壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

54 / 84
第54話

 「だろうなァ。だが俺が頭を下げると思うなよ? 例えそいつが権力者だろうが連れの親だろうが、ここまで来た時点で察してんだろ────」

 

 打ち合った脚をさらに押し込んで《陰鉄(いんてつ)》を弾く。

 そして大気が唸りを上げる。空を突き破る紫白の鉄槌が、必倒の意思を以て四方八方から敵に襲いかかった。

 

 「こっちはなァ────縁切り覚悟で手前(テメェ)の信条徹してんだよ!!」

 

 「何時(いつ)!誰が!! 謝れなんて頼んだッッ!!!」

 

 全ての蹴りを一輝が刀で受け止めた直後、ゴッッッ!!!とジェット噴射と紛うようなエネルギーが一瞬前まで一真の首があった場所を通過。

 正体は一輝の反撃、番外秘剣《累襲(かさねがさね)》だ。やはり先程と同じように己のスペックを遥かに上回っている、《(まどか)》とも《一刀羅刹(いっとうらせつ)》とも違う不可解な技。

 

 (そうか、この技の絡繰(からくり)は───!!)

 

 辛うじて仰け反って回避した一真は、しかしその技の何たるかを2度目で看破した。

 そうだ、不可解なものでは断じて無い。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 「・・・・・・君は自分が不義と断じたものを絶対に見逃さない。家の息がかかった学園そのものを躊躇いもなく力で脅した時点で、いつかはこうなるものと覚悟はしていたさ」

 

 過熱した戦いの中、ぽつり、と一輝が小さく零す。

 

 「僕が査問委員会に連れて行かれた時も君は脚を抑えた。僕が聴取されてる時もステラと一緒に手紙をくれた。ああ嬉しかった、嬉しかったんだよ。1年前は君に守られてばかりだった僕が、お前なら大丈夫だって言ってもらえたみたいで」

 

 ぎしり、と《陰鉄(いんてつ)》の柄が軋む。

 抑え込んできた怒り。

 腹に落ち着かせたはずの憎しみ。

 一真の言葉で一気に噴出したそれは黒刀の一閃と共に、叫びとなって放たれた。

 

 「───なのに結局! 君は全部壊したッッ!!」

 

 鼓膜を割るような戟音。

 全身を連動させた渾身の重撃が一真を防御ごと打ち飛ばす。

 蹴りを主軸とする故に攻めるも守るも片足立ちを余儀無くされる一真はこういう大きな1発を『受ける』ような立ち回りはそうそうしない。つまりこれは一輝の振るう破壊力が完全に一真の想定を上回った格好だ。

 直後、追撃。

 一輝の叫びに呼応して、黒い閃きが無数に襲う。

 密度と勢いを増していくそれは彼の心が流した血と涙の量に等しい。

 血と膿を吐き出すような彼の叫びは、言葉よりもむしろ悲鳴や絶叫に近い悲痛さだった。

 

 「皆の気持ちも僕の決意も! 最後の最後で裏切って!! どれだけの人が自分の無力を呪ったと思ってるんだ!!

 しかも言うに事欠いて "分かりきった事" だって!? 全部受け止めたような顔して何も分かってない、見下げ果てた自己満足だ!!」

 

 「っんだとテメェ─────」

 

 「君が君の道を貫くのはいい! だけど今まで紡いできた絆や縁をどうして勝手に切ろうとした!?

 大切な仲間からいきなり取り返しのつかない事をしたから消えますなんて言われて、それで()()()()()()()()と皆が頷くとでも思ってるのか!!!」

 

 「ッッ!!」

 

 動揺。刹那、一真の動きが止まる。

 それで全てが決まった。

 第一秘剣《犀撃(さいげき)》。全ての力を刃先の一点に乗せた刺突が辛うじて防御した一真の脚に激突し、その巨体を吹き飛ばす。

 一輝は宙に浮いた彼の身体を地面に叩きつけ、その上に(またが)った。

 胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 逆手に握って振り上げた《陰鉄(いんてつ)》は過たず胸の中央を狙おうとしていた。

 

 「僕は折れないとステラは信じてくれた。そして皆も君を信じてた! 例えそれが暴力だろうと、()()()()()()()()()()()()君の脚は軽くないって!!」

 

 「─────、」

 

 「僕も・・・・・・僕だって、君が僕を信じてくれていると・・・・・・そう信じていた・・・・・・ッッ」

 

