壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第50話

 「力の差は歴然。魂の結晶も武器である脚も切り落とされ、義足を作ってももはや戦える身体ではありません。

 そもそも私にはこれ以上人を斬るつもりはないし、私が斬った彼らは今頃カプセルの中。その命に別状はないでしょう。

 なのに何故私を討とうと立ち上がるのですか?

 友を傷つけられ憤るのは当然だとしても、はっきり言ってこの状況は激情で命を捨てるには余りにも釣り合わない。

 そんな事、貴方も分かっているのではないですか?」

 

 「……わかって、ねえのは……お前の方だ」

 

 「と言うと?」

 

 「理屈の話なんざしちゃいねえんだよ」

 

 どろり、と血のように溢れた言葉が彼女の疑問を切り捨てた。

 

 「不条理や理不尽ってのはな、猟犬と同じだ。

 飼い主の命令で退いた分だけ詰めてくる。逃げた分だけ追いかけて、弱らせてから飼い主に差し出すのが仕事だからな。

 ……けど、その犬を殺しても何も変わらねえ。

 理不尽(イヌ)のリードを握ってる飼い主は、また別の不条理(イヌ)をけしかけて他人を食い散らかすだろう。

 ───じゃあ、その飼い主を潰すしかねえだろうが」

 

  エーデルワイスの問いかけに一真は赤い飛沫の混じった喘鳴を吐きながら低く唸る。彼女を睨むその目は大量の血を失ってなお血走り、赫怒の執念に燃えていた。

 

 「テメェらみたいなのがのさばってるから耐えなくていい痛みに耐えなきゃならない奴がいるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 ガキの頃から今に至るまで!そういう輩と戦う為に!俺は鍛え続けてきた!!」

 

 「それが私に立ち向かう理由、ですか」

 

 その答えに、エーデルワイスはその端正な顔をしかめる。

 

 「貴方がどれ程の執念で己を錬磨してきたかは剣を通して理解しました。その信念に口を挟むつもりも、その執念にもはや合理を問うつもりもありません。

 しかし結果として貴方はここに……、傷付けられてここまで激昂する程に親しい友を裏切ったに等しい場所に流れ着いた。

 敵だけでなく大切な人も、そして貴方自身も………貴方の行動は余りにも多くを傷付けすぎた。友の為に怒れるのであれば、それこそ貴方の望む事ではないでしょう。

 まして友と向かい合う志半ばのここで果てるなど───」

 

 「んな(こた)ァわかってんだよ」

 

 はっ、と嘲るように一笑に付した。

 それはこの期に及んでも理屈を問うのかとエーデルワイスを嗤ったのか、それとも矛盾とわかってもなお止まれない自分か。

 上昇を続ける魔力の密度に焼かれて蒸発する血液。命の流れが失われていく中で、それでも一真は歯を剥き出す。

 

 「望んだ結果だけ手に入った事なんてほとんど無え。悲しむべきじゃねえ誰かの顔が曇る事もざらにあった。

 けどなァ。平気な面して人を傷付け陥れてる奴を見ると、(はらわた)が煮えてしょうがねえ。

 鍋底みてえに焦げ付いて堪らねえんだ。

 こんな焼け死ぬような熱に突き動かされてんのに、それを抱えたまんま膝を抱えて縮こまるのは─────

 

 

 ─────死んでる事と、どう違う」

 

 

 そう言い放ち、一真は地を鳴らして一歩踏み出した。

 ゴォッ、と魔力が噴き上がる。

 敗北と死の淵で燃え盛る命は業火のように紫白を躍り狂わせ、己が生に掲げた御旗を傲然と振りかざす。

 命ある限り前へ、前へ。

 魂である脚を落とされてなお悪鬼の如き形相で奈落へと踏み込んでくる様。その瞳に宿す光を通して一真の炎がエーデルワイスにも伝わってくる。

 

 (……何という執念。元服して大した間もない少年が、こうまで危うい光を眼に宿すのですか)

 

 彼女は息を呑む。

 これ程の力、これ程の原動力。

 何を壊しても自分自身が傷付いても、壁に激突するしか選べない戦車のような魂。

 

