壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第5話

 「………っ!!」

 

 痛みで意識が覚醒していなかったら躱せなかった。今の一撃、もし受けていたらそこで終わっていたかもしれない。慌てて立ち上がると同時、ステラは大きく距離を取る。

 止めの1発を直前のクリティカルヒットから間髪入れずに回避され、一真も驚いたようだ。

 

 「……トバすつもりで蹴り抜いたんだけどなァ。流石に無意識の魔力障壁もとんでもねえな」

 

 余裕とも取れるその調子に瞳に屈辱の炎を滾らせるステラ。それを見た一真は、彼女に対する評価をもう1つ上げた。

 顔面の痛打は頭部に対するダメージもさることながら、最も効果的に相手の気勢を挫く。まして意識を失った瞬間の不意打ちとも言える1発を食らったのだ。そこで意識が戻っても普通は怯んで動けない。

 しかしステラはそれを受けてなお即座に次の行動に移った。

 心が強い。そして、強い痛みに慣れている。

 

 「よぉし───じゃあ行こうかァ!」

 

 吼えると同時、一真はステラに向けて全力で踏み込んだ。床が爆ぜる音すら置き去るような速度で一瞬にして開いた距離を潰し、その速度をそのまま脚に乗せて激烈な蹴りを繰り出した。

 対するステラはその蹴りを剣で受けた。剛力無双の彼女の身体に、久しく味わったことのない己と比する膂力が襲いかかる。

 重撃に抵抗し踏ん張らせることでステラをその場に縫い止めた直後、一真のラッシュが始まった。

 

 その動きはまるで舞踊、まるで舞踏。

 長く丈高い体躯と両脚が、縦横無尽にダンスを踊る。

 

 

 『『うおおおおおおおおおっっっ!???』』

 

 両脚を唸らせる一真と受け止めるステラ。

 ギ────────ッッッ!!!という金属音の連続は、速度が速すぎて最早一繋がりになって聞こえた。

 一見すれば拮抗して見える状況だが、余裕がないのはステラの方だ。

 

 (まるで激流の中……蹴りなのに攻撃の回転数がボクシング並みに(はや)い!! どういう鍛え方してんのよコイツ!?)

 

 蹴り足が視認すら危ういのもそうだが、何よりも()()()()()。蹴って戻してまた蹴るという、動作の大きいプロセスのどこにもタイムロスが存在しないのだ。

 完全に繋ぎ目がない(シームレス)

 一撃一撃が鉄柱の鞭とでもいうべき破壊力を持つ蹴りが全方向から反撃を差し込む間もない頻度で襲いかかってくるのだ、やられる側はひとたまりもない。

 

 「ぐっ、うゥッ!!」

 

 破裂するような音を立てて、ステラの頬と脇腹に2発の蹴りが炸裂した。

 

 (反撃しようとした瞬間を潰される! リズムを掴んだ、って、まさかコイツ───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、そして更にこれだ。

 一真がいま連発している蹴りは体重を乗せて蹴り抜く『仕留める蹴り』ではなく、脚を引き戻す速度を重視して相手の身体を弾くように当てる『ダメージを与えて削る蹴り』だ。

 故にステラが本気で魔力強化を施したパワーとスピードをもってカウンターをかければ、彼を押し返すには充分。 

 

 だが、実行しようとする度にこうして出鼻を潰される。

 舞い踊るような見慣れないモーションが戸惑いと僅かな反応の遅れを生み、そこから切り崩されていく。

 

 「シィィィィイイイイイイッッッ!!!」

 

 鋭い呼気と共に、一真はさらに蹴りを撃ち続ける。

 反撃の隙は与えない。ヒットの回数は段々と増えてきている。一真の有利はもう観衆でもそうと見て取れるほどに決定しつつあった。

 こうなれば後は時間の問題。

 ここぞという瞬間に全力の一撃で終わらせれば───

 

 

 「……ま、終わんねぇよな。そりゃァ」

 

 

 明らかに手応えの変わった蹴り心地を受けて、一真は少し嬉しそうに笑う。

 直後襲い来る無双の一太刀が、一真がいた場所を叩き潰した。

 莫大な圧力すら放つ剣圧。危なげ無く回避したはずの一真は2度目の冷や汗を流す。1回でも掠れば終わりが見えるその威力は何度見ても慣れることは無さそうだ。

 切れた口に溜まった血をステラは台詞と共に吐き出す。

 

 「───好き勝手やってくれたじゃないの。次はアタシの番よ」

 