 ──────なのに。それなのに。

 振り上げた刀が力無く下がる。

 胸ぐらを掴む握り拳に、熱い雫がぼたぼたと降り注いだ。

 『お前はとことん外面に出さない』。かつて彼にそう言いながらその内面を正しく見抜いていた一真は何も言えない。

 息を吸って声を出すには、胸にのしかかる1グラムにも満たない塩水がどうしようもなく重たかったのだ。

 

 

 「どうして・・・・・・、どうして君は僕を信じてくれなかったんだ・・・・・・・・・ッッッ!!!」

 

 

 信じてもらえなかった事がどうしようもなく悔しくて、どうしようもなく悲しくて。

 怒りと憎しみを燃やし尽くして残った灰が、大粒の涙となって組み敷いた相手に降り注ぐ。

 ────ごめんな。

 求めていないと言われた謝罪の言葉は、自然に胸の内からこぼれてきた。

 行動に対する後悔ではなく、裏切った立場でばかり物を考えていた己の独りよがりを、ただ詫びる。

 久しく泣かなかった少年の嗚咽が、静寂を取り戻した公園に小さく響いていた。

 

 

     ◆

 

 

 少なからず公園が損壊した。

 どうしようと考えあぐねた結果、結局は月影に相談。苦笑いした彼が特別に黒乃に連絡を入れ、そして応じてくれた彼女が全ての損壊を()()()()()。事情を汲んで大目に見てくれた黒乃だが、ああまでじとっとした視線はそうそう浴びる事はないだろう。

 争う前に時間がリセットされた公園のベンチで、一輝と一真は疲れたように腰かけている。

 話していたのは事の顛末。

 一輝が連れ去られてからの学園の事と、一真が学園から消えてからの事だ。

 

 「──────・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」

 

 額を抑えた一輝が低く長く息を吐く。

 強い苛立ちを全面に押し出したその見慣れない表情に少なからず戸惑う一真だが、それを口に出さなかったのは正解だ。そうでないと「お陰さまで」と皮肉を食らって更にこじれる可能性がある。

 彼が負の感情をよく表に出すようになったのは、良くも悪くも王峰一真のお陰なのだ。

 

 「・・・・・・なるほど納得したよ。うん、それは()()()()。僕の事をどうこう以前に、そもそも向こうがカズマの地雷を踏み抜いた訳だ」

 

 「ああ。ただの言い訳になっちまうが、お前を信じてなかったのとは違う。ただ俺がムカついたから潰したんだ。・・・・・・けどよ、イッキ」

 

 「?」

 

 「縁や絆の話をするのなら、お前はこうして俺と話してて平気なのか? 理由はどうあれ、俺はお前の親父を・・・・・・」

 

 「そりゃあ思う所はあるさ。父親としては分からないけれど、いつか自分を認めてほしいって思ってた人だから」

 

 だけど、と。

 

 「父さんとカズマは、自分が絶対に譲れないものの為に激突した。・・・・・・2つの騎士道が命懸けでぶつかって、どちらかが勝ってどちらかが負けた。その結末に文句はつけないさ」

 

 無関係の人まで手にかけてたら首を刎ねたけどね、と一輝は軽く笑う。

 確かに一般職員の被害はゼロではあったが、あわや大勢巻き込む所だった一真はだらだらと冷や汗を流す。月影から被害状況を聞かされる直前のあの緊張と恐怖は未だ思い返す度に胸の動悸が蘇る。

 今後は場所だけは絶対に選ぼう・・・・・・改めて胸に誓う一真は、そこでふと思い出したように一輝に問う。

 

 「・・・・・・あ。そういや、この流れで聞くのも変かもしれねえけどさ」

 

 「何だい?」

 

 

 「お前、実際ステラさんとはいつから?」

 

 「いや本当にこの流れで聞くのそれ」

 

 「や、本当ずっと心の隅で気になってたんだよ。ステラさんは分かりやすかったけどお前に踏み込んでいくような前兆が無かったから。ホラ、何か大きめのきっかけがないとお前ずっと二の足踏んでそうだし・・・・・・」

 

 なんか腹の立つ言われようだった。

 平時であれば花の咲いた話題なのかもしれないが、この大喧嘩の直後だと話題の温度差で風邪を引きそうに感じてしまう。

 しかしこの好奇心を大事な試合中まで引き摺られたくないので、仕方無しに一輝は答えることにした。

 

 「・・・・・・由比ヶ浜だよ。夜にカズマが酔い潰れた後」

 

 「どこで?どっちから」

 

