壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第59話

 目を覚ます。

 ぼやける意識が徐々に浮上していき、ここが病室のベッドである事に気付いた。

 置いてある時計が指し示す日時は・・・・・・最後の記憶から1日ほど進んでいた。

 iP S再生槽(カプセル)の全身麻酔による影響だろう。薬が完全には抜けきっていないのか、まだ少し頭に霞がかかっているように感じる。

 ベッドから身体を起こして記憶の糸を手繰る。思い起こすのは最後の時、己の意地が潰えた瞬間。

 胸の中央に指先で触れる。完璧に治癒を終えたそこには傷口の跡も残っていない。その奥にある内臓でさえも元通りになっているのだろう。

 しかしそこには、確かに忘れ難く残っている。

 胸にめり込む、あの鉄靴の感触が─────

 

 「あっ・・・・・・お、起きましたか・・・・・・?」

 

 ベッドの横から声が聞こえた。

 そちらを見ればベッドの横にはおさげに編んだ黒髪が唯一の洒落っ気というような、地味な見た目の眼鏡の少女が傍らの椅子に腰掛けていた。

 いつからそこに座っていたのかは分からない。だが自分がここに寝かされたからずっとそこにいたんだろうな、と思う。

 荒れに荒れていた去年から、自分がどれだけ突っぱねても去っていこうとはしなかった彼女なら。

 

 「まだ身体は痛みますか? あ、そ、そうだ、看護師さんを呼んで・・・・・・あっ!?」

 

 彼女の言葉を待たずして、桐原静矢は姿を消した。

 存在を隠す能力を使ったのだと理解しても見つけられようはずもない。ベッドから降りてわたわたと周囲を見回す彼女の横を通り過ぎ、そのまま病室の外へと出て行く。

 今だけは、彼女の顔を見れなかった。

 

 

     ◆

 

 

 どこかへ行こうと思っていた訳ではない。

 あてどなく彷徨い歩いた果てで辿り着いたのがここだった。

 周囲に人の気配のないバス停のベンチに座り項垂れる桐原を、夜に灯る街灯がスポットライトのように照らしている。

 日本最大の祭典に眠ることを知らない人々の喧騒が遠くから聞こえてくる。賑やかな活気に満ちた街中とメインストリートから外れたこのバス停は、まるで世界が切り離されたようだった。

 何も考えられずにどうやってここに行き着いたかは覚えていないが、よりにもよってバス停に腰を下ろした自分に皮肉めいた思いが浮かぶ。

 ────ここから逃げようとしてるのか、ボクは。

 思わず乾いた笑いが漏れる。

 策も力も、死力でさえも、自分の全てを叩きつけても届かなかった。逆に全力で挑む事で明らかになってしまった、隔絶した彼我の実力差。

 ・・・・・・・・・無駄なんじゃないか。

 自分の心がそう囁いてくる。

 どれだけ頑張っても届く訳がない。だったらこんな思いをするだけ無駄だったんじゃないか。

 だったらもう、立ち上がろうとする意味なんて・・・・・・─────

 

 「ここに・・・・・・、いたん、ですね」

 

 そんな声が聞こえた。

 顔を上げると、そこには桐原の目覚めをベッドの側で待っていた少女がいた。

 上下する肩に荒い息遣い、汗で肌に張り付いた髪。

 ずっと桐原を探していたのだ。桐原が病室から消えてから今まで、何時間も歩き回って。

 (くずお)れた自分とは真逆の余りにも真っ直ぐなその姿に、桐原は彼女からまた目を逸らした。

 

 「・・・・・・何でこんな所にいるんだ。汗まみれで」

 

 「桐原くんが辛そうな顔をしてました」

 

 「それで今までずっと探し回ってたのか」

 

 「はい。あのままだとどこかに行っちゃいそうだったので」

 

 ボクを幼児か何かかと思ってるのか。そんな言葉を喉元で止めた。

 よっぽど言い返してやろうかと思ったが、実際にこうしてバス停にいるのだから情けない話である。

 こうして見つかるかどうか分からない自分を汚れに汚れて探し続けていた彼女に比べて、そうして見つけられた今の自分の何と不甲斐ないことか。

 ・・・・・・全てを話そう。

 桐原はそう決めた。

 例え情けない告白だったとしても、彼女を前にこれ以上の惨めを晒したくはなかった。

 

 「・・・・・・勝ちたかった」

 

 ぽつり、と。

 日の光に苦しむ亡者のような面持ちで、桐原は重々しく口を開く。

 

