壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第60話

 ゲートから出てきた刀華が歓声に出迎えられる。

 全身に緊張を行き渡らせながらも適度に力の抜けた立ち姿はこれから戦いに臨む者として理想的なコンディションだ。初っ端からやる気のなかったどこかのデカブツとはえらい違いである。

 そして対面のゲートから現れたのは巨大なシルエット。

 背に主人を乗せた黒色の獅子が、遠雷のような唸り声を鳴らす。

 

 『青ゲートからは暁学園1年・《魔獣使い(ビーストテイマー)》風祭凛奈選手! その能力は隷属と使役、彼女の首輪は凡夫すらも一流の戦士に変えてしまう!!

 虎に翼ならぬ獅子に剣! 女王の号令はこの戦場でも一騎当千を生み出してしまうのかぁあ!?』

 

 スフィンクスの背で自信満々の笑みを浮かべる彼女と《鳴神》の柄に手をかける刀華の視線が交錯する。

 強烈な獣の匂いがした。

 今にも飛びかからんと漆黒の巨躯を低く丸めるライオンからだけではない。集中力を刀の静かに静かに研ぎ澄まし、野蛮な闘気を揺らめかせる刀華からも。

 いま向き合っているのは正真の獣とその内に獣の本能を宿す者、闘争を至上とする非合理の生物である。

 

 『では! 七星剣武祭1回戦、第3組の試合を開始いたします!

 ──────試合開始(LET's GO AHEAD)!!!』

 

 「ガアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 合図と共にライオンが吼えた。

 軽トラック程もある身体のバネが一気に解き放たれ、脆弱な人間の身体など10回殺して余りある爪と牙が最短距離で刀華に襲いかかる。

 地面を蹴ってから接触まで、時間にして1秒もない。

 一本一本が片手剣のようなサイズのスフィンクスの爪牙は、しかし何に触れる事もなかった。

 ガヂィィン!!!とエナメル質同士が激しく衝突する音。渾身の噛みつきが獲物がいたはずの空間で盛大に空振った。

 躱されたのだ。

 獣の嗅覚と聴覚が刀華の場所を特定、即座に自分の右側に剛腕を振るうが、その攻撃も派手な風切り音を上げるだけに終わる。

 苛立たしげな咆哮と共に前脚を振り回すも、爪の先を服に引っ掛けることすら出来ない。ひらりひらりと刀華はスフィンクスの攻撃を避け続けていく。

 

 『当たらない当たらない当たらない! 東堂選手、一撃喰らえば致命打必至のラッシュを軽々と回避している! その様子に一切の危なげはありません、まるで風に舞う花弁のような軽やかさです!』

 

 『後ろに退かない立ち回りも正解ですね。しかしあの身体能力を前に淡々とそれを実行できるのは流石の実力と言えるでしょう』

 

 「そりゃそうだろなァ。当たり前だが振りがデカすぎる。獣が武術をやる訳もなし、いくら速くてもあの(リバースサイト)の前じゃテレフォンパンチもいいとこだ」

 

 「退かないのが正解っていうのは?」

 

 「《獣王の行進(キングスチャージ)》だよ。パワーにスピード、サイズの圧にビビって逃げれば音速超えの追撃を喰らう。

 ゴリ押しもこのレベルになると厄介だ、機動力は張り付いて封じるに限る」

 

 ちょろちょろと逃げ回る獲物に焦れたが、スフィンクスがさらに踏み込んだ手段に打って出た。

 左右から挟み込むような爪撃で横方向への回避を封じつつ噛みつき(バイティング)。人の上半身を易々と消失させるサイズの顎門が刀華に迫る。

 だが。

 

 「まず口の中だろ?」

 

 バヂィイン!!!と空気が爆ぜる猛烈な音。

 一真の言葉と示し合わせたように刀華の《鳴神》から電気が迸り、開かれたスフィンクスの口内を直撃した。

 濁った悲鳴と共にスフィンクスは攻撃を中断。口を押さえるように身体を丸めてしまい、その隙に刀華は再び雷撃を放つ。

 狙いは勿論、背中に跨っている風祭凛奈だ。

 

 「っ! 退くのだスフィンクス!!」

 

