壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第55話

 「俺としてはお前が勝ち抜いてたのが1番意外だったよ。そういう裏がある事含めて()()()()()カケラも感じなかったぞ」

 

 「そう? 褒めても何も出ないわよ。そもそもあたしはどこかで適当に負けるように言われてるしね」

 

 「けどお前、何のために潜入してたんだ? 暁学園を有利にするために何かしらの情報を流したり何かの工作したりはやってたんだろうけど、今んとこ何かしらの効果を発揮してるような様子がねえんだが・・・・・・」

 

 「・・・・・・ま、色々とね。乙女の秘密よ。安心なさいな、他の代表選手の妨害をしろなんて命令もあたしは受けていないわ」

 

 澄ました顔で受け流すアリス。

 貴方がやらかしてくれたお陰で全てが水泡に帰しただけだ、とは流石に言わない。破軍学園襲撃という急遽撤回された作戦の存在を明かしても悪い方向にしか動かないし、それに自分は曲がりなりにも彼の行動に助けられたのだ。

 

 「それでよ。その、少し聞きづらいんだが」

 

 そこでアリスは、今まで聞いた事のないような彼の声を聞いた。

 積み上げた努力と絶対的な才能に裏打ちされた強さからくる自負。それが自信となって表に滲み出たような強者の声が、どことなく暗い。そして揺れている。

 続く彼の口から出てきた言葉を聞いたアリスは、少しだけ息を止めた。

 

 「お前は黒鉄を応援してたってのも聞いたし、それでイッキもお前にすげえ感謝してた。俺も学園じゃお前が間に立ってくれたからクラスに馴染めたようなもんだから有難かったんだけどよ。・・・・・・そういうあれこれも演技だったりしたのか?」

 

 仮にアリスがそれを肯定していたとしても、一真は何も言わない。

 アリスはそのために学園にいて、そのために周りと接していた。最初から味方ではなかったのだから、それを裏切りと呼ぶのは筋違いもいいところ。

 そもそも友への背信という話をするのなら、自分の方がよっぽどの重罪人なのだ。

 ただ、残念なだけ。

 彼の周囲の人間が彼に抱いていた信頼が彼には響いていなかったとするのなら、それがただただ残念なだけだ。

 

 「そろそろ会場に入りなさいな。貴方は積もる話もあるでしょうし」

 

 「お前は出ないのか」

 

 「一応潜入の任務は続いてるのよ。ボロが出るかもしれないリスクは避けるに限るわ」

 

 それだけ言って廊下を去っていくアリスの背中を見て、嘘が上手いな、と一真は思う。

 これだけ裏舞台に迫った話をしていても、アリスの調子は学園にいた時と一切変わっていなかった。潜入者という身分で本来の陣営もいる場に出たとしても、彼は一切を他者に気取らせないだろう。

 アリスはただ面倒な追求を躱しただけだ。

 本心はまだわからないという切ない希望を残させたままで。

 刀華や一輝が感じた悲しみも、あるいはこれと似たようなものだったのかもしれない・・・・・・

 

 「・・・・・・ふんっ!」

 

 パァン!と己の両頬を両手で叩く。

 親しい友らに怒られ通しでセンチメンタルになっているようだ。これから名の通った強者たちの中に飛び込むのにこのコンディションはよくない。ヒリついた痛みでやや強引にメンタルを切り替え、一真は改めてパーティ会場の扉に向かい合った。

 ────思えば昨年は代表生徒に選ばれはしたが、結局来ることのなかった場所だ。

 黒鉄一輝を陥れようとした者たちを制裁して手に入れた1年間の不可侵と引き換えに、自分は代表選手の権利と生徒会長の地位、そして進級を手放した。

 それ自体には一切の未練も後悔もないが、自分と戦うのを楽しみにしてくれていた刀華の物言いたげな割り切れない顔を今も時々思い出す。

 今ならわかる。

 自分の気性を昔から理解しているから口に出さなかっただけで、あの時も彼女は怒っていたのだ────自分との戦いよりも、敵の制裁なんかを優先した自分に対して。

 その時は実現する事はなかった彼女の願い。

 だが、それはもう目の前だ。

 

 「随分と待たせちまったなァ───」

 

