壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第45話

 続いてリングに上がったのは多々良だった。

 主の殺意に呼応してチェーンソーの心臓が重低音の鼓動を響かせる。

 回り鳴り叫ぶ鎖の音は、早く喰わせろとがなる悪魔の腹の音。

 事実として彼女には目の前の相手が敵ではなく、潰して遊べる手頃な玩具としか映っていなかった。

 

 『試合開始(LET's GO AHEAD)!』

 

 試合開始の合図と同時、多々良は一直線に相手へと吶喊する。

 対戦相手である『貪狼学園』の生徒は血の臭いを嗅ぎ付けたサメの如き彼女の形相に一瞬動揺を見せたが彼もまた学園では一端(いっぱし)の強者だ。

 即座に立ち直り動きを分析、直線的な動きに迎撃は容易とみて、魔力を込めて強化した斧による横薙ぎを見舞う。

 多々良はそれを避けなかった。

 避ける必要がないからだ。

 ───彼女に付けられた異名は『不転』。

 あらゆる障害を跳ね返し、前へ前へと敵を喰い破り続ける様から付けられた呼び名だ。

 

 「────《完全反射(トータルリフレクト)》」

 

 能力の壁に阻まれた斧が大きく弾き飛ばされた。

 手応えと呼ぶには余りにも硬質な感覚。

 ガギンッッッ!!と耳に聞こえた音は結界に阻まれた斧の金属音か、あるいは手首の骨がダメージを負ったのか。

 己の力をそのまま『反射』されて仰け反った貪狼の生徒。

 そのがら空きの胴体を前に────多々良は、べろりと舌舐めずりをした。

 

 「ギャギャギャ─────────!!!」

 

 惨殺だった。

 立て続けに振るわれ肉を刻む音を掻き消さんばかりの、金属が擦れるような不快感を伴う叫ぶような笑い声とチェーンソーの爆音。

 眼前の獲物を執拗なまでに切り刻んだ鎖鋸の駆動が止まった時、試合終了の合図は下された。

 

 『っそこまで!勝者・《暁学園》多々良幽衣選手!』

 

 まさしく秒殺と言うべき結果に、多々良は物足りないとばかりに次の相手を睨む。

 その眼光が孕んだ凶兆に、睨まれた生徒はびくりと(ひる)んだ。

 (まなじり)で誇示するような害意と悪意。意地と野心を争う場においては明らかに異質なもの。

 決定的な異物の存在を目の当たりにして観衆が唾を飲む中、斧が弾かれる様を見ていた一真は得心がいったように頷いた。

 

 「はーん、なるほどなァ。アイツ『反射使い(リフレクター)』だったのか。珍しい」

 

 「……曲がりなりにも1度戦っているだろうが。何故わからんのだ」

 

 「いや、普通に突き破っちまったから分かんなかったんだよな。抵抗は感じたから、てっきり障壁を張る能力なんだとばかり……」

 

 裏稼業ゆえの注意力だろうか、その会話を耳聡く聞いていた多々良がまた一真を睨んだ。

 何もかも振り払って斬りかかってきそうなオーラを出しているが王峰一真、当然のようにこれをスルー。破られる方が悪いとでも言うような空とぼけた顔は彼女の神経を大いに逆撫でした。

 ………一真からすれば噛み付いてきた犬を適当に流した程度の感覚だったのだろうが、しかし黒鉄王馬は一真の言葉から滲む傲慢の片鱗に思わず震えていた。

 強さ故の無知、敗者など知らぬという傲慢。

 それは王馬が敵に求めてやまないもの。分の悪い勝負なんて温いものではない、絶対的な蹂躙を己に与えるであろう者の孤高の一片。

 ついている、と王馬は思う。

 ()()()()()()()()()()、この手の震えを止める好機が、目の前に2つも用意されているのだから。

 

 「……お前、何を震えてる?」

 

 「…………黙っていろ」

 

