壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第6話

     ◆

 

 「んっ……」

 

 浮上した意識を照らすように、じんわりと視界に滲んだ白い光がステラの覚醒を促した。

 目を開けると、映るのはずいぶんと低い天井と───

 

 「目が覚めたか。ヴァーミリオン」

 

 ステラが横たわるベッドの側に座り、煙草をふかしているスーツ姿の黒乃だ。学生寮は禁煙じゃなかったかと起きぬけでぼやける意識のどこかが冷静なツッコミを入れるが、それを注意する気は今は起きなかった。

 

 「ここは……」

 

 「君の部屋だ。倒れた原因はあくまでも《幻想形態》のダメージによる極度の疲労で、外傷がある訳ではないからな。医者やIPS再生槽(カプセル)を使うような事態ではないから、自室で休ませていたんだよ」

 

 紅をさした唇から、紫煙と共に受け入れ難い事実が吐き出される。

 ……という事は、あれは現実にあった事なのだ。

 夢だと思いたかったが、そう都合よくはいかないらしい。

 才能で負け、策も潰され、切り札はまるで切れやしなかった。

 そう───自分は、敗北を喫したのだ。

 よりによって己の誇りを汚した男に、言い訳もできない完膚無きまでの惨敗を─────

 

 「…………………ッッッ!!!」

 

 「落ち着け」

 

 シーツをきつく握り締め、歯を食い縛り震えながら燐光を漏らし始めたステラを黒乃が宥める。

 流石に感情の二次災害で部屋を燃やす訳にはいかない。過熱した心を冷ますように大きく息を吸って吐き、何とか自分を落ち着かせる。

 

 「……はぁ。久しく忘れていたわ……負けるって、こういう気分だったわね」

 

 「君が戦ったのはこの学園の校内序列1位の男でな。君の器量も大概だが、あれも負けず劣らずの傑物だ。経緯はどうあれ負けを恥じる事はない」

 

 「それでも、素直に『そうですね』とは言えません。アタシの大切なものを馬鹿にした奴に、あそこまでボコボコにやられるなんて……っ」

 

 「……大切なもの、か。では教師らしく、中立の立場から物を言ってみようかな」

 

 決闘に負けたせいでぶり返しているのだろう、未だに屈辱が収まらない様子のステラを見て、やれやれと黒乃は首を振る。

 

 「王峰の隣にいた男、黒鉄一輝という名前なんだがな。『黒鉄』という名字に覚えはあるか?」

 

 「? あんな庶民の事、アタシが知るはず……」

 

 唐突に何の話だろうか。

 ない、と否定しかけて、しかし1人だけその名字に心当たりがあった。

 武を志す者でなくとも、授業で教科書を開けば必ずその名前と功績が記されている男───

 

 「まさか……『サムライ・リョーマ』ですか!?」

 

 「そう。第二次世界大戦で日本を戦勝国へと導いた《大英雄》黒鉄龍馬……黒鉄の曾祖父にあたる人物だ。つまり黒鉄一輝も名家の出なんだよ。

 そしてその黒鉄の家の分家に『王峰』という家があってな、王峰一真はそこの()息子だ。

 幼い頃からの仲らしい。奴にはお前の言い様が、友達を侮辱したように聞こえたんだろうさ」

 

 「……でしょうね。冷静になって思い返せば、アタシも随分と言い散らかしてましたから」

 

 そう考えて改めてこれまでの経緯を思い返してみれば、全面的に自分が被害者とは言えなくなっていることに気付く。

 覗きの件は完全な事故で、2人は最初からこちらに非があったと頭を下げていた。そこに自分は感情の昂るまま言い募り、行き着いてしまった先がこの決闘。まして黒乃の話を聞いた後だと尚更にお互い様、誰の悪意も無かったはずなのだ。

 つまり………

 

 「全面的に理事長先生のせいじゃないの!!」

 

 「聞こえんなあ」

 

 教師らしく、と言った舌の根も乾かぬうちに大人の汚さを炸裂させる黒乃。

 うー、と全身から納得できませんオーラを放つステラの矛先を逸らすように、彼女は話題を強引に変えた。

 

 「そうだ、その王峰だがな。予定してた訓練が潰れて動き足りないとか言って、黒鉄を模擬戦に誘っていたぞ。黒鉄もそれを承諾して、ついさっき始めたようだ」

 

 「え?」

 

 ステラの思考が一瞬止まる。

 模擬戦に誘った?

 序列1位のAランクが、留年生のFランクを?

 そして……それを、受けた?