 (久し振りですね。この意味での『危険』さを、ここまで感じさせてくる者に出会ったのは)

 

 そして彼女は、真っ直ぐに一真を見据えた。

 

 「王峰一真。それが貴方の名前でしたね」

 

 確認して、エーデルワイスは軽やかに後ろへ跳躍。一真との間合いを大きく開き─────

 

 

 「認めましょう。私の前に立ちはだからんとする貴方の力は蟷螂の斧などではなかった。

 人生を徹して貫いてきたその想いは、命に届かない加減した剣では断ち切れない。

 だから、………この世界最強の剣で、全力を以て貴方を討ち果たしましょう」

 

 

 今日初めて、『世界最強』が()()になった。

 その瞬間、これまでとは比較にならない程の『剣気』が彼女の身体から迸る。

 さながらそれは光の暴風。

 戦塵を巻き上げ、コロシアムが軋み、樹脂製の観客席が派手に割れていく。

 およそ人間とは考えられないような巨大な存在感を撒き散らし、エーデルワイスは二つ名の通りに左右の剣を翼のように広げ────

 

 

 「覚悟を」

 

 

 翔けた。

 少年が必死になって凌いでいたさっきまでが遊びだったかのような、太刀筋どころかその姿そのものが閃光と化す前進速度。

 死神の足音すら置き去る冴え冴えとした刃の気配が己の未来を閉ざそうとしているのを、その瞬間に確かに感じた。

 防がねば死ぬ。恐らくは、防いでも死ぬ。

 いや、そもそもの話。

 鍛練と執念の結実たる脚まで片方奪われて、今の自分に何ができる?

 

 (はは)

 

 恐らくは走馬灯の類いか。飴のように引き伸ばされた時間の中、一真は小さな笑いを溢した。

 

 (決まってるよなァ、そんなもん)

 

 考えるまでもない。

 この十数年で身に付けたものなど、つまる所はそれしかないのだ。

 より強く、鋭く、敵を蹴る。

 喜びも怒りも全てが混ざり合ってきた、人生そのものとすら言えるその積み重ねに一真は身を委ねた。

 そして─────

 

 交錯は音もなく、刹那の内に過ぎ去った。

 一瞬遅れて、青空に散る赤色の血霞。

 声を発する間もなく、一真の巨体がぐらりと地面へと崩れ落ちた。

 

 

     ◆

 

 

 「……、……………」

 

 王峰一真を一刀のもとに下したエーデルワイスは二刀を払って血を振るい落とす。

 その装束にはそもそも返り血すら浴びていない。命を賭した相手を前にしても己の純白を汚さなかった彼女に、目は覚ましたものの戦いが終わりようやく近付けるようになった月影獏牙がフラフラと近付いていく。

 

 「ああ、エ、エーデ。彼は………」

 

 「友を私に斬られ怒っていたので、少々試させてもらいました。心身の奥深くまで食い込んだ糸を切る為にやむを得なかった、と後で誤解を解いてもらえると助かるのですが………

 ………安心してください、彼はまだ生きています。時間は少ないですが、すぐにカプセルに入れれば問題は無いでしょう」

 

 「そうか……、良かった……」

 

 「生かすつもりも無かったのですけどね」

 

 そう言って少し苦笑を浮かべるエーデルワイス。まるで彼女が手加減したのではなく敵を仕損じたような言い方に疑問を抱いた月影だったが、その直後に目を見開いた。

 彼女の力を知る者からすればまず信じられないようなものを見たからだ。

 しかし愕然とする彼の動揺には目もくれず、エーデルワイスは静かに、しかし有無を言わさない強さで月影に訓告する。

 

 「彼を計画に巻き込まざるを得なかったのは理解できました。しかし月影先生、くれぐれも彼から目を離さぬよう。

 彼は組織の劇薬です。周囲の環境如何によっては、恐らく計画の達成すらも度外視して動きかねないでしょう」

 

 「……ああ。心得ているとも」

 

 「これは失礼。既に実感していましたか」

 

