そして試合は滞りなく進んだ。
黒鉄王馬が一蹴し、サラも順当に勝ち進む。流石に実力者揃いなだけあって、一真のいる《暁学園》勢力は順調にコマを進めていた。
そしていよいよ、ともすれば王峰一真やステラ・ヴァーミリオンよりも注目を集めていたかもしれない男がとうとうリングに上がる。
彼が姿を現した途端、会場は一際大きな歓声に包まれた。
『さあ次のカードも目が離せません! 向かい合うは破軍学園1年・《
圧倒的な引き出しを誇る剣技と全てを反射する最強の盾、果たして勝利はどちらの手に渡るのでしょうか!?』
「・・・・・・ここで俺たち《暁》は2枚落ちかァ。まあ流石に当たった相手が悪かったな」
「ほう。あの《不転凶手》が敗れると?」
「そりゃそうだろ。相手がイッキだ」
さも当然のように
もちろん黒鉄一輝が只者ではない事は全員知っているが、しかし一真のように彼が勝つという確信に足る根拠は持っていない。むしろ裏稼業として多々良の実力をよく知っているだけに一真の言葉には懐疑的だ。
訝しげな顔をした風祭凛奈は、至極もっともな推測で一真に反論した。
「《
如何に剣技に優れようと《
物理的な攻撃手段しかなく動きまで見切られるとなれば、相手が悪いのは向こう側だと思うが?」
「カタログスペックだけならな。アイツの強さは箇条書きにゃ出来ねえ。『剣技』の項目から無限に枝葉を伸ばす樹形図だ」
向き合う2人がそれぞれの
ギャリギャリと叫ぶ《地摺り蜈蚣》に怜悧に輝く《
張り詰めていく空気の中で背もたれに身体を預け、樹脂のベンチを軋ませながら一真はのんびりと歌うように凛奈に言った。
「・・・・・・ま、見てな。枝葉の先端くらいは解説できるからよ」
『それではいよいよ試合開始です!!
「ギャハァァアアアーーーーーーッッ!!」
開始と同時、多々良は猛烈な勢いで突っ込んだ。
血と肉の味を求める舌をべろりと出して、防御を考慮せずただ全力で斬りかかる。
それを受けた一輝は細く息を吐き、そして
そして迷う事なく右に斬りかかる。
空気を引き千切り襲い来るチェーンソーを、一輝がステップで回避した。
「ギギギッ、見えてんだよぉぉおお!!」
「っ、」
歯を剥いて笑いながら多々良はさらにチェーンソーを振るう。
それに対して一輝はガードをしなかった。
屈み、反らし、小さく跳んで唸る刃を回避していく。斬り結ぶべき刀は身体の横に構えられたまま振るう事も出来ていなかった。
一太刀また一太刀、駆動する殺意が掠めるたびに髪や服の端が少しずつ削られていく。
『おおっと、最初からかなり一方的な展開だ!? 黒鉄選手、反撃に転じる事ができません! 多々良選手の猛攻を辛くも凌ぎ続けています!!』
『迎え撃とうにも《
「ほら見ろ。解説もああ言っているではないか」
「うん? 劣勢に見えるか」
防御も反撃もする気配もなくただ回避に専念する様は確かに不利なように思えるだろう。
否、その逆だ。
一輝の方こそ多々良の動きが見えている。
それどころか彼女の動体視力に捕まらないよう髪や服に掠めるほどに寸前で回避するという余裕すらあるのだ。
(とはいえ予想以上だな。予備動作無しでの《蜃気狼》も驚かされたが、多々良の奴、純粋に『視えて』いやがった)
「ふッ!!」
その時、鋭い呼気と共に一輝の方が斬りかかった。
だが当然多々良の攻撃は緩まない。
それどころかその反撃を《
それは先のシャルロットと同じ。
防御を動体視力と能力に任せ全ての力を攻撃に回す、決して後退せず敵を圧殺するその様を人は《不転》と呼んだのだ。
─────だが、一輝はそこで終わらない。
反射された力を円運動に変えて多々良の攻撃を躱しつつ、その力を乗せた一撃を彼女へと見舞う。
「あン?」
が、やはり通るはずもない。
反撃としては見事だろうが、彼女の目には見えている。
多々良は返しの一撃を反射しながらチェーンソーを振るい、一輝はそれを躱しつつまた反射された力を増幅して多々良に返す。
その繰り返しだった。
「無駄だっつってんだろォお!!」
多々良の攻撃がさらに苛烈さを増す。
縦横無尽に空間を引き裂くチェーンソーを紙一重で回避し続ける一輝は尚も反撃を繰り返していた。
その動きはだんだんと剣術からは離れていく。
反射された力を体内で循環させ多々良に返しつつチェーンソーを回避する円の動きは、ある種のダイナミックな舞踊にも見えた。
『当たらない当たらない! 両者の攻撃が悉く当たらない! 多々良選手の猛攻に黒鉄選手の反撃、どちらも退く気配がありません!!』
『1度でも弾き損ねるか躱し損ねるかすれば痛烈な一撃を貰うでしょう。これはどちらの集中力が先に切れるかの勝負ですね』
(チッ、うざってェな)
率直に多々良は舌打ちをした。
確かにこれだけの芸当をやってのける技量があればこういう戦略も可能だろう。