 

 「見に行くか? そうするならすぐにさっきと同じ訓練場に行くといい。()()()()()()()()()、すぐに終わってしまうぞ」

 

 

     ◆

 

 

 どちらが勝つにせよという、まるでFランクがAランクに対して勝つ目があるような言い回し。

 普段なら冗談として一笑に付すような文言だが、しかしあの男は言っていた───『黒鉄と()った経験が無かったら』、と。

 つまり黒鉄一輝は、自分より遥か格上なはずの相手にそう言わしめる程の経験を与える『何か』を持っていることになる。

 黒乃の言葉にただならぬ何かを感じたステラは全力で走った。

 途中自分の存在に気付いて写真を撮ったり声をかけようとしてくる者には目もくれず、暴風のような勢いで一直線に第3訓練場を目指す。

 

 そうして彼女は辿り着いた。

 入り口を駆け抜け階段を駆け上り、円形のリングを見下ろす観客席の手すりにぶつかるように停止したステラが見たものは────

 

 

 ───今の自分では着いていけない、遥か上の次元の戦いだった。

 

 

 『うおおおおおっ、凄ぇぇえええ!!』

 

 『おい、あいつFランクの留年生じゃなかったのかよ!? 王峰と互角じゃねえか!!』

 

 『嘘でしょ……あんなに強い人がいたの……!?』

 

 自分の時は全力ではなかったのだろう。魔力の軌跡を残しながらリングで舞い踊る王峰の動きは、さっきよりもずっと(はや)い。 脚を振るう度に能力の余波を受けた大気が鳴動し、地面を擦るだけで周囲が抉れる。瞬く間に無惨な変化をする地形の中で、尚も彼は淀みなく踊っていた。

 そしてその周囲を蒼い稲妻が駆け回っている。

 あの光の正体は魔力の光で、つまりあの稲妻の正体は黒鉄一輝なのだろう。

 なのだろう、とステラが微妙に確信できていない理由は単純。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 「《一刀(いっとう)修羅(しゅら)》」

 

 いつの間にか隣に立っていた黒乃がそんな事を言った。

 

 「黒鉄の伐刀絶技(ノウブルアーツ)だよ。自分の脳にある生存本能のリミッターを破壊して、1分間だけ自身の全てを数十倍にまで高める技だ。言葉にする度に正気を疑うな」

 

 「脳のリミッターを、破壊……!?」

 

 「曰く『100メートルを本当の全力で走るとしたら、走り終わった後に意識を保っているのはおかしい』、だそうだ。

 奴はとことんまで才能に恵まれなかった。努力だけでは才ある者にはいつまでたっても追い付けない。……だから、あいつは修羅になったのさ」

 

 天才だって努力している。

 だから才能のない身で努力しようが、差は広がることはあっても縮まりはしない。

 その事実から決して目を逸らさないまま、そうして彼は行き着いた。

 狂気と呼ばれる修練の果て、非才が天才と渡り合う、60秒間のシンデレラ。

 武を修める身として、ステラはそれに戦慄を覚える。己の本能すら屈服させるなんて、同じことができる人間がこの世に何人いる? いや、いない方が自然なのだ。

 では、何があの男をそうまでさせる──?

 

 「はぁぁあああああああああっっ!!」

 

 「シイィィィイイイイイイッッッ!!」

 

 スピードは一輝の方がやや勝っていたが、武器によるリーチの有利は皆無。1つ間違えば即敗北に至る蹴りの暴風を、一輝はこれ以上ないというタイミングで防いでいく。

 意地でも見逃すまいと目を皿のようにするステラはそこで気付いた。

 あの一真の蹴りは自分も喰らった『弾く蹴り』だが、その両脚は《踏破》の魔力を纏っていた。そうなるとその蹴りは防げない。防御しても()()()()()()()のだ。恐らくは『仕留める蹴り』よりも貫通力は弱いだろうが、それでも強大な衝撃を身に受けるはず。なのになぜあの男は防御を成功させている!?

 

 (そうか……ただ受けてるんじゃない。同じように脚の側面を弾いて逸らすように受けて、衝撃の方向を狂わせてるんだわ!!)

 

 脚を当てて引き戻す瞬間に自分も同系統の技をぶつけ、攻撃の矛先そのものを狂わせる攻撃的な防御。しかし一真としても、その防ぎ方は嫌と言うほど身に受けてきた。

 だから紛れ込ませる。

 『弾く蹴り』と全く同じモーションで、防御不能の本気の蹴りを叩き込んだ。

 

 「ッッッ!!」

 

 それを、一輝は刀で受けた。

 蹴りと能力の二重の衝撃(インパクト)を、一輝は力に逆らわず、全身を脱力させて丸ごと後ろに受け流す。それでも大きく後ろに吹き飛ばされた一輝を追いかけ、一真は更に追い討ちの蹴りを放つ。

 それと同時に、一輝は逆に前に出た。

 刀は刃の根元と柄の尻を掴み、抱えるように固定する。身体全体でぶつかるように突き刺す構えだ。急接近することで蹴りがジャストミートする間合いを外し、さらに身体の横に添えた刀で蹴りが変化しても防御が可能。

 

 完全に行動の虚を突いた完璧なカウンター。

 それを一真は、放った蹴りを易々と引き戻し、くるりと回転して流すように躱した。

 爪先を軸にした回転運動……そう、バレリーナの動きだ。

 

 2人の位置関係が逆転する。

 突進をいなされた一輝は一真に対して背中を晒し、そして一真は既に攻撃準備を終えている。

 回転運動から脚を高々と掲げ、そして一輝の脳天に振り下ろされたのは、1度ステラを沈めたあの踵落としだった。

 