 彼の異変を目敏く察知して訝しむ一真を突っぱねる王馬。

 ほぼ間違いなく自分の試練となる男に弱味など見せる訳にはいかない。

 臆すな。己のプライドを奮い起たせろ。

 それが挑戦者としての矜持と最低条件だ。

 全身から炎のように闘気を揺らめかせる彼を見て、一真は王馬の異変の何たるかを理解したようだった。

 

 「なんだ武者震いかよ? おいおい、準備は要らないとか言っといてやる気満々じゃねえか」

 

 「……………」

 

 半分ほど的外れだが、何かもう訂正する気も起きなかった。

 リングの上では多々良が一真への苛立ちをぶつけるように相手を切り刻み続けており、その様子に一真はおー強い強い、と微妙に上から目線な称賛を送っている。

 健気な子供を見守るようなその態度を見て、王馬は薄らと察しがついた。

 さてはこの男、才能と体格のせいで周囲の兄のような役回りをやっていたな、と。

 

 『試合終了ぉぉおっ!! 多々良選手も風祭選手に続いてストレート勝ちを収めました!!』

 

 そして月影の課題通りに、多々良もまた7人を打ち破った。

 あらゆる攻撃を跳ね返し敵を喰い破り続ける姿は、観衆に暁学園の力を大いに示していた。

 己に与えられた役割を充分にやり遂げた彼女の顔は、しかし非常に苛立ちに満ち溢れたものであったという。

 

 続いて戦うのはサラ・ブラッドリリー。

 絵筆とパレットの霊装(デバイス)《デミウルゴスの筆》から放たれる伐刀絶技(ノウブルアーツ)色彩魔術(カラー・オブ・マジック)》の汎用性は凄まじいもので見る者を驚かせた。

 緋色の絵の具が踊ればマグマのような炎が。

 青色の絵の具が舞えば石の床に深い水源が。

 黄色の絵の具が跳ねれば目も眩む閃光が。

 サラの絵筆が閃く度に、それを指揮棒としてあらゆる現象が現実に顕現するのだ。

 元居た禄存学園では《万華鏡(カレイドスコープ)》と呼ばれた多芸さは対戦相手を悉く初見殺しに追い込んだが、しかし最後の1人はその手札の多さを前にして中々の立ち回りを見せていた。

 

 1人を相手に7人が順番に出るという戦いの形式上、暁学園の本戦出場を阻止できるかどうかは最後の1人にかかっていると言っていい。

 前の6人の戦いを見れるため、対策のために得られる情報が最も多いからだ。

 加えて単純な数の差で暁学園側の生徒は疲労が蓄積していく。

 最初の駒で削って最後に止めを刺す、数の有利があるからこその戦略だ。

 つまりこの生徒は、サラのどの攻撃にどう対処すればいいのかを熟考した上でリングに上がっている。

 

 「はぁっ!!」

 

 「………っ」

 

 剣と盾の一対の霊装(デバイス)を持った彼は、振りかかるサラの緋色の絵の具を盾で払いつつ剣を彼女の腹に突き立てる。

 大きく後ろに転がるサラだが、刺された場所に出血はない。

 『鋼のガンメタル』。己の腹を()で鋼鉄に変えて刃を阻んだのだ。

 

 「ほう、彼奴(あやつ)なかなかやりおるな。《血塗れのダ・ヴィンチ》の魔術を防いでおるわ」

 

 「盾を持ってるのがデケェな。炎も閃光もとりあえず影に隠れちまえば食らわねぇし、サラも多芸じゃあるけど『攻撃』を表現できる色にも限りがありそう………、ん?」

 

 一真が目を細めると同時、ふと何か思いついたらしいサラが空中に何かを描いた。

 細長い線、その先端に四角。

 子供の落書きのようなそれが突如として立体感を持ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 (……スレッジハンマー!?)

