壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第63話

 ギャギャギャギャギャ────!!!と。

 間断なく打ち鳴らされ一続きになった戟音は、奇しくも多々良の哄笑と似ていた。

 対する一輝はフットワークで回避するのではなく、受けた力を流す形で四方八方からの斬撃をガードする。

 チェーンソーを《陰鉄(いんてつ)》で受け、エネルギーを横に逸らしつつその力を利用し足を滑らせるようにして身体を半回転。常に多々良を自分の正面に収め続けているのだ。

 僅かでも対応を謝れば死角から引き裂かれる刃の乱舞を正確に受け止めるその技量は流石の《無冠の剣王(アナザーワン)》だが、ジリ貧な状況には変わりない。

 叩き付けられるチェーンソーと刃の回転、ベクトルの違う二つのエネルギーは確実に一輝の手首と握力に負担をかける。

 武器を扱う者の要を削られていく以上、彼に求められているのは早期決着だ。

 横薙ぎに首を刈る軌道で振るわれたチェーンソーを切り上げて弾き、そして力を斜め後ろに流した瞬間。

 

 「らァっ!!」

 

 ()()()()()

 すれ違いざまに飛んできた爪先を咄嗟に首を振って回避、靴に掠めた皮膚が削れる。

 次の瞬間には彼女はもう背後から迫っている。再び彼女に正面から向き直って次の攻撃を流そうとして─────多々良の身体が、左右にブレた。

 

 「っ!?」

 

 ギリギリのところで防いだが、一輝の背筋に冷たいものが走る。

 多々良は接触の瞬間、新しく出した《完全反射(トータルリフレクト)》の障壁を踏んで小刻みに軌道を曲げたのだ。

 通常ならどれだけ身体を鍛えようが制御を失うような無茶な挙動。しかし彼女の動体視力はその動きを完璧に把握する。

 突進一辺倒ではない、この殺しの技術の複合体こそがこの《空間反射(エリアルリフレクト)》なのだ。

 

 「オラオラどうしたァ!! 引き篭もってんじゃねえぞ亀がよォ!!」

 

 「あれは厄介ね・・・・・・。今のところの速度はトマル先輩の方が上だけど、助走が必要ない上に小回りが効きすぎる。能力無しで相手するのは厳しいわよ」

 

 「しかし攻撃そのものは一度も受けていません。後はお兄様がいつ彼女を読み切るかという問題ですが、いずれにせよあの障壁をクリアしなければならない。お兄様が負けるとも思いませんが、相性はやはり最悪の部類ですね」

 

 黒鉄一輝が《完全反射(トータルリフレクト)》を突破するにはどの方法が最良か。

 ────先程やったように力を累積した《(まどか)》で多々良の目を振り切ればいいと思うだろうが、それは難しい。

 一度見せた手である以上、向こうはそれを警戒しているだろう。

 それに力を累積するには相手の攻撃のリズムが重要なため、今のように蹴りや軌道の変化を繰り返されると力を循環させるリズムが狂ってどこかで破綻しかねない。

 では、やはり《一刀修羅(いっとうしゅら)》で畳み掛けるか?

 いいや、それも否だ。

 それこそ悪手・・・・・・という程でもないが、かなり博打な成分を含む。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 対空技を持たない一輝はこれをやられると為す術がない。

 説明するまでもないがピーキーな技だ、最初の頃みたいに使用後にぶっ倒れるなんて事にはもうならないが、使用後に残るのは全てを出し尽くした抜け殻。

 とても多々良と戦える状態ではない。

 そして彼女は《一刀修羅(いっとうしゅら)》の発動を見てから空に逃げ、のんびりと1分間待ってからゆっくり仕留めればいいのだ。

 発動直後に逃さず捕まえるにしても《完全反射(トータルリフレクト)》が邪魔すぎる。

 つまるところ黒鉄一輝は、ジャンケンのグーでパーに勝たねばならない訳だが─────

 決着は直後に訪れたのである。

 

 多々良が背後から飛んできてチェーンソーを振り下ろそうとした瞬間、身体を反転させた一輝の目が真っ直ぐに多々良を貫く。

 既に攻撃準備を終えた体勢だ。相手の思考を読み切ってしまえば迎撃の準備は容易いという事だ。

 ─────だからどうした。

 多々良の動きに一切の躊躇いはない。

 向こうの攻撃が通じないのは分かりきっているのだから当然だろう。フェイントも何も仕掛ける様子もなく、ただ真っ直ぐに《陰鉄(いんてつ)》を突き出してくる一輝に多々良は哄笑を上げながら吶喊して。

 

