壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第66話

 様々な異能が乱れ飛ぶ七星剣武祭で始まった純粋な体術勝負に湾岸ドームがどよめいた。

 しかし諸星に一切の動揺はない。悠々とした動作で《虎王(とらおう)》の矛先を寝かせて身体を斜に構える。

 その瞬間、ドームにいた全ての人間が戦慄した。

 試合が始まる直前にも観衆全てを呑み込んだ踏み込む隙を与えない威圧感は、武器を失い弱体化した一真に対しても平等に襲いかかっているはずだった。

 

 『いいハートを持っていますね。霊装(デバイス)を失った状態で《七星剣王》の威圧に動じないのは能力にかまけず鍛えてきた証拠でしょう』

 

 内心で苦い顔をする諸星。

 向けられた鋒を前に一真は静かに構えていた。

 背筋は芯を通したように直立。

 両脚を外旋させ、それぞれの爪先は完全に左右の外側を向く。

 右足の土踏まずに左足の踵がぴたりとくっつき、肘を曲げた両腕は腹に物を抱えるようにゆるくカーブを描いていた。

 武術にしては奇怪で窮屈な構え。

 しかしそれが彼の臨戦体勢である事は理解できる。

 なぜなら彼がその構えを取った瞬間、霊装(デバイス)を展開していた時と何ら変わりないプレッシャーを彼から感じたからだ。

 

 (・・・・・・(よわ)なった気ぃせえへんぞコイツ)

 

 「純粋な技だけで戦うなんざ何時(いつ)ぶりかなァ」

 

 眉に険を寄せる諸星に薄く笑う一真。

 死合いの最中だというのにまるで懐かしい玩具を見つけたような、いっそ楽しそうですらある顔だった。

 つまりそれは自信の現れ。

 これを以てすれば眼前の敵を屠り得るという確信。

 霊装(デバイス)無くとも己の肉体こそが武器であると、王峰一真は知っている。

 

 「じゃあ改めて────試合開始(LET's GO AHEAD)、ってな」

 

 その一言が終わるよりも早く諸星が仕掛けた。

 そして始まった武器と無手の腕比べ。

 開いたドームの屋根の上に座っていた西京(さいきょう)寧音(ねね)が、実に面白そうな顔をしてその様子を見下ろしていた。

 

 

     ◆

 

 

 巨漢を斃す基本は末端、つまり四肢を狙う事だ。

 故にまず諸星が狙ったのは一真の脚。

 一呼吸に三発同時に撃ち抜く《三連星》、しかも狙う場所は両脚のそれぞれ違う箇所。

 蹴りを主軸に戦う一真は移動や回避行動を取ればそれだけ攻撃やカウンターの機会を手放す事になるはず、加えて槍によるリーチの有利を考えれば速攻を仕掛けるのは最適解と言えるだろう。

 それを一真は後ろに跳んで回避した。

 体軸は真っ直ぐなまま、爪先が地面に付く程に低空な跳躍。ともすれば地面を滑ったのかと錯覚するほどに滑らかな後退に対して、諸星はもう一度大きく踏み込んで《三連星》を放つ。

 一真はそれをまたバックステップで回避した。

 追い討つ諸星、退く一真。

 目にも映らぬ疾さで襲い来る刺突の(つる)べ打ちに退がり続ける姿は、いかにも一方的な展開に見えた。

 

 「ええぞー星ぃー!!」

 

 「舐められとるぞ! 串刺しや串刺し!!」

 

 『霊装(デバイス)を失ったのはやはり厳しいか王峰選手! 諸星選手の猛烈なラッシュに為す術なく後退を続けています! このままだとリングの端が近いぞ!?』

 

 「いや、違うな。あれは逃げてる訳じゃない」

 

 一真の動きを注視しつつ一輝はそう判断した。

 

 「どんどん回避の動きが小さくなっている。()()()()()()()()()()()()()。七星剣王の槍を真正面に置き続けるのは並大抵の胆力じゃない」

 

 「というかアイツほとんど脚を動かさずに跳んでるわよ。普通に跳んでもその場に残った脚を貫かれるからそれが正しいのは分かるけど一体どうやって・・・・・・・・・・・・、()()()()()()()?」

 

 「そうだね。スタイルの源流がバレエである事を考えればそれが正解だ」

 

 膝を曲げて脚で跳ぶのではなく、爪先で地面を捉えて股関節を捻ることで最小限の距離を跳ぶ。

 全身の隅々まで柔軟さと瞬発力を突き詰めたバレエダンサーだからこその特異な体捌きだった。

 一真の意図を理解した諸星が《三連星》の狙いを変更、顔面を突きにいって脅しを掛けたのだが。

 

 (目瞬(まばた)き位せえや)

 

 鼻先を掠める刃先に一真は一切動じなかった。

 この距離なら当たらないという最低ラインを早々に見切っている─────これも舞台で踊る為に鍛えられた空間把握能力だった。

 だが、()()

