壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第49話

     ◆

 

 

 突如勃発した王峰一真とエーデルワイスの戦い。一真はまず全身に魔力を漲らせた。

 最大倍率の身体能力の強化。破軍で友人と戦っていた頃、全てを100倍近くまでブーストされた友人の剣技と競り合うために必須の準備でもあった。

 最強の剣士エーデルワイス。最低でも《一刀修羅(いっとうしゅら)》を使用した彼以下というのはありえない。

 その判断が最低限正しい事を確信したのは、その刹那の後。

 振るわれた両の剣が己の眼から消え失せた途端、一真の鼻先を不可視の何かが閃いた。

 

 「──────ッ ッ ! ? 」

 

 あと半歩前に出ていれば首が飛んだだろう。

 寸前で察知して仰け反った一真の鼻先が焦げ臭い煙を上げる。掠っただけで皮膚が焼けた。

 ()()()()()()()。埒外の剣速だ。

 肉眼で辛うじて認識できるのは刀身と擦過して白熱した大気の輝きのみ。

 間隔も無しに続けて襲いかかってきたエーデルワイスの二の太刀を一真は慌てて回避する。

 

 (速いとかいう次元じゃねえ!!何の変哲もねえ片手の一振りがもう刀華の《雷切(らいきり)》レベルだ!!!)

 

 住んでいる速度域が違う。ハッキリ言って迎撃できるキャパシティを超えていた。

 そして────重い。尋常でなく。体格も体重も自分を大きく下回る細腕による一撃が鎧の上からでも腰まで響く痺れを押し付けてきた。

 それは何故か?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 音とは則ち空気の振動。

 極端な言い方をすれば身体の動きで音が発生する、つまり空気が振動するという事は、それだけ力の分散(ロス)が発生していることになる。

 つまりこのバケモノは自らの行動で生じるエネルギーを完全に制御し、一切の無駄なく行動のみに消費しているのだ。

 結果として、無音。

 力も速度も100%のポテンシャルを発揮している。

 太刀筋ひとつ踏み込みひとつ、どれを取っても規格外。

 

 (クソが……っ!!)

 

 ────一呼吸の間に都合10連。錯綜する鋼から飛び散る火花が星空のように宙を舞う。

 一真は見て捉える事を諦めて足の位置や動作の流れから攻撃を予測、時に躱して時に刃を打ち返し強引に隙間を生み出して、必殺技としか思えないエーデルワイスの()()()()()を辛くも凌ぎ切った。

 だが当然そこで終わるはずがない。測るような初手を経て彼女はそこに戦略を織り混ぜてきた。

 二振りの剣が左右から挟むように、しかし絶妙な時間差で斬りかかってくる。

 一真のスピードだと初撃を弾くか回避するかしてももう片方の剣に間違いなく斬られる、実力差を浮き彫りにする無慈悲な一手。

 神速で迫る死を前に一真の脳が狂ったようにインパルスを飛ばす。

 思考は無い。

 蓄積した知識と経験が、反射で回答を叩き出す。

 

 「がァっっ!!」

 

 吼えると同時、一真の全身から『概念』が撒き散らされた。

 少し後にブラッシュアップされ《暴圧(ウィレス)》と名付けられる伐刀絶技(ノウブルアーツ)だ。

 物理的な干渉を伴う魔力そのものではなく、自身が操る概念そのものを力任せに放出。『優劣の劣を押し付ける』能力の本質が文字通りに相手の心身を威圧するのだ。

 それは炎が熱を発するが如し。

 物質に対する破壊力は全くないが、原理の単純さ故に発動が凄まじく早い。行動と合わせればエーデルワイスの剣にもギリギリで間に合う。

 今のままでは間に合わないのであれば強引に相手を引き摺り下ろす外ない。

 彼の能力はあまり地力の底上げに寄与するものではないが、相手を圧倒する事には何よりも長けている。

 

 「!」

 

