壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第53話

 自分の行いを後悔などしていないし、誰であろうと目標に至る半ばで果ててやる気も更々ない。

 しかし自分は受け止めなければならない。

 己が犯した罪の報いと、撒き散らした暴力の精算。

 そして、友から向けられる憎悪の刃を。

 

     ◆

 

 《一刀修羅(いっとうしゅら)》による急襲。最初の激突は一真にガードさせる形となった。

 蹴りを突き詰めた一真のスタイルはリーチと破壊力に優れるが、より広範囲の小回りを要求される防戦は不得手。加えて速度の面でアドバンテージを持つ一輝は初手から一気にラッシュを畳みかけるが、力と重量のアドバンテージは圧倒的に一真が上。

 膝、脛、足裏。一真は放たれた剣戟の釣瓶(つるべ)打ちを各部位で蹴り返す。素の速度で負けているのを補うためにモーションは極限まで小さく、それでもなお力で押し勝っていた。

 《陰鉄(いんてつ)》は徐々に大きく弾かれるようになり、やがて切り返しが間に合う閾値を超えた。

 そこに一真は蹴りを刺す。刀を弾いた脚で膝のスナップを利かせ、蹴り脚を引き戻さないまま足刀を叩き込んだ。

 しかし一輝とてそうなる事は織り込み済み。

 身体を一歩横にズラして躱しながら鋭く踏み込んで狙うは軸足、(もも)の内側。魔力防御を貫くために刀身半ばの峰に手を添え、より強く刃先で脚の動脈を断ち切りにかかる。

 

 「!」

 

 だがそれこそ一真の撒き餌。

 一輝の踏み込みと同時に蹴り足を折り畳み、軌道を直進から横薙ぎに変化。すぐ横にある一輝の頭に膝蹴りを見舞おうとする。

 普通ならそもそも攻撃として成立させる事すら不可能な動き。だが大樹の如く練り上げられた体幹と腰背部はその無茶を可能にしてしまう。

 それを受けた一輝はあえてもう半歩踏み込み、一真の膝蹴りを鋭角なパーツの付いた膝当て(ポレイン)部分ではなく(もも)終端の平坦な部分を受けた。

 そして接触と同時にインパクトの方向に首を身体ごと回転、独楽(こま)のように回りその勢いのまま《陰鉄(いんてつ)》を叩きつける。

 

 (《(まどか)》か!生身に受けた攻撃すら撃ち返せるようになってやがる!!)

 

 驚愕しつつも動きに淀みはない。

 上半身を前に倒しつつ身体を半回転しながら、蹴り足を下ろして軸足を踏み替える。先の膝蹴りで生じた運動エネルギーを乗せて逆の脚を後ろへと跳ね上げ、自分の力を返しに来た《陰鉄(いんてつ)》を下から弾き飛ばす。

 ───刹那、交錯する視線。

 磨いてきた互いの力と携える意思を束の間に確かめ合い、そして再び脚と刃が爆ぜる。

 

 (うん、いいな。視界が広い)

 

 激烈な攻防をせめぎ合わせながら一真はこの短期間の修行がきちんと身に付いている事を実感する。

 思考がクリアだ。

 1年間に渡る同じ相手との連戦によって知らず知らず染み付いてしまっていた行動選択の偏りが是正されている。

 それによってより幅払い応手が可能となり、最良の選択肢が自然と浮かぶ。一輝から見て学び飛躍的に向上したが活かしきれていなかった駆け引きや体技の技術は、この悪癖の解消によってようやく本来の力を発揮していた。

 しかし────、やりにくい。

 突発的に始まった盤外勝負、そして舞台はただの公園。周囲の被害を考えると、Aランクの能力と魔力量という自分の最大の手札は間違っても使えないのだ。もともと武術的な技量では一輝が上なだけに魔力強度だけで渡り合うのは少々厳しいが、しかしこちらとしても負けてやる気は更々ない。