 多々良は一輝の剣を見失った。

 しかし彼女が思考できたのはそこまで。

 なぜ自分の目が彼の剣を見失ったのか、そしてなぜ自分の思考がそこで途切れてしまったのかを、多々良が理解する事は出来なかった。

 

 「・・・・・・は?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 獲物を狩る笑みを浮かべたままの多々良が、口の中から首の後ろまでを貫かれたまま疑問符らしき一音を発する。

 そのまま一輝は手首を返し、多々良の延髄を貫通している《陰鉄(いんてつ)》の刃を横に寝かせて、そしてそこから振り抜く。

 首を半分切断された多々良の身体が、鮮血を派手に撒き散らしながらリングに落っこちた。

 束の間の沈黙。

 一輝が《陰鉄(いんてつ)》を振って血を払い残心の構えを取った瞬間、審判が思い出したように慌ててジャッジを下した。

 

 『試合終了ォォォオオッッ!! 勝者・黒鉄一輝選手──────!!! 一体何が起こったんだ!?

 全ての攻撃を跳ね返すはずの多々良選手の障壁が貫かれてしまった─────!!』

 

 『・・・・・・恐ろしい選手ですね。ハッキリ言って予想外の反撃でした。()()()()()()()()()()()()()、初戦ながらに我々は黒鉄選手を甘く見積もっていたようです』

 

 『牟呂渡プロ、それはつまり!?』

 

 

 「・・・・・・あー、はいはい。そういう事か・・・・・・」

 

 能力的に何の搦め手も持たない彼が《完全反射(トータルリフレクト)》を正面突破。

 その光景にしばし呆気に取られていた一真の思考が、何かに思い当たったように再起動した。

 

 「《蹄鉄の暴王(カリギュラ)》よ。お主は理解できたというのか? 今の雨が大地から空に降るが如き矛盾が」

 

 「ああ、今理解(わか)った。ありゃ矛盾でもねえ。一輝はあの障壁を、破るべくして破ったんだ」

 

 ちっと複雑な話になるぞ、と一真は前置きした。

 

 「《完全反射(トータルリフレクト)》ってのは受けた攻撃をそのまんま反射する伐刀絶技(ノウブルアーツ)だろ?

 つまり障壁の攻撃力や強度は、接触した攻撃の強さに依存する。ここまではいいか?」

 

 「うむ」

 

 「イッキはそれを逆手に取った。自分が放った刺突が《完全反射(トータルリフレクト)》に接触したと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 障壁を模した右手の平に、刀を模した左の人差し指で触れる。簡単なジェスチャーを交えて説明は続く。

 

 「そうすると《完全反射(トータルリフレクト)》に接触する力はごく僅かになる・・・・・・つまりその瞬間だけ、必然《完全反射(トータルリフレクト)》の攻撃力と強度はそれを反映した貧弱さになるだろ?」

 

 「あ、そうか! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 「その通り。言葉にすれば簡単かもしれねえが、この緩急に許された時間なんて蚕の糸ほどの余裕もねえ。・・・・・・この場の誰より剣技を極めた、まさにアイツならではの攻略法って訳だ」

 

 「ククク、成程。《一刀修羅(いっとうしゅら)》を使うまでも無いと。人間の技で超常を沈めるか・・・・・・そうか、今代の《神殺し》を背負う者は・・・・・・・・・」

 

 一真の説明に昂り思春期(じぶん)(せかい)に入り始める風祭だが、徐々にその表情に怪訝なものが混ざる。

 そして芝居のように眼帯を覆っていた手を顎に当て、こてんと首を傾げて彼女は問うた。

 

 「・・・・・・・・・もっと簡単な方法は無かったのか?」

 

 「()()。お前が言った通りに《一刀修羅(いっとうしゅら)》を使えば、たとえ多々良が空中に逃げようとしても速度に任せて押し切れただろうな。アイツの動体視力だって無敵じゃねえ、手数で処理能力をオーバーフローさせる事も出来たと思う。

 ()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()。アイツの《完全反射(トータルリフレクト)》、性質からして継続的な加圧には弱いだろ。

 飛び込んできた所を捕まえて寝技(グラウンド)に持ち込んじまえば後はもう締め落として終わりなんだから」

 

 「《無冠の剣王(アナザーワン)》がそこに思い至っていなかったという事か?」

 

 「いやァそれは無えだろ。そういう武術的なアドバンテージに、俺が気付けてアイツが気付かないなんて事はまず有り得ねえ。

 アイツはそういう選択肢を全て頭に入れていた上でわざわざあの方法を採ったんだ」

 

 「・・・・・・・・・・・・何故?」

 

 「それは流石に分かんねえなァ・・・・・・」

 

 2人揃って首を傾げる。

 不必要に高難易度な技を使った事に合理的な理由も無かったとするのなら、考えられる目的は己の力の誇示。あるいは周囲への挑発。

 だとしてもおかしい。

 戦いにおいて黒鉄一輝は合理的な男だ。()()()()()のこの大会で、わざわざ自分に対する警戒を高める真似をする道理がない。

 つまりは何らかの心境の変化があったのだろう。

 あの凪いだ泉のように穏やかな男がああも好戦的、いやさ粗暴な真似をしてしまうきっかけとは・・・・・・?