 「今度こそ勝って、あのとき踏み潰された自分の尊厳を取り戻したかった。自分の誇りを取り戻したかったんだ。みっともなくても、齧り付いてでもアイツを倒して─────」

 

 ─────君がくれた声に応えたかった。

 そう結ぼうとした口は動いてくれなかった。

 ああまで一方的な負け方をしておいて、そんな格好つけたようなセリフはどうしても言えなかったのだ。

 まだ見栄を張るのか。これ以上の無様はないのに。負のループに陥りさらに桐原が頭を垂れた時。

 

 「みっともなくなんか、なかったです」

 

 思わず頭を上げた。

 力を孕んだその語気が彼女のものであると一瞬分からなかったからだ。

 きっと声を張り上げる事に慣れていないのだろう、まして人を怒鳴るなんて初めてなのだろう。

 座り込む自分を見下ろす彼女の瞳は、塩水を湛えて震えていた。

 

 「桐原くんは立ち向かった!! 怖くて怖くて仕方なかった人に、一歩も退かずに戦った! 最後まで諦めてなかった!! あの戦いを見て桐原くんをみっともないと思った人なんて誰もいない!!」

 

 今まで彼女からは聞いたこともないような大声が、静まり返ったバス停に響く。

 桐原はそれを呆気に取られて聞いてきた。

 いつも気弱そうにしている彼女がここまで感情を爆発させる様を想像すら出来ていなかったのだ。

 

 「だからそんな顔をしないで、前を向いてください。私が桐原くんを好きになったのは、優雅に格好良く勝つからじゃありません。

 周りに何を言われても確実な勝利を求めようとする、その泥臭さが好きになったんです!!!」

 

 だから─────、と。

 閉ざした扉を力で蹴り破られて無防備になった桐原の心に、彼女の叫びが直接突き刺さる。

 かつての自分の姿に囚われ自ら「みっともない」と言い表した己の様を、彼女は真正面から肯定した。

 

 

 「私が好きになった人の事を! 他でもないあなたがみっともないと貶すのはやめてください!!」

 

 

 「・・・・・・ああ、分かったよ」

 

 そう言って桐原はベンチから立ち上がり、そして目の前に立つ彼女を強く強く抱き締める。

 目を白黒させる彼女が苦しそうな声を上げても関係ない。腹の底から湧き出る熱を今吐き出すにはこれしかない。

 火を点けた責任は取れと言わんばかりに腕に力を込め、手負いの獣は咆哮を上げた。

 

 「またあそこまで堕ちてたまるか。今になって諦めてたまるか! いつかアイツに勝つまで、そしてアイツに勝っても!! ボクは格好良いボクであり続けてやる!!!」

 

 熱気から離れた片隅で、奮起の敗者が気炎を揚げる。

 夜空に響いたその宣誓を遠くに聞いた通行人や近隣の住人は首を傾げるだけで、深い意味を考えることはないだろう。しかしそれはある意味において、隠れ抜いて戦ってきた彼らしいとも言えるかもしれない。

 静かな夜に杖を握り締め、満身創痍の狩人は三度立ち上がった。

 

 

     ◆

 

 

 「呆れたわね」

 

 今までで1番他人を馬鹿だと思った瞬間は?

 そう問われたとしたらステラ・ヴァーミリオンは間違いなくさっき見た光景を挙げる。

 己がリベンジすると誓った者の醜態に、ステラは心からの悪態と辛辣な批評を吐き出した。

 

 「終わってみれば最初から本気でやればすぐに終わる戦いだったじゃない。相手の覚悟を読み間違っただけならまだしも、リベンジに来た相手を侮って手傷を負うなんて間抜け過ぎるわ」

 

 「間抜けとまでは言わないけど、正直それには同意かな。心技体とはよく言うけれど、心が綻ぶとああなるいい例だと思う。

 ・・・・・・とはいえ普通の伐刀者(ブレイザー)ならあれで圧殺できるんだよね。自分の能力に対する理解とカズマの()()()()()まで読み切った桐原くんが上手(うわて)だったのは間違いないよ」

 

 ステラの言う事も(もっと)もだが、とはいえ一輝の言う通り一真の油断が全てを占めている訳ではない。

 相手の油断を突くといっても、相手は要塞の防御の王峰一真。その手法含めてあれは桐原でなければ不可能な作戦だったのだ。

 ・・・・・・だが実力差や相性を鑑みれば失態は失態。

 しかしそれは彼自身が1番身に染みているだろう。

 だから自分は何も言わない。彼の自省に任せる。

 苦い顔のまま彼が退場したゲートを見ながら、東堂刀華は溜め息と共に独りごちた。

 