 轟音と爆炎の軌跡を残し、ロケットのような勢いでステラが一真に猛攻をかける。

 炎に焼かれないよう魔力を纏い一真はそれを迎撃。初めの太刀を掻い潜りながらその腹に爪先をめり込ませる。

 が、無効。ついさっき顔面に受けたのと同じ痛恨の一撃を柔らかな部位に食らっても、ステラは小揺るぎもしなかった。

 それどころか。

 

 「熱っつ!?」

 

 さっきまで魔力で防げていたはずの熱波がモロに一真を襲った。たまらず退いて逃れた彼を、ステラはさらに追い打つ。

 元より格下とばかり戦わざるを得なかった彼女は追い打つ戦いに長けている、こうなればもう戦いの主導権は彼女にあった。

 

 ステラの全身は今、紅蓮の球体の中にある。

 

 平均の30倍もの魔力量を誇るステラの、最大出力の魔力障壁。

 圧倒的な膂力を生み出す無尽蔵のエネルギーは、防御に回れば途端に鉄壁の要塞へと姿を変える。まして彼女の能力は『炎』。こうなった彼女に攻撃することは太陽に触れようとすることと同じ。攻撃など通るはずも無いし、そもそも近付いた時点で焼き尽くされる。

 一太刀。一真が逃げる。距離を詰められる。

 もう一太刀。一真が退く。また詰められる。

 触れられもしない防御力を恃み、持てる全てを攻撃に費やしたステラ全力の攻勢は、瞬く間に獲物を追い詰めていく。

 シンプルだ、と一真は思う。

 そしてそれで正しい。

 圧倒的な力を持っているなら、シンプルに圧殺するのが1番強い。彼女はそれを、本能で理解している。

 

 だが、忘れてはならない。

 彼もまた単純な圧殺を最も得意とする、高き所に住まう怪物である事を。

 

 

 「────じゃァ、俺も、本気(マジ)だ」

 

 

 ズオッッッ!!!と一真の身体から紫色の魔力が吹き荒れた。

 受動的な防御ではない。相手を食い破らんとする暴力的な放出はまずは己を蝕み続ける超高温の熱波を捩じ伏せ、一真はステラへと大きく踏み込んだ。

 しかしステラは動じない。

 真正面からの削り合いなら上等。力の総量なら絶対に負けない。

 

 持っている才全てで潰す。 

 そう考えているのは一真も同じ。

 伐刀絶技(ノウブルアーツ)を発動した彼の脚は、一撃必沈の鉄槌と化す。

 

 

 「《制覇の馬蹄(クアドリガ)》」

 

 

 策も何もない。

 相手めがけて、ただ全力で蹴る。

 (ひづめ)の役割そのままに、ステラが纏っていた魔力障壁が、()()()()()()()()()()()

 

 「な」

 

 障壁を潰した一真の蹴りはそのままステラの腹部に直進。突き刺さった靴底から激甚な衝撃が突き抜け、重心ごと吹き飛ばされたステラの身体が軽々と宙を舞う。

 ごっそりと体力を奪われた彼女だが、しかしまだ終わってはいない。障壁に阻まれ蹴りの速度が僅かに鈍った隙に、間に左腕を挟んで致命傷を防いだのだ。

 しかしもうこの戦いで左腕は使い物にならないだろう。片腕と引き換えに戦闘を続行する事を選んだステラに、再び一真が突撃する。

 

 「しゃあァっ!!」

 

 ステラが地面に着地するよりも早く落下地点に回り込み、まだ空中にいるステラをボレーシュートのように蹴り飛ばした。

 なんとか剣で防いだステラだが空中で踏ん張りが利くはずもない。その勢いのまま地面に叩き付けられ、リングの上をバウンドした。

 攻撃がとんでもなく重い。──否、()()()()

 魔力による身体強化だけでは説明の付かない感触。それに自分の全力の魔力障壁をああもあっさりぶち抜いた事から考えても単純な破壊力では説明がつかない。

 

 ───ともあれ、もはや認めるしかない。

 近接戦闘では分が悪い。

 さらに追撃をかけようと迫る一真にステラは《妃竜の息吹(ドラゴンブレス)》に更に魔力を込め、更なる炎を刀身に纏わせ、そしてそれを撃ち放った。

 

 「喰らい尽くせ! 《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》!!」

 

 振るわれた切っ先から迸る炎は瞬く間にある生物の形を成す。

 それは────竜。

 触れるだけで万物を融解させる炎竜が蛇のように長い身体をのたくらせ、乱杭歯の並ぶ巨大な顎門にて一呑みにせんと一真に迫る。 

 