 力関係を押し付けられたエーデルワイスの動きが鈍る。

 大抵の伐刀者(ブレイザー)がその場でへたり込むか石像になってしまうような力だったのだが、そもそも次元の違う相手だ。一真の威圧は彼女の剣速を僅かに遅らせる程度に留まった。

 しかし練達した者にはその“僅か”があれば充分。

 先に到達した右の剣を躱しつつ左の剣を蹴飛ばして詰めの一手を回避する。

 紙一重で戦いが成立している────ように見えてその実、一真はただ奈落の淵へと歩いているだけだった。

 

 (これじゃ死ぬのを先延ばしにしてるだけだ)

 

 備えれば防げる程度の影響しか与えられていない。この手は2度も通じないだろう。

 自分自身の動きを改良する他ない。今やらねば未来がない。この剣技を相手取るには、今の自分の『蹴り』は動きが大きすぎる!

 少しでもいい、思考の猶予が欲しい。一真は大きく後ろに跳んだ。エーデルワイスは間髪入れずに剣を身体の前で十字に構えて追い縋る。

 そこで彼女は見た。

 一真の目には強い光が宿っている。つまりこれは劣勢による退避ではなく、攻勢に回らんとする助走なのだと。

 

 (見せてもらいましょうか。死に物狂いの結論を)

 

 クロスした剣で身体を堅守し、さらに十の字に斬りつける攻撃に繋がる攻防一体の構え。

 隙のない追い打ちを前に今度は退かなかった。

 一真は剣がクロスしている所を下から蹴り上げ、両の剣を跳ね上げて構えを崩す。そして振り上げた脚はそのまま踵落としへと繋がってエーデルワイスの頭を狙う。

 しかしその途端、一真の腹に鋭利で硬質な予感が2つ滑り込んできた。

 

 「ぐ…………っ!?」

 

 咄嗟に腹を魔力で覆った途端、覆った箇所に過たず突き込まれた純白の鋼。紫白の鎧を突き破らんばかりに食い込んでくる勢いに抗わず、一真はわざと後ろに飛ばされて距離を空けた。

 ───そうしなければ臓物を裂かれて終わっていただろう。

 どろり、と腹から血が流れる。

 魔力で防いだはずの彼女の剣は、一真の腹筋に確かに突き刺さっていたのだ。

 

 (まだ遅いか)

 

 一真の踵が彼女の頭を撃ち抜くよりも、弾いた剣が一真へと切り返してくる方が速い。

 攻と守を切り替える時間の短縮。方向としては正しそうだが、やはり速度がボトルネックとなっているせいで打ち合いが成立しない。

 また後退させられた一真へとさらに前進してきたエーデルワイスが振るう左の剣。この神速の一閃を前に、彼は活路を見出だした。

 

 (ここだ────!!)

 

 エーデルワイスの左の攻撃に合わせ、一真は上体を思い切り倒しながら右の脚を振るった。

 蹴りの軌道は振るわれた剣の下側を擦りつつ鋭い弧を描く。鎧に覆われた爪先がエーデルワイスのこめかみに迫るにつれ、剣と腕の下側を擦り上げられた彼女の太刀筋が一真の脚に押されるように狙いから逸れて流れていく。

 ───一真のアドバンテージは、正面からの激突でものをいう『体格と体重の差』だ。

 実際のところは彼女との技術の差で消えてしまっている有利だが、こうして横合いからぶつければその有利はきちんと働いてくれる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな状況で叩き出したこの回答は、後になって考えても間違いなく最適解だったと思う。

 

 押し返されたのは一真の脚だった。

 頭を撃ち抜くはずだった蹴り足はまっすぐ首筋へと迫るエーデルワイスの太刀筋に擦り阻まれ、押さえ込まれて逸れて流れる。

 

 攻撃を以て敵の攻撃を逸らし、そのまま己の攻撃を叩き込む。

 つまりエーデルワイスは一真が自分にやった事を全く同じ事で返したのだ。

 軌道をズラされてからの後出しでも返しが成立してしまう程の───桁違いの刀線(とうせん)()(すじ)と鋭さで。

 

 「な」

 

