壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第58話

 一真が思い切り足を振るい、破壊が解き放たれる。

 《覇者の威風(ラービナ・ニウィス)》。

 扇状に前方を舐め上げる紫白の津波が、桐原が生み出した森の4分の1を一息に消し飛ばした。

 しかしそれで終わりではない。

 立て続けにもう1発、2発、3発。横殴りの瀑布が四方八方に撒き散らされ、とうとう目に映る『立っているもの』全てが平らに均される。砕かれた樹木の破片が雨の様に降り注いだ。

 

 『あぁっと!? リング全てを覆うような大技の連発、桐原選手の「森」が完全に丸裸にされてしまいました! これは桐原選手も万事休すか!?』

 

 『いや、新たに木々が生成されていくのを見るに桐原選手には命中していなかったようです。しかしあのレベルの範囲攻撃を連発されては回避で手一杯でしょうし、《屠殺の庭園(スローターズ・ガーデン)》の維持による魔力消費はかなり大きい。まして王峰選手はノーダメージ、絶望的な戦況はまだ終わりそうにはありませんよ』

 

 矢の束が降り注いだ。

 ひょろりと高く伸びたいくつかの蔦の先端にくっついた果実が爆裂し、中に詰まっていた大量の矢が一気に叩き付けられたのだ。

 蜂の巣どころか挽肉になるような密度だが相変わらず一真は無傷。上を見上げれば木の根と蔓で強化された弓に巨大な矢を番える桐原がいた。

 あの技、確か《樹影穿空衝(ヴォーパルハイド)》と言ったか。流石にあれは『素』で受けるのは厳しい。一真は魔力防御の強度を上げようとして、

 

 「・・・・・・《迫害の礫(エキスプルシオ)》」

 

 少し考えて、防御ではなく攻撃で押し返す事を選んだ。

 ドゴン!!と砲撃のように上空に蹴り上げられた高密度の魔力の珠は、放たれた矢とその向こうにいる桐原を()()()と貫通した。

 

 (やっぱ幻か)

 

 桐原の策が見えてきた。

 ここまでの桐原の行動の目的は、自分の魔力を浪費させる事にあるのだ。

 森を形作る樹木のおよそ半数を虚像で誤魔化しているのは魔力の節約のため。節約した魔力を回した高密度の攻撃や虚像による攻撃のフェイクはその対応に魔力を使わせるため。

 無意識に展開される魔力障壁さえ鉄壁なら、ガス欠に持ち込んで貫いてやろうという魂胆だろう。

 そもそも桐原の姿が見えたとてそこに本当に彼がいるという事はありえないのだが、その心理を突いた奇襲も考え得る。

 確かによく頭を使った作戦だ。

 そこいらの格上程度なら容易に型に嵌める事も出来たに違いない。

 そう───相手が王峰一真(Aランク)でさえなければ。

 

 「随分と浅く見積もったなァ」

 

 局地的な嵐が発生した。

 奇襲のみならずもはや幻と分かりきっている攻撃にも、一真は律儀に攻撃を以って迎撃する。

 それは相手の策に自ら乗った上で相手を叩き潰す、自分の方が圧倒的に上である事を知らしめるための横綱相撲に他ならない。炎でも水でも技術でもない、彼が猛らせるそれは形容するならばただ『破壊』。幻影も実像も知らぬと荒れ狂う現象の顎は、一真を中心に全てを巻き込んだ。

 これは潜伏していた桐原静矢も────

 

 (巻き込まれてりゃそれで終いだが、もし生き延びてるとしたら)

 

 徹底的に破壊され音を立てる間もなく消えていく桐原の領域を眺めながら一真は考える。

 

 (あの時の戦いからして、この森はそう長い間持続させられるもんじゃねえ。ましてここまでぶっ壊して修繕させ続けたんだ、魔力が枯れるタイムリミットは当然前倒しになる)

 

 そうなれば桐原に勝ちの目はゼロだ。魔力が尽きる前に決着を付けなければならない。

 陽動に次ぐ陽動に追われ障壁を維持できないほど魔力を消費した自分に渾身の一撃を叩き込む。それが桐原が取り得る唯一の戦略にして、唯一の勝ち筋である。

 一真の魔力が底を突いていれば、の話だが。

 

 (俺の魔力がまだ有り余ってるのは見りゃわかるだろう。けど勝負に出るしかねえよなァ。出来る事がそれしかねえんだから)

 

 ゆるりと後ろを振り向く。

 そこにやはり桐原はいた。必死の表情で弓に矢を番えている。

 今ある全ての魔力を総動員しているのだろう、生み出された矢の大きさと密度はなるほど最後の一撃に相応しい。

 あるいはこれも幻で、本体はどこかに潜伏して別方向から狙っている可能性も高いだろうが・・・・・・しかし関係のない話だ。

 日頃無意識に纏っている魔力障壁に、さらに魔力を注ぎ込む。

 それだけで終わる。

 攻撃は届かず、後にはガス欠の桐原だけが残る。

 それで終わり。

 ()()()()()も、これでようやく片付く。

 

