壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

44 / 78
第44話

 「……あーあ。折角面白そうな事に入り込めたと思ったのに」

 

 東南アジアの一角、地元の住民にも存在を忘れられた熱帯雨林に埋もれるクメール建築の遺跡。

 朽ちゆくままの廃墟の一室に(うずたかく)く積み上げられたブラウン管モニターを、小柄な影がつまらなそうに蹴飛ばした。

 世界中で同時に演じていたから絡繰人形が1つ『平賀冷泉』が破壊され、()()()()()()()()()()。壊されたところでどうという事はない役回りだったが、楽しそうなイベントに加われなくなった失望はそれなりにある。

 愉快に生きることを生の本懐とする彼にとっては特に。

 同時に、少しだけ興味が湧いた。

 少なくとも人間と認識しているものを蹴り潰す時のあの顔に、敵意や害意など欠片も存在していない。腕に止まった蚊を潰すような、殺意未満の日常行動(ルーティーン)

 己の感情で虫のように他者を踏み潰す………報復という正当性はあれど、その在り(よう)にはある種の親近感を感じるのだ。

 

 「うん。イベントから弾かれた分のちょっかいは出してみようかな?」

 

 思い立ったように言いながら、小柄な影はひょいと人差し指を踊らせる。

 そこから伸びるのは細長い悪意。

 子供が蝶の羽を毟るような無邪気な残虐が、糸となって遥か遠い東の果てへと飛んでいった。

 

 

     ◆

 

 

 月影獏牙を理事長として発足した国立・暁学園が《連盟》に叩き付けた挑戦状は大々的に報道された。

 やり方が横暴すぎるという声も上がったが元より拠点の1つを()()()()()にいいようにされた連盟の実力を疑問視する声は多く、マスコミの働きもあって世論は脱連盟派へと大きく舵を切り始めた。

 もちろん連盟が良い顔をするはずもなかったが、そこへ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()決定打となる。

 看板を汚されたところにここまで挑発(お膳立て)されては、連盟としても騎士の不文律で日本の挑戦状を迎え撃つしかない。

 

 全ては月影の思い描くがまま。

 日本を(ながら)えさせる為の力任せの計略は、スタートラインに立つための最後の正念場を迎えていた。

 

 「ふぅ──────………」

 

 長く息を吐きながら一真は高々と脚を掲げる。

 真横に開いた股関節の角度が90度を超えて180度へ。脚が身体の側面にペタリと着くまでに持ち上げた脚を腕で抱え、蹴りの肝となる部位の筋肉を丹念に(ほぐ)していく。

 身体から昇る熱気は彼の肉体が充分なウォーミングアップを経てトップギアに入っている事を示していた。

 完全に臨戦態勢になっている彼に、通りがかった黒鉄王馬が若干呆れたような眼差しを送る。

 

 「準備が要るような相手でもないだろう」

 

 「任された事はしっかりやんなきゃな。その為に準備を整えるのは当然だろ? ()()()()お前は大丈夫かも知れねえけど、逆に他の奴らは身体温めなくていいのかよ」

 

 「知らん。……しかしまた妙なのに懐かれたな、貴様は」

 

 「いや、懐かれてるっつーか……」

 

 王馬の指摘に一真はストレッチしている周りをぐるぐる歩きながら手元のスケッチブックにデッサンしているサラを意識から外すように言葉を濁す。

 メシアを描くための習作をしているらしい。

 一真としても集中したいためどこかに行ってほしいのだが、明確に邪魔な訳でもない上に彼女の熱量を自分で認めてしまった以上、おいそれと邪険に出来ないのだ。

 

 「ほう。《風の剣帝》に《血濡れのダ・ヴィンチ》、そして《蹄鉄の暴王(カリギュラ)》が揃い踏みか。

 ククク、我を差し置いての密談とは良い心掛けではないか………どれ、我も加わってやろう。

 何を企てるにせよ、1人は導く者がおらねば話にならんだろうよ」

 

 「お嬢様は『皆だけで仲良くしてずるい!私も交ぜて!』とおっしゃっております」

 

 「もう時間だっつってんだろバカ!!」

 