 ならどうする。それを少し考え、そして閃いた。

 考えてみれば今まで彼と戦ってきて、こんな戦法を取ったことなど無かった。

 

 「あー、イッキ。場所変えよう」

 

 言って一真はローを中心に蹴りをばら撒き、一輝のフットワークを制限してから蹴りを打ち込む。一輝は真正面から迫る迫撃砲を受け止め、《(まどか)》で打ち返そうとした。

 が、一輝が刀から伝わってきた力を体内で循環させると同時に一真の脚が紫白を纏ってその威力と重量を激増。肉体による一撃を受け止めたところに魔力の性質で加撃する、擬似的な2連撃を行った。

 初撃の力を受けきったタイミングを狙われた。このままでは技を崩され致命的な隙を晒す。

 後ろに跳べば回避は容易いが、機動力のある相手にここで下がったら追撃の的になるだけ。

 一輝はやむを得ず《(まどか)》を中断、絶妙な重心移動と全身運動で食らった衝撃の全てを両足から地面に逃がしてのけた。

 

 同時に、自分が術中に嵌った事を理解した一輝に戦慄が走る。

 防御させて相手の機動力を奪い、その場に縫い止める。

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 それに気付いた時にはもう、彼は既に逆の脚を大きく後ろに振りかぶっていた。

 

 

 轟音。

 一真の渾身のサマーソルトキックが、辛うじて《陰鉄(いんてつ)》でガードした一輝を天高く上空へと蹴り飛ばした。

 身体が重力を振り切る。間近にあった景色がひどく遠い。

 高高度から見下ろすビルや露店の明かりが地上の星のように瞬いていた。

 そして自分よりさらに上空から、空中にいる自分がそれだけで墜落させられるんじゃないかというプレッシャーが叩きつけられる。

 何とか姿勢を制御して上を見れば、果たしてそこに彼はいた。

 猛烈な勢いで打ち上げられた自分よりも早く、煌々と輝く月を背景に紫白の影が宙に舞う。

 陸・海・空。

 およそ地球にあるもので、彼が踊れない場所はない。

 

 「ここでやろうや。こっちのが広い」

 

 吹っ飛んだ。

 空を蹴りミサイルのような勢いで突っ込んできた一真が、空中の一輝を稲妻のように蹴り落とす。

 それと同時に自分もさらに下へと駆けた。上昇から反転、地上に向けて叩き落とされる一輝の下に回り込み、またも上へと蹴り上げる。

 自分の落下速度も加算された蹴りの破壊力は筆舌に尽くしがたい。

 そしてまた上へと回り込んで今度は横へ。飛んでいく先に回り込んでまた蹴り飛ばし、その先へとまた回り込んで蹴る。

 彼の『踏破』の能力は何もない空中すらも足場にして、あらゆる場所と姿勢から100パーセントの蹴りを撃てる。

 空中戦の手段など持ち得ない一輝が大阪の夜空をピンボールのように打ちのめされていた。

 余りにも冗談じみた光景のワンサイドゲーム。

 だが、一真の表情は晴れない。

 

 (全部ガードされてんな・・・・・・。空中に引き摺りこんだのは間違いなく正解なんだが)

 

 《陰鉄(いんてつ)》で防御すると同時に肩の関節を外し、衝撃を(すだれ)のように受け流しているのだ。

 視界がハンマーのように振り回される中でこの正確さはもはや呆れすら感じてしまう。

 さらに吹き飛ばされている最中の彼の体が、力の加え方から考えると明らかに過剰に乱回転していた。

 恐らくは《(まどか)》の応用だ。流しきれなかった力を体内で循環、回転運動に変換して発散させている。

 足場のない状況も逆手に取られた。

 吹き飛びさえすれば過剰な力はそれで殺してしまえるのだ。

 このまま同じ事を続けても効果は望めないだろう。

 

 ─────となれば、こうだ。

 

