壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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 シンボリルドルフが! 欲しい!!!(気さくな挨拶)


第56話

 「・・・・・・もちろん、絵のモデルの話」

 

 おまけのように付け足されたサラの一言に、刀華が大慌てで走り出す。猛烈な勢いで遠ざかっていく一真を追いかける刀華の背中に向けて彼女は小さく舌を出した。このしばらく後に一真から全力のアイアンクローを食らわされ、側頭骨陥没でiP S再生槽(カプセル)のお世話になる彼女の最後のお茶目である。

 そして改めて一輝に詰め寄ろうとしたサラだが、それよりも先にまたしてもステラが立ちはだかった。

 緋色に見開かれた眼光にたじろぎながらも負けじと交渉せんとするサラだが、口を開こうとした途端に大きく一歩踏み込まれて思わず後ろに下がる。

 一歩詰められる。一歩下がる。

 また一歩詰められる。また一歩下がる。

 口を開く間もなく威圧(プレッシャー)だけでどんどん後ろに追い詰めていくステラは終いにサラをパーティ会場の出入り口から弾き出し、勢いよく扉を閉めた。

 いつぞやのように強行突破してくる様子はない。これ以上は流石に悪手と判断したか一時撤退したようだ。

 一連の流れを見ていた周囲の生徒たちから生温かい笑いが漏れる中、それを遠目に見ていた身の丈180センチを超える肉厚の偉丈夫はカラカラと笑う。

 

 「なんやオモロいやっちゃな。少し話してみたかったんやけど、その分ええもん見せてもろたわ」

 

 「(ゆう)、油断は禁物ですよ。確かにややイメージとは異なるシーンでしたが、彼の実力は紛れもなく本物ですから」

 

 「わかっとる。実際に見たらえらいタマやで。棄権しとらんかったら去年の《七星剣王》はアイツやった、って言われとるんもまあ分かる話や」

 

 まあ去年おってもワイが勝っとったけどな!!と、武曲学園の制服を襟元までしっかりと正した眼鏡の男、城ヶ崎(じょうがさき)白夜(びゃくや)(ゆう)と呼ばれた彼はそう豪快に言い切った。

 黒鉄王馬のいない場で手に入れた頂点など何の価値もない、そう言って憚らない()()()()()。その実力に裏打ちされた至極真っ当な自信と断言である。

 口元に豪放磊落な笑いを残したまま、不意にその目が細く尖った。

 自信満々に言い切った彼をやれやれと笑っていた白夜に見解のお鉢を回す。

 

 「シロ。お前の事やから当然アイツの事も丸裸にしとるんやろ? お前から見てアイツはどんなもんや」

 

 「無論です。その上で彼に対する私の勝算を考えると───」

 

 《天眼(てんがん)》城ヶ崎白夜。

 彼の特性は戦闘だけではなく、日々の些細な仕草や癖からも相手の理を根底から暴き出す物の怪じみた洞察力。

 試合開始の瞬間から試合を支配する、黒鉄一輝をして『性能としては自分の《完全掌握(パーフェクトビジョン)》より圧倒的に上』とまで評させる化生(けしょう)の眼の持ち主は彼の問いかけに対して、

 

 「ほぼ打つ手がない。はっきり言えばそうなります」

 

 そう苦い顔で答えた。

 

 「分かっている事でしょうが私が《七星剣武祭》で勝つ上で、私の能力の関係上、相手を斬りつけるというプロセスは絶対に外せません。

 ところが───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『踏み破る』という彼の能力の特性は無意識の内に体外に展開している魔力障壁にも及んでいる。Aランクという魔力量も加味すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まして戦闘になれば間違いなく強度を上げてくる。直接的な大火力を持たない私にとって、相性は極めて悪いですね」

 

 「かーっ、よぉ言いよるわ。どうせひっくり返す算段も整えとるクセして何やねんその(にっが)いツラ」

 

 「野蛮な殴り合いは流儀じゃないんですよ。というか私よりも自分の心配をしてはどうですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「よーし戻って来ないわね。トーカ先輩も大概とばっちりだったけどあの女もどうせカズマに仕返しされるだろうし、これでトラブルの元はいなくなったでしょ」

 