 しかし主人の指示にライオンは迅速に反応、四肢に力を込めて地面を蹴る。獣の瞬発力で爆発的な勢いで後ろに退いた直後、空を裂く稲妻がスフィンクスの眼前を掠めた。

 凛奈の命令は的確だった。

 後ろに下がり攻撃を躱すと共に距離を確保、張り付かれ封じられていた機動力を取り戻す。

 それ即ち、獣の身体能力が十全に発揮される環境が整ったということ。

 

 「走り回れ! 奴を掻き乱─────」

 

 「まァ雷の方が速いわな。で、()()()()

 

 スフィンクスが駆け出そうとした瞬間に飛来する扇状の電撃。刀華の《雷鷗》だ。

 しかしその狙いはライオンの巨体ではなく、その上にいる凛奈。

 標的が主人であることを瞬時に察せたのは獣の本能だろうか。スフィンクスは後脚で立ち上がって背中を隠し、我が身を盾に凛奈を守る。

 直撃。

 感電した獣の動きが呻き声を上げて一瞬硬直した。

 

 「後は剥き出しになった弱点を・・・・・・」

 

 ─────その懐に刀華はいた。

 スフィンクスが退がると同時に前に駆け出していたのだ。

 予備動作の隠せない獣の行動など彼女の《閃理眼(リバースサイト)》の前では筒抜けなのだから。

 刀華は両腕を伸ばしてスフィンクスの胸に抱き付く。

 しかし彼女が真に腕に抱えているのはライオンの胴体ではない。その更に内側、皮と骨を超えて肉の中にあるものだ。

 両手の平に魔力が集まり、まるでそこに一本の道があるかのように電撃が彼女の両手を一直線に結んだ。

 

 「《衝閃掌(しょうせんしょう)》」

 

 ドンッッッ!!!と重低音。

 がくんと大きく痙攣したスフィンクスが硬直。

 しばし立ったまま固まった後、泡を吹いて倒れ伏した。

 

 「で、終わり」

 

 『仕留めたぁぁあああっ!! 先の暁学園のエントリーを賭けた戦いで猛威を振るった巨獣を呆気なく倒してしまいました!!』

 

 『心臓を狙いましたね。あのサイズに加えて分厚い毛皮、素直に電気が通るかは怪しい。だから内面を狙った訳です。直接触れれば魔力防御も意味を為さなくなりますからね』

 

 「彼女がどう動くか分かってたの?」

 

 「分かってたっつーか、刀華の視点で大凡(おおよそ)の最適解がこれだろうって予想しただけだよ。最小限で最速を考えればああなる」

 

 やや驚いたらしいサラの問いに彼は何でもない風に答えた。

 しかしあの技、どうも試作品の匂いがするなと一真は思う。

 「大きな相手に潜り込んで」「防御が意味を為さない距離で」「一撃で仕留める」というあの技のコンセプトを並べてみると、何か非常に心当たりがあるというか・・・・・・。

 流石に自意識過剰かもしれないが、得物の刀を手放さねばならない点で剣客の技としては不完全だ。

 相手のサイズと力量的に使えそうだから使ったのかなと考えている内に、もう決着が着こうとしていた。

 スフィンクスの背中から落ちて尻餅をついた凛奈へと、白銀に輝く刀身が真っ向から振り下ろされ──────

 

 甲高い音を立てて弾かれた。

 

 「・・・・・・夢にも思わなんだぞ、雷光の戦姫よ。よもや初戦から我が漆黒の右腕(マイフェイバリットアーム)、暗黒の力、邪王呪縛法の恩恵を一身に受け、罪の色にその身を染める暗き刻印の騎士の力を見せる事になるとはな!」

 

 「お嬢様は『たすかったよ! ありがとうシャルロット!』とおっしゃってきます。

 いえいえなんのこれしき。わたくしはお嬢様の専属メイドにして、《剣》であり《盾》なのですから」

 

 「・・・・・・やはり、いましたね。()()()()

 