ここで問われるのは集中力だけではない─────得物を振り回し続ける身体的な持久力。
攻撃の反射という真っ向勝負を完全否定する能力を相手に『持続力』という別の土俵に持ち込み、真っ向勝負で勝とうとする矛盾。
そしてそこに持ち込んだということは、この土俵なら勝てる自信があるということだ。
付き合う道理はない。
そう考えた多々良は1度押し返して距離を取ろうと自分の前面に障壁を──────
張れなかった。
想定外の速度で飛んできた《
思わぬ反撃に押し返すタイミングを逸した彼女に更なる反撃が襲い掛かる。
それを反射して再び押し返そうとするも、それを阻むように更に速い攻撃が飛んでくる。それを反射して反射して反射して、とうとう反撃の速度と密度は多々良が防御に専念せねばならない程の域にまで至った。
───ヤバい。
全身を総毛立たせた多々良が『反射』を諦め、全力で後ろに跳んだと同時に─────
ヒュォ、という耳を澄まさなければ聴こえないくらいに小さな風切り音。
誰の目にも映らなかった喧騒すら断つようなその一閃に、全員の息が止まる。
《不転》が退いた。
その首に横一文字の赤い線が入り、そこからたらりと血が垂れる。
冷や汗は一瞬遅れて噴き出した。
あと少し遅ければ動脈か喉笛を切り裂かれていた。
「テメェ・・・・・・
「ご名答」
『競り勝ったぁぁぁああ! 黒鉄選手の反撃の前に《不転》が退いた! 圧倒的な相性不利を前にして《
「な、何が起きたのだ!? あの男の攻撃、我が《
「いやお前の目は常人のそれだろうよ・・・・・・
一真が言うのは第三秘剣《
一輝は反射された力に、
それによって反射される度に少しずつ力と速度が累積されていき────最終的に多々良の動体視力を置き去りにした。
精神と身体の持続力の勝負と思わせておいての、突然の一閃。
回避されてしまったとはいえ、戦いの最中の心の虚を突く見事な戦略だった。
(とはいえ《円》はただ相手の力を返すだけの技だったはずなんだがなァ・・・・・・。自分の力もプラスするってお前、ちょっと前までそんな事出来なかったじゃねえか・・・・・・)
ライバルの成長が想像以上に早い。
───さて、多々良はここからどうする?
多々良の能力は、強力無比だが『芸がない』タイプだ。攻略法を持つ相手に状況をひっくり返すのはかなり難しいだろう。
彼女の強みといえば乱撃戦だが、さっきのように打ち合ってはそれこそ今のようなカウンターに怯え続けることになる。
まして相手が自分の攻撃を掠めるような精度で回避し続けるような使い手だ。
何かしら別の戦法を取らないと、それこそジリ貧なのは多々良の方になってしまうが・・・・・・
「ギギ。ちったぁやるみてェじゃねえか。・・・・・・なら、もうちょいギア上げていかねェとな」
戦慄はもう止まっている。
口元を凶悪に歪め、多々良は前傾姿勢を取った。
加えて身体を捻りチェーンソーを背中側まで引き絞る完全な突撃体勢だ。
恐らくは、来る。
ギアを上げるという言葉に違わぬ何かが。
一輝はこれに対し油断なく構え、その姿勢から繰り出されるだろうあらゆる攻撃を想定。その全てに対する応手を脳内で確定させた。
そして、来た。
想定通りの踏み込み、想定通りのモーション、想定通りの一撃が──────
─────想定を超過するスピードで。
「うわッッッ!?」
咄嗟に仰け反る。喉仏の皮膚が削られた。
まるで先程の意趣返しのような一振りを見舞った多々良は既に一輝の横を抜けてその背後に回り込んでいた。
直後、殺気。
一輝が横に跳ぶと同時、彼の右脚があった場所をチェーンソーが通過。瞬きの間に方向転換した彼女が、今度は横から斬りかかってくる。
その時、彼女の姿を一瞬だけ視認した一輝は確かに見た。
『こっ、これはどういう事だあっ!? 多々良選手が恐ろしい速度で突撃した直後、ピンボールのように空中を飛び回っています!! 黒鉄選手、完全に囚われてしまった!!』
『・・・・・・《
そして別方向に生み出した障壁に着地してその衝撃を反射、ノータイムで跳ね返ることで飛び回っている。
もし着地ではなく障壁を蹴れば生まれる力は直前の2倍、指数関数的に速度が伸びていく。
そうして爆発的に増幅したエネルギーによる一撃は、僅かでも対処を誤ればそれだけで勝負を決するものになるでしょう。
多々良選手の尋常ならざる動体視力があって初めて成立する、恐ろしい力技です』
もうフットワークという隙の大きい動きは出来ない。
攻撃を受け止めた次の瞬間には全く逆の方向から凄まじい重さの
よろめくだけで命取り。
受け止め損ねればもう終わり。
破壊力を増していく必殺の一撃が、間断なく一輝に襲いかかる。
「《
もはや残像すら捉えられない。
口に出された技の名前すら掻き消す速度で、多々良は鳴き叫ぶ刃を握り締めてリングの上を飛び回った。