 「無駄な時間使っちまったなァ───」

 

 一真が無感動にそうぼやいた。

 

 その直後。

 ───激甚な衝撃が、彼の延髄を撃ち抜いた。

 

 

 

 魔力による障壁は全てを阻んでいる訳ではない。

 本当に全てを弾くのなら、まず無意識に展開している障壁のせいでまともに物も持てないし、呼吸すら(まま)ならなくなってしまう。戦闘時やそうでない時でも、伐刀者(ブレイザー)は魔力防御によって弾くものを無意識下で取捨選択を行っている。

 桐原が魔力の防壁を張られているにも関わらず背後から一真の首に鏃を触れさせる事が出来たのはそういう理由だ。己に対する認識の全てを隠匿した彼を、一真の無意識は拒むべき脅威と認識できなかったのだ。

 いや。だとしても、そもそも一真の範囲攻撃の嵐を桐原はどうやって回避していたのかという疑問は残るだろう。

 

 簡単だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 100メートル四方のリングを蹂躙する一真の範囲攻撃も、その砲台は彼の脚。限りなく接近してしまえば攻撃範囲は普通の蹴りと変わらない。

 まして彼の体躯だと脚を振るったその足元には、人間ひとりが楽に潜り込むだけの空白が生じてしまうのだ。

 桁外れの長身故に生じた死角。

 そこに地べたに伏せて潜り込み、桐原は虎視眈々と狙っていた。

 

 ───全方位を一辺に爆破するという『最適解』は取らない。それを考えつく位にも奴は頭を回さない。

 ここまで下に見ている相手に、奴が真面目に戦う事などない。

 それでも楽に勝てる位の実力があるから。

 それでも自分の策を見破ってくるだけの地頭があるから。

 ─────だけど、お前には予想もつくまい。

 痛いのは嫌だと懇願した自分が、痛みに1番近い場所に息を潜めているなんて。

 

 陽動に陽動を重ねての本命の一撃。

 一真は確かに桐原の策を見破っていた。

 

 だけどこの瞬間だけは、一真の思考や行動まで読み切った桐原が上回った。

 

 触れてしまえば魔力の障壁なんてほぼ関係ない。

 射程なんていらない。ただ5センチ程度撃ち抜ければそれでいい。

 ただ一ヶ所、敵の急所を全力で破壊する。

 

 「相手を読むなんて黒鉄の真似みたいな事、したくはなかったんだけどね───!!」

 

 《楔火鉄砕弾(バーストピアス)》。

 全てを一点の破壊に特化した一撃が、一真の延髄にゼロ距離で爆裂した。

 後頭部にバットを振り抜かれたようにつんのめる一真。その首の後ろからは桐原が撃発した矢が確かに突き刺さっている。

 ここまで無傷を貫いてきた彼の何一つ前兆の読めない致命的な被弾に、実況も一瞬言葉を失った。

 全員が目を奪われていた。

 圧倒的強者に対して彼が決めてのけた奇襲の、あまりの鮮やかさに。

 撃発の後に消え失せた音。傾く巨体。

 無駄を削ぎ落とした狩人の仕事に、観衆の全てが大物喰らい(ジャイアントキリング)の大歓声を上げようとした。

 

 その、瞬間。

 

 ズンッッッ!!!と、沸騰しかけた昂揚が、物理的な圧力によって踏み潰された。

 一真が地面を踏みつけて倒れる事を拒絶したのだ。

 首には未だ桐原の矢が突き刺さっている。でも倒れない。

 ───首をやられたら死ねよ。

 桐原の顔が引き攣る。

 まず生命としての規範を逸脱している目の前の光景は、彼にとっては悪夢と見紛うような現実だった。

 

 「あー。うん。ちょっと舐め切ってたわ」

 

 そうぼやきながら一真は彼は諦めたような息を吐いた。

 その声色には致命的な急所を貫かれた痛みはおろか、動揺の欠片も含まれていない。たださっきまでやる気も無く脱力しきっていたはずの言葉には、明確な芯が通っている。

 

 「分かった、もういい。認めるよ。いつぞや俺が潰した虫は、とっくの前に死んでたらしい」

 

 だがな、それでも言うぞ、と。

 ゆらりと身体を起こした一真が、首に刺さった矢を握り、引き抜く。魔力を込めた手で引き抜いた矢をそのまま握り砕きながら、彼は首を回し目線だけで桐原を射抜く。

 全てが始まったあの日から1年と少し。

 王峰一真は、初めて桐原を向き合うべき相手としてその眼中に収めた。

 

 

 「今まで(ぬる)くやってきた奴が、多少頭を回したところで────俺に勝てると思ったか?」

 

 