 不思議と胸が高揚してくる。

 ここで逢おうと約束した友らがすぐ向こうにいる。

 まず真っ当な道のりではなかったが、彼女が望んだ、そして皆から望まれた舞台に、こうして自分は立っている。

 頬を期待に緩ませながら、一真は楽しげなざわめきが漏れ聞こえてくる扉を押し開き──────

 

 全てのざわめきが停止した。

 幾重にも重なった視線の束が、衝撃すら伴うような圧力で一真の身体を射抜く。

 

 「っ・・・・・・、」

 

 もっとも、その注目と静寂は束の間のこと。

 停止した時間は再び流れ始め、ざわめきはすぐに戻ってきた。

 だが、その内容はさっきまでの他愛無い会話とはまるで違う。

 

 『デカいな。あれが破軍の・・・・・いや、暁の

蹄鉄の暴王(カリギュラ)》か』

 

 『流石に目の前にすると違うな。まるで怪獣の前に立ってるみたいだ。少しでも気を抜いたら後ろに下がりそうになる』

 

 『間違いなく全国でも指折りね。あんな(ひと)が今まで目立たないままだったなんて、悪い冗談としか思えないわ』

 

 『暁への移籍は学園を去年で見限ったからって所だろう。《落第騎士(ワーストワン)》の事といい、破軍の前理事長はつくづく頭がどうかしてたとしか思えねえな』

 

 ざわめきから漏れ聞こえてくる会話は、今しがた一真を貫いた視線が決して偶然などではない事を物語っていた。

 そこでふと違和感を覚える。

 こうして自分が群衆の中に入り込んだ時のいつもの状況と、ここは何かが違うのだ。

 

 (そうだ。全員俺にビビってねえ)

 

 破軍にいた頃、一真が歩けば全員が道を開けた。

 去年の事件を知る者などは怯えや恐怖をはっきりと顔に出す時もあった。

 並外れた体格か若いながらの強面かその実力か、あるいはそれら全てのせいか。流石に露骨なものは少なくとも、一部の親しい友を除いて皆がどこか自分を遠巻きにする。

 悲しくはない。昔から今まで同じようなものだった。

 だが自分から歩み寄る事もそう無くなってきた。

 だからなのだろうか、全員初対面な奴らがこうして真っ向から自分に目線を合わせてくるというこの状況は─────

 

 「悪くないでしょう?」

 

 視界の外からの声。

 隣を見下ろした一真の視線の先で刀華が微笑む。

 貸し出されていたものだろうか飾り気の少ない黒のドレス。付けているアクセサリもシンプルなイヤリングとネックレス程度のものだが、むしろ彼女はこれがいいと一真は思う。彼女を美しさを際立たせるのなら華美なあれこれは寧ろ邪魔になるだけだ。

 思えば初めて見る彼女の盛装に見惚れた。刀華がこちらを見上げたので慌てて視線を逸らす。

 

 「しがらみも何もない。ただぶつかればそれでいい。ここ以上にカズくんに合う場所はそうそう無いと私は思うな」

 

 「・・・・・・そうだなァ。これならもうちょっと早く来てても良かったかもしれねえ」

 

 「本当、遅すぎだよ。1年目から期待してて、2年目にがっかりして・・・・・・出れるだけの力は間違いなくあるのに、最後の年にようやくだもん。それもこんな滅茶苦茶な経緯で」

 

 う、と一真は軽く呻いた。

 がっかりさせた自覚は芽生えていたらしい。怒られた反省は出来ているようだ。

 ならいい。刀華の内なる蛮性が表出する。

 眼鏡の向こうから貫いてくる凶暴な光に、今度は一真は怯まない。牙剥くような彼女の口元に似るように浮かべた笑顔で彼は己の意思を返す。

 今までは共感の外だったその感情を、今なら少しは理解できた。

 

 「待たされたぶんはキッチリ取り立てるからね?」

 

 「上等」

 

 一真の目に闘志が宿っている。自分の願いが確実に果たされる事を確信し、刀華はさらに笑みを深めた。

 ここまで自分を求めてくる者がいる。その事実に感慨深さを感じた一真は改め周囲の面々を見回してみた。多々良はいないようだが『暁学園』の面々もおり、各々楽しんでいるようだ。

 と、そこで恐ろしく目立つ人間を見つけた。

 あれは禄存学園の、たしか・・・・・・

鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)加我(かが)恋司(れんじ)だ。

 大きい。───というか自分と身長が同じ。髭を蓄えた顔と相まってまず学生とは思えない。

 たぶん向こうも自分と似たような事を考えていたのだろう、同じように自分を見ていた(ひぐま)のような巨漢と目が合い、朗らかな顔で手を振られた。

 そしてあれは貪狼学園の倉敷蔵人(くらしきくらうど)。去年は奴に随分と手を焼かされたものだ。

 懐かしみを込めて眺めていると殺してきそうな目で睨まれた。

 ・・・・・・自分の周りにはなぜこうも視線に殺意を込めてくる奴が多いのか?