 だが、その牙が彼を捕らえることはない。

 激突の寸前、一真は跳躍して《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》の鼻先に()()。そのまま炎竜の身体の上を、()()()()()()()()()()()()()()

 

 さしものステラも絶句した。

 今まで打ち破った者はもちろん受け止めた者も存在しなかった、現状の自分が持つ遠距離攻撃の中で最大威力の伐刀絶技(ノウブルアーツ)

 それがあろうことか足場扱いにされたのだ、彼女の衝撃は推して知るべしだろう。

 

 「アンタ───一体なんなのよその力は!?」

 

 「『(とう)()』だよ」

 

 そしてその動揺は、とうとう彼女に動揺の証となる疑問を叫ばせるに至った。

 一真はそれに短く答えつつ、炎竜の胴体を蹴って空中から直接ステラに接敵する。

 

 「言ってみりゃあらゆる障害を『踏み越え』、『踏み破る』チカラだ。つっても概念干渉系だし、言葉や字面じゃ分かりにくいわな……、っ?」

 

 一真の言葉が一瞬詰まった。

 空中から落下速度もプラスして放った蹴りを、ステラは大剣ではなく、使い物にならなくなった左腕で受けたのだ。

 腕を突き抜けた破壊力がまたもステラを襲うが、彼女はその場で踏ん張って気力とタフネスで耐え抜く。そして自由なままの右腕で一真の蹴り脚を挟み、腋に抱えるようにがっちりとホールド。

 ───ここに来て、ステラは一真を捕まえた。

 

 「もう逃がさないわ……喰らいなさい……!!」

 

 臓腑が潰れる脂汗を滲ませステラは笑う。

 一真の背後から、膨大な熱量を放ちつつ火炎の竜が迫ってきていた。

 《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》はただ竜を模した炎の砲撃ではない。敵を喰い千切るまでどこまでもどこまでも追い縋るよう命令された怪物だ。

 そしてこれこそがステラの策略。

 技が当たればそれでよし。当たらなければ次の攻撃を死ぬ気で耐えて相手を捕まえ、背後から竜が灼熱の牙で喰らう。

 ボロボロになってもいい。当たれば勝てる。

 

 ……そう。当たれば。

 

 一真はステラに捕まっ(支えられ)ている脚を土台に身体を反転、捕まっていない逆の脚を振り上げる。

 眼前には竜の顎。

 振り上げた脚には紫に燃える『踏破』の力。

 主の怒りを顕すように猛る顎門の鼻面を一真は、全力で、踏んだ。

 

 「伏せてろ。トカゲ」

 

 一言。

 振り下ろされた杭のような一撃が《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》の頭を床に縫い付け、そのまま轟音と共にリングごと砕き潰した。

 逆転を賭けた技と策を正面から叩き潰され、ステラの思考に一瞬の空白が生まれた。

 そこを見逃さず一真は動く。着地と同時にステラのホールドを振りほどき、()()()()()()()()()()。超変則的な軌道でステラの背後に回り込む。

 慌てて対応しようとした時にはもう遅い。

 

 「────《屈従の刻印(セルウス・シニュム)》」

 

 ガゴンッッッッッ!!!!!と。

 規格外の長身から落ちてくる踵落としが、紫の尾を引いてステラの脳天を直撃した。

 それで、終わり。

 頭部への痛打をまともに受けたステラが、呻く声も無く潰れるように崩れ落ちる。

 

 『うわ痛ったぁ……! お姫様大丈夫なのかこれ……』

 

 『ヴァーミリオンさんも凄かったけど、やっぱり王峰くんが強すぎたね……』

 

 『もう終わったろ、立てねえってアレ。ヤバい倒れ方したぞ』

 

 静寂の後にざわめき始める観衆の声の中、一真はステラに背を向けて目線を切る。

 勝利の喜びは無い。

 彼女には口に見合う以上の実力があり、自分は通したい意地を通した。それでいいし、それが全てだ。

 

 「強かったぜ。皇女様」

 

 称賛の言葉を1つだけ残し、一真は出口に向けて歩き出す。そういえば自分が勝ったときの要求を言えてないままだな、と思ったとき、ふと違和感に気付いた。

 なぜ、理事長(審判)は自分の勝利を宣言しない?