 ギリギリで回避してくれるならこちらのものだ。

 まず1発目、最初の作戦通りに脚を狙う。例の如く後ろに跳んで躱された。

 2発目、今度は狙いを変えて胴体。より大きく踏み込んだその一撃はバックステップでは逃れられないが、一真は軽く身を捻って回避。

 そして3発目。

 諸星は《虎王(とらおう)》を引き戻す動きに隠して槍を少しだけ長く持ち直して顔面を突いた。

 踏み込む幅は変えずに手元でリーチを伸ばすフェイント。持ち変えた分だけ間合いを延長された刃が一真を突き刺しに行くが、一真はまたそれを頭を傾けるだけで避ける。

 

 その瞬間に軌道が変わった。

 ()()()()と曲がった諸星の槍が、すぐ横にあった一真の首を殺意を以て追いかける。

 

 「うぉあッッッ!?!?」

 

 目を剥いた一真が大きく跳んだ。

 追いかけて来た穂先に切り裂かれた首筋からしたたかに赤色が飛び散った。

 動脈にこそ届いていないが与えたショックは確かに命に肉薄しただろう。

 『何が起きたか分からない』。

 両眉を互い違いに歪ませる彼の顔にはハッキリとそう書いてあった。

 

 『当たったぁぁああ! ここまで順調に回避していた王峰選手ついに被弾! 傷は浅いが初めてのダメージ、オープニングヒットは七星剣王だああああっ!!』

 

 (あァ、成る程なァ・・・・・・。タネはまだ分からねえが、去年の刀華はコレにやられた訳か・・・・・・)

 

 「やっぱり使ってきたわね。去年の私は避け損なって脇腹を持っていかれたけれど」

 

 「あの、会長。今の突きに何か秘密があるのですか? 私にはただ一真さんが《三連星》の締めを避け損なったようにしか見えなかったのですが」

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()。諸星くんの槍術は『刺突』という点の攻撃だけで構成されてるから避けやすいという弱点があるんだけど、そこに付け入ろうとするとあれにやられる」

 

 「曲がって追いかける・・・・・・? 槍が曲がるという事ですか? しかし彼の能力は魔力を消す能力のはず、そこに全く系統の違う伐刀絶技(ノウブルアーツ)を持っているとは考えにくいのですが」

 

 「うん、そうだね。あの突きは伐刀絶技(ノウブルアーツ)じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 オープニングヒットを取った以上、この流れに乗って諸星くんは主導権を取りに来るはず。・・・・・・カズくんにとっては正念場ね」

 

 そして刀華の言う通り試合は動いた。

 一気に攻め込んできた諸星が《三連星》を無数に繰り返して生み出される刺突の驟雨を一真に見舞う。

 だが────その速度と密度が、さっきまでの比ではない。

 何故ならさっきまでの《三連星》は《暴喰(タイガーバイト)》の撒き餌にするために最高速を加減していたからだ。

 しかし一真が霊装(デバイス)を消した今、速度に制限をかける必要はない。

 膨大な練習量の果てに骨と血肉に刻み込んだ、思考すら介さずに敵を追い殺す魔法に等しい体技の極致が機関銃に等しい弾幕となって一真に殺到した。

 

 「オラオラどうした王峰ぇ!! 逃げてばっかじゃ勝てへんぞ!!」

 

 『血飛沫が舞う血飛沫が舞う! ()()()()()()()()回避し続ける王峰選手の身体に次々と切創が刻まれていきます! クリーンヒットも時間の問題か!?』

 

 『霊装(デバイス)が使えないという制限上、防御が出来ないというのが痛いですね。近代兵器の破壊力にすら耐える硬度の武器を前に生身はあまりにも脆い。あの速度で迫る槍を弾くどころか、柄で蹴りを防御されただけでも最悪骨折に至ります。

 確かに戦闘を続行する上で霊装(デバイス)の解除は正しい選択でしたが、依然として追い込まれている事には変わりないかと』

 

 突き出す瞬間に手首と肘の角度を変えて刺突の軌道を曲げる。

 それが諸星の《ほうき星》。

 槍が曲がったとすら錯覚する鋭さで変化する刺突が上下左右、手元で間合いを変えながら縦横無尽に曲がって一真を襲う。

 身体を捻って辛くも回避し続ける一真だが回避した瞬間を追尾されては完璧な回避など不可能に近い。クリーンヒットこそ貰っていないが、掠めた《虎王(とらおう)》の穂先に浅い傷を刻まれていっている。

 

 「カズくん・・・・・・」

 

 ギュッと拳を握る刀華。

 かつて《ほうき星》の前に敗れ去ったあの技の厄介さを、あの状況に立たされた彼の窮地が如何なるものかを彼女は身を以て知っている。

 選抜戦の時もそれ以前も彼の勝利を疑ってなどいなかった彼女が彼の敗北を覚悟したのは実は初めてに近い事かもしれない。

 しかしこの時、勝利は目前に思える諸星も不安定な状況に立っていた。

 ─────どういう事や?