 ひどく不本意な現状に首を傾げていたとき、自分の探している顔がどこを見ても見当たらない事に気が付いた。

 

 「あれ、葉暮(はぐれ)さん来てねえのか? 少し用があったんだが」

 

 「・・・・・・葉暮さんたちは棄権しちゃったんだ。一輝くんのお兄さんや・・・・・・、カズくんにやられて心が折れちゃったみたい」

 

 「・・・・・・そっか。礼を言いたかったんだけどなァ」

 

 「来たわね」

 

 トーンの低い声に振り向く。こちらも久し振りに見る顔だ。

 《紅蓮の皇女》とはよく言ったものだ、鮮やかな紅いドレスに炎髪を映えさせるステラ・ヴァーミリオンがそこにいる。

 首元の薔薇を(かたど)った白い装飾が目に眩しい。並の人間では前に立つどころか隣に立つ事も躊躇うだろう、彼女の隠す気もない熱情がその美貌に乗って迸っていた。

 ・・・・・・ついでに横にいる刀華から刺々しいオーラが自分に向けて放たれた。

 確かにあれは酷く彼女の機嫌を損ねさせた自覚はあるのだが、そろそろあの時の事は許して頂きたい。

 

 「話はイッキから聞いたわ。呆れはしたけど、私からは何を言う事もない。だけど随分と品のない連中の集まりにいるみたいね? 結構シャレにならなかったわよ、アンタの仲間」

 

 「あん? 何かあったのか?」

 

 「少し諍いがあってね。被害は出ずに終わったけど、その、()()()()()()()()()()()()

 

 「うわァお前スーツ似合わねえな」

 

 「話の流れ切ってまで言うことかなそれ!?」

 

 多々良だろうなァ、とその血の気が多い1人だろう顔を思い浮かべる。何をやったのかは知らないがこっちまでマイナス評価を引き摺られるのは酷く不愉快な話である。

 後で何やったか問い詰めようと決めた時、ちょいちょいと服の裾を引っ張られた。

 絵の具で汚れたエプロンだけで乳房を隠したトップレスの女、サラ・ブラッドリリーである。

 

 「待っていた。協力してほしい」

 

 「協力ぅ?」

 

 「ん」

 

 サラは腕を伸ばして何かを指さした。

 その人差し指の先にあるのは表情を固まらせた黒鉄一輝。

 そこで一真は全てを察した。

 思い出すのは暁のメンバーに顔見せをした日、押しかけてきたサラと交わした会話。そうだ、彼女はメシアを描くためのモデルを探していたはずで────

 

 「見る目は確かじゃねえか。アイツが理想のモデルって訳だな?」

 

 「そう。美しさと優しさを感じさせる一方で確かな芯の強さを思わせる顔立ちに、真っ直ぐ伸びた綺麗な姿勢。それに何より、合理的に鍛えられた逞しい筋肉の形。

 まさに私が探していた理想のモデル・・・・・・。だけど・・・・・・」

 

 ズン、と一輝とサラの間に立ち塞がるステラ。

 全身から燐光が漏れ、赤い瞳は恋人を指さす女をギロリと睨む。射竦められたサラが「きゅう」と悲鳴を漏らして一真の陰に隠れた。

 ・・・・・・どうやら既にアプローチを拒まれた後らしい。

 彼女のブルドーザーみたいな押しっぷりを思い返せば当たり前の話ではあるが、彼女の熱量と動機の重さを知っている者としては力になりたい気持ちもある。

 

 「おーいステラさん。偉大な芸術家の悲願と世界の文化的水準を先に進めるためだ。観念して恋人の裸を捧げてくれや」

 

 「ほら、友達の彼もこう言ってる。それに彼の心は貴女のものでいい。私は身体目的なのだから」

 

 「ふざっけんじゃないわよアンタそこまでそっち側!? というか身体もアタシのものよっ!」

 