 首を真っ直ぐに横断する戦慄に、一真は遮二無二背筋を反らす。

 回避は辛うじて成功。しかし一瞬遅かった。大気を焼きながら通過した彼女の剣先が斬り裂いたのは────、一真の額。

 さらにそこから噴き出した血が一真の両目に入り、その視界を完全に奪ってしまった。

 

 (や、ば、)

 

 もちろんそんな隙を見逃してもらえるはずもない。繰り出すは初手に繰り出した、1の刹那の間に10回斬り刻む剣戟の重爆。

 (とど)めの太刀は()く速く、世界最高峰の剣がいま最短距離で一真の命へと────

 

 「シャァッッッ!!」

 

 「っ……!?」

 

 ()()()()()()()

 大量の鮮血が宙を舞い、咆哮と共に空を貫いた一真の脚鎧(ブーツ)が硬質な戟音を奏でる。

 10連撃の出始めに強引に割り込んできた一真の後ろ蹴りを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ────一真の先読みは誰ぞの《完全掌握(パーフェクトビジョン)》ほど高精度ではない。行動の予測という点において読めるのは相手が行動するタイミング、後は動きの流れから次にどう動くか。視界が利かない状態でエーデルワイスの連撃を受けきるような洞察力など持ち合わせていない。

 だから彼は、胴体を一番最初に通り抜けた殺気のみに備えた。

 刃が身体に触れると同時、一真は爪先を軸に全身を駆動。

 斬撃が身体を通り抜ける方向に全力で廻転(まわ)り、剣を生身で受け流しつつ回転の勢いを乗せた後ろ蹴り(カウンター)をネジ込んだのだ。

 

 しかしこれは普通なら速度で完敗している時点で成立するはずのない反撃。

 だから、足りない要素は血肉で支払った。

 不足したスピードで攻撃を間に合わせるための最低限の動き。最低限の回転。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、辛うじて戦闘続行が可能な深さに抑えられたダメージを対価に一真は攻撃の権利を手に入れたのだ。

 

 「大したものです」

 

 遠く及ばない相手に逆転を狙うには、慮外の方向から慮外の一撃を叩き込む他ない。そのために飛び越えなければならないリスクは、彼我(ひが)の実力差が開いているほどに大きく深くなっていく。

 針穴より小さい突破口を掴めるか否かという分の悪すぎる決断、それを前にして対価の支払いを欠片も躊躇わない剛胆さに、さしものエーデルワイスも驚嘆を見せた。

 されど攻撃の手は緩めない。

 防御の間に振りかぶられた、たった今受け流された方の剣が再び一真を襲う。

 二刀の絶対的優位である手数は初手を潰された程度で揺らがない。ましてエーデルワイスであれば尚更だ。この程度のロス、単純に攻め立て続けるだけで一瞬で無いも同然だ。

 加えて一真は重傷。もうさっきのような捨て身の逆転は狙えないばかりか、戦闘能力も大きく削がれている。

 このカウンターが失敗した時点で王峰一真は詰んでいる。

 そう。

 このカウンターが失敗した時点で、だ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 完全に詰ませたと相手に思わせてただ攻め立てればいいだけの状況を作る、これこそが彼の狙いだった。

 

 

 都合10連撃。

 エーデルワイスの剣が全て弾かれる。

 今まで受ける事すら至難の技だった彼女の剣戟を全て受け止めながら、一真は目を見開いたエーデルワイスに全力の蹴りを放った。

 単純な攻撃なら受け止められるという前提があるのなら、攻撃に全力を注ぐ事ができる。

 自分を押し切るのに強力な技は不要。そう思わせる為に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最後の好機を掴み取ったその大男は、紫白の極光を纏っている。

 

 神話再演(ミュートロギア)不沈の英雄(アイアース)》。

 最強の鎧に武装された無双の鉄槌が、世界最強の剣士の喉笛にその爪先を突き付けた。

 

 

 

 

 ゴギンッッッッ!!!と凄まじい音がした。

 その音の発生源を()()()()()のは黒鉄王馬。

 あらゆる攻撃を涼しい顔であしらい追い詰めるエーデルワイスと、才能と技術全てを用いて食い下がらんとする一真の戦い。

 己が乗り越えるべき絶対的な才を持つ者がさらに遠く及ばない頂点を相手に勝利を諦めない姿は、彼の目にどう映ったのだろう。

 そして突如として一真から噴き上がった凄まじい力に瞠目した直後、『それ』はくるくる回転しながら勢いよく王馬めがけて飛んできた。

 

 「っ?」

 

 思わず反射でキャッチした。

 これは何だ?