 うっかりしていた。もう開会の時間らしい。

 凛奈をどやしつけた多々良に促され3人は会場へと向かう。

 こいつがまとめ役やってんのも不思議だよなァ、と多々良を見たら数秒後に殺してきそうな目で睨まれたが特に仲良くする気も無いのでスルー。

 やられる側が悪いのだ。そもそも3発までなら受けるという言葉を無視したのは向こうなのだし。

 廊下の先のゲートから漏れてくる会場の光とどよめきが彼らに届き始めた時、一真は自分の腹のあたりの高さで揺れている天音のつむじを見下ろして言った。

 

 「大丈夫か? 緊張してねえ?」

 

 「え? 大丈夫だけど……。前から思ってたんだけどさ、カズマ君なんか僕には妙に親切じゃない?」

 

 「………そうか? 別にそうでもねえけど」

 

 天音の疑問を否定する一真だが、何となく答えの歯切れが悪い。

 沈黙は明確な答えが存在する証拠───そう考えた凛奈は、ふむ、と顎に手を当てる。

 

 「史実によれば()()()()()倒錯的な性癖を持っていたと言うが……」

 

 「試合前から退場させてやろうか?」

 

 シャルロットの通訳を待たずしてドスの利いた声で遮ると同時に一真達はゲートを潜り、月影の立つリングへと上がる。

 ───ここは闘技場。

 国内(ナショナル)リーグにも使用される場所。

 いつものように戦いの前に熾火のような熱に包まれた観衆たちはそこにはいない。

 これは頂点を決める意思の激突ではなく、国の在り方という大きな議題に投じられた一石だからだ。

 観客席に座る無数の目が、これから体制に牙を剥く戦士たちを緊迫の面持ちで見つめている。

 

 

 暁学園の生徒1人に対して各騎士学校の生徒をそれぞれ1人ずつ選出させて戦う、1対7という人数差の変則ルールの団体戦。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが暁学園が《七星剣武祭》に出場する為の月影が自ら提示した条件だった。

 

 

 

 

 「それではこれより始めよう────国立《暁学園》の力、そして私の正しさの証明を!!」

 

 月影の渾身の叫びによって開会の言葉は締め括られ、いよいよ第一回戦が始まろうとしていた。

 きちんと用意されている実況の前口上と紹介された解説役の挨拶が大きな塊となった観衆のざわめきに被さる。

 そして緊張や好奇の眼差しを送る彼らの中に数名、射殺すような眼光でリングを睨んでいる者がいる。

 その中の2人が、黒鉄一輝と東堂刀華だ。

 

 「やはり他の学園は代表選手は温存する方向で選出しているんでしょうか」 

 

 「ええ、本戦に進む生徒はほぼ間違いなく出てこないでしょうね。とはいえ連盟(うえ)の面子もある以上、相応の実力者は選出されるはずですが」

 

 そもそもにおいて彼らは国そのものが白を黒だと言い張っているだけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかしどんな手段と目的で戦場に割り込もうが、元より戦いに道理や道義など求める方が愚かというもの。彼ら騎士はただ相対する敵を倒すのみ。

 故に7つの騎士学校は《暁学園》の乱入を本気で拒んでなどおらず、むしろ本戦に向けて彼らの情報をさらに引き出すチャンスだと考えていた。

 ………《連盟》の意向に従うのなら、学園はそれぞれの代表選手をぶつけるべきだろう。

 しかしそれで暁学園の参戦を阻止できたとしても、その後の《七星剣武祭》で戦う自校の生徒がこんな所で傷物になったり手の内を晒す事になってはたまらない。

 

 つまり各校が選出するのは手の内を晒さず《連盟》の意向にもある程度は背かない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが彼らの推測だった。

 

 「ねえイッキ。確かあの和服の男が………、オウマがイッキのお兄さんなのよね?」

 

 「ああ。何年も前に海外に武者修行に行ったきりだったけど、まさかここで姿を見る事になるとは思わなかったよ。………カズマ共々ね」

 

 あの事件を期に一輝に芽生えた黒い感情は未だ冷めやらない。

 今にも胸を喰い破って走り出そうとする激情を、刀華も同じように拳を握り締めて自分の内に押し止めている。

 これから戦う生徒たちよりも険しいその形相に、ステラは恐る恐る声をかけた。

 

 「……ねえ。2人共、もういっそカズマに会いに行けばいいんじゃない?」 

 