 「・・・・・・・・・浜辺で・・・・・・ステラから・・・・・・」

 

 「へぇー・・・・・・向こうから。ふーん。・・・・・・つーか、じゃあその直後にあのブタ来やがったのかよ。輪をかけて最悪じゃねえか・・・・・・」

 

 忌々しさが蘇ったのか一真は顔を顰めて舌打ちをする。

 

 「しっかしマジかー、そうかァ・・・・・・。・・・・・・何だろうなこの敗北感。なんかスッゲェ先に行かれた気がする。やっぱなー、押してかなきゃ駄目なのかこういうのって」

 

 「僕としてはむしろ君が出遅れてるのが不思議な位だよ。いつまで押すかどうか迷ってるんだ。いい加減覚悟を決めたらどうだい、去年の時点で生徒会の皆が刀華さんとの話を手ぐすね引いて待ってたのに」

 

 「うるっせえな放っとけよ。分からねえか居心地のいい今のままでいいかと甘えそうになる気持ちがよお。てかそもそもテメェだって別に押した訳じゃねえじゃねえかナニ成し遂げたみてえな事言ってんだ」

 

 「僕に当たるなよ間違った事は言ってないだろ。そもそも好きになった子から好きだって言ってもらえた時点で僕は成し遂げたよ。その手前でずっと足踏みしてる君には言われたくないね。その脚と能力は飾りかい?」

 

 「あ? 言ったな? 表出ろや。38度線踏んだぞテメェ」

 

 「さっきの続き? 上等じゃないか。というかここが表だよ大馬鹿野郎」

 

 ゴリゴリと額と額を擦り付けて威嚇し合う2人。

 激情家の一真も素で苛立っているが、一輝も一輝で1番見られたくないライバルに泣き顔を見られてつっけんどんになっているため両者とも一向に引く気配がない。

 しばし超至近距離でガンを飛ばしていた2人だがやがて酷く不毛な諍いをしている事に気が付いたようだ。アホらしい、そうだね、と首を振り、改めて喧嘩の空気を打ち切った。

 

 「・・・・・・とにかく。経緯はどうあれ、確かに君はここに来た。なら僕はもう何も文句はない。これまでの全てを出し尽くすだけさ」

 

 「おいおい、大丈夫か? さっきは随分と大盤振る舞いだったみてえだけど」

 

 「コンディション調整の必要経費だよ。大会が始まれば君にはどの道タネは割れるし────君の思考パターンも、さっきので更新したところだからね」

 

 「性悪」

 

 「()()()()()

 

 にぃ、と2人は歯を見せて笑った。

 ぶつかり、這いつくばり、そして乗り越え、ようやく同じ表情で笑い合う。

 春に交わした彼らの誓いは曲がり道の末に交わった。

 新たな始まりを告げる桜の舞う景色を瞳に思い起こし、2人は握り拳を相手の胸へと突き出した。

 

 

 「俺とやるまで負けんなよ?」

 

 「そっちこそ」

 

 

 こつん、と拳と拳がぶつかる。

 そしてそれだけで充分だと言わんばかりに、一輝は(おもむ)ろにベンチから立ち上がった。

 

 「さて、じゃあ僕は先に会場に行くよ。そろそろパーティも始まる時間だし、僕1人が延々と時間を使う訳にはいかないしね」

 

 「うん? そりゃどういう─────」

 

 

 「カズマ。君を殴ろうと思っているのが僕だけだと本気で思ってるのかい?」

 

 

 バチッ、と背後から電気が弾ける音がした。

 

 それに合わせて人の気配が5人分。

 まだそちらを振り向いてはいない。しかし後ろにいるであろう面子に心当たりがありすぎた。

 あるいは一輝より苛烈に殴りかかってくるだろう隠そうともしないその怒気に、一真の喉がきゅうと鳴る。

 じゃあ頑張って、とだけ言い残し、邪魔者は退散しますとばかりにそそくさと一輝はその場を去った。

 さっきみたいに『約束は守った』と言えるような空気ではない。あの叱責を受けた後でそれは流石に無しだ。

 しかし謝る気は更々ない。

 では何と言おう─────

 しばし黙考した後、後ろを振り返った一真はぎごちなく手を振った。

 

 「・・・・・・えーと、・・・・・・久し振り」

 

 

 

 (カズマの力はあんなものじゃない)

 

 一輝はそう確信している。

 そもそも伐刀者(ブレイザー)の戦闘など考慮されているはずもない公共の場所、彼は可能な限り力の出力を抑えて戦っていた。

 技そのものは通用するらしい。

 だが彼が本当の本気で全開になる本番で、さっきのように押し込めるかどうかはまるでわからない。

 さっき自分が戦ったのは、街を壊さないよう必死に爪先立ちする怪獣なのだから。

 では本番、彼はどんな風に戦うのだろう?