 

 「・・・・・・・・・・・・俺か?」

 

 いやいやまさか、と。

 流石にそれはないだろうと首を横に振ろうとした瞬間、強烈な寒気。

 静かな殺気を孕んだ一輝の去り際の流し目が、確実に一真を貫いていた。

 煽られたらしい。この程度は容易いぞ、自分はお前に届くだけの牙を持っているぞと。

 ─────ああ、なるほど。

 ─────怒りを腹に収めて流したんじゃなくて、逆に燃やして原動力にしてたのか。

 ホテルの中庭で聞かされた南郷の言葉を思い出しながら、一真は静かに空を仰ぐ。

 ここまで燃え広がった炎に対して、それを放った自分はそれに相応しいくらい強くなれているのだろうか。

 月影総理の思惑といい自分を取り巻く包囲網といい、ただ殴り合って優劣を決めるシンプルな催しによくもここまで因縁が絡むものだ、と彼は難しい顔をして考えていた。

 

 

 ステラについては最早語るまでもあるまい。

 己の視線の焦点とその周囲を一瞬で絶対零度の棺桶に叩き込む鶴屋美琴(つるやみこと)の《死神の魔眼(サーティン・アイズ)》をものともしなかったのだ。

 温度は下限がマイナス273度前後と決まっているのに対して、上限については天井がない。

 ()()()()()とばかりに放たれた『大爆発』によって鶴屋は降参を宣言する間もなく叩き潰され、戦いとすら呼べなかった何かは文字通りステラの圧勝で幕を閉じた。

 

 そして《七星剣武祭》1日目も終わりが近付く。

 若き英傑たちが鎬を削る大会は、順調にスケジュールを消化されていくかに思われた。

 《凶運(バッドラック)》紫乃宮天音が引き金となった事件が、彼らの心に大きな(しこり)を残すまでは。

 

 

     ◆

 

 

 Dブロック1回戦。

 紫乃宮天音と薬師キリコ。結果は天音の()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という異常事態により彼女が棄権して病院へと蜻蛉返りしたからである。

 そこで明らかになった天音の能力の詳細。

 《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)》───自分が望んだ未来を『色々と都合のいい事が起きて』叶えるという、超常を振るう者達をして滅茶苦茶と言わしめた。

 その場に居合わせて戦慄していた一輝や一真の前で、紫乃宮天音はこう言った。

 ─────僕は思い出したんだ。イッキ君がこの大会で優勝しなければ卒業させてもらえないって事を!

 ひどいよね、信じられない、と耳障りのいい同情の言葉を並べ立てる彼。

 いいからもう黙れと一真が制止しようとした時、とうとう天音は口にした。

 黒鉄一輝が最も大切にしているものを奪うという宣言を。

 優しさで出来ている男をして怒りと憎しみを瞳に宿させる程の、怖気の震う冒涜を。

 

 『だからね。僕はイッキ君にプレゼントしたいんだ。この七星剣武祭の優勝を!!!』

 

 

 

 

 「意外だったわね。正直あなたはあの場で彼を蹴り倒すんじゃないかと思ったわ」

 

 「正直それは考えた」

 

 夜。選手が宿泊する大浴場で話しかけてきた有栖院に、湯に浸かる一真が物憂げな顔でそう答えた。

 

 「けど、そうした所で意味が無え。身体を潰すのは簡単だが、あのドロドロの根っこを潰さなきゃまたアイツは同じ事を繰り返す。そうする為には・・・・・・俺はアイツを知らなさすぎる」

 

 「ああ、その辺りは成長してるんだね。僕もあの時君が場外乱闘で失格になる覚悟を決めてたよ」

 

 「なァお前ちょっと俺への当たり強くねえ?」

 

 同じように口元まで浸かって物思いにふけっていた一輝にサクリと刺される一真。

 確かに不甲斐ない戦いを見せた後なのだが、昨日から軟化の兆しも見えない態度に少しばかり泣き言が出てしまった。

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