 「いえ、それはできません。話を聞いて()()()のは、まず私たちと同じ舞台に上がってからですので」

 

 刀華の答えに一輝は小さく頷いて同意を示す。

 あくまでも申し開きをするのは向こう。話をするのは一真の側から。冷えて固まった感情のマグマはそれだけ大きな重量で腹の底に沈んでいる。

 しかしそれでもただ1つだけ、変わらない想いが胸の内にある。

 

 「だから全員只者ではないのはわかりますし、一輝くんのお兄さんは大丈夫とは思いますが………他の人には頑張って貰わないと困りますね」

 

 ───王峰一真は必ず勝つ。

 悲しみを味わい裏切りと感じて憤っても、その信頼だけは揺らがないままだった。

 

 『さぁ、まずは赤ゲートから暁学園の登場です!力と意思の等価交換、爪牙を従える獣の女王!《魔獣使い(ビーストテイマー)》風祭凛奈選手!!』

 

 実況の口上に応えるように、ゲートの中の暗がりから更に黒い影が姿を現す。

 ずしん、と。

 軽トラック程もある巨大な体躯の黒いライオンが、その背中に眼帯の少女を乗せてリングへと踏み込んできた。

 

 

 「フゥーハハハハハ!我が僕、魔獣《スフィンクス》は我が血脈の力、邪神呪縛法により魂と血に邪悪なる聖痕を刻み込まれておる!

 暗黒の力を極限まで引き出した魔獣の力、もはや人の身で抗いうる存在ではないわ!!」

 

 

 「絶好調かよ。何て言ってんだアレ」

 

 「お嬢様は『私の《隷属の首輪》は、装着した生物を自分の固有霊装(デバイス)に出来るの。元々人間なんかよりライオンの方がずっと身体は強いから、魔力も使えるようになったらもう滅茶苦茶強いんだよ!』とおっしゃっております」

 

 試合開始から十数秒、黒いライオン(スフィンクス)が禄存学園の生徒を前足の一振りで地面に叩き潰し、続く二振り目で場外へ高々とブッ飛ばす様を一真は呑気そうに眺めていた。

 勝利の雄叫びを上げるライオンの震える(たてがみ)を見て、彼はシャルロットに暁学園に加入してから数回目の頼み事をする。

 

 「……なァ。俺やっぱあの(ライオン)モフりてえんだけど、お前の方から頼んでくれねえ?」

 

 「お嬢様が拒絶する限りは私の方からもお断りさせていただきます。それを決定するのは私ではなくお嬢様ですので」

 

 「いや、確かに『怖がってるからやめて』って言われたんだけどさ? 別に暴力振るう気なんて毛頭ねえんだよ当たり前だけど」

 

 「そもそも最初に威嚇してきたスフィンクスを力で組み敷いて睨み倒した貴方が何を言っているんですか」

 

 「……だって上下関係を分からせるのが大事ってム◯ゴロウさんも言ってたし………」

 

 

 「遅い、弱いっ!!クククッ、この程度の実力ならば我が『フェンリ……』じゃなかった、『スフィンクス』の眠れる暗黒の力はおろか、爪牙すら用いるまでもないわ!!」

 

 

 今度は力任せのタックルだ。

 廉貞学園の生徒が防御も敵わず薙ぎ倒されて意識を失ったが、一真はそのタックルの速度に目を見張った。

 あれはまともに防御してはならない威力。

 人より遥かに強いライオンが魔力を得ればまさに鬼に金棒───字面よりも実際に目の当たりにすると、その強さには驚愕を禁じ得ない。

 

 「しかしなぜそこまでスフィンクスを愛でようと?」

 

 「動物は好きな方なんだけどな、目と体格で怖がって逃げられるんだよ犬とか猫だと。だからあんだけデカいライオンなら大丈夫かなって。

 あとサイズの差がありすぎてそもそも生き物だって思われなかった時もあるし……」

 

 「と言いますと」

 

 そんな話をしている間に戦いは次々と決着していく。

 撃ち出される炎の間をジグザグに駆け抜け、放たれた電光を肉体と魔力の強度で消し飛ばし、何かの概念による拘束すらも身体能力の強化で強引に突破。

 恐らくは用意していたであろう戦術、先の戦いを見て立てていたであろう対策を単純な肉体のスペックで圧していくその様は、まさに百獣の王という肩書きに相応しい勇姿と言えるだろう。

