壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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《七星剣武祭》編
第52話


 大阪の中心部から離れた湾岸の埋立地に存在する無数のビル群。

 都市開発の失策の名残りで打ち棄てられたゴーストタウンは、2日後に『湾岸ドーム』で行われる七星剣武祭を見にやってきた人々の異様な熱気に包まれていた。特に今年は日本支部襲撃のテロに端を発した国立・暁学園が絡んでいる。国内外の様々な人々が我先にと駆けつけ、七星剣武祭に出場する選手たちの多くもまた開会式より早く現地入りして提供された選手宿舎で羽根を休めている。

 そして今日は代表生徒たちを招待した運営主催の立食パーティが行われる日で、王峰一真もそれに参加するために現地入りしていた。

 本当は南郷との立ち合いを続けていてもよかったのだが、挨拶ついでに現地の空気を知ってこいと南郷から直接言われては仕方ない。

 それに自分の場合ここで出席しなければ『後ろめたい事がありますよ』と自ら言ってしまうようなもの。恥じる事などないのなら堂々と出席するべきだ。

 

 「つまりその荷物はスーツという訳か。貴様の体躯でよくサイズを見つけたな」

 

 「パーティ用の礼服なんざ持ってねえっつったら月影さんがわざわざ特注で(しつらえ)てくれてな。いくらすると思う? 持ち運ぶのすら怖ええぞコレ」

 

 はははと乾いた笑いで中身含め総額数十万は下らない鞄を揺らす一真。注目を浴びないよう溢れる人の波間を意識の隙間を縫って進むのに辟易し繁華街から離れた公園に避難した時、和服の同輩に遭遇したのは全くの偶然だった。

 

 「にしても王馬、お前パーティに出る気あったんだな。流石に現地で出会すとは思ってなかったわ」

 

 「目障りな羽虫を払いに来ただけだ。馴れ合いの場に出る気などない。貴様こそ目立つ場所にはそうそう現れないと思っていたが」

 

 「何で?」

 

 「日本にいる間に貴様の名前を聞いたことがない。Aランクともなれば1度公式戦に出るだけでもそれなりに世に知られるだろうが、オレは由比ヶ浜の一件があるまで王峰一真という名を知らなかった」

 

 「あー、正直興味が湧かなくてなァ。刀華が出てるから何度か見たけど、正直勉強になる奴も大していなかったし師匠(せんせい)とかと戦ってた方がずっと身になるしで、出場する意味も感じなくて・・・・・・」

 

 「成程。理解できる話ではある」

 

 王馬の場合は身になる経験を得るために日本すら飛び出したのだが、自分が出るだけの価値を見出せなかったという点においては一真の語る理由には共感するものがあったらしい。

 

 「それでもここまで強くなれたから俺は本当に周りの人に恵まれたと思うよ。お前の弟にも・・・・・・、一輝にも本当に世話になった。1年間アイツと戦いまくったけど、学ぶ事はメチャクチャ多かった」

 

 ぴくり、と王馬の眉が動く。

 

 「初見じゃマジで度肝抜かれたわ。鍛えた技ってのは才能に届くんだよ。強くなりたいからあの執念は見習うべき────」

 

 

 「─────貴様もか」

 

 

 心底から。

 心の底から忌々しそうな声色で王馬は吐き捨てた。

 一体何が怒りの琴線に触れたのかさっぱりわからず戸惑う一真を他所に、王馬は舌打ち混じりに低く唸り続ける。

 

 「あの虫螻(むしけら)め、《紅蓮の皇女》だけでなくこの男の時間まで1年間も無駄に空転させたか・・・・・・。ちんけなペテンで自分だけを誤魔化していればいいものを・・・・・・・・・」

 

 「ちょっと待て何の話してんだ? ムシケラ? 誰が」

 

 「貴様の言うオレの愚弟に決まっている。身内と呼ぶにも忌々しい」

 