 自分は本気の彼を相手に、どんな風に戦えるのだろう?

 

 「・・・・・・ははっ」

 

 知らず知らず一輝は笑った。

 それはクリスマスを前にした幼子と表現するには、余りにも野蛮で獰猛な表情で─────

 

 

 バッッッチィィィイイイイン!!!と、猛烈な炸裂音が夜空を引き裂く。着弾箇所が破れたんじゃないかというようなその音量に、公園を背に歩いていた一輝がビクリと肩を竦めた。

 その音が平手打ちの音なのかそれとも電気のスパーク音なのか、その激しさは彼にもついぞ判断がつかない程だったという。

 ぶつかり、ぶつけて、また元通り。

 王峰一真の "仲直り" は、まだ始まったばかりだった。

 

 

     ◆

 

 

 ─────『()して(うち)らに何も相談してくれんかったと!?』

 

 砕城(さいじょう)(いかづち)には若干重量を累積した拳を貰った。

 兎丸(とまる)恋々(れんれん)には若干速度を累積した拳を貰った。

 尊徳原(とうとうばら)カナタにはビンタというか鞭と呼ぶべき鋭さの1発を貰った。

 御祓(みそぎ)泡沫(うたかた)には1番ダメージが蓄積した1番嫌な所を殴られた。

 

 そして東堂(とうどう)刀華(とうか)には渾身の平手打ちの後、涙を溢しながらそう叫ばれた。

 

 なぜ私達の事を思い出してくれなかったのか。

 なぜ躊躇いもなく私達を置き去りにしたのか。

 彼女らもまた一輝の言う通り、その怒りの裏で自分の無力を呪っていた。

 だから事の顛末を話し、誠心誠意頭を下げた。

 裏切る覚悟だけ勝手に決めて、裏切られた側の気持ちを全く考えていなかった事。

 去年と同じ思いをさせてしまった事。

 そして、その上で一真は言い切った。

 ────自分は自分の行動に対して、一切恥ずべき所はないという事を。

 

 それを受けて刀華は静かに聞いた。

 

 『カズくんは一輝くんを助けるためにこんな事をしたの?』

 

 先刻と同じように彼は言い切った。

 

 『違う。俺が我慢できなかったから殺した』

 

 芯の通った声。

 人を殺めた事は詫びず、ただ仲間を蔑ろにした事だけに謝罪した彼に、刀華はしばし瞑目して押し黙る。

 数分とも思える10数秒の後、刀華は小さく微笑んだ。

 彼女は彼女たちの総意として、抱え込んできた重荷を下ろす事を一真に告げた。

 

 

 『わかりました、許します。良くはないけど・・・・・・それなら、いい』

 

 

 

 

 「『次は無か』、とも言われたけどな・・・・・・」

 

 「さぞや怖い顔をしていたんでしょうねぇ・・・・・・」

 

 パーティ会場の入口前。

 特注にして最高品質という金持ちの品格を布で表現したような礼服を着崩した一真と、長身痩躯の麗人が雑談をしていた。

 殴られた箇所をさする大男に対して、その麗人はやれやれといった風情だ。

 

 「皆の反応はさもありなんという感じね。貴方が学園から消えた後の合同合宿、みんな大荒れだったのよ? イッキとステラちゃんなんかそれで大喧嘩してたしね」

 

 「え、マジで・・・・・・? なんでその2人が喧嘩してんだ・・・・・・?」

 

 「そればかりは自分で聞きなさいな」

 

 うわ聞き辛え、と顔を覆う一真は、それにしてもと隣にいる麗人を見下ろす。

 彼もまた《七星剣武祭》に出場する代表生徒だ。

 ここで顔を合わせる事になるのは当たり前の事だが、しかしこういうシチュエーションで顔を合わせるとは思ってもみなかった。

 それはかつてのクラスメート。

 学園で異物感の強かった自分が、クラスに馴染む一助となってくれた男だ。

 

 「暁学園の最後の1人、気になっちゃいたが・・・・・・よもやお前とはなァ。有栖院」

 

 「アリスでいいわ。あたしもまさか本当に貴方が加入してるとは思ってなかったわよ。平賀冷泉を脱落させたのも予想外だったけれど」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。