 ついでに王たる度量の広さでその身体をモフモフさせていただきたい。

 

 「犬いるだろ、イヌ。あいつら電柱とかに小便(マーキング)するじゃん? それで道を歩いてた時に散歩中の飼い犬がいてな。

 可愛いなーって思って立ち止まって見てたら、そいつがこっちに寄ってくるのよ。

 おマジか、撫でてもいいのかなって思ってたら………

 ………そいつ、俺の足元に後ろ足を持ち上げやがってな……」

 

 「………、ふふ」

 

 「流石に焦ってな、止めろコラ!って叫んだら俺より犬の方がビックリしてやがったんだよ。

 なんつーかなァ………。『えっ!? これ柱じゃなくて人間だったの!?』みてえな顔しててな……。

 ……俺が猫派に寄ってんのはそのせいだ」

 

 くすくすとシャルロットが笑う中で凛奈は順調に勝ち続け、とうとう相手は最後の1人となっていた。

 しかしここまでの相手とは違い、すぐには倒されない。今までの戦いから攻撃方法や傾向を調査していたのだろう、唸りを上げる速度の豪腕や牙を辛くも回避し続け、少しずつでも攻撃を加えていた。

 重ねた敗北の情報が最後の1人に結実している。

 

 「……ほう。少しはやるではないか」

 

 口元で笑う凛奈とは対照的に苛立ったように唸るライオン。

 しかしそんな従僕の機微を察せないほど風祭凛奈は蒙昧な主ではない。

 破壊という原始的な獣の衝動に鞭を入れるかのように、凛奈は高らかに命令(オーダー)を下した。

 

 「これまでの末路を見ても尚衰えぬ闘志、応じてやらねば無粋というものよ────スフィンクス、《獣王の行進(キングスチャージ)》!!」

 

 「グルォォオオッ!!」

 

 ごしゃっっっ!!!と肉の潰れる音がした。

 反応すら出来なかった巨門の生徒が水切り石のようにリングを何度もバウンドし、壁に激突して地面に崩れ落ちる。

 意識を刈り取られたその姿に継戦能力はない。すなわち決着。

 しかしこちらの陣営の勝利による安堵ではなく、まず一真が感じたのは凛奈の能力に対する驚きだった。

 なぜなら今ライオンが放った、魔力による推進力を得たあの突進────

 

 (あの首輪、魔力を与えるだけじゃねえ。伐刀絶技(ノウブルアーツ)まで使えるようにするのか)

 

 加えてあのライオンの戦闘力。あのタックルの速度は兎丸恋々のトップスピードに比肩する。

 全力は出さずに終わってしまったようなので確かな事は言えないが最低でもCランク、元々の身体能力も加味すれば恐らくはBランクにも届きうるだろう。

 個体差はあるのだろうが、ああいう手駒を自在に用意できる能力………それならばあるいは、あのライオンも()()()ではないのかもしれない。

 一真は何となく、勝利を収めた主に拍手と熱っぽいどろりとした視線を送っているシャルロットを見た。

 

 『決着ぅぅうううう!!勝者・《暁学園》風祭選出!!「暁学園の全勝」という条件の達成、まずは風祭選手が先陣を切りました!!!』

 

 「ゴォァアアアアァァアアアッッッ!!!」

 

 決着のコールに、黒いライオンは勝ち誇るように天へと吼える。

 落っこちないように(たてがみ)にしがみつく凛奈はシャルロットに向けて笑顔のピースサインを向けた。

 ────全員の全勝と聞いてやや不安ではあったが、この分ならもう少し安心してもいいのかもしれない。

 興奮のあまり鼻血を流し始めたシャルロットからそっと距離を取りつつ一真は考える。

 

 恐らくは観衆の中にいるのだろう。

 一輝も、刀華も、生徒会の彼らも。

 考えても栓無いことだが、それでもまだ考えてしまう。

 彼らのいる中で自分は今日、どうやって戦えばいいのだろうかと。

 胸に沈んだ気まずさに、一真の折り合いはまだついていない。

 

 そして関係者席から戦いを見下ろしていた月影獏牙は、その快勝にそれでいいとばかりに微笑んだ。

 彼が組織した暁学園の生徒は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。