 苛立ちを煮詰めた塊に蛇蝎を埋め込んだような、不快極まった王馬の顔。脳内に思い浮かべた『彼』を睨むその目は、道の真ん中にぶちまけられた吐瀉物を見るのと同じ種類のそれだった。

 

 「相手の虚を突く技。戦略。その全て────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『強さ』とはそんなところにはない。

 そんな男の背を追いかけ、見習ったところでどうして強くなれる?地を這う虫が空駆ける鷹に及ぶものなど何一つ無いというのに」

 

 「・・・・・・・・・、つまりお前が言いてえのは俺の目が節穴だ、って事でいいのか?」

 

 「それもある。がそれ以上に腹立たしい。強者のフリをするペテン師が、上を征くべき者の足を引っ張っている。そうでなければ《紅蓮の皇女》も貴様も今頃さらに遥か高みにいる事だろう。

 『強さ』を争う舞台に紛れ込む愚物。オレにはそれが我慢ならん」

 

 彼の手に身の丈程もある野太刀が顕現する。

 その名は《龍爪(りゅうづめ)》。

 切り裂くような気迫と共に、黒鉄王馬は戦意の眼光で一真を射抜く。

 

 「オレと戦え。掛けられたペテンはそれで醒める」

 

 

 対する一真はひどく困っていた。

 腕組みをして空を仰ぎ、難しい渋面でうーんと唸る。やがて名案が浮かばなかったのか諦めたように俯いて大きな溜め息を吐き出した。

 ───彼は何を思案していたのだろう。

 自分と価値観が違いすぎるから?

 まだ大会が始まってもいないのに身内同士の盤外勝負などやっていいものか迷っているから?

 どれも違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼の目の前で彼の友を侮蔑することは、煮え滾る火口に身を投げるのに等しい。

 抜刀した王馬に対して瞳に何の感情も宿さないまま、スーツの入った鞄を投げ捨てて彼は薄く歯を剥いた。

 

 

 「死ぬか伏せるか選ぼうか」

 

 

 ズン、とその場の空気が一気に重量を増す。

 気付けば彼の両脚にも漆黒の脚鎧(ブーツ)が顕現していた。戦意と殺意、膨れ上がっていく2人の魔力はそれぞれの激情を孕んで遊具や手摺を軋ませ、けたたましい鳴き声を上げて周囲の鳥が一斉に逃げ出した。

 激突は直後に訪れようとしている。

 王馬は姿勢を低く《龍爪(りゅうづめ)》を身体の後ろに引く攻撃の構え。一真は両脚を揃えて直立。最も基本的な舞踏(バレエ)の型をとる体内では、既に次の蹴りを最大・最速で撃ち放つ動きが完成されていた。

 互いに様子を見る気は一切ない。

 ただ倒す。ただ潰す。それ以外を省みる選択肢が最初から除外されていた。

 そして張り詰めた空気がいよいよ臨界に達しようとしていた───

 

 ────その時だった。

 

 「ここにいたんだね」

 

 ざり、と砂を踏む音が割り込んだ。

 

 「もう現地入りしてるって聞いたのに姿を見せないから探しに来たんだけど、分かりやすくて助かったよ。ここまで物騒な圧を撒き散らされたらすぐに辿り着ける」

 

 ああ、と得心がいったように一真は頷く。

 現地入りを聞いた、という所で察しがついた。南郷の言う挨拶とはこれの事だった訳だ。

 余計な感情は持ち込まないよう先に精算しておけ、とか(おおよ)そそんな所だろう。

 しかしだからといって自分は何も変わらない。

 学園での日々そのままに、一真は親しみを込めて黒刀を携えた彼の名を読んだ。

 

 「よお、イッキ」

 

 「久し振りだね。カズマ」

 

 

     ◆

 

 

 「失せろ」

 

 見知った闖入者(ちんにゅうしゃ)の方を見もせずに、王馬は冷たい声で一輝の存在を拒絶した。

 

 「貴様の出る幕などありはしない。場違いな戦場に下らない誤魔化しを持ち込むばかりか今この場にすら茶々を入れるのなら、まずその首から()ね飛ばすぞ」

 