 「反省しなさい。って感じかな」

 

 『それでは続いてCブロック第2組の選手の入場です! 赤ゲートから現れたのはこの男! 前年の《七星剣武祭》覇者、諸星雄大選手──────!!!』

 

 

     ◆

 

 

 『試合終了──────っ!! やはり《七星剣王》は強かった! まったく危なげない勝利!! 浪速の星が対戦相手を見事食らい尽くしました!!!』

 

 諸星が出た第2組の試合は圧巻の一言だった。

 魔力を消滅させ無効化する諸星の伐刀絶技(ノウブルアーツ)暴喰(タイガーバイト)》が相手の魔術を悉く食い尽くし、武術でも敵わず万策尽きた相手を一突き。

 敵の反抗を許さない猛攻。狩猟と称される桐原のスタイルとはまた別種の、まるで牙持つ獣の狩りだった。

 しかしそんな王者の称号に相応しい横綱相撲を前にして、王峰一真はまだ頭を掻き毟っていた。

 

 「っっっはーーーーー・・・・・・・・・・・・」

 

 「溜め息が多い」

 

 何度目とも知らない吐息にとうとうサラ・ブラッドリリーが苦言を呈した。

 ただでさえ桁違いに図体が大きく存在感が強い男が横でグダグダやっているのだ、周囲に与える鬱陶しさも一入(ひとしお)だろう。

 

 「傷は治してもらってたはず。まだ痛むならまた診てもらえばいい。それ以上うじうじするなら私が灰色に塗って目立たなくする」

 

 「あー、悪かったよ・・・・・・。ちょっと事情があってなァ」

 

 実害が出始めてしまったので流石に黙る一真。

 iP S再生槽(カプセル)に始まる最新の医療設備を備えているし、回復魔術を使える職員も控えているので、筋肉の層で止まっている程度の傷を治すのは容易い。

 なので言うまでもなく一真が呻いていたのは、傷を付けられたという事実に対してだ。

 傷を負ったということは、相手に意思を(とお)されたということ。

 これが(かす)と見下げた人間に貰ったものである事を思えば、この痛みは尚のこと重かった。

 

 (認めるにしても無傷で済ませなきゃならねぇ相手だった。これ呆れられたよなァ・・・・・・。うわーイッキ達と会いたくねえ・・・・・・)

 

 挽回できっかなァ、と尚も悩む彼だが、続くサラの言葉で彼は完全に思考を切り替えた。

 

 「ところで。次はあの子が戦う番だけど」

 

 すぅ、と一真の空気が鎮まった。

 リングが先の戦いで損壊していない分、次の試合が始まるのは早いだろう。

 表情から苦々しい歪みは消え、静かな瞳でまだ誰もいないリングを見る。その盤上で自分が知り得る情報から構築した2つの虚像を踊らせて思考をいくつも枝分かれさせるようにあらゆる展開を想像、これからの戦いで起こる可能性の全てを脳内に構築していった。

 

 「一真から見て凛奈とあの子、どっちが勝つと思う?」

 

 「んー。風祭の能力って首輪の霊装(デバイス)による使役だろ? あのライオンとどっちが強いかって話になるなら風祭に勝ちの目は無えだろうな。

 見たところアイツ自身に戦闘能力は皆無だし・・・・・・確かにあのライオンのスペックは並じゃねえけど、速くて強い程度ならどうとでもするぞ」

 

 即言だった。

 所属する陣営云々より、自分と親交のある者が負けると断言されたのだ。少しくらい反論しようかとも思ったがどちらの戦闘力も、加えて相手側の強さを正確に把握している彼の言葉だ。黙らざるを得ない根拠としてはそれで充分だろう。

 ただし戦いに絶対はない事は王峰一真も知っている。

 彼が思い描く机上の盤面で幼馴染と向き合うのは風祭凛奈の使役するライオンではなく、いつも風祭の傍らに侍っている『彼女』だった。

 

 

 「だからそうだなァ、それを覆す要素があるとすれば・・・・・・、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 『注目のカードが続きます、続いて登場する選手は昨年度《七星剣武祭》ベスト4!!

 間合いに入らば斬り捨て御免、必殺と畏れられた彼女の奥義はそのまま彼女の異名となった!!

 空を閃き地を駆ける、閃光の剣客が振るう刀は今年こそ頂きの座に届くのか!!

 赤ゲートから破軍学園3年・《雷切》東堂刀華選手がリングインだぁぁああっ!!』

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