 諸星の表情は固い。

 《ほうき星》の強みは回避直後の無防備な状態の相手を攻撃できる点にある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこで気付いた。

 自分の槍から退がって逃げていた彼が、いつからかその場から動かずに回避するようになっている事に。

 腕を振り回して必死に避けていると思っていた彼の動きが、なにか一定のリズムを保っている事に。

 少しずつ全身に赤色が増えていく彼の目に、一切の動揺や危機感が存在していない事に。

 

 そして次の刹那、王峰一真は諸星雄大の懐に這入(はい)り込んでいた。

 確かに(とお)()にいたはずの巨体が、気配の察知も許さずに槍が使えない生身の領域へと。

 

 「は!?」

 

 

 ごぎんっっっ!!!と凄まじい音がした。

 膝蹴りだった。

 斜め下から腹へと突き進んだ一真の膝は諸星の頭の位置よりも高く突き上げられ、ギリギリ《虎王(とらおう)》の柄でガードした諸星の身体が軽々と宙を舞う。

 そこからさらに追撃、地面に対して垂直に美しい円を描いた一真の脚が空中で目を白黒させる諸星を地面に叩き落とした。

 生身の脚が槍の柄と激突したとは思えない戟音。

 辛うじて受け身は取ったがそれでも石の地面から伝わる衝撃は諸星の体内を駆け回った。

 肺から空気が絞り出される。

 衝撃に耐えようと全身の筋肉が硬直しそうになるが、そんな致命的な隙を晒している余裕などない。

 見えたからだ。

 地面に倒れた自分の頭に向けて思い切り脚を振りかぶられた一真の脚が。

 

 下から上、上から下、そして締めの一撃。奇しくも《三連星》と同じ3発の構成。

 初手の2発で相手の重心を揺さぶって姿勢を崩してから最も手薄になった所に本命の一撃を叩き込む、埒外の巨軀ゆえに成立する攻撃の『型』─────

 

 「《八咫烏(やたがらす)》ッッッ!!!」

 

 振り抜かれた。

 死に物狂いで地面を転がって回避した諸星を逆巻く風が叩く。

 呼吸も後回しにして立ち上がり大きく距離を取った諸星の背筋からドッと冷や汗が流れ出した。

 《虎王(とらおう)》を握る腕に残る衝撃の痺れ。

 今のどれかを一撃でも食らっていたら──────

 諸星はダメージで乱れた呼吸を整え、一拍遅れて実況が叫んだ。

 

 『こ、こっ、ここで逆襲ぅぅう!! 防戦一方だった王峰選手が突如として牙を剥きました!!

 変幻自在の雨霰を吹き飛ばす暴風のような蹴り! 劣勢をたった3発で押し返してしまったああ!!』

 

 『おいおいおいスゲー音したぞ! 足と霊装(デバイス)がぶつかったんだよな!?』

 

 『骨が折れたりとかしてないのか!?』

 

 「・・・・・・お前、()()()()()()()

 

 「お、気付くか。流石に見破るのが早えな。まあいいさ、俺もあの突きのカラクリは見抜いたし」

 

 口元に静かな笑みを滲ませながら一真は手のひらを差し出すように諸星に向ける。

 直立した構えとその優雅な所作は一瞬、ここが戦いを繰り広げるリングの上ではなく舞踏会の会場に変化したかのような錯覚すら覚えた。

 超硬度の結晶を蹴った痛みも武器の有無による変わらない不利も本当にあるのか疑わしくなるような涼やかさで、彼は逆襲の牙を剥き出した。

 

 「じゃあ踊ろうぜ。七星剣王」

 

 一言と共に一真は駆け出した。

 脚はあまり曲げず、大股で弾むように前へ。

 無駄の削ぎ落とされた、しかし見慣れない異質な動きを諸星は正面から迎え撃った。

 まずは牽制。先に槍の間合いに入ろうとする一真の突進を止めるための1発が命中する数ミリ先で一真は停止した。

 途中で歩幅を狭めたのだ。

 しかし減速でタイミングをズラされ命中こそしなかったが、前進を止めるという目的は果たした。間合いの内側への侵入を阻んだ諸星は即座に2発目を打ちにかかる。

 その寸前で一真は身体を捻りながら跳んだ。

 

 「《鳶打(とびうち)》」

 

 突き出された槍を横から蹴り飛ばして弾きつつ回転、その勢いを乗せた逆の足による後ろ蹴りで諸星の頭を狙う。

 回るような動きで相手の攻撃を弾いて空中から奇襲をかけるという2段蹴りの応用だ。

 咄嗟に首を傾けた諸星の頬に焦げるような擦過傷がついた。

 

 (やり辛いわ。完全に初見なスタイルな上に、なまじ最初に攻め続けたせいで対処法を見つけられとる)

 

 完璧に反撃を合わされた彼は再び距離を取って《虎王(とらおう)》を構え直す。

 相手に自分の情報を握られた上で自分は情報の収集から入らねばならない難しさを、諸星はひしひしと感じていた。

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