 吹き飛ぶ先に先回りした一真はまた蹴りを放つ。

 それを防ぐべく一輝は乱回転しながらも正確に《陰鉄(いんてつ)》を構えた。

 しかし一真は、受け止められる直前で蹴りを中断。

 砲弾のように迫り来る一輝が《陰鉄(いんてつ)》を握っている側の手首をキャッチした。

 

 「捕まえた」

 

 にぃ、と一真が笑う。

 こうして捕まえてしまえば吹き飛んだり回転したりで衝撃を流されることもなく、さらに《陰鉄(いんてつ)》を持つ側の手を掴んでいるため防御も不可能。

 一輝は全ての力をその身で受ける事になる。

 ましてここは空中。

 跳ぶ程度が精々の者が、空を步く者に抗う術などない。

 詰みだ─────

 そう確信した一真が決着の一撃を放とうとしたその時。

 

 

 「そう来ると思ったよ」

 

 

 どこまでも怜悧な表情。

 《無冠の剣王(アナザーワン)》と呼ばれる彼の引き出しの数を、一真は未だに見誤っていた。

 

 ()()()()()()

 一輝は《陰鉄(いんてつ)》を手放し、握られた手首と親指の付け根の関節を外して一真の手から逃れようとする。

 握っていた手首の感触が消えた一真は慌てて手を握り直して抜けようとしていた一輝の手をキャッチ。危ういところで拘束を持続させた。

 その瞬間、握られていた一輝の手が軟体動物のように蠢いた。

 一真の手の中で一輝の手や指がぬるりと移動し、瞬きの間に一真の手を握り返す。

 ただ握られていた形から、手を合わせて指を組み合うお互いにお互いの手を握り合う形になった。

 

 そして、激痛。

 そのまま一真の指を絡め取った一輝が、一真の手首と指関節を思い切り捻り上げた。

 

 「(い゛)ッッッ!?!?」

 

 想定外の痛みに思わず怯む。

 その隙に一輝は両脚で一真の胴体に組みついた。

 そして彼の手には・・・・・・再び《陰鉄(いんてつ)》が握られている。

 彼はただ《陰鉄(いんてつ)》を手放したのではない。

 柄紐を解いてその端を(つま)み、いつでも手元に引き戻せるようにした上で手放したのだ。

 怯んだ時間は一瞬。

 しかし一輝ほどの剣客はその一瞬で決着を着ける。

 胴体に組みつき丸見えになった喉笛に、一輝は躊躇なく黒刀の(きっさき)を突き立て─────

 

 爆発。着弾。

 魔力を放出して強引に一輝を引き剥がした一真が、そのまま彼を元いた公園へと全力で蹴り落とした。

 着弾地点にもうもうと立ち込める土埃の中心に狙いを定めて一真は大きく脚を引き絞る。その眼前には、紫白の槍が空でバチバチと空気を爆ぜさせていた。

 魔力を極度に圧縮して生み出した槍を相手にぶつける《伐刀絶技(ノウブルアーツ)》。

 攻撃範囲は極小。

 ただしこの技は衝撃波や轟音などの余計な破壊を生まず、当たったものをこの上なく深く鋭く破壊する。

 

 「《乱逆の軍刀(プラエトリアニ)》!!!」

 

 一輝の落下地点へと蹴り飛ばされた紫白の槍が、キュン、とレーザーのような軽い音と共に土埃を揺らす事もなく突き刺さる。

 地表には直径こそ数センチだが深さ10数メートル近い穴が開けられているだろう。

 ─────どこかに身を潜めた様子も無えな。

 しばし土煙の中を俯瞰で注視していた一真だが、そこから飛び出す影がない。つまり一輝はあの土煙の中だ。

 蹴りそのものは防御はされたとはいえこの高度から、それも転がって力を逃せない垂直に凄まじい速度で蹴り落とされたのだ。その直後のこれは躱せない────

 

 (───とはならねぇよなァ!!?)