 

 「うんっ、しょ……」

 

 彼女の筋力では持ち上げて保持することが出来ないらしい。

 頭上に現れたハンマーの柄を掴み、振るうというよりはバランスを崩して落っことすような拙いスイングでサラは相手の頭を狙う。

 絵に描いたものが現実に出てくるという絵本のような技には驚いたが、そんな攻撃とも呼べない攻撃など食らうはずがない。

 勝利を目前に感じたその生徒は左腕の盾を掲げてハンマーを防ぎ、右手の剣でサラを斬り伏せようとする。

 

 その瞬間、サラの絵筆が踊った。

 ()()()()()()()()

 空中に叩き付けられた色彩はそのままハンマーに纏わり付き、そのまま相手が防御に回した盾へと────

 

 

 「《色彩魔術(カラー・オブ・マジック)》────強権のロイヤルパープル」

 

 

 決着。

 振るわれた紫白を纏う鉄槌が相手生徒が盾ごとリングに叩き潰され、轟音を響かせリングにめり込んだ。

 彼を中心に広がる亀裂から考えられる破壊力は、明らかにサラの虚弱な腕で出せるものではない。

 ハンマーが纏っていた色の何たるかを知っている者が絶句している中、サラは空に筆先を弄びながら不満足げにぼやいていた。

 

 「………。観察不足」

 

 

 ここから先は少し早足で語ろう。

 サラの次に戦うのは天音だったのだが、これについて語ることは殆どない。

 

 『えー、続いてリングに上がるのは紫乃宮天音選手ですが………対戦相手の7校の生徒すべてが棄権したため、暁学園・紫乃宮選手、不戦勝となります!』

 

 「………お前、何やった?」

 

 「いいや? 何もしてないよ。僕()ね」

 

 人々が困惑にざわめく中、振りかかった疑いに天音はあっけらかんと答える。

 そんな彼の少女のような顔立ち、()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()───やはり王峰一真は、かつて見慣れたものだと確信してしまうのだった。

 

 

 凛奈、多々良、サラ、天音。

 ここまで全員が全勝を果たし、そして黒鉄王馬の番だ。

 国内に5人もいないAランクの1人として小学生(リトル)リーグの頃から有名な彼だ。観衆はその戦いぶりに大いに期待したものだが、実際の試合内容はその思いとは裏腹にしょっぱいものだった。

 王馬の力を恐れておっかなびっくり小細工を弄する相手に敢えて致命傷を避けて攻撃して心を折っていく流れ作業、それが7回。

 元々のビッグネームが災いしてか、積極的に前に出る者がほとんどいなかったのだ。

 

 「……()()()()()()()()()()、見れっかなとも思ったんだがなァ」

 

 「ほう、見ただけで気付いていたか。あの程度の有象無象相手に()()()()が測れるはずがないだろう」

 

 無駄な時間を過ごしたと背中で語るように王馬はさっさとリングを降りる。

 これで役割を果たすべきなのはあと1人、一真のみだ。

 まあこのレベルの相手が来るなら自分も問題は無さそうだが………

 

 (イッキとか刀華とか出てくんのかなァ……)

 

 そうなると正直わからなくなる。

 ここまでの傾向からすると代表生徒が出てくる事はないだろうと思っていたのだが、王馬との戦いに出ていたメンバーの1人を見てそうとも言い切れなくなってしまった。

 王馬と最後に戦った、破軍学園の生徒。

 あいつは、そう。

 確か─────…………

 

 

     ◆

 

 

 『運に恵まれた』。

 葉暮桔梗と葉暮牡丹、裏で囁かれている彼女らの評価がそれだった。

 黒鉄一輝やステラ・ヴァーミリオンなどの別格の強者たちが他の上位陣に軒並み土を着け、代表候補筆頭であった王峰一真が途中退場。

 加えて選抜戦において彼女2人は校内の頂点で鎬を削り合う彼らとぶつかる事がなく、それ故の陰口が「運の良さ」という訳だ。

 

 ……無論、『じゃあ彼女らは弱いのか』と問われると答えは否だ。

 彼女らは2人とも格上の校内序列一桁の騎士を下し、20戦無敗を守り抜いた猛者なのだ。

 もちろん一輝らと比べれば幾分か格は落ちてしまうが、その実力は本物と言える。

 