 

 『……お、おい、あれ……』

 

 全てを理解して勢いよく後ろを向いた瞬間、熱風が一真の顔を叩いた。

 消えた炎が再び灯る。

 ふらふらと頼りなく揺れる身体に鞭打って、ステラ・ヴァーミリオンはもう1度立ち上がっていた。

 

 (いや立てるのかよ………!?)

 

 本気で終わらせるつもりの一撃を耐えられ、想定以上に想定外のタフネスに一真も言葉を失う。

 満身創痍でなお彼女の目は死んでいない。

 緋色の瞳でしかと一真を見据え、ステラは初めて目の前の相手を無礼な敵から越えるべき壁であると認めた。

 

 「………名乗りなさい。今更だけど」

 

 「王峰一真。Aランク」

 

 「そう。強いわけだわ。……でも、関係無い」

 

 ぎし、と《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を握る手に力が籠る。

 

 「カズマ、アンタだけは絶対に倒す。アタシの国を軽んじたことを、這いつくばって謝らせてやる。アタシの誇りを汚した罪ごと、───アタシの炎で焼き尽くしてやる!!」

 

 己の叫びに鼓舞されるように、ふらついていたステラの身体が再び芯を取り戻す。

 それは彼女にとって本当に譲れないものなのだろう。汚された誇りに怒り吼える彼女を見て、一真は不満そうにぼやいた。

 

 「……その理由で怒れるのなら、俺が苛ついた理由もわかってくれるだろうによ」

 

 呟く言葉は届かない。

 そしてステラはまだ動く腕で大剣を天に高々と掲げた。

 その瞬間。

 

 「────蒼天を穿て、煉獄の炎」

 

 剣に宿る炎がその光度と温度を一層猛らせ───もはやその在り方を炎ではなく光の柱に変え、ドームの天井を貫いた。

 100メートルを優に超える光の刃。

 太陽の光そのものとすら言える滅死の極光。

 戦域全てを焼き払う《紅蓮の皇女》が誇る最強の伐刀絶技(ノウブルアーツ)を前に、一真は微塵も揺らがなかった。

 

 「……十万億土を踏み荒らせ」

 

 ───そして、一真の《プリンケプス》も爆発的な光を放つ。

 鮮やかに白んだ紫が両脚から翼のように吹き荒れ、込められた魔力量に固有霊装(デバイス)そのものが熱された鉄のような光を持つ。

 両脚から地面に入り続けている蜘蛛の巣のような割れ目は能力の影響だろう。彼の魔力は今、ただ在るだけで影響を及ぼす程に密度を高めていた。

 

 『な、何だこれぇぇええ!?』

 

 『滅茶苦茶すぎる……、これで2人とも同じ人間だってのかよ……!』

 

 『やれやれ。どうあってもこの訓練場を壊したいようだな』

 

 観客の学生たちは悲鳴を上げて逃げ出し、黒乃は崩れゆく訓練場を見て苦い顔をする。

 激突とその決着は直後に訪れた。

 一真は地面を蹴り砕きながら天高く跳び上がり、ステラは訓練場を縦に焼き切りながら光の刃を振り下ろした。

 全力で空を蹴り、揃えた両脚を前に紫の尾を引き真っ直ぐステラへと落ちていく一真の姿は、まるで流れる星のようで。

 

 

 込められた力の全ては誇りのために。

 振り下ろされる極光と天より(きた)る彗星が、全霊をもって衝突した。

 

 「《天壌焼き焦がす竜王の焰(カルサリティオ・サラマンドラ)》───!!!」

 

 「《万象捩じ伏す暴王の鉄槌(フリーギドゥム・メテオリシス)》ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 勝敗は決した。

 爆轟を伴う数秒の拮抗の後、とうとう極光の刃を踏み潰した()(はく)の彗星が、その勢いのままにステラへと着弾。

 これが《幻想形態》の試合でなければどれほどの惨状が産み出されただろうか。恐ろしい衝撃と激震を撒き散らし、破壊の蹂躙を受けたステラの意識が今度こそ闇の中へと沈んだ。

 声を上げる者のいない暴力的な静寂の中、彼の勝利を告げる黒乃の審判が空しく響く。

 

 歓声は上がらない。声を出すこともできない。

 完全に粉砕された訓練場。石のリングに深々とめり込んだステラに背を向け退場していく大男の背中を、いくつもの畏怖の眼差しが追いかけていく。

 

 王峰一真。

 彼が《蹄鉄の暴王(カリギュラ)》の二つ名を戴く理由を、彼らは骨の髄まで理解させられていた。




文章量を削りたい……

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