 

 魔力を迸らせ、一真は一気に公園へと落ちていく。

 ズドンッッッ!!!と、土煙に覆われた範囲全てが圧し潰された。

 土煙の中に潜んでいるだろう一輝は間違いなく効果範囲に収まっている。彼の脚と魔力に踏まれた地面が10センチは沈下した。

 一輝は《乱逆の軍刀(プラエトリアニ)》を躱している。一真はそう確信していた。

 しかし高高度から猛スピードの垂直落下、《一刀修羅(いっとうしゅら)》発動中といえど地面に叩き付けられるダメージは大きい。咄嗟に動くにしても転がる程度がせいぜいのはず。

 その直後のこの踏みつけ(スタンプ)は回避できまい。できていたとしても身体には相当な負担を強いねばならず、そこで致命的な隙を晒す。

 後はそこから詰めていけばいい─────

 

 

 「番外秘剣(ばんがいひけん)────《累襲(かさねがさね)》」

 

 

 死がすぐそこを通り抜けた。

 本能の警鐘に全力で身を屈めた直後、莫大な破壊力を内包した黒刃が微塵も空気を揺らさずに一真の直上の空間を切り裂く。

 ぞぐっ、と、脊髄に液体窒素を流し込まれたような寒気が一真の背中を駆け抜けた。

 攻撃を受けた直後に反撃。

 落下ダメージはないのか? 一輝の能力でどう耐えた? 今のは《(まどか)》ではない。では明らかに彼のスペックを超過したこの一太刀はなんだ?

 走馬灯のように脳内を駆け巡る疑問。

 その問答は力を交えて行う他ないし、また今ここですべきものでもない。

 しかしこれはもう、ではないとかするべきとかそういう領域の話では無いのだ。

 恨む側と居直る側。

 言葉を交わす段階など、とうに放棄されているのだから。

 

 「「おおおおおおおおおっっっ!!!」」

 

 公園の中央、一輝と一真は咆哮を上げて再び脚と刀を交わす。

 一真の魔力の性質のせいでかつての一輝は《一刀修羅(いっとうしゅら)》の状態でも彼相手の真っ向勝負が難しかったが、今の一輝はやや押され気味ながらも正面から彼と斬り結んでいた。

 魔力コントロールと体捌きの爆発的な向上。

 最後の記憶からは比較にならない程向上したそれらを、しかし一真は正面から力で打ち破る!

 

 「しゃァッッ!!」

 

 色濃い『踏破』を纏う脚が横殴りの雨のように弾幕を張る。

 元々力負けしているだけに全て防ぐには手に余ると確信した一輝は素直に回避することを選んだ。

 大きく後ろに飛んだ一輝を追い打つべく一真はそのまま軸足で大きく前に飛ぶ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 加速という過程をすっ飛ばして最高速で舞い戻ってきた《陰鉄(いんてつ)》が、そのまま一真の喉元を狙う。

 

 「うおあっっ───!?!?」

 

 全力で身体を捻って刃を躱す。そのまま身体の捻りを回転に変えてローリングソバットに連携、一輝を刀の間合いから大きく弾き飛ばした。

 何度目とも知れぬ驚愕。身をもって体験していなければ反撃どころか躱すことすら危うかっただろう。

 嫌というほど見覚えがある。

 今の剣技はまさしく《比翼》のそれだ!!

 

 (流石にこれは試合まで見せるもんじゃないと思うんだがなァ)

 

 そんな虎の子をこんな喧嘩で使ってきた。

 場所など知らぬ、斃さずにはおかぬという澄み切った殺意。

 しかるべき場所で全霊で────その約束を自ら放棄する程の憎悪。

 裏切りの代価は、自分が叶えたいものよりもずっと高くついたらしい。

 

 「俺が憎いか。イッキ」

 

 「ああ憎いさ。殺したいほど」

 

 短い問いかけ。短い返答。

 一際強く、刀と脚鎧(ブーツ)が激突した。

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