 「僕としてはあまり内ゲバして欲しくないんだけどね・・・・・・。せっかく普通なら戦う事はないだろう世界の人と戦えるんだから、どうせなら万全でいてほしいし」

 

 やりきった顔で埃を払うように手を叩くステラの後ろで苦笑いする一輝。東堂刀華も色々と積もる話があったと思うのだが、随分と引っ掻き回されてしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自分を執事として雇おうとしてきた風祭凛奈、そしていま会場から弾き出されたサラ・ブラッドリリー・・・・・・あるいはここまで灰汁の強い面々だからこそ一真もそこに馴染めているのかもしれないが、やはりその環境は平穏からは遠いところに位置しているようだ。

 

 (そういえばカズマ、サラさんには結構丸かったな)

 

 何か彼女を認めるようなイベントがあったのかもしれない。というかモデルがどうのと言っていたが、もしかして脱いだのだろうか・・・・・・?

 そんなことをとりとめもなく考えていた時、ぱたぱたと小さな足音がこちらに近づいて来るのを聞いた。

 誰かと思えば、彼もまた暁学園の生徒の1人。

 

 「ねえねえねえねえ、いま大丈夫かな!? ちょっと忙しそうだったから話しかけられなかったんだけど、ちょっといい!?」

 

 長い睫毛(まつげ)の下に揺れる蒼い瞳。

 少女のような顔立ちに零れんばかりの親愛の情を込めて、その好意の理由がわからず戸惑う一輝に興奮気味に問いかけた。

 

 「黒鉄一輝くんって君だよね!? 僕、君の大ファンなんだ!!」

 

 

     ◆

 

 

 その翌日、つまり七星剣武祭前日。

 会場の最寄駅から電車で10分強の場所にあるアーケードを潜った商店街に、赤い暖簾を掛けた木造二階建ての古民家がある。

 ただ古いと表現できない威厳を湛えた黒ずんだ木の壁面。そここそが大正時代から歴史を連ねるお好み焼き屋『一番星』だ。

 店内に漂う香ばしいソースの香りは外で嗅ぐよりも何倍も濃く、いやが上にも食欲を刺激する。夕食には早い時間だというのにほぼ全てのテーブル席が埋まり、あちこちから注文を取る声が上がっていた。

 ここが自らの実家でもある男の『日本一のお好み焼き屋』という謳い文句は決して手前味噌ではないらしい。

 つまりその彼、『現』七星剣王諸星(もろぼし)雄大(ゆうだい)の悲鳴は、この店の出す味が確かなものであるという何よりの証明なのである。

 

 「何だよ、お前が奢るって言ったんじゃねえか」

 

 「そうよ。アンタが奢るっていったんじゃない」

 

 「言うたけどもな! 言うたけどもなぁ!!」

 

 多々良が起こした毒殺未遂騒ぎで接点を持った一輝を諸星がこの店に招き、その一輝が折角(せっかく)だからとステラと一真に声をかけたのが運の尽き。

 店の混み具合を見て手伝いに回った諸星が、冗談みたいに積み上げられた空ボウルに死にかけの語彙で叫ぶ。

 大喰らい2人が食欲全開、一切の容赦無し。

 焼き上がってヘラで切り分けられたお好み焼きが排水溝の水みたいな勢いで消えていく。

 

 「もうちょっと手心とかあるやろ!? なぁ!! ワイはお情けも無しにキッチリ取り立てられるんやぞ!!」

 

 「だってマジで美味いんだよ。これ持ち帰れたりしねえの? 刀華達にも食わせてえなァ・・・・・・あ、豚玉もう5つ追加」

 

 「チーズが隠し味になってるわよね? キャベツの甘みや出汁の旨味が全部噛み合ってて、東京で食べたのと全然違うわ。あ、同じのをもう10枚ちょうだい」

 

 「よっしゃ豚玉15追加やぁぁあああ!!!」

 

 ヤケクソが入り始めた諸星の叫びに、『ええぞーやったれー!』『スカンピンにしてまえスカンピンに!!』と調子のいい野次が湧き上がる。

 人と人の距離がとても近い、と一真は思った。

 まるで家族のような距離感と騒がしさにふと『若葉の家』を思い出す。やや郷愁を刺激された彼は、食事の手は止めないままでややしんみりとぼやいた。

 