 そう思い手に掴んだやたら大きなそれが何なのかを確認した瞬間、脊椎に液体窒素を流し込んだような寒気が王馬の背筋を駆け上がる。

 

 それは鎧だった。

 中身をその内に収めたままの脚鎧(ブーツ)だった。

 紫白の極光は潰え、蹴ったはずの脚はそこにはない。己の体積を大きく減少させた一真が、ぐらりとバランスを崩す。

 

 

 たった今まで《不沈の英雄(アイアース)》を纏っていた一真の脚が、膝の上から《プリンケプス》ごと斬り飛ばされていた。

 

 

 「な………ぁ……」

 

 動揺と困惑に呻く片脚のカカシ。

 腿の切断面から間欠泉のように血が溢れ出し、一真の身体から力が抜けていく。 

 過去に破られた事がない訳ではない。

 だが純粋な力の出力でこうもあっさり、こうもリスクや対価を支払わずにあっさりと破られた事など1度もなかった。

 

 ────今のは、《一刀(いっとう)羅刹(らせつ)》と同じものだ。

 

 過去の経験から近しい現象を見つけ、辛うじて一真は今の現象に理屈を付ける。

 そしてその推測は正しい。

 エーデルワイスは剣を振るう一瞬に魔力を爆発させ、ブーストされた力の全てをその一振りのみに集中する事で《不沈の英雄(アイアース)》を正面から打ち破ったのだ。

 そう、やっている事は彼の友人と同じ。

 ただやはり桁外れなのだ。

 剣技だけでなく魔力のコントロールですらも圧倒的に。

 故にその強化倍率も友人のそれを優に上回り、また使い果たして脱け殻になる事もない。全てを使い切る必要がないからだ。

 最大限に戦略を巡らせ、リスクを支払い、全てをぶつけても足元にすら届かない。

 そもそも自分の尺度で測ってはならない相手に喧嘩を吹っ掛けるべきではなかったと言ってしまえばそれまでだが………一真の全力など、彼女からすれば後出しでどうとでも対処出来てしまうものでしかなかったのだ。

 

 額と腹からの出血。

 胴体に重篤な斬創。

 片脚の欠損。

 加えて、魂の結晶である霊装(デバイス)の破損。

 エーデルワイスはもはや追い打ちを加えない。

 その必要がないことをわかっているからだ。

 彼女はもはや戦いは終わったと意識と身体が崩れ落ちていく一真から視線を切り─────

 

 「あああァァァぁああぁあああッッ!!!」

 

 「ッ!?」

 

 その、刹那。

 あろうことか一真はあらん限りの力を絞り出してその敗北を拒絶。

 その脚で崩れ落ちていく心身を強引に支え、そればかりか、()()()。───()()()()()

 その攻撃は純白の刃に軽々と防がれたものの、エーデルワイスの心には僅かな揺らぎが生まれていた。

 ───片脚でどうやって蹴ったのか?

 彼女が一真の脚に目をやった時、その疑問は簡単に解消された。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 地面を『踏む』という一真の意思の元、魔力は喪われた脚の断面に集中。

 そのまま欠損した部位の形を取り、形状と役割を強引に整復してみせたのだ。

 恐らくこうしようと具体的に考えた上での出力ではあるまい。戦闘を続行するために必要なものと行動を、能力を使って本能的に実行しているのだ。

 

 「……まだ続けるのですか?」

 

 息も絶え絶えの有り様で、それでも自らの前に立つ戦士に向けてエーデルワイスは問いかけた。

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