 羽虫を払いに来たという言葉通りに(うで)()くで一輝を排除しに来た彼だ。やる事は変わらないと言えど、虫螻とまで呼ばわる相手に今まさに始まろうとしていた灼熱の時間に水を差された彼の苛立ちは凄まじい。

 関心を払う事すら煩わしそうなその態度に、しかし一輝は表情筋1つ動かさない。

 それはこちらも同じだと言わんばかりにただ一言、一輝は突き刺すように言い放つ。

 

 

 「兄さん。──────邪魔

 

 

 何が弾力のあるものが王馬の頭蓋の中で弾けた。

 血管が浮かび上がり瞳孔が開く。

 唾棄すべきペテン師から吐きつけられた格下を扱うが如きその一言は彼のプライドを一気に沸騰させた。

 

 「分際を弁えろッ、この、落ちこぼれがッ!」

 

 鬼の形相で一輝に向き直って《龍爪(りゅうづめ)》を引き絞り、渾身の力で踏み込んだ。それだけで地面を砕く程の膂力を発揮する全身を連動させて放つ大上段からの唐竹割は、まともな防御などそれ丸ごと容易く両断してのけるだろう。

 取るに足らないと断じる者を全力で排除する。この時だけ一輝は王馬の中での存在を羽虫から害虫くらいにはランクアップさせたのかもしれない。

 ただし、この時。

 彼がここに存在する事の重さもまた、別の1人の中では同じ様に羽虫のレベルに落ちていたらしかった。

 

 ゴギャッッッッ!!!と激甚な金属音が鳴り響いた。

 真横から飛来したそれを咄嗟に刀で受け止めた王馬の身体が思い切り横に吹き飛んだ。

 王馬はすぐさま踏み(とど)まらんと爪先に力を加えるも止まらない。公園の地面を削りながら横滑りし、《龍爪(りゅうづめ)》の刃を地面に突き立ててなお勢いは収まらず───

 

 「ふんッッッ!!」

 

 全身を魔力で強化。

 力を加えていた爪先が地面を踏み砕き、身体を吹き飛ばすエネルギーを強引に殺す。公園の塀を砕こうかという寸前の距離で、ようやく王馬は停止した。

 殺意に目が眩んで自ら挑んだ勝負から目を逸らすという無礼を働いてしまったのは自分。だが今の一撃はそれを咎めるものではなく、ただ邪魔なものを払い除けただけというニュアンスを孕んでいたのを彼は感じた。

 激突の残響がか細く後を引く中、一真は立ちこめる土煙を脚で吹き散らしながらやれやれと顔を歪ませる。

 

 「困るんだよなァ、そういう横槍入れられると。俺ほとんどこれの為に来てるようなもんなんだから」

 

 一輝に向かっていった王馬の背後から内から外へ、足の裏で横に押し退けるように蹴ったのだ。

 慮外者こそが主賓であり、あまつさえ先に喧嘩を売った自分を横槍と呼ばわる。戦いに生きる者としてこれ以上の屈辱はあるまい。

 一真はもう王馬の方を見る事もしなかった。しっしっと追い払うぞんざいなジェスチャーを交えて、彼は投げ遣りに()()()を突っぱねる。

 

 「失せな()()()。こうなった以上、テメェの出る幕はここにゃァ無えよ」

 

 

 「────────」

 

 視界が真っ赤に染まる。

 当て馬と言われた彼の嚇怒に呼応するように王馬の身体から暴風が噴き上がった。

 ここまで虚仮にされて引き下がるなど言語道断、黒鉄一輝も王峰一真もこの場で斬り伏せんと殺意を滾らせるのが戦う者としてのプライドなら、暴れ出そうとするこの衝動をギリギリのところで押し留めているのもまた、戦う者としてのプライドだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ここで暴れて己を主張しようが、それはただの子供じみた駄々にしかならない。それは強さを追い求める黒鉄王馬にとって、考え得る限り最も惨めな己の姿だ。