 「いい空気だ。刀華も来りゃよかったのになァ、勿体ねえ」

 

 「普通ならコンセントレーションを高めるために使う日だからね。多分僕らがズレてるだけだよ・・・・・・まして刀華さんは今年で最後な訳だから」

 

 「イッキこそ大概図太いわよ。七星剣王と食卓を囲んだ方が面白そうなんて理由で来ちゃったんだから」

 

 「だよなァ。けどそれにしちゃァさっきからずっと奥歯に物が挟まったみてえな顔してんだよ。何かあったのか?」

 

 「・・・・・・いや、別に大したことはないんだけど」

 

 「暁学園(アンタのとこ)のアマネって奴に懐かれたのよ。イッキの大ファンなんだって! カズマあいつ何なのよあの目はファンの域超えてたわよ!?ゲイならもう間に合ってるんですけど!!」

 

 「知らねえよ俺を暁のお客様相談窓口にすんの止めろ!・・・・・・でも、それ嬉しい事なんじゃねえの?」

 

 「うん、そうだね。そのはずなんだよ。だから大丈夫・・・・・・きっと気のせいだから」

 

 何だそれ・・・・・・、と言いかけた時、ふと一真の脳裏に少し前の記憶が蘇った。

 何度か覗いた紫乃宮天音の目。

 海のように蒼い瞳の向こうに横たわる光も届かない海底のような暗澹たる闇を、一真は何度か感じ取っている。

 一輝もそれを感じたのではないか。

 あるいは自分への好意すら素直に受け止められなくなるような何かを、闇の向こうに一真が覗いた以上のものを見てしまったのではないか。

 もう少し話を聞こうとした時、ズドン!とテーブルの上に注文の品々が君臨した。恐らくはそう経たない内に胃袋に消えるだろうそれの向こうで、諸星がフンと鼻を鳴らす。

 

 「やめえやめえそんなシケたツラ。何の為にワイがマグロ漁船乗る勢いでお前らに奢っとる思ってんねん。ただのおもてなしな訳あらへんやろ」

 

 「と言いますと?」

 

 「ワイの為に決まっとるやろ」

 

 諸星は切り分けられていたお好み焼きを1つつまみ上げ、噛み砕くように咀嚼する。

 口角を吊り上げたその口元は、笑顔とは獣の威嚇に由来する表情であるという知識を彷彿とさせた。瞳の奥に殺気にすら等しい闘気を滾らせ、諸星は傲然と言い放つ。

 

 「美味いモンたくさん食ったらやる気出るやろ。だから今日はたっぷり英気を養って、これ以上ない絶好調になっとってくれや。────そういう相手をはり倒してこそ、自分の強さの証明にもなるからな」

 

 一輝の産毛が総毛立つ。

 今日ここに来てよかった、彼はつくづくそう思った。

 強敵に強敵と求められる事、武人にとってこれ以上の誉れはない。

 ならばこの()()、断る理由などどこにもない!!

 

 「そういうことでしたら、喜んでごちそうになります。・・・・・・この恩は、ありったけの仇で返させてもらいますよ」

 

 「望むところや」

 

 その光景を「燃えてんなァ」と呑気に眺めていた一真だが、続く諸星の一言にぴくりと反応した。

 諸星はぽりぽりと頭を掻きながら、やや残念そうにぼやく。

 

 「さっき王峰も言いよったが、そういう意味で東堂にも来て欲しかったんやがなあ」

 

 「・・・・・・あァ、そうか。刀華は去年お前に負けたんだったな」

 

 「せや。けどあの女が去年のままでおる訳あらへん。間違いなくワイを攻略する為の策と必殺技を編み出してきとる。いや、実力そのものも間違いなく去年の比じゃないやろ。

 まったく楽しみで敵わんわ。アイツの技をこの身で浴びるのも、ほいでその技をこの手で打ち破るんもな・・・・・・!!」

 

 目に見えてウズウズしている諸星に対して、一真は薄く目を細めた。

 確かにその通りだ。その時の試合の映像は自分も見ていたが、彼女の《稲妻(いなずま)》は明確に諸星の()を攻略するための技だろう。負けた相手へリベンジする意識も、明確に彼女を強くしたに違いはあるまい。

 