 キリキリと刃が軋る音。

 凛奈と刀華、2人の間に割り込んだエプロンドレスの少女シャルロット・コルデーが刀華の《鳴神》を受け止めていた。

 しかし刃を阻む彼女の左手には何も握られていない。

 人差し指1本。

 研ぎ澄まされた技と鋼を受けるには脆弱過ぎる部位で、しかしシャルロットの顔に苦悶はない。

 生身ではない。何かがある。そう判断した刀華は後ろに跳び下がりながら《雷鷗》を連発、最大限の密度の弾幕でシャルロットの防御のタネを暴きにいった。

 ─────そしてその狙いは、無事に果たされる事になる。

 

 「咲きなさい。《一輪楯花(いちりんじゅんか)》」

 

 シャルロットが唱えると同時、稲妻の斬撃が爆散した。

 攻撃で相殺されたのではない。シャルロットは一歩も動かないまま、ただ透明な何かに阻まれたのだ・・・・・・少なくとも《雷鷗》では微動だにしない強度の何かで。

 破裂した電光が浮かび上がらせるシルエットがその答えを明らかにした。

 

 「成程。バリアを張る能力・・・・・・それが貴女の、いや、貴女が与えられた力という訳ですか」

 

 「ご明察。わたくし先程も申し上げました通りお嬢様の専属メイド、シャルロット・コルデーと申します。以後、お見知り置きを」

 

 自分の能力とそれが与えられたものであることを言い当てた刀華に、シャルロットは素直に賛辞を送る。

 誇示するように反らされた首には、黒く輝く革が巻き付いている。

 それはまさしくスフィンクスの首に付いていたものと同じ、凛奈の《隷属の首輪》であった。

 

 

 『彼女もまた《魔獣使い(ビーストテイマー)》という他者を操る伐刀者(ブレイザー)霊装(デバイス)という扱いになります。故に反則にはなりませんね』

 

 「《神々の戦場(ヴァルハラ)》の命を受けし法術師たちよ、速やかにスフィンクスを蘇らせるのだ!! 我と闇の絆で結ばれし忠臣が一柱、喪うことなどあってはならん!!」

 

 この横入りは反則ではないかという実況の叫びと観客のブーイングが解説により嗜められる。

 そしてシャルロットの通訳曰く助けて! スフィンクスが死んじゃう!といった内容を叫んだ凛奈だが、待機していた救護班の面々は二の足を踏んだ。

 外傷ならiP S再生槽(カプセル)なり治癒魔術なりでどうにでも出来るが、感電による心室細動は魔術では対応できない。

 もちろん救護班の中には蘇生技術に精通した者もいるしAEDもあるのだが、このサイズのライオン相手に施術することを想定している訳がない。

 最初に動いたのは結果として狼狽えるばかりの彼らではなく、観客席から飛び降りた王峰一真だった。

 

 「き、君! 何を」

 

 「回収に来ただけだ。乱入はしねえよ」

 

 制止の言葉を聞き流してリングに上がる一真は、泡を吹いてうつ伏せで痙攣しているスフィンクスの背中に乗る。

 そして先程の刀華の攻撃から心臓のおおよその位置を割り出し、その直上に位置する場所に足を置いた。

 そして、

 

 「ふんっっ!!」

 

 「ッッッ!? ゴッ、ガファッ!!!」

 

 ()()()

 背中で発生し腰で捻りを加えられた勁力が、脚で爆発的に増幅されて背中から心臓へと捩じ込まれる。

 恐ろしく強引な心臓マッサージを受けたスフィンクスが叩き起こされたような勢いで息を吹き返した。

 意識が現実世界に帰還したスフィンクスは現状を把握、即座に起き上がって戦闘に復帰しようとした。

 が、そこで気付く。

 主人の前にエプロンドレスの少女が、既に敵の前に立ちはだかっている事に。

 動きを止めたスフィンクスの肩を、丈高き少年がポンポンと優しく叩いた。

 

 「よく守った。後は『先輩』に任せときな」

 

 「うむ。スフィンクスよ。大義であった」

 

 敗北を悟ったスフィンクスは静かに彼女らに背を向ける。

 ヘコむなよ、と頭を撫でる一真に小さく応えるように鳴き、獅子は項垂れるようにリングを去った。

 カズくん今サラッと凄い事したなぁ、と眼前の敵への集中の裏でそんな事を思う刀華の前で、シャルロットは優雅に両手を広げてみせる。

 同時に彼女の前の空間が桃色の輝きを放ち始めた。

 それは花の形をした盾だった。

 