 だからこそ許せなかった。

 自分たちが運だけで選ばれたというその物言いが。

 

 葉暮姉妹が出場しても得の無い『暁学園』との戦いのメンバーに名乗りを上げたのはその為だ。

 自分たちは運だけで残ったのではない。

 確固たる実力に裏打ちされて命を懸けた戦いの舞台に上がる資格を得たのだと知らしめたかったからだ。

 ───『その選択に後悔は無いか?』

 今の彼女らにそう聞いたのなら、もしかしなら首を縦には振れなかったかもしれない。

 

 

 何も出来なかった。

 どれだけ力を尽くしても、どれだけ手段を講じても、彼らのいる領域に指先ひとつかからない。

 ただ前に出てくる。

 それを止められず、やられる。

 回避も、抵抗も、逃げる権利すら、彼らの圧倒的な力によって没収されてしまった。

 自分たちにとってはプライドを懸けた戦い。

 だけど彼らにとっては、道路の側溝を跨ぐ程度のものでしかなかったのだろう。

 

 無造作に振るわれたその野太刀は。

 振り下ろされたその脚鎧(ブーツ)は─────

 

 

 (無  理     こんな  の 敵  う  はず  無   ─────)

 

 陰口よりも何よりも無慈悲に、彼女らの心をへし折った。

 

 

     ◆

 

 

 『試合終了ぉぉおっ!!王峰選手、全勝達成!

 最初の開始の合図から最後の決着まで、攻撃した回数は全部で7回!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、格の違いをわからせるかのような試合ぶりでした!!』

 

 『文字通りに圧勝という言葉が相応しい光景でしたが、しかし最後の、葉暮選手との戦いでは明確に真剣さに違いがありました。彼女の実力を確かに評価していたものと思われます』

 

 『なるほど、あれほどの実力を持ちながら一切の油断は無かったと!これは暁学園の質の高さを示す形にもなっているかも────』

 

 「うわー、容赦ないなあ」

 

 「クククッ、流石ではないか鉄槌の王。力を持ち、人格を持てども慈悲が無いわ……!」

 

 「もう少し動いてほしかった……」

 

 人々がそれぞれの感想を言い合う中、一真はリングに倒れ伏した槍使いを見下ろす。

 意識を失った彼女に対して一真の口をついて出てきたのは、純粋な感謝の言葉だった。

 

 「ありがとよ。葉暮さん」

 

 どういう背景があったのかは知らない。

 だけど、彼女は本気で勝ちに来た。

 怒りでもなく責任でもない、ただ何らかの強い意思を宿して、自分自身の為に戦っていた。

 

 彼女が出たところで何の得もないこの舞台に、己の意思のみを引っ提げて。

 その姿が未だ心構えが定まらずフラフラしていた自分に、どれだけ鮮烈に突き刺さったか。

 

 

 「アンタのお陰で────喝が入った」

 

 

 ───自分の為に戦おう。

 自分に挑んでくれた友人たちに、約束は守ったと烏滸(おこ)がましくも言い張ろう。

 いつの間にか見失っていたらしい。

 何を躊躇うことがある?

 罪は罪で受け止めて、その上で自分を押し通す───()()()()()()()()()()()

 

 

 『これで暁学園全員の全勝が達成されました!月影総理が自ら提示した条件を見事クリアしてみせたのです!

 そう!つまり今この瞬間─────

 

────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っっ!!!』

 

 

 担架で運ばれていく葉暮桔梗から目線を切り、実況の叫びを背に受けながら一真はリングから降りる。

 次に上がるのは約束した舞台だ。

 顔を合わせるのはその時でいい。

 そしてその時は存分に語り合おう。

 自分に挑むために鍛えた力と、それに挑まれた自分の力で。

 

 迷いと葛藤を踏み越えて。

 かつて居た星に背を向けた青年が、瞬きを塗り潰す暁へと帰っていった。

 

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