 (決まっ───────)

 

 決まって───いない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、一輝は一真の《屈従の刻印(セルウス・シニュム)》を、最小限の動きで回避した。

 轟音を上げてリングが砕かれるのと同時、一輝は一真の腰を斬りつけた。

 最も回避がしづらい場所への攻撃を一真は跳びすさって躱すが、その動きがガクンと止まる。まだ地面から離れる前の一真の足を、一輝が踏みつけて地面に縫い止めていたのだ。

 

 ────最後の激突が始まる。

 

 バランスを崩した一真に、最後の好機と一輝が猛然と斬りかかる。

 しかし一真は自由な脚で空を踏みその推進力で足の拘束から脱出、一輝の頭上に踊り上がりあらぬ角度と方向から一輝の頭を砕こうとする。

 死角からのその攻撃を、またも一輝は読んでいた。

 僅かに後ろにステップして頭を狙った蹴りを躱し、そして彼も跳ぶ。脚が伸びきる刹那を突いて、一真の胴を断つべくその太刀を鯉が滝を登るが如く振り上げて─────

 

 

 

 決着はついた。

 やむなく両腕で受け止めたのだろう。一真の両腕には、一輝の刀が前腕を通過して上腕まで斬り落とすように深々と食い込んでおり………そして一輝の後頭部には、一真の踵が突き刺さっていた。

 

 一真は障壁を張った両腕を盾にして一輝の剣の速度を鈍らせ、刹那の時間を稼いだ。その間に蹴り終わって伸びた脚を折り畳み、一輝を膝の裏で挟むようなその動きで踵を彼の後頭部にぶつけたのだ。

 一輝も蹴って伸びた脚の側から至近距離まで接近し、蹴られないポジションに入り込んで斬るという周到さを見せたが……一真は規格外の長身だ。脚もそれに見合う位には長い。

 サイズが大きいということは、それだけ大量の筋肉を搭載できるということだ。それにAランクの魔力強化と《踏破》の力を合わせてそれなりの強さで、しかも後頭部という急所に当てさえすれば、大抵の伐刀者(ブレイザー)はそれで沈む。

 馬鹿正直に蹴らなくてもいい。体格と能力、恵まれた2つの天稟を掛け合わせた不意打ちであった。

 警戒の外から喰らった頭部への一撃は、一輝を沈めるには充分。

 受け身も取れず地面に落下した一輝は、心から悔しそうな笑みを浮かべて声を絞り出した。

 

 「………届かなかった、か………っ!!」

 

 「……おう。……今日は、俺の勝ちだ」

 

 そして響く審判の声。

 今日2回目の己の勝利を告げる声を聞き、一真は大きくガッツポーズをした。

 しかし、またも歓声は上がらない。

 ランクだけで考えれば順当な結果。しかし《幻想形態》でなければ両腕が落ちているほどの深手を学園の絶対王者に負わせ、勝利を喜ばせるほどに追い詰めた彼を思った通りの結末だと笑える者は誰1人としていなかった。

 

 「王峰の方は身をもって実感しただろうが、黒鉄も黒鉄でハンデ戦とはいえこの私に勝っている男だ。見ての通り、2人とも現時点で()()が勝てる相手ではないよ」

 

 「……はい、よくわかりました。……だけど解せません。アタシは皇族ですから、国家にとって強い魔導騎士の存在がどれだけ大切なものかよく知ってます。そしてそれは国家に魔導騎士の育成を任されている学園にしても同じでしょう。

 あれだけ戦える人間を、どうして留年させたんですか?」

 

 「ふふ、やれやれ。なかなか痛いところを突いてくる」

 

 ステラの指摘に、黒乃が苦笑いを浮かべた。

 

 「やっぱり、何か理由があるんですね」

 

 「まあな。………下らない、学園の建前だよ」

 

 

 そうして黒乃は全てを語った。

 名家に落ちこぼれとして生まれた一輝がどんな扱いを受けているか、その圧力で学園が彼をどう扱ったか……聞くだけで人間の善性を疑うような、黒鉄一輝のこれまでを。

 それを聞いた瞬間、ステラは自分の胸の中に焼けるような憤りを覚えた。

 

 「家名を守るために学園の規定すら曲げさせて、卒業すらさせないように……ッ? それが親の、教師のすることなの!?!?」

 

 「残念ながらそういう人間はいるんだよ。私が着任した際に、その手のクズは徹底的に排除したが……それであいつの1年が帰ってくる訳じゃない」

 

 しかし、と。

 

 「それでもあの男は腐らなかった。無力と謗られ、理不尽に潰され、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……そうして辿り着いたのが、あの光景だ」

 

 差し伸べられた一真の手を意地を張るように叩いて拒否し、一輝はふらつきながらも自分の足で立ち上がる。

 すると、今度は一輝の方から手を差し出した。

 その手の形が求めているものは、握手。

 どこか嬉しそうに苦笑した一真がそれに応じた時、思い出したように上がる歓声と拍手に包まれた彼らは、紛れもなく『対等』だった。

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