 「流石の苛烈さですね《雷切》。試すのではなく攻め気によってわたくしの能力を探りにくるとは。───ですが、貴女は1つ思い違いをしている」

 

 「思い違い?」

 

 「わたくしはお嬢様の盾にして剣。《一輪楯花》は防御のみに特化した能力ではないという事です」

 

 瞬間、シャルロットの両手が細長い光を纏った。

 その正体は能力で生み出したバリアだ。

 ただしその形状は防ぐ円ではなく、剣の形をしている。

 刀華がそれを理解すると同時、シャルロットは猟犬のように駆け出した。

 

 「《花剣・竜舌蘭(りゅうぜつらん)》」

 

 「っ!」

 

 振り抜かれた刃を《鳴神》で防ぐ。

 剣士の動きではない。しかし無駄を削ぎ落とし洗練された体捌き。

 受け止めた刃から伝わる恐ろしく硬質な手応えに柄を握る腕に痺れすら走った。

 そこから立て続けに襲いかかってくる桃色の刃を弾き返すが、一刀に対して相手は謂わば二刀流。反撃に転じるには手数が足りない。

 だがその程度でジリ貧になってしまうほど刀華は可愛げのある女ではなかった。

 シャルロットは手段を誤った。

 刀華を相手に結界とまで称される彼女の間合いで打ち合うのは明らかな愚策だ。

 相手の動きを先取りする《閃理眼(リバースサイト)》に斬撃の軌道を自在に曲げる《稲妻》、そして何よりも一刀必殺の《雷切》。

 さらに彼女の電気は()()()()()()()()()()()()

 前年の七星剣王・諸星雄大でさえ彼女の間合いに入らない事を徹底していたのだ、刀の間合いにおける彼女の絶対性は恐るべき水準にある。

 だが。

 

 (効いてない・・・・・・!?)

 

 シャルロットはそれには当てはまらなかった。

 接触のたび幾度も弾ける電光に晒されながらも、彼女は僅かほども表情を崩さない。

 そう─────彼女のバリアが防ぐのは衝撃だけではない。熱や電撃に対しても強い抵抗を持っている。

 そのバリアを全身に纏うことで、シャルロットは刀華の電撃をシャットアウトしているのだ。

 己の能力が完全に防御されている事に緊迫が走ったその時、シャルロットが大きく退いた。

 不利な状況ではなかったはず。

 むしろ敵の焦りにつけ込んで攻め気を出してもいい局面だ。

 思わぬ行動で刀華に刹那の『虚』が生まれたその時、シャルロットの手に複数の桃色の光が発生した。

 

 「加えて、《銃》としても。素敵でしょう?」

 

 刀華の『虚』を突くように、扇状に構えたその光を投擲。

 その正体は限りなく薄く伸ばした《一輪楯花》だ。

 数十枚一気に飛んできた刃の礫を刀華は慌てて横に走って回避、避けきれなかった分は刀で打ち飛ばす。

 そこに斬りかかってきたシャルロットと再び打ち合いになり、立て続けに衝突し合う鋼と盾が鳴き叫ぶ。

 それを見ていた一真の元に、打ち飛ばされた花弁の一枚がくるくると回りながら飛んできた。

 それを指で挟んでキャッチした一真は、試しに魔力を込めた指先で花弁の破壊を試みる。

 

 この薄さなのにビクともしなかった。

 

 「・・・・・・・・・、」

 

 ややムキになって身体強化のみで壊そうとしても罅1つ入らず、終いには《踏破》の魔力を込めて握り潰した。

 恐るべき強度だった。

 力に対する剛性は一級品な上、電気に対する耐性も強い。

 加えて全身に纏える能力の柔軟性。

 光の粒になって消えゆく花弁を放りつつ激烈な火花が撒き散らされるリングを見て、一真は幼馴染に語りかけるように呟いた。

 

 「・・・・・・どうする? 天敵みてえだぞ」

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