 今度は月影が苦笑する番だった。

 エーデルワイスは改めて自分と対峙した戦士を見る。

 そしてこれからの人生、彼が直面するだろう数多くの試練を思った。

 敵を潰せばさらに多くの敵が現れる。それを潰せばさらにそれ以上の敵が現れるだろう。

 繰り返し繰り返した果てで、いつしか彼の周りには敵しかいなくなる。 

 己が巻き込み作り上げた暴力の雪だるまに、自分自身が潰される未来もそう遠くないのかもしれない。

 

 「では、私はこれで帰ります。彼が目を覚ましたら伝えておいてください」

 

 そう言って彼女は踵を返す。

 だけど彼には、友がいる。彼が孤独になる事を良しとしない誰かがいる。

 彼の原動力が憤怒の記憶なら、それは誰かの優しさで癒える事もあるのかもしれない。

 そう思ったからこそ彼女は、《蹄鉄の暴王(カリギュラ)》と呼ばれた少年に言葉を遺した。

 

 「『貴方の歩む(みち)に、いつか赦しが見つかりますように』───、と」 

 

 

 そう言って彼女は音もなく姿を消した。

 

 「……確かに伝えるよ」

 

 エーデルワイスが去った空にそう返し、月影は倒れた一真に駆け寄る。確かにまだ息がある事を確認して指示を飛ばし、多々良が悪態を吐きながら己を優に超える巨体を担ぎ上げて治療室へと駆けていく。

 そしてその場にいた王馬はそれに手を貸す事もなく、ただ目の前に落ちているそれに目を奪われていた。

 あの最後の交錯で、エーデルワイスが一真を殺し損ねた理由。

 無言で歩み寄り、血をぶち撒けられたリングの中に落ちていたそれを手のひらに拾い上げる。

 ───それは日の光を反射して白く輝く白銀の欠片。

 

 「(たぎ)らせてくれる………ッッ!」

 

 拾ったそれを思わず握り締めた王馬は、一真が消えていったリングの出口を睨む。

 額に緊張の汗を滲ませつつも、その口には柄にもなく獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 (やれやれ。まさか傷を入れられるとは思いませんでした)

 

 音も気配もなく帰路を翔けるエーデルワイスは、頭に乗せた額当てに指先を這わせる。

 思い返すは決着の一瞬。光の煌めきのような錯綜の中で起こった、信じられない出来事。

 あの一瞬の中で世界最強の剣を前にした王峰一真は………あろう事か自分から攻めてきた。

 確実に一真の命を断つために()()()()()()()()()故に生じた針穴ほどの隙を突いて自分の頭蓋めがけ真っ直ぐに(はし)ってきたそれは、エーデルワイスの想定すら遥かに超える力と───そして圧。

 それは彼女を以てしても一瞬、完全な守勢に回らざるを得ない程のものであり───結果、彼女の太刀は鈍った。

 故に、彼女は殺しきれなかった。

 王峰一真の魂を。

 

 (あれ程の出血量、脳が充分に思考するための酸素は供給できていなかったはず。つまりあれは純粋なタイミングも選択も、すべて反射と本能による一撃)

 

 あのレベルの一撃を自らの意思で放てるようになる。彼には最低限そのレベルの伸び代があるという事。

 己の怒りによってか、あるいは他者を守る為か。その伸び代が何をきっかけに開花するのかは、これから続いていく彼の生に大きな影響を与えるだろう。

 あの怒りが、衝動が、明るい何かを築き上げる未来は残念ながら見えづらいのだが。

 

 ───再び彼と相見(あいまみえ)える事があるならば。

 願わくばそれは闇の中ではなく、好敵手としてであらん事を。

 

 自らの余剰魔力で編んだ、霊装(デバイス)と同等の硬度を誇る鎧。

 若き戦士に砕かれた頭のそれをもう1度撫でながら、《比翼》はやはり音もなく姿を消した。

 

 

     ◆

 

 

