんばかりに────月影は、叫びと拳を天に突き上げた。
「私はここに────国立《
暁学園。
自分たちという集団に、名前が付けられたその時。
東堂刀華の怒りの叫びが、どこかから聞こえたような気がした。