 一真の全身から紫白の魔力が噴き上がると同時、桐原が戦慄と共に姿を消す。

 敵が完全に戦闘態勢に入った。もはや今までの足元に潜み続ける手は通じないだろう。それでもまだ諦める訳にはいかない。少しでも可能性を見出すために、桐原は完全に逃げに徹する。

 だが、またも理解できない事が起きた。

 一真が爪先で床を叩いた直後、どこにいるかわからないはずの自分に向けて真っ直ぐに走ってきたのだ。

 予想外の展開に泡を食ってジグザグに飛んだり方向転換を繰り返して追跡を撒こうとする桐原だが、どうしてだか一真は離れない。音も姿もないはずの桐原の動きを、彼は完全に捕捉していた。

 何故もどうしても考えられない。

 ただ1つ明らかなのはもう自分は逃げられず、ただやられるのを待つのみだと言うこと───

 

 ・・・・・・逃げられない? やられる?

 心を侵食してくる怖気に、ギリ、と桐原は歯軋りをした。

 空いた席に滑り込んでまで自分がここに来たのは、怯えて逃げる為じゃない。やられるために来たんじゃない。

 離れない過去の傷跡を、───乗り越える為にここに来た!!

 

 「おおおおおおおおっっっ!!!」

 

 叫び、再び矢を番える。

 作戦の不発で逆に魔力が尽きかけた彼が撃てる最後の1発は、伐刀絶技(ノウブルアーツ)ですらないただの矢だ。

 そこに乗せた想いと覚悟はきっと、これから桐原を打ちのめす一撃に込められたそれよりももっとずっと重たかっただろう。

 しかしそれは背中を押してくれるとしても、逆転の切り札になってはくれない。

 隔絶した力の差を前に、現実は淡々と非情だった。

 

 「・・・・・・強いなあ、畜生」

 

 

 一撃。

 放たれた矢を叩き壊した脚鎧(ブーツ)の靴底が、そのまま桐原の胸の中央に叩き込まれた。

 胸骨と肋骨が完全に粉砕し、胸郭が足の形に大きく窪む。

 大量の血を間欠泉のように吐き出しながら、桐原は観客席の壁に叩き付けられた。

 力無く地面に崩れ落ち、ごぼごぼと血を垂れ流す彼がテンカウント以内に起き上がる可能性など誰が見ても明らか。

 一刻も早くiP S再生槽(カプセル)に運ばねば生存が危うい。そう即断した審判が頭上で大きなバツを作る。

 

 『試合終了ォォォッ!! 勝者・王峰一真選手ですっ! 桐原選手の奇襲を受け、首を撃たれてもなお余裕の勝利! この頑強さ、よもや不死身だとでも言うのでしょうか!?』

 

 『あの奇襲は見事でしたが、王峰選手の危機察知能力が凄まじかったですね。桐原選手の狙いを知るや、王峰選手は狙われた場所に一気に魔力を集中させたんです。

 それによって桐原選手の矢は延髄を破壊するには至らず、筋肉の層に食い込んだ所で止められた。

 とはいえあの威力の攻撃をゼロ距離で食らってなお皮しか貫かせないのは、流石の能力と魔力量と言う他ありません』

 

 『なるほど、王峰選手の戦士の勘が相手の策を上回る格好になったと! 姿が見えないはずの桐原選手を的確に追い詰めたのも王峰選手の洞察力によるものでしょうか!?』

 

 『いえ、《狩人の森(エリア・インビジブル)》は普通、洞察力でどうこうできるものではありません。恐らく王峰選手は探知系の伐刀絶技(ノウブルアーツ)を持っていたのでしょう。

 そうなると何故最初から使わなかったのか疑問が残りますが・・・・・・あるいは、彼は測っていたのかもしれませんね。自分にリベンジを挑む相手が、それに足る力を着けているのかどうかを』

 

 『惜しくも下剋上は成りませんでしたが、最後まで意地を見せてくれました! 全力で挑んだ桐原選手に見事迎え撃った王峰選手、両者共に己の在り方をまざまざと(あらわ)す素晴らしい戦いぶりと言えるでしょう!!』

 

 賞賛の歓声に包まれる湾岸ドーム。

 担架で運ばれていく瀕死の桐原に彼らの声は聞こえていない。

 皆が口々に叫び、讃えていた。

 自分のトラウマにまでなった相手に本気で勝とうとした桐原と、それを正面から堂々と受け止めてみせた一真を。

 一真は首の後ろに手をやり、矢に穿たれた傷に触れる。

 ぬるりと生暖かい血液がべっとりと手のひらに纏わりついた。その確かに与えられた傷の証をしばし眺め、桐原が運ばれていったゲートを見遣る。

 自分が(かす)と嘲った相手は、確かに己の意思と主張を自分に刻み込んできた。

 傷と痛みという、説得力としてこの上ない形で

 

 「・・・・・・ダッセえ・・・・・・・・・」

 

 顔を覆い、呻く。

 観客の賞賛に包まれながら、王峰一真はただただ己に対する後悔と羞恥に震えていた。

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