 歯を砕かんばかりに食い縛る。

 《龍爪(りゅうづめ)》を握る手がミキミキと軋む。

 ────飲み込め。今は。この怒りを。

 次で狩り獲る力に変えろ。

 こいつらを斬る場は、2日後に用意されるのだ。

 

 王馬は衝動を叩きつけるように握り締めた野太刀を横に振り下ろす。

 長大な刀身は一切の揺れを起こさず、激突した地面をバターのように斬り裂いた。

 真に力の集約された斬撃。果たしてそこに込められた質量は何百キロか何千キロか、少なくともまともに受けることすら叶わない超重量の一太刀だろう。

 熱された息を薄く吐き、牙剥く獣の形相で王馬は唸るように吐き出した。

 

 「次は斬る」

 

 端的にそう言い残して踵を返し、王馬は夕闇の中に消えた。

 腹が立ったついでに煽ってしまったが退いてくれてよかった。そうでなければここに来た目的はおろか、月影の手札(エースカード)まで破壊するところだっただろう。

 それにしても虫螻、ペテン師、愚物、落ちこぼれ・・・・・・人道を違えたでもない肉親を、よくもまああんな卑罵語のフルコースで表現できたものだ。

 兄貴としちゃ屑だな、と侮蔑を込めて呟き、もはや呆れすら混ざった顔で一真は一輝に同情した。

 

 「お前もよくよく家族に恵まれねえな。前世で何人殺したんだ?・・・・・・ともあれ、元気そうでよかった」

 

 「そっちも変わってなさそうで良かったよ。もしここに来て罪悪感を感じてたらどうしようかと思ってた」

 

 「悪い事はしたと思ってるさ。一切後悔してねえってだけでな」

 

 「その『悪い事』っていうのは何に対して?」

 

 「そりゃ倫理とか法律とかに対してだよ。・・・・・・まァ()()()()()()()()()()()()()、だ」

 

 にぃ、と一真の口角が楽しげに持ち上がる。

 

 「いつか(しか)るべき舞台で戦う時が来たら、その時は全霊で。いつかお前は俺にそう言ったな。

 そして俺はこう答えたはずだ。────その時には全力でブッ倒す、と」

 

 そして一真は、誇るように胸を反らした。

 待ちに待った瞬間を向かえるように一真は両腕を大きく広げる。

 真っ直ぐに一輝を見据えているその笑顔は、自信と期待に満ち満ちていた。

 

 「俺は約束を守ったぞ。持ってる全部をぶち撒けよう。夢見た舞台はもう目の前だ。

 明後日か明明後日(しあさって)かそれ以降か、いつになるかは知らねえが────思い切り遊ぼうじゃねえか。黒鉄一輝」

 

 

 ・・・・・・・・・本当に変わらないなあ。

 その直前に、そう言って一輝は小さく笑った。

 

 

 2度目の戟音。

 全身に蒼光を纏った《陰鉄(いんてつ)》による一撃を、《プリンケプス》が受け止める。

 一真は思わず目を見開いた。

 スピードも鋭さも動きのキレも、自分が彼と最後に戦った記憶・・・・・・始業式の2日前のあの日とはまるで比較にならなかったからだ。

 

 「僕も少しは冷静になったからさ。まずは話をしようと思ってたんだ。君が何を思って何をしようとしていたのか、それを聞いてから僕も全部を決めようってさ」

 

 「イッキ」

 

 「でも()めだ。会話なんてしていられない。やってられるか。()()()()()()()()()()

 

 この短期間でどうやってここまで成長したのか、そしてどこまでの成長を遂げているのか。

 その答えはきっと、今の直後に彼が直々に(つまび)らかにしてくれるだろう。

 怒りと憎しみ。

 何者かを害するにはこの上なく優れた、黒々と燃える炎によって。

 

 

 「斬らせてもらうよ好きなだけ。僕の腹が収まるまでは」

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