 「え?」

 

 「ほら、そろそろ離れてくださいサラ・ブラッドリリーさん。みんなに迷惑でしょう」

 

 一真にくっついて全力で虎の威を借りているサラを刀華が引き剥がす。

 やや声に険が含まれていたのは気のせいだろうか。迷惑をかけているのはサラなのだが、ジトッと睨まれたのは何故か一真だった。

 

 「仲が良いんですね。相性の合わない団体にはとことん馴染めない貴方が暁学園で浮いていないか少しだけ、すこーしだけ心配していましたが、楽しくやれているようで安心しました」

 

 「ぜんぜん安心してる口調じゃねえんだけどぉ」

 

 「・・・・・・皆と仲良く出来ているのかはよくわからない。だけどカズマにはお世話になった」

 

 ちくちくしている刀華の言葉に答えるようにサラが言う。

 世話になった。彼女のその言葉は、一真がそこであるがままに過ごしている何よりの証拠だった。

 やはり不和は生じているようだが、しかし彼女は、線引きの苛烈な彼が尊重しようと思える何かを持っているのだろう。

 少しも寂しくないと言えば嘘になるけれど、と刀華は思う。

 別の場所でも彼の暖かさに気付いている人がいるのなら、それはきっと喜ぶべき事で─────

 

 

 「カズマの身体も、文句の付けようのない完成度だった」

 

 

 ぴたり、と空気が止まった。

 ぽっと頬を染めるサラ。いきなり吹き始めた不穏な風に一真の背筋が凍る。

 さっきまで考えていたどこか切ない思いが全部吹っ飛んだ刀華が、青褪めた顔で愛想笑いを浮かべた。

 

 「お、おほほほほ。そっそれは勿論モデルとしての話で・・・・・・」

 

 「大きな手のひらだった。私の身体を簡単に押さえ込む力強さと同時に、壊さないように気遣う優しさを感じた」

 

 「おい今すぐその口を塞げテメェこの野郎」

 

 「『男性』というシンボルとしてあそこまでの説得力はないと思う。カズマは私のお願いに耳を貸さず、容易くベッドに放り投げた」

 

 「な? 頼むよ。物事を正しく説明するそれだけでいいんだ。わかるよな? これからいくつもの感動を生み出すだろうその腕を俺にへし折らせねえでくれ」

 

 「カズマの肉体はまるで私という人間をレコードにしたようで、私の指先はそれを再生する針のようだった。彼の身体を指先でなぞる度に自分の事を語ってしまう私を、彼はベッドの上でただ受け入れて─────」

 

 「大の男が必死に(すが)りついてんだからやめろやァァァあああああ!!!!」

 

 

 パシッ、と皮膚が焦げた。

 じりじりと感覚神経を炙る電磁波が背後から一真を蝕んでいく。

 テスラコイルみたいになっている刀華の姿が容易に想像できた。いま彼女がどんな顔をしているか、後ろを振り返って確認する勇気はない。

 月影から貰った礼服を滝のような冷や汗で濡らしながら、一真は精一杯言葉による説得を試みる。

 

 「刀華。これは違う」

 

 「ふふふ、そうですか」

 

 「全くの誤解だ」

 

 「そうですか」

 

 「話せばわかる」

 

 「カズくん」

 

 微笑むような声色。しかしその唇から紡がれる言葉に救いはない。

 いつもの親しげな呼び名に続いて突きつけたのは、端的な処分内容だった。

 

 

 「それ言うた人がどげん末路ば辿ったか、授業で習わんかったと?」

 

 

 「・・・・・・、・・・・・・・・・・・・」

 

 最後の慈悲は与えられなかった。

 一真は一縷の望みをかけて、縋るような目で一輝とステラを見る。

 しかし一切の弁護は入らない。

 生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている友を見る一輝とステラは、ぶん殴りたくなるくらい爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

 「────────・・・・・・・・・・・・、」

 

 長い長い溜め息。

 無関係の人々がいる場にも関わらずバチバチと空気を爆ぜさせる電気は、そのまま刀華の激怒を表していると言っていい。

 こうなった彼女は肉体的なお仕置きを躊躇わない。幼少から彼女と生活を共にしていた一真はその事をよくわかっている。

 あのトップレス画家は絶対にシバく──────

 それだけを強く胸に誓って、一真はパーティ会場の出入り口へと全速力で走り出した。


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