 瞼の向こうに光を感じる。

 それが光だと判断する思考能力が戻ってきていることを理解する。

 そして王峰一真は目を開いた。

 コロシアムの医務室ではない、どこかの医療機関らしい。

 鉛のように重い身体を起こした一真は、靄のかかった頭でここに至った経緯を思い起こす。

 ……そして、全てが鮮明に弾けた。

 刃に倒れた友人たちの姿に、その犯人に戦いを挑んだ事。その女との隔絶した実力差に己の意識を切り落とした刃の感触───

 

 敗北した。

 何も出来ずに。

 負けてはならぬと鍛えてきた不倶戴天の敵。理不尽を撒き散らす人間に、一矢報いる事すらも叶わないまま。

 

 「──────…………、」

 

 剥き出した歯の隙間から息が漏れる。

 握り締めた拳が軋み、額に血管が浮かぶ。

 今の直後にはベッドを踏み壊しそうな怒りと苛立ちは、その全てが不甲斐ない自分自身に向けられる事で見かけ上の平穏を保っていた。

 そこに部屋の外から靴音が近付いてくる。定刻に様子を見に来た看護士だ。

 部屋を覗き込んだ彼女はカプセルの麻酔で眠っていた患者が目を覚ましているのを見て顔を綻ばせ………

 

 「あっ、王峰さん目を覚ましヒィッッ!?」

 

 その形相に腰を抜かした。

 

 その後、簡単な問診と検診を経て一真は退院。知らせを聞いて迎えに来た月影の車に乗り、暁学園が拠点としているホテルへの帰路につく。

 運転手が運転する高級車の車内。その巨体で後部座席を圧迫する一真に窮屈そうな顔をすることもなく、月影は腕組みをして俯く一真に声をかける。

 

 「身体の方は大丈夫かね?」

 

 「………。ああ」

 

 「操られていた生徒たちは全員無事だったよ。君たちの尽力のお陰で目立った怪我人はほとんどいなかった。もちろん君の友人……黒鉄くん達もカプセルから出て、今は退院している」

 

 「月影さん」

 

 朗報であるはずの月影の言葉を一真は遮った。

 

 「話にゃ聞きましたよ。エーデルワイスは……《比翼》は、暁学園の教師役なんですね」

 

 「……名前を借りているだけだよ。今回は騒動の収拾を請け負ってくれたが、計画に直接関わっている訳ではない」

 

 「それは聞いてるんです。それで事態を解決してくれたそのセンセイ様が、まさにその俺の連れを大した理由もなく斬ってくれたって話なんですが」

 

 一真は月影の方を向かない。

 これだけ言えばわかるだろうと言わんばかりにただ1つだけ質問をした。

 低く、静かに。内の激情を抑えるように。

 

 「月影さん。()()()()()()()()()()()?」

 

 ぞわり、と。

 月影は隣に座る少年の正気を明確に疑った。

 彼はエーデルワイスと繋がっている自分を粛清しようとしているのではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あれだけ圧倒的な実力差を見せつけられて、尚も揺らがぬ敵意と殺意。どうあっても敵わぬ者が近い所にいれば少しは大人しくなるかとも思ったが、実際のところはまるで逆。

 ────全く、伝えるだけでも一苦労だ。

 

 「それよりも先に、君に伝える事がある」

 

 「……伝える事?」

 

 「彼女から君へ。事の真実と伝言だ」

 

 

 日本国首相説明中。

 

 

 「………………………」

 

 無言があった。

 月影から事のあらましを聞かされた一真は組んでいた腕で頭を抱えている。

 どうやら全て納得してくれたらしい。正直「斬った事には変わりねえだろ」と押し通してくる可能性を否定できなかった月影はホッと胸を撫で下ろした。

 

 「ちょ エーデルワイスさんどこですか。教えて下さいよマジで頭下げに行くんで」

 

 「これについては謝るような事でもないのではないかな。試そうとしたとはいえ、君を怒らせるために彼女自身が誘導した事なんだから」

 

 「いやまァそう、えっいやでもコレ、そりゃ俺も悪いけどさァ!試すにしたっていくらなんでも人が悪すぎねえか!?ちゃんとその場で説明してくれよ本当!!そうしてくれれば信じたよ実際にあの苦境から助けてくれてんだからさァ!!」

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