 ただし。ただし、だ。

 まるで彼女の研鑽が自分を倒すためのものだという()()()()()だけは、見逃すことなど出来はしない。

 

 「楽しみにしてんのは分かったけどさ」

 

 カァン!!とお好み焼きを断ち切ったヘラが皿にぶつかり甲高い音を立てる。

 怒りや恨みは介在しない。ただ奪い合う対象。諸星雄大は、王峰一真にとって初めての純粋な『敵』になった。

 

 「まァ気を落とすなよ。()()()()()()()()()()

 

 一瞬だけ虚を突かれた諸星だがすぐに思い当たった。

 トーナメント表では東堂刀華は少し離れた所におり、そして自分と彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その事を考えれば、一真の言わんとする事など容易に理解できる。

 思わぬ収穫に凶暴な笑みを浮かべる諸星に、ただただ冷徹な眼差しを向ける一真。

 一瞬にして張り詰めた空気の中、運ばれてきた豚玉を焼きながらステラは隣のイッキにこっそり耳打ちした。

 

 「・・・・・・どうする? 今からでもトーカ先輩呼んであげた方がいいかしら?」

 

 「・・・・・・後で教えてあげよう」

 

 

 

 

 そして翌日、七星剣武祭が開幕。

 第1試合目からの出場となった一真は大歓声に包まれたリングの上、対戦相手を目の前にして、背中まで丸めて大きな大きな溜息を吐いた。

 まるで己の晴れ舞台に泥がかけられたとまで言わんばかりの苛立ちを、そのまま語気に乗せて言い募る。

 

 「あんまり有り得なかったからよお。パーティで見かけちまった時はもう絶対に見間違いだって思おうとしてたんだが、こうなっちゃァもう現実なんだよなァ。

 空いた枠に滑り込んだって話は聞いたんだけど、それでも敢えて聞こうかな」

 

 頭痛を堪えるように額に当てていた手を下ろし、眼前に立つ()()を目線だけで見下ろす。

 ありったけの嫌悪と侮蔑。彼の目が纏う空気は往来のど真ん中に撒き散らされた吐瀉物を見るそれと相違ない。

 余程の覚悟を持っていないと前に立つ気力すらへし折られるような害意を剥き出し、一真は心臓に杭を打ち込むように言葉を突き刺した。

 

 「何でテメェが出てんだ───()()()()()()

 

 

 

 

     ◆

 

 

 『闘争は悪しきことだと人は言う。それは憎しみを芽生えさせるから。平和は素晴らしきことだと人は言う。それは優しさを育むから。

 暴力は罪だと人は言う。それは他人を傷付けるから。協調は善だと人は言う。それは他人を慈しむから。

 良識ある人間ならば、そう考えるのが当然のこと。

 

 しかし、しかしそれでも人は、───()()()()()()

 

 誰よりも強く! 誰よりも雄々しく!

 何人(なんぴと)も寄せ付けない圧倒的な力!

 自分の自己(エゴ)を思うままに突き通す、絶対的な力!

 憧れなかったと誰が言えよう!

 望まなかったとどの口で言えよう!

 この世に生まれ落ち、1度は誰もが思い描く夢───

 いずれはその途方もなさに、誰もが諦める夢───

 

 その夢に、命を懸け挑む若者たちが今年もこの祭典に集った!!!!

 

 北海道『禄存(ろくぞん)学園』

 東北地方『巨門(きょもん)学園』

 北関東『貪狼(どんろう)学園』

 南関東『破軍学園』

 近畿中部地方『武曲学園』

 中国四国地方『廉貞学園』

 九州沖縄地方『文曲(ぶんきょく)学園』

 そして───新生『日本国立暁学園』

 

 日本全国計8校から選び抜かれた精鋭32名!

 いずれも劣らぬ素晴らしき騎士ばかり!

 されど、日本一の学生騎士《七星剣王》になれるのはただ1人!

 ならば───その剣をもって雌雄を決するのが騎士の習わし!

 

 32名の若き高潔なる騎士たちよ。

 時は満ちた! この一時(ひととき)のみは、誰も君たちを咎めはしない!

 思うまま、望むまま、持てる全ての力を尽くして競い合ってくれ!

 

 ではこれより、第62回七星剣武祭を